小幡績教授のMMT批判の論稿が出たが,どうも誤解が多い。私もMMT(現代貨幣理論)を理解し,自分が若い頃に学んだ信用貨幣論とすり合わせるのに1年かかったが,小幡教授ももう少し虚心坦懐にMMTの言い分を聞かれてはどうか。
小幡教授によればMMTの政策には三つの害悪があるそうだ。
「第1に、財政支出の中身がどうであっても、気にしない。
第2に、金融市場が大混乱しても、気にしない 。
第3に、インフレが起きにくい経済においては、その破壊的被害を極限まで大きくする。」
一つずつ検討しよう。
1番目。MMTが「財政支出の中身がどうであっても、気にしない」というのはまったくの誤解である。MMTは,「インフレなき完全雇用」をめざすものであり,その意味ではマクロ経済学の多くの潮流と同じことを目指している。だから,MMTは,ただ財政支出を増やせばよいと主張しているのではなく,完全雇用達成に貢献するように支出せよ,成長率は金利を上回っていなければならない,雇用増大に貢献しないような財政支出はするな,なぜならば完全雇用になる前にインフレになってしまうおそれがあるから,と主張している。その意味でMMTは小幡教授の主張される「ワイズスペンディング(賢い支出)が必要である」という議論なのである。
小幡教授は「MMTがインフレ率だけを頼りに財政支出の規模を決めることが誤っている」とも言われるが,MMTにとって財政支出の歯止めはインフレだけではない。まず,雇用増加に貢献するように支出することが大前提であり,その上でインフレ,バブル,為替レートの急落によって財政膨張をチェックするのである。なぜバブルによってもチェックするかと言うと,バブルと言うのは,財政支出で投入した通貨が有効需要に結びつかず,キャピタルゲインを求めて金融的流通を繰り返すことだからである。また為替レート急落に注意するのは,レート急落がインフレとパラレルだからであり,また対外債務の支払いを困難にするからである。MMTが,「国債が自国通貨建てならデフォルトしない」と主張していることはよく知られているが,裏返すと,「外貨建てであればデフォルトし得るから気を付けろ」と言っているのである。
2番目。小幡教授はMMTにしたがえば「大規模な財政支出により、民間投資が大幅に縮小する、という典型的なクラウディングアウト(英語の元は「押し出す」の意味)を起こす」「投資資金は限られており、金利という価格による需給調節が効かなくても、政府セクターに取られてしまえば、リスク資金は民間へ回ってこない」と言う。しかし,まさにそうした考えが理論的に間違いだとMMTは主張しているのである。財政支出はカネのクラウディングアウト,つまり民間投資資金の押しのけと金利高騰を起こさない。なぜならば,財政支出とは,統合政府が新たに通貨発行量を増加させて支出することだからである。財政赤字を出して支出するたびに通貨供給量も同じ額だけ増えるので,金融はひっ迫しないのである(※1)。
もっとも,財政支出が一方的に膨張すると,モノやヒトのクラウディング・アウト,つまり機械設備や原材料や人材が公共部門と民間投資とで奪い合いになることはあり得る。その帰結は悪性インフレである。MMTは財政膨張は金利は高騰させないが悪性インフレは起こし得るとして,だからこそインフレに警戒しているのである(※2)。これを避けるためには,財政支出が,なによりも遊休している労働力の稼働に用いられるとともに,利用可能な経済的資源の着実な増大につながる必要がある。
3番目。小幡教授はMMTでは「インフレが起こりにくい経済においては、財政支出の歯止めが効かないからである。その結果、とことん、経済が破滅的におかしくなるまで、財政支出は拡大され続けるのである」と言われる。しかし,既にみたように,MMTはそんな放漫財政を奨励するものではない。雇用を増大させない支出はすべきではないとし,インフレのみならずバブルをも基準として財政膨張をチェックするのである。
以上で紹介したMMTの主張は,例えばL・ランダル・レイ『MMT 現代貨幣理論入門』(東洋経済新報社,2019年)で懇切丁寧に説明されている。小幡教授は「これ以上、MMT理論を批判する必要はない。もうたくさんだ」と言っているが,全否定する前に,もう少し相手の言い分に耳を傾けてはいかがだろうか。
※1 具体的にカネの流れがどうなるかは,拙稿「L・ランダル・レイ『MMT 現代貨幣理論入門』ノート(2):財政赤字によるカネのクラウディング・アウトは起こらない」Ka-Bataブログ,2019年9月5日を参照して欲しい。
※2 詳しくは拙稿「L・ランダル・レイ『MMT 現代貨幣理論入門』ノート(3):財政赤字によるインフレーション(ヒトとモノのクラウディング・アウト)は重要な政策基準」Ka-Bataブログ,2019年9月22日を参照して欲しい。
小幡績「日本では絶対に危険な「MMT」をやってはいけない:MMTの「4つの誤り」と「3つの害悪」とは何か」東洋経済ONLINE,2021年12月13日。
+2021年12月17日。「成長率は金利を上回っていなければならない」を追記。
+2022年4月30日追記。コメントをもとに成長率と金利に関して再考したが,やはり「成長率は金利を上回っていなければならない」という記述はない方がよいと考えるに至った。財政運営の観点から具体的に問題になるのは,マクロ指標としての成長率と金利(たとえば名目成長率と長期金利)ではなく,より具体的な税収増加率と利払い費増加率の関係である。後者は長期金利の影響をまともに受けるが,税収増加率は課税のあり方によって相当な幅がある。また,所得に占める税の比率が変化することもありうる。なので,成長率が金利を下回ると債務比率が発散する,とまで定式化することは適切でないと考えた。
「成長率は金利を上回っていなければならない」これが政策的にコントロール可能なのかの議論があるようです。
