1.現金が預金されると,貨幣が流通から外に出たことになるだろうか。
1.1 まず本位貨幣,例えば金貨が流通している場合。
1.1.1 ならない。なぜならマネーストックは減少していないから。1万円の金貨が銀行に預金された場合,マネーストックから現金1万円が減り,預金通貨1万円が増えるだけである。逆に,預金1万円がおろされても,預金通貨1万円が減り,現金1万円が増えるだけなので,マネーストックは増減しない。
1.1.2 いや,なるとも言える。なぜなら金貨は流通から消えるから。1万円の金貨が銀行に預金された場合,1万円の金貨という通貨は,銀行の手持ち現金となる。場合によっては日銀に預けられる。すると,金貨は日銀の資産となる。
1.2 次に管理通貨制度下の中央銀行券,たとえば日銀券の場合。
1.2.1 ならない。なぜならマネーストックは減少していないから。1万円の日銀券が銀行に預金された場合,マネーストックから日銀券1万円が減り,預金通貨1万円が増えるだけである。逆に,預金1万円がおろされても,預金通貨1万円が減り,日銀券1万円が増えるだけなので,マネーストックは増減しない。
1.2.2 いや,なるとも言える。なぜなら日銀券は流通から消えるから。1万円の日銀券が銀行に預金された場合,1万円の日銀券という通貨は,銀行の手持ち現金となり,一時的に流通から消える。さらに多くの場合日銀に預けられる。すると,日銀券発行高が1万円減少し,日銀券は消滅するか,日銀が保管するただの紙切れになる。
2.なぜ,このように現金が預金されると,貨幣が流通から外に出たことに「ならない」とも「なる」とも言えるのか。
2.1 預金者から見れば,手持ちの現金を銀行の債務証書=預金と交換するに過ぎない。そして,預金は支払い手段としての貨幣の機能を果たすので,流通内にある。流通する貨幣量が変動しない以上,貨幣は流通の外に出ていない。
2.1 ところが,預金というのは預金者が銀行に貸し付ける行為である。貸し付けを行えば,貸し主は借主の債務証書を入手し,借り主は借りた現金を入手する。債務証書の信用度が,貨幣として用いることが出来るほど高いのであれば,この時貨幣は,現金だけ存在する状態から,現金と債務証書が存在する状態になり,量は2倍に増えているのである。そして,貸し主が入手した債務証書=預金通貨は流通内にとどまり,借り主すなわち銀行が借りた現金の方は流通の外に出る。
3.流通から出た現金は蓄蔵貨幣となるだろうか。
3.1 金貨が流通している場合は,なる。金貨は銀行の手元か日本銀行の手元で,流通の外の価値を持った資産となる。ただし,このとき貨幣流通量は減っていない。
3.2 管理通貨制度で日銀券が流通している場合は,ならない。銀行の手元に置かれた日銀券は,預金の引き出しに備えて一時的に保有されるに過ぎない。つまり,ごく一時的に流通の外に出て,また流通内に戻る準備をしているに過ぎない。また日銀に預けられれば,日銀券は貨幣の資格を失う(ただの物理的な紙になる)。流通の外には出るが,価値を維持して蓄蔵されることはなく消滅する。
4.以上のことと,貨幣・信用理論の命題との関係。
4.1 預金することが「貨幣が流通から出ること」を意味すると理解するのは,「現金そのものが流通から出る」という意味で言っているならば正しいが,「貨幣流通量が減少する」という意味で言っているならば正しくない。両者が混同されている場合があるように見受けられる。
4.2 預金することが「蓄蔵貨幣を形成する」と主張するのは,本位貨幣については正しいが,中央銀行券については正しくない。この点では,古典的貨幣観がそのまま正しい。預金された中央銀行券を蓄蔵貨幣と見なす説もあるが,無理がある。
4.3 不換の中央銀行券が「預金によって流通から出ることができない」と主張するのは,「蓄蔵貨幣にはなれない」という意味では正しいが,「中央銀行券が流通から出られない」という意味では正しくない。出て,まもなく流通に戻る場合もあれば,出て,そのまま消滅する場合もある。
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