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2024年4月27日土曜日

岡橋保信用貨幣論再発見の意義

  私の貨幣・信用論研究は,「通貨供給システムとして金融システムと財政システムを描写する」というところに落ち着きそうである。そして,その前半部をなす金融システム論は,「岡橋保説の批判的徹底」という位置におさまりそうだ。

 なぜ岡橋説か。それは,日本のマルクス派の伝統の中で,岡橋氏が最も徹底的に,おそらくはもっとも古く戦前から,首尾一貫性を持って信用貨幣説を論じ,それによって,現在,広く使われている言葉でいう内生的貨幣供給を主張したからである。そして私には,手形流通から信用貨幣の生成をマルクス的に論じる岡橋説の方が,近年興隆しているMMTの租税駆動説や国定貨幣説よりも妥当だと思えるからである。

 なぜ批判的徹底か。それは,私の理解では岡橋説にも不徹底な部分があり,これを信用貨幣論としてさらに徹底する方向で修正・発展させる余地があるからである。

 そして何よりも,岡橋説の批判的徹底により,それによって,現代の通貨供給システムをわかりやすく,敢えて言うなら教科書的に俯瞰できると考えられるからである。

 ところが,岡橋説は,氏が九州大学で教鞭をとられ,学界でも経済論壇でも活躍されていたにもかかわらず,今日の貨幣・信用をめぐる論争でもほとんど顧みられていない。せいぜい昔の学説の例として,一応注記されるだけだというのが現状である(※1)。

 なぜ岡橋説は黙殺されているのか。論文にはなじまないことなので,ここで考えてみたい。

 第1点。岡橋説は,相当に文献をさかのぼらないと理解しにくい。岡橋氏が自説を積極的に,体系的に展開されたのは,1936年発行の『貨幣本質の諸問題』から1957年の『貨幣論 増補新版』までである。あえて加えるならば,1969 年発行の『銀行券発生史論』も金融史についての自説の記述である。ところが,その後の著作は,冒頭何分の一かは自説の説明なのであるが,ページの過半は他者の見解への批判である。それもかなり激烈である上に,「論者は○○だという。××というわけである。……なのだ。かくて貨幣数量説に陥るのである」などと,岡橋氏が批判対象に成り代わって,その論理の帰結を探る文体であるため,時々,どこまでが批判対象の見解で,どこからが岡橋氏の批判なのかがわからなくなる。正直,極めて読みづらい。私は貨幣論を研究する留学生に岡橋説を伝授したが,あえて60年以上前の『貨幣論 増補新版』を使用した。それ以降の文献を留学生が読むのはあまりに難儀と思われたからである。

 第2点。岡橋氏の影響下で多くの研究者が生まれたが,なぜか,楊枝嗣朗氏などごく一部を除いて岡橋氏の信用貨幣論をより徹底させる方向に進まれず,別の方向に進まれた。例えば岡橋氏は預金貨幣と銀行券をともに重視されたが,後続の研究者は,なぜかもっぱら銀行券に注目した。また,岡橋氏は,蓄蔵貨幣や遊休貨幣を集積して貸し付ける「貨幣の貸付」を銀行の基本規定とすることに反対して「自己宛て債務の貸付」を対置されたが,後続の研究者はなぜか氏の批判対象だった見解に組みすることが多かった(※2)。実は私の貨幣・信用論研究は,師匠である村岡俊三氏の著作を読み直すことから始まったのだが,結局,師匠よりもそのまた師匠である岡橋氏の方が正しいという結論に至らざるを得なかった。