返信削除少し古いですが、竹中先生vs吉川先生の「成長率>金利」論争
http://japanese-economy.la.coocan.jp/seicho-kinri.htm
理論的には、金利>成長率が先進国での通常の状態のようです(動学的効率性というらしいです)。
Sustainable deficits
http://andolfatto.blogspot.com/2019/03/sustainable-deficits.html
こちらは米国連銀のかたですが、最近は、金利<成長率もありえる、という考えもでてきているようです。
資産価格決定理論から見た安全債券利子率と経済成長率の関係
https://www5.cao.go.jp/keizai3/discussion-paper/dp081.pdf
金利と成長率の関係を数式で整理されております(まだ自分では理解していません)。
ありがとうございます。この点,もっと掘り下げて勉強したく思います。
返信削除政府債務の管理を考えると,金利>成長率になると債務が発散してしまうので,それが続くことは避けよというのは,MMTを含むどの学派でも一致していると思います。その上で,1)目の前の国債金利,つまりリスクプレミアムの低い国債金利が低ければよいのか,市場金利との関係を問題とすべきかということや,何より2)金利は市場均衡によって与えられるとみるかどうかが問題と思います。
MMTは,もともと金利を政策変数とみていることと,政府債務増大が金利を押し上げるという因果関係を認めないことのため,成長率と金利の関係を見る場合,金利の方が上昇することに対する懸念は主流派よりはるかに低いです。しかし,財政赤字が現実の成長率にどの程度効果を持つかは気にせざるを得ません。成長率に制約がある方への懸念は強いです。なので,MMTの場合,金利>成長率という制約は認めるけれど,その認め方は主流派とはやや異なるように理解しています。
しかし,私の理解も十分とはいえません。
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返信削除ご返信ありがとうございます。金利(r)と成長率(g)の関係について、政府・日銀連結の連結政府債務の安全性の視点で考えると、政府有利子債務と日銀銀行券・当座にかかる加重平均利率と、税収成長率=GDP成長率x税収率(≒自分でデータをみたところ、この15年間程度は税収は平均してGDPの10%程度。2019年でみればGDP:557兆円、税収:62兆円なので税収率11%)で比較するのがよいのかな、と(素人考えですが)思います。2019年度で仮計算してみました。
返信削除・連結政府の加重平均利息(r)は、0.5%程度(仮計算は下記)
⇒GDP名目成長率5%以上ならば(税収)成長率(g)は0.5%程度となり、r gとなり債務/GDP比率
は発散経路にあるといえるのかもしれません。
(自分のとってきた数字が適切ではない可能性は大ですが)。
あとは、インフレ率をフォーミュラにどう組み込むかですね。
政府債務 2019年度(2019/4-2020/3):1,068.2兆円(政府短期証券、公債、独立行政法人債、借入の合計)
日銀保有国債 2019年度(2019/4-2020/3):-485.9兆円(連結上相殺のため符号はマイナス)
日銀当座預金 2019年度(2019/4-2020/3):447.0兆円
発行銀行券 2019年度(2019/4-2020/3):109.6兆円
⇒連結政府(有利子)債務 2019年度(2019/4-2020/3):1138.9兆円(上記4項目の合計)
政府利払 2019年度(2019/4-2020/3):6.7兆円
日銀国債受利息 2019年度(2019/4-2020/3):-1.1兆円(連結では相殺のため符号はマイナス)
日銀当座利息払 2019年度(2019/4-2020/3):0.1兆円
⇒連結支払 2019年度(2019/4-2020/3):5.7兆円
⇒加重平均利息 2019年度(2019/4-2020/3):0.5%(=5.7兆円/1,138.9兆円)
上記コメント、修正です。
削除⇒GDP名目成長率5%ならば(税収)成長率(g)は0.5%程度。現状GDP名目成長率は5%もないのでrがgを上回るため、債務/GDP比率は発散経路にあるといえるのかもしれません。
拝見しました。名目,実質はさておき,税率が一定と仮定すれば,経済成長率=税収成長率ではありませんか。例えば,昨年度のGDP500兆円で経済が5%成長すれば今年度GDPは525兆円。税率10%とすれば,税収は昨年度50兆円,今年度52.5兆円。税収成長率も5%です。
削除先生、コメントありがとうございます。先生のご指摘どおりで、r=0.5%なら、税率一定ならば、GDP成長率と税収成長率は一致するので、GDP成長率が0.5%をこえれば債務GDP比率は収束します。私の初歩的な算数エラーで大変失礼いたしました。もともとが頭の中で、GDPのうち政府債務の返還に利用できる部分は政府に分配された部分(=税収)のみなので、政府債務/GDP比率とするよりも、政府債務/税収または政府債務/PBとしないといけないのではという意識があったため税率をいれたのですが、税率一定の仮定をするのであれば無駄なひと手間でした。恥ずかしい間違いではあったのですが、作業を通じて自分の頭も整理された面もありました。ご指摘ありがとうございました!
削除https://fiscal-policy-under-low-interest-rates.pubpub.org/
返信削除主流派の大御所ブランシャールが、「低金利下の財政政策」という販売予定の本のドラフトを公開したとのことで、シェアいたします。自分もこれから読んでみようと思っています。