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2019年8月26日月曜日

野口旭「MMT(現代貨幣理論」の批判的検討」(4)を読んで

 野口旭教授によるMMTの検討と批判第4回。クラウド・アウトは原理的に起こらないというMMTの主張を取り上げて批判している。

 この回は奇妙である。野口教授は話の途中までは,MMTが<政府が財政赤字を出して支出を増やしても民間貯蓄を吸収することはない。むしろ民間貯蓄は増える。だからクラウド・アウトは起こらない>としている理由を,第1回で紹介されたMMTによる金融実務的解説に即して,おそらく正確に紹介している。ところが後半になると,「完全雇用下における政府の赤字財政支出は、一般に金利上昇と民間投資のクラウド・アウトをもたらす」ことは正統派はきちんと明らかにしているが,MMTはこれができていない,と言い出す。

 そんなことはない。MMTは,財政赤字で所得を増加させられる限度は,物的・人的生産能力の実物的限界だとはっきり述べている。設備がフル稼働し,完全雇用が達成されたら,あとは財政赤字をいくら出しても民間投資をクラウドアウトし,インフレになるだけだ。これはMMTだけでなくすべてのケインズ派が同意するところだろう。このことは,MMTのどんな通俗的解説でも述べていることなのに,なぜ野口氏はネグレクトするのだろうか。

 おそらくその理由は,私がまだ不勉強なMMTの所得決定メカニズムに野口教授が疑問を持たれたからだと思われる。野口教授の理解では,「MMTには、国民所得会計の恒等式は存在しても、IS曲線に相当する分析用具が存在していない」。そして,野口教授はここで一刀両断して終わらずに,MMTは民間投資の利子非弾力性を仮定しているのだろうと推定した上で,それでもMMTはおかしいという。「少なくともIS-LM分析では、政府の赤字財政支出によってIS曲線が右にシフトすれば、仮にそれが垂直であったとしても、必ず金利を上昇させる方向に作用する。MMTではそのようなステージがまったく想定されていないということは、そこにはIS曲線あるいは財市場そのものが存在していないと考えるほかない」というのだ。

 MMTにIS曲線がないというのはおそらく正しい。MMTは,<利子率によって所得が決まるという単純なメカニズムがそもそもない>としていて,IS-LM分析を肯定しないのだろう。しかし,MMTに財市場が存在しないというのは無茶な批判で,前述の通り,生産能力の実物的限界は当然に想定されている。

 逆のベクトルで言うと,MMTでは財政赤字の拡大は民間貯蓄を全く減少させない。だから,財政赤字分だけ所得が拡大しても金利に上昇圧力はかからないのだ。野口教授はMMTのこの説明を正確になぞったはずで,しかもその説明自体はとくに否定していない。ならば,<財政赤字が拡大しただけでは利子率は上がらない>と認めるのか。そうではなく,正統派の理論通りに,<財政赤字が拡大すれば利子率は上がる>というのであれば,金融実務に沿ったMMTの説明のどこがおかしいかを指摘すべきではないか。

 こうして考えてみると,ここでもMMTと,野口氏が妥当だと考える正統派(ニューケインジアン)との違いは,あれこれの部分的理屈だけでなく,利子,投資,貯蓄の関係,それに関するケインズ理解なのだと思う。MMTは,<利子率を下げれば投資が増えるというものではない>と考えているのだ。おそらくケインズその人が述べたように,資本の限界効率に不確実性が大きいと見るからだろう。またMMTは<投資は事前に貯蓄が形成されていることを必要としない>,むしろ<投資が所得の調整を通じて,投資と等しい額の貯蓄をもたらす>と考えているのだ。1-3回を読んだ時と同じ結論だが,ここに根本的な理論的相違があるのではないか。

 引き続き第5回以後も読んで考えたい。
第5回の検討に続く)

野口旭「MMT(現代貨幣理論)の批判的検討(4)─クラウド・アウトが起きない世界の秘密」Newsweek, 2019年8月8日。

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