山本太郎氏の2年前のアベマプライムでの発言を支持者がシェアし,それを米山隆一氏が批判し,それを山本氏の支持者が批判し,米山氏が応答するという形で,Xで議論がなされている。しかし,米山氏への批判と米山氏の応答を読む限り,噛み合っているとは言えない。
この話は,財政を通貨供給システムと見るときの大事な論点に関わっているのでコメントする。まず論争について要約すると,私はこう思う。
*山本氏が,アベマプライムや,類似のことを主張しているYouTube動画で主張していることは,結論としては,ある範囲では正しい。
*しかし,これらの動画では論証で一番必要なところをすっ飛ばしているので,根拠を示さない主張になっている。したがい,批判されるのはもっともである。山本氏の支持者たちも,肝心かなめの根拠を説明していないので,米山氏は,彼/彼女らの主張が根拠のないものと受け取っている。
*その一方,米山氏がマクロ経済学の常識として述べていることは,確かに常識なのだが,ある重要な点で正しくない。
*したがい,根拠なき主張になっている点では山本氏に問題がある。一方,結論は米山氏よりは山本氏の方が妥当である。
*もっとも,山本氏の主張もいつでもどこでも当てはまるわけではなく,一定の条件を必要とするものである。
*れいわ新撰組の文書を見ると,山本氏の主張の根拠は書かれているが,やはり説明は足りない。
山本氏は,「誰かの赤字は誰かの黒字」「政府の赤字は民間の黒字」「政府の負債は民間の資産」と主張して,政府が財政赤字を出すことによって民間は黒字となり,所得と雇用が生み出されて経済が回ると主張している。そして,政府の赤いと民間の黒字が対応している証拠として資金循環表をアベマプライムでもYouTube動画でも提示している。
これに対して米山氏は,「非常に不正確で正確には「政府の赤字は国債を買った人の黒字。但しそれは、例えば100万収入がある人が、自分では50万しか使わず50万国債を買ったので収入(100万)>支出(50万)になって黒字なだけで別に何か富が生み出されている訳ではない」です。」と述べている。また補足として別の投稿では,「「政府の赤字」=「国債発行額」である以上(赤字は国債で埋めなければ支出できない)、論理必然に「民間の黒字」=「国債購入額」になります。」とも述べている。
さて,この論点について私がどう考えるかである。実は以前もランダル・レイ『MMT 現代貨幣理論入門』の読書ノートとして投稿したことがあるが(※1),わかりにくいところが残っていた。より分かりやすくすることを心掛けて説明する。
まず資金循環表を使って「政府の赤字は民間の黒字」と言えるのは,いわゆるISバランスのことである。対外関係を捨象すると,
政府支出-税収=民間貯蓄-民間投資
G-T=S-I
は必ず成り立つ。
しかし,このことから,財政赤字が貨幣所得を生み出すという議論は直ちには言えない。財政赤字が貨幣所得を生み出すと説明しただけではなく,政府が国債を発行したことの作用も言わなければ不十分である。政府が国債を発行した際に民間からお金を吸い上げれば,生み出した貨幣所得は相殺されてしまう。しかし,民間からお金を吸い上げずに国債を発行できれば,そうはならない。このどちらが生じるのかについて,資金循環表では何もわからないのである。
では,国債発行は民間資金を吸い上げるか。常識的なマクロ経済学で思考すれば,答えはイエスである。しかし,実は重要な場合に答えはノーなのである。それは,銀行が新規発行国債を購入する場合であり,現実に大きな割合を占める場合である。
ここで切り口を貨幣論的にする。
いま,硬貨は無視し,預金はみな当座性預金だと単純化すると,
・マネーストック(民間の貨幣流通量)=銀行預金と日本銀行券
・マネタリーベース(日本銀行が直接供給する貨幣供給量)=日本銀行当座預金と日本銀行券
となる。財政赤字によって貨幣所得が増えて経済が回るのは,政府支出でマネーストックが増えた場合である(※2)。国債発行が民間資金を吸い上げるとマネーストックが減ってプラマイゼロになり,吸い上げなければプラスのままになる。
さて,政府が赤字支出を例えば100億円すると以下のことが起こる。なお,支出は企業・家計への口座振込で行われるものとする。
*政府が100億円赤字支出をしたとする。政府は受取人ごとの明細を記した振込指図書と政府小切手を日銀に交付する。
*日銀は,政府預金から100億円を取り立て,受取人が口座を持つ銀行の日銀当座預金に入金する。銀行はこれを受けて受取人の預金口座に100億円入金する。
*したがい,社会全体として銀行預金が100億円増える(=マネーストックが増える)。そのため,民間所得100億増円となる。
