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2025年6月28日土曜日

「発展途上国鉄鋼業における技術・生産システム間競争:ベトナムにおける共英製鋼の事業展開から考える」が『産業学会研究年報』第40号に掲載されました

  拙稿「発展途上国鉄鋼業における技術・生産システム間競争:ベトナムにおける共英製鋼の事業展開から考える」が『産業学会研究年報』第40号に掲載されました。昨年発表した「ベトナム鉄鋼業の発展初期における日系中堅電炉企業の役割 -ビナ・キョウエイ・スチール社成立過程の研究-」とあわせて,共英製鋼のベトナム進出2部作が完結しました。いずれもダウンロードいただけます。

 もともと,2020年度から始まった科研費でベトナム鉄鋼業における外資の役割を取り上げる予定でしたが,コロナ禍突入によってベトナム渡航ができなくなり座礁しかかりました。そこで共英製鋼に事例を絞って日本での聞き取り,資料収集から始め,2023年2月には念願の現地調査も実現して,どうにか完成へと向かいました。

 現地での生産拠点第1号のビナ・キョウエイ・スチールには2000年8月から訪問を続けてきましたので,もう25年になります。ずいぶん時間がかかってしまいましたが,第1論文では,巨大高炉メーカーでなく,中堅電炉メーカーの共英製鋼がベトナム事業を定着させられたことの意義を,また第2論文では,地道に現地定着を目指した同社が,異なる技術を用いたローカル企業に思わぬ挑戦を受けたことの意義を解明できたと思います