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2026年3月21日土曜日

『帝国主議論』という憂鬱:ゼミ誌『研究調査シリーズ』No. 44によせて

  本号に収録するのは,2026年3月に前期課程を修了する伊部有稀さん,2025年9月に前期課程を修了した苟小龍さんの修士論文,2027年3月に学部ゼミを終えた若杉俊文さん,伊藤公平さん,片倉太朗さん,佐々木結人さん,谷田伸輔さん,花尾僚馬さん,平形夏星さん,広津初芽さんの卒業論文です。若杉さんの論文は,2025年度みらい創造基金演習論文優秀賞を受賞しました。

  私は2022年3月発行の第40号で,「ポスト冷戦期グローバリゼーション」とその終わりについて書きました。残念ながら,その後の世界は,良くない形での「終わり」の過程を進んでいるように見えます。それは,列強が力の行使をためらわない国際関係への移行であり,かつて「帝国主義」と呼ばれたものです。この概念について,遺憾ながらリアルなものとして考えるべき時代が再びやってきました。

 昔話になりますが,このゼミは2004年度以前は工業経済学ゼミ(工経ゼミ)と言いました。金田重喜教授が担当されていて,私は1985年度から1991年度まで学部生・院生として所属していました。当時はゼミが始まる直前の春休み末期にゼミ合宿が行われていたのですが,そこで使われていたテキストがウラジーミル・イリイチ・レーニンの『資本主義の最高の段階としての帝国主義(帝国主議論)』(原書1917年,副島種典訳,大月書店,1972年)でした。その頃までのマルクス経済学の学界では,『帝国主議論』はカール・マルクスの『資本論』以降のもっとも重要な古典的著作とされていました。レーニンの目的は,執筆中にすでに起こっていた第一次世界大戦が帝国主義諸国間の戦争であること,そこには資本主義の構造変化という経済的根拠があることを明らかにすることでした。その証明は,1)生産と資本の集積が独占を作り出していること,2)銀行資本と産業資本と融合して金融資本を形成し,その基礎の上に金融寡頭制が強まっていること,3)商品の輸出よりも資本輸出の役割が大きくなっていること,4)資本家の国際的カルテル,トラスト,シンジケートによる世界の経済的分割が始まっていること,5)列強による世界の政治的分割は完了したことを示すことによって行われました。

 経済学の一般理論として書かれている『資本論』と異なり,『帝国主議論』は情勢に即した著作でした。そのため,どこまでが1917年当時の情勢分析や,19世紀から20世紀にかけての経済的局面とみるべきか,どこまでは理論的含意を持つものとみるかという,難しい問題がありました。金田教授は,『帝国主議論』を現代資本主義の基礎理論としてみるべきだという考えに立って,新ゼミ生に読ませていたのだと思います。しかし,内容の是非は別として,バブル期前後の学生は『帝国主議論』になかなかついていけず,近代史の本を脇に置いたりサブテキストにしながら読んだりしたものです。ついには私から提案して,春合宿テキストを変えてもらいました。レオ・ヒューバーマン『資本主義経済の歩み 上・下』(岩波新書,1953年)と宮本憲一『経済大国 増補版』(小学館,1989年)を使ったと思います。

 さて,『帝国主議論』を読む際の一つの大きな論点は,第二次大戦後の世界の変化でした。植民地体制が崩壊し,大国間の対立は資本主義体制と計画経済体制という形を取りました。資本主義世界ではGATT(現在ではWTO)の自由・無差別・多角の通商体制が構築されました。こうした国際関係の下では,世界経済における不均衡と衝突は,必ずしも世界戦争に帰結しなくなったのではないか,帰結させないこともできるのではないか,という議論が起こりました。1990年代初頭にソ連・東欧の計画経済体制が崩壊して冷戦が終結し,貿易・資本の自由化が世界を覆うグローバリゼーションが進むと,世界戦争の懸念はいっそう後退しました。こうして,レーニン『帝国主議論』の世界戦争論は,現代には当てはまらないものと思われるようになったのです。私個人にとっても,『帝国主議論』のリアリティは,最初に読んだ1985年から30年ほどは薄まる一方でした。

 しかし,今日の世界では,自由な貿易・投資を保証する体制が崩れ,ポスト冷戦期グローバリゼーションは終焉を迎えつつあります。それどころか,大国が,自らの利害と主張を押し通すために武力の行使をいとわないものに変貌しつつあります。複数の大国がそのような態度に出ているため,行き着く先は第三次世界大戦ではないかという懸念すら強まっています。

 戦争の発生は,もちろん,直接には政治的・外交的要因によるものです。しかし,その背後には,『帝国主議論』が大づかみにとらえていた不均等発展の法則が透けて見えます。図式化すると,政治的分割→経済の不均等発展→政治的再分割,となります。経済開発と格差と貧困の各国における違いが,また国の間の経済発展の程度と速度の違いが,国際政治を揺るがす紛争の背景をなしている,と考えざるを得ません。私にとっては,二度と感じたくはなかった『帝国主議論』のリアリティの復活です。

 これからしばらくは,経済問題が政治,そして政治の延長としての戦争と平和の問題に直結せざるを得なくなるでしょう。逆に戦争と平和の問題が経済生活を左右するでしょう。そのような時代に,私たちはどうすればよいのか。それについての個人的見解を述べることは差し控えます。ここで言いたいことは,選択を問われる時代に突入したということであり,選択のために経済学の知識とスキルを最大限に活用するべきだということだけです。皆さんの前途に平和と繁栄があることを願っています。

2026年3月
産業発展論ゼミナール担当教員
川端望




2026年3月7日土曜日

「帰ってきたウルトラマン」と「戦え!ウルトラマン」:何が違ったのか

  『帰ってきたウルトラマン』には,実際に採用された主題歌「帰ってきたウルトラマン」(作詞:東京一,作曲:すぎやまこういち,歌:団次郎・みすず児童合唱団)のほかに,NG主題歌「戦え!ウルトラマン」(作詞,作曲,歌は同じ)がある。このNG主題歌は,私(1964年生)の年代にはDAICONフィルム版『帰ってきたウルトラマン マットアロー1号発進命令』(脚本:岡田斗司夫,特技監督:赤井孝美,監督:庵野秀明,1983年)で使用されたことで知られている。

 私は,メロディはどちらも独自の味があるが,その歌詞ゆえに「帰ってきたウルトラマン」の方が採用されてよかったと個人的には思っている。以下にその理由を書く。

 この二つの歌を作詞された東京一氏とは,円谷一氏の筆名だ。氏は「ウルトラマンの歌」と「ウルトラセブンの歌」も作詞された。この2曲の歌詞は,基本的に科特隊とウルトラマンとセブンへの賛歌だ。例えば「胸につけてるマークは流星」,「光の国からぼくらのために」,「進め銀河の果てまでも ウルトラアイでスパーク!」だ。また,「戦え!ウルトラマン」がもし採用されていたら毎週放映されたであろう1番は「ビルを壊すぞ」と意表をついて始まり,怪獣被害を描写した後「帰ってきたぞ」と「ウルトラマン」のリフレインに切り替わる。それはそれでいいのだが,とくに視聴者の心に訴えるものはない。ここでは,ウルトラマンは神のごとき問題解決者なのである。

 しかし,「帰ってきたウルトラマン」の1番は,これらと全く異なる歌詞から始まる。「君にも見えるウルトラの星」だ。ヒーローを讃えるのでもなく,ヒーローに助けてもらうことを当然とするのでもない,テレビの前の,一人一人の「きみ」にウルトラの星が見えると言っているのだ。放映当時私は6歳だったが,白黒テレビの前でこの歌詞を聞いたときの衝撃を忘れることができない。そして「遠く離れて地球に一人」と続く。これに似た歌詞は「ウルトラセブンの歌」にもある。「はるかな星が郷里だ」の箇所だ。また「帰ってきたウルトラマン」と「戦え!ウルトラマン」の3番にもある。「あれがあれが故里だ」だ。何なら「戦え!ウルトラマン」は「遠く離れて地球に一人」とも言って,そこから「あれがあれが故里だ」と続いてもいる。だが,これらはセブンのことだけ,新ウルトラマンのことだけを述べている。「帰ってきたウルトラマン」の冒頭は違う。君にはウルトラの星が見える,そこから来たウルトラマンも,たった一人の存在だと,地球人とウルトラマンの関係を述べているのだ。「君にも見えるウルトラの星」という呼びかけがあることで,双方向の関係が生まれるのだ。

 地球人とウルトラの星から来たウルトラマンは,一方が他方を利用するだけではない,一方が他方に解消されることもない,お互いを知る異なる存在だ。このことを高らかにうたったことで,「帰ってきたウルトラマン」は名曲になったのだと,私は思っている。

「帰ってきたウルトラマン」
https://www.youtube.com/watch?v=AZCbwL9bSD0

「戦え!ウルトラマン」
https://www.youtube.com/watch?v=9ORy_8WO_k8


クリーブランド・クリフス社の一部の製鉄所は,「邪悪な日本」の投資がなければ存在または存続できなかった

 クリーブランド・クリフスのローレンコ・ゴンカルベスCEOの発言が報じられている。 「中国は悪だ。中国は恐ろしい。しかし、日本はもっと悪い。日本は中国に対してダンピング(不当廉売)や過剰生産の方法を教えた」 「日本よ、気をつけろ。あなたたちは自分が何者か理解していない。1945年...