*銀行の準備預金(日銀当座預金)も100億円増える(=マネタリーベースが増える)。銀行は支払い仲介しただけなので,負債(預金)が100億円増,資産(日銀当座預金)が100億円増で,収支はプラマイゼロである。
*政府預金が100億円減る(なお,政府預金はマネタリーベースにもマネーストックにも含まれないことに注意して欲しい)。
*政府は赤字分を国債100億円を発行して調達する。銀行がこれを買うと,準備預金が100億円減る(=マネタリーベースが減って元に戻る)
この動きをマネーの増減としてだけ見ると,以下のようになる。
・民間所得が増えてマネーストックが増えた。
・マネタリーベースも増えた。
・国債は,増加したマネタリーベースからの融通で消化された。
・マネタリーベースはプラマイゼロに戻った。
だから,財政赤字分だけマネーストックは増え,貨幣所得が形成されたのである。
このとき,「民間の黒字」や民間貯蓄によって国債が購入されているのではない。赤字支出で増えたマネタリーベースで国債が購入されているのである。
なぜこうなるかというと,「財政支出をするとマネーストックもマネタリーベースも増える」,つまり「貨幣発行量が増える」からである。どうして増えるかというと,「中央政府は銀行にお金を支払って,預金債務を増やしてもらった」からであり,「日銀は準備預金という債務の増加を受け入れた」からである(※3)。銀行預金というマネーストック,日銀当座預金というマネタリーベースが増えたのである。
常識的なマクロ経済学で考えると,こうはならない。それは,銀行が中銀当座預金によって国債を購入するというしくみが,常識的マクロ経済学では把握できないからである。しかし,これは現実である。敢えて言うならば,私の言っていることは個人的思想ではなく,銀行実務を叙述しているだけである。
多くの人は,なお騙されたような気持になるかもしれない。「国が借金したならば,どこからかお金を持ってきたはずだ。借金しただけでお金が増えるというのはおかしいではないか」と思うだろう。山本氏や,またMMT(現代貨幣理論)の主張をトンデモだという人も,大体このように考えてのことだろう。
しかし,そうではないのである。まず債務とは,「誰かが持っているお金を融通してもらう」こととは限らない。「支払約束の証書を新たに発行する」ことも債務である。そして,預金貨幣や日本銀行券は,こうした証書なのである。銀行の債務証書や日銀の債務証書が,銀行や日銀の信用度の高さゆえに貨幣として流通しているのである。こうした貨幣を信用貨幣という。だから,「債務証書を新たに発行する」ことこそ貨幣の発行なのである。「借金するから,新たな債務証書が流通してお金が増える」のである(※4)。
財政赤字の効果を理解するには,この信用貨幣のしくみと,中央政府ー中央銀行ー銀行間の取引関係の二つを把握しておくことが必要である。
最期に,もういちど山本氏と米山氏の主張に戻る。山本氏の主張が理解されないのは,動画では資金循環表を持ち出すだけで上記二つのしくみの説明をすっ飛ばしているからであり,それ故,「国債発行は民間資金を吸い上げない」ことが説明できていないからである(※5)。他方,米山氏が依拠する常識的マクロ経済学では,もともと「国債発行は民間資金を吸い上げる」と誤認しているので,財政赤字が民間所得に対してプラマイゼロだと見誤ってしまうのである。山本氏は結論は妥当だが根拠の説明がなく,米山氏は結論が妥当でない。米山氏の結論が妥当ではないのは,米山氏個人の問題ではなく,常識的マクロ経済学の問題である。
なお公平のために言うと,れいわ新撰組の文書では,信用貨幣のしくみと,中央政府ー中央銀行ー銀行間の取引関係が把握されているように見える(※6)。しかし,「統合政府が貨幣を発行している」ことの説明はされているのだが,「国債を発行しても民間資金は吸収されない」という側面の説明が弱い。その点の説明にもっと注意を払い,演説などでも不可欠の要因として加えていくことが必要だろう。
<補足説明:財政支出の有効性について>
貨幣表現の需要が増えて貨幣所得が増えるとしても,それで「ものとしての富」が増えるかどうかは,また別問題である。政府が行った事業が,社会にとって適切かどうかは,増えたカネの金額だけでは決まらない。
たとえば,完全雇用状態で財政赤字を出してもインフレになるだけであって実質所得は増えない。つまり,出発点において需要不足であるかどうかが政府支出の有効性を左右する。
また,失業者を吸収する際に「テキトーに穴を掘って,また埋め戻して下さい。給料は払います」としても,「地震で壊れた道路を復旧する仕事をしてください。給料は払います」としても,カネの動きは変わらないが,社会的には後者の方が明らかに望ましい。この社会的望ましさは,生まれた所得の金額だけでは判定できない。別の基準によって,「富が生まれた」かどうかを判断しなければならないのである。つまり,財政支出の成否は,金額の大きさだけでなく,それによってどんなモノ・サービスがどう生まれたかに依存する。だから財政支出は,タイミングと中身がたいへん重要である。赤字財政は一定の場合に積極的効果を持つが,どんな場合でも財政赤字を一方的に拡大させればよいということにはならないのである。
