野口旭教授によるMMTの検討と批判。「MMTとは財政赤字を出しても問題ないという理論である」などという政治宣伝による賛否の争いでなく,経済学的な検討であって,誠にありがたい。野口教授はすでにWrayたちの教科書Macroeconomicsも読破されているようだ。現在,連載4回目であって,今後も続くようだが,ここまでの論点について考えたい。私はマクロ経済学の歴史的な系譜について素人なので,学びながらのノートのつもりだ。
まず1-3回について。
野口教授はMMTとマクロ経済学の正統派(ニューケインジアン)の違いは中央銀行の役割だとする。野口教授の理解では,MMTは中央銀行無能論に立っている。つまり金利が所与とされている時に中央銀行は受動的に中銀当座預金を調整するだけだとしている。これに対して正統派はマクロ経済の安定のためには金利調整が必要不可欠であり,だから「中央銀行がインフレ率と産出ギャップを両睨みしながら政策金利を調整する」というテーラー・ルールを採用しているのだという(シェア先はこのことが書いてあるページ)。
野口教授によるこの対比は,中央銀行の役割論としては妥当だと思う。だが,理論的には両者の背後に利子率に対する捉え方の決定的な違いがあるのではないか。
MMTは一定のケインズ理解により<利子率が貯蓄と投資を均衡させるのではない>と考えているし,<投資が所得の調整を通じて,投資と等しい額の貯蓄をもたらす>と考えている。これは野口教授が参照されているビル・ミッチェルのブログ記事「自然利子率は『ゼロ』だ!」からはっきりとわかる。だから,物価に対して中立な利子率水準が存在し,それより利上げすればデフレを,利下げすればインフレを促すという発想をとらないのだ。MMTと正統派(ニューケインジアン)の根源的な違いは,大元をたどればケインズの理解の違いであり,利子,貯蓄,投資の関係の捉え方の違いなのではないか。
(第4回の検討に続く)
野口旭「MMT(現代貨幣理論)の批判的検討(1)─政府と中央銀行の役割」Newsweek,2019年7月23日。
野口旭「MMT(現代貨幣理論)の批判的検討(2)─貨幣供給の内生性と外生性」Newsweek,2019年7月30日。
野口旭「MMT(現代貨幣理論)の批判的検討(3)─中央銀行無能論とその批判の系譜」Newsweek,2019年8月1日。
ビル・ミッチェル(望月慎訳)「自然利子率は「ゼロ」だ!」(2009年8月30日)「経済学101」2018年2月28日。
川端望のブログです。経済,経営,社会全般についてのノートを発信します。専攻は産業発展論。研究対象はアジアの鉄鋼業を中心としています。学部向け講義は日本経済を担当。唐突に,特撮映画・ドラマやアニメについて書くこともあります。
フォロワー
登録:
コメントの投稿 (Atom)
ジェームズ・バーナム『経営者革命』は,なぜトランピズムの思想的背景として復権したのか
2024年アメリカ大統領選挙におけるトランプの当選が確実となった。アメリカの目前の政治情勢についてあれこれと短いスパンで考えることは,私の力を超えている。政治経済学の見地から考えるべきは,「トランピズムの背後にジェームズ・バーナムの経営者革命論がある」ということだろう。 会田...
-
山本太郎氏の2年前のアベマプライムでの発言を支持者がシェアし,それを米山隆一氏が批判し,それを山本氏の支持者が批判し,米山氏が応答するという形で,Xで議論がなされている。しかし,米山氏への批判と米山氏の応答を読む限り,噛み合っているとは言えない。 この話は,財政を通貨供給シ...
-
文部科学省が公表した2022年度学校基本調査(速報値)によれば,2022年度に大学院博士課程に在籍する学生数は7万5267人で,2年連続で減少したとのこと。減少数は28人に過ぎないのだが,学部は6722人,修士課程は3696人増えたのと対比すると,やはり博士課程の不人気は目立...
-
「その昔(昭和30年代)、当時神戸で急成長していたスーパーのダイエーが、あまりに客が来すぎて会計時の釣銭(1円玉)が用意できない事態となり、やむなく私製の「1円金券」を作って釣銭の代わりにお客に渡したところ、その金券が神戸市内で大量に流通しすぎて」云々というわけで,貨幣とは信用...
0 件のコメント:
コメントを投稿