 第3点。最近のマルクス派による信用貨幣論研究が,もっぱら宇野派による商品論次元でのものだということである。宇野弘藏氏自身は商業信用も資金の相互融通と捉えるほどであり,手形から出発する信用貨幣論とは縁遠かった。しかし,ある時期以降,宇野派の中に信用貨幣論に転じる研究者が現れた。それは現在では,小幡道昭氏の提起を江原慶氏らが継承した試みとなっている。その内容を一言で表現するのは難しいが,強引に要約すると,商品論の次元で,物品貨幣と信用貨幣を同等の位置づけで導出する試みとなっている。それはそれで注目すべき試みなのであるが,商品論のところでマルクスを再構築するものなので,たいへん抽象度が高い。また,これらの研究はみな,金を本来の貨幣とする従来の観点では,不換制となっている現代の通貨制度を説明できないと想定して議論されている。そのため,岡橋氏の見解は単に過去のものとされ,注1に記した岩田氏の論稿を除いて深く検討されていない。

 第4点。見当違いな(と私には思われる)神話崩しである。これは少し詳しく論じたい。

 上記の宇野派の議論もそうであるが,貨幣史において金属貨幣の使用範囲が従来考えられていたよりも狭かったことや,現代においてもっぱら信用貨幣が用いられていることを根拠に「金などの金属製商品貨幣が本来の貨幣というのはおかしい」とする議論が盛んになっている。だから,マルクスのオーソドックスな理解も,退けられる傾向にある。しかし,これは行き過ぎであろう。

 まず,歴史の時系列順序と経済理論の編成における順序は同じではない。マルクスが金属製商品貨幣を本来の貨幣としているのは,金属貨幣が純粋な価値表現(使用価値で価値を表す)を可能とし,また貨幣の諸機能(価値尺度,流通手段,支払手段,蓄蔵貨幣,世界貨幣など)を統合しているからである。だから,商品流通の世界には,金であるか,金属性であるかどうかはとにかく,何らかの特殊な商品が貨幣になる必然性がある。しかし,発達した商品流通と資本主義生産を機能させるには,商品貨幣の現物利用は不便で仕方がないし,現物利用をしなくても資本主義は発達できる。だから,代用貨幣が発達するのである。金などの金属製商品貨幣から出発するのは,昔,金が貨幣として使われていたからではない。貨幣に必要な機能を金属製商品貨幣が一身に体現しており,理論的に典型だからである。いま,この瞬間の資本主義経済でも,金属製商品貨幣は必要とされている。しかし同時に,その現物利用は不便で仕方がないから,発達した代用貨幣が使われているのである。マルクス派は,「昔々,金が貨幣として使われていました」という歴史を主張しているのではなく,現在の資本主義社会で,「日々,金では不便だから代用貨幣が使用されているのだ」と理論的に説明しているのである。

 そもそもマルクス派の貨幣・信用論とは,「金が貨幣であって,金が使われるべきだ」と言い張るものではなく,「金が貨幣だが,その利用はどんどん節約される」という貨幣節約論なのである。金属製商品貨幣の現物使用が,商品流通と資本主義生産の発展とともに節約され,代わってデジタル信号である預金や紙切れの銀行券が貨幣の役割を果たすようになる理論的根拠を明らかにしているのである。だから現在,金が貨幣として流通していないのは,マルクスの間違いを証明するのではなく,むしろマルクスのパースペクティブの延長上で資本主義と代用貨幣が発展したことを示しているのである。

 安直な神話崩しへのこうした反論は,岡橋氏の理論的遺産を継承すればすんなり言えるはずなのであって,それが忘れられたことによって誰も言わなくなったのだと,私は理解している。


 私は現在,岡橋氏の理論的遺産と,日銀や全銀協の実務家の議論をもとに,通貨供給システムとしての金融システムを描こうとする論稿を準備しているが,上記のような事情ゆえに,ほんのわずかな存在価値はあるように思えるのである。

※1 例外的に紙数を割いて検討されたのは,Yoshihisa Iwata (2021). "Even inconvertible money is credit money : Theories of credit money in Japanese Marxian economics from the banknote controversy to modern Uno theories"『東京経大学会誌(経済学)』311,99-120.である。この論文の所在を教えてくださった上垣彰氏に感謝申し上げる。

※2 信用貨幣論を徹底した教科書としては松本朗(2013)『改訂版 入門金融経済:通貨と金融の基礎理論と制度』駿河台出版社がある。

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