※1 「L・ランダル・レイ『MMT 現代貨幣理論入門』ノート(2):財政赤字によるカネのクラウディング・アウトは起こらない」Ka-Bataブログ,2019年9月5日。https://riversidehope.blogspot.com/2019/09/lmmt_5.html,「L・ランダル・レイ『MMT 現代貨幣理論入門』ノート(3):財政赤字によるインフレーション(ヒトとモノのクラウディング・アウト)は重要な政策基準」Ka-Bataブログ,2019年9月22日。https://riversidehope.blogspot.com/2019/09/lmmt_22.html
※2 貨幣所得が増えて実質所得も増えるのは,購入すべき在庫や雇うべき人がいる不完全雇用状態の時である。完全雇用状態の時は,インフレになるだけで実質所得は増えない。後に補足する。
※3 この設例では,日銀は国債を引き受けたわけでもないし,買いオペレーションさえしていないことに注意して欲しい。政府支出の際に,ただ黙って銀行の準備預金(日銀当座預金)100億円が増えて政府預金が100億円減るのを受け入れただけである。それでどうして貨幣を発行したことになるかというと,準備預金はマネタリーベースだが,政府預金はマネタリーベースに含まれないからである。
ほんらい,準備預金は日銀が銀行に信用供与する際に発行するものである。しかし,この場合,準備預金が一方的に増えることで,マネタリーベースは増えたのである。これは財政赤字が中央銀行に与える独特の作用である。
※4 誤解を避けるために言うが,ここで言う「債務証書」とは発行された国債ではない。増加した銀行預金と中銀当座預金のことである。国債が貨幣なのではない。国債は,中銀当座預金によって買われる金融商品である。国債を貨幣等価物とみなす議論がよくあるが,マクロ的な貨幣流通の議論においては話を混乱させるだけなので止めるべきである。
※5 「れいわ財政政策」れいわ新撰組サイト。
https://reiwa-shinsengumi.com/reiwa_newdeal/newdeal2021_01/
<参照>
米山氏の最初の山本批判のポスト。2024年2月10日。
https://twitter.com/RyuichiYoneyama/status/1756230337162846325
米山氏の批判に関する報道。「米山隆一氏 れいわ山本太郎代表の言説を全否定「非常に不正確」「ミスリーディングな幻想を語るのも大概に」デイリー,2024年2月11日。
https://news.yahoo.co.jp/articles/8f83b1c3976e147d60d4e5f64bb1feb36517c047
補足として引用した米山氏のポスト。2024年2月12日。
https://twitter.com/RyuichiYoneyama/status/1756987125265014867
山本氏のアベマプライムのフル動画。「【国債発行】「テレビでは聞かない話、半信半疑だと思う」独自色が強い経済政策をどう実現?れいわ新選組 山本太郎代表に聞く【ノーカット】」ABEMA Primetチェンネル, YouTube, 2022年2月1日。
https://www.youtube.com/watch?v=iW5gkmMKAN0
同様の主張をしている山本氏の演説動画。「【国の借金=私たちの借金は嘘!?】テレビ新聞で報じない 25年のデフレを脱却する方法【山本太郎】」れいわ新撰組チャンネル,2021年10月19日。
https://www.youtube.com/watch?v=t76Ep77Mo0Q
※2024年11月23日追記
本稿の見地は修正を要する。国債発行は民間資金を吸い上げない。しかし「国債発行による預金貨幣の追加供給量×準備率」だけ,中央銀行が供給した当座預金を吸収するのである。ここで述べた「カネのクラウディング・アウト効果はない」という主張は,1)あらゆる場合に打倒する一般論ではない。一般論として述べたのは本稿の誤りであった2)しかし,超過準備が一定以上存在する下では妥当する。3)また,中央銀行が政府と協調して金利を低め誘導するという条件下でも妥当する。したがい,現在の日本ではやはり妥当するのである。
詳しくは以下を参照。
「『カネのクラウディング・アウト』再考:超過準備の存在という条件」Ka-Bataブログ,2024年11月23日。