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2019年9月22日日曜日

L・ランダル・レイ『MMT 現代貨幣理論入門』ノート(3):財政赤字によるインフレーション(ヒトとモノのクラウディング・アウト)は重要な政策基準

 前回のノート(2)では,財政赤字によるカネのクラウディング・アウト,すなわち金利高騰は生じないことを論じた。だからといって,金利が政策変数として役に立たないわけではない。レイ教授も,債務の爆発的上昇を避けるために,政府は自ら支払う金利を経済成長率より低く保たねばならないことは認めている(『MMT』149ページ。以下ページ番号は本書のもの)。ただ,政府債務を増やすたびに金利上昇が生じることを心配しなく良いので,金利を低く保つことは,常識的なマクロ経済学が想定するよりもずっと容易だ。
 では,カネのクラウディング・アウトは心配なく,また自国の主権通貨建て債務のデフォルトはあり得ないとして,それ以外に財政赤字を制約する条件はないだろうか。もちろん,ある。インフレ率と為替レートだ(『MMT』219ページ)。インフレーションは財・サービスや労働力に対する自国通貨の価値,為替レートは他国通貨に対する自国通貨の価値を変化させるからだ。レイ教授はこれらのことをはっきり認識している。MMTは財政赤字を無限に増やしてよいとする奇説だという非難は,いいがかりである。
 ここでは二つの要因のうちインフレを取り上げ,MMTにおけるその位置づけを考える。二つのことを一度に取り扱うのは困難だからでもあるが,インフレの方が財政赤字の根本的な限界に関わっているからだ。それは,利用可能な資源の有限性ということだ。
 日本ではデフレが長く続いてきたため,悪性インフレの心配が当面の問題にならない。そのためMMTをめぐっても,ハイパーインフレの恐れのあるなしという極端な場合についての議論だけが飛び交い,MMTにおけるインフレの理論的位置づけという課題は後景に退いてしまっている。私は,これは望ましくないと思う。本来,インフレはMMTにおいて非常に重要な理論的位置を与えられていると思うからである。

 さてレイ教授は冥王星探査ロケットの例を挙げて,政府が支出する際に考慮しなければならない要因を列挙している(『MMT』356-360ページ)。少し抽象化して整理しよう。
 第一に,そもそも政府が購入できる財・サービスや,雇うことができる適切なスキルを持った人が必要なだけ存在するかどうかだ。当たり前のことだが,重要だ。
 第二に,そうした財・サービスや人がの別の用途との競合による機会費用の発生だ。他の用途との競合は資源の争奪戦,つまり賃金や購入価格の引き上げ合戦を引き起こして,望ましくないインフレを生じさせるかもしれない(それに,輸入増を引き起こして為替レートにも影響するかもしれない)。
 第三に,民間経済主体に与えるインセンティブや公平性の問題や価値判断として望ましくない支出拡大があるかもしれない。
 この1番目と2番目の要因については,「財政赤字によるモノとヒトのクラウディング・アウトは起こり得る」と表現することはできる。政府支出を強行すれば,民間の支出が実行困難になるからだ。前回述べたように,政府が負債を増やすことを金融市場から制止される危険はない。けれど,政府支出を増やすことを財市場と労働市場から制止されることはあり得るのだ。 
 MMT批判を意識した,別の言い方をしよう。財政赤字について,しばしば,というか千年一日のごとく飽きもせずに「ない袖はふれない」,「フリーランチはない」という主張がなされる。前回論じたように,MMTの独自の貢献は,カネの面ではそういう制限は実はないと明らかにしたことだ。しかし,財・サービスや労働力については,確かにない袖は振れず,フリーランチはない。主権通貨(政府の債務証書)はすぐにでも大量に発行できるが,ないモノは買えないし,別のところで働いている人を引き抜くのは困難で,望ましくないかもしれない。その問題性はインフレ率として表現される。これは,本来すべてのケインズ派が認めるところだろうが,MMTもまた認めているのだ。
 レイ教授の表現ではこうなる。「問題は,支出能力に関するものではないし,そんなものはそもそもあり得ない。問題は資源に関するものである」(『MMT』439ページ)。

 以上のことから,常識的なマクロ経済学とMMTにおける,財政政策の原則に関する類似点と相違点が確認できる。
 いずれも,完全雇用の達成を政策目標とすることは同じである。しかし,常識的なマクロ経済学では,ここで二つの制約がかかる。一つは,1)「金利」を指標にしてカネの面から財政赤字の限度を考えねばならないことだ。この制約がかかることにより,しばしば完全雇用達成以前に財政が緊縮に転じてしまう。あげく,EMUのように雇用情勢に関係なく財政赤字のGDP比率に枠をはめたりする。もう一つは,2)「インフレ率」を指標にしてモノとヒトの面から財政赤字の限度を考えねばならないことだ。インフレ率が高かった1970年代には先進国でもこちらが問題になったし,現在でも途上国ではこの論点が問題になる国もある。そして,物価安定が完全雇用より優先されてしまう場合もある(『MMT』478ページ)。
 MMTは,前回ノート(2)で述べたように,1)の制約条件は虚偽であって,気にする必要ないと主張する。しかし,2)の条件についてはその必要性を認める。むしろ,1)の制約は無視してよいとされる分だけ,2)の制約が非常に重要になるのがMMTの財政政策だと理解すべきだろう。そして,MMTは2)に対して,あくまでも完全雇用を追求し,その実現前に悪性インフレを起こさないようにという観点からアプローチするのだ。

 MMTはインフレなき完全雇用という目標を降ろさない。その際,カネのクラウディング・アウトや金利高騰は心配しないが,モノとヒトのクラウディング・アウトとインフレは厳重に警戒する。これが,財政政策の根本基準となる。では,MMTの観点からは,より具体的にどのような政策を実施すべきだと言うことになるだろうか。すでにレイ教授によって提案されている雇用保障プログラムや「悪」に課税せよという税制論は,この目標や基準と関連して主張されているのだろうか。これらが次の検討課題となる。

<連載>
「L・ランダル・レイ『MMT 現代貨幣理論入門』ノート(2):財政赤字によるカネのクラウディング・アウトは起こらない」Ka-Bataブログ,2019年9月5日。
「L・ランダル・レイ『MMT 現代貨幣理論入門』ノート(1):信用貨幣,そして主権通貨の流通根拠」Ka-Bataブログ,2019年9月3日。

<出版社ページ>
L・ランダル・レイ(島倉原監訳・鈴木正徳訳)『MMT 現代貨幣理論入門』東洋経済新報社,2019年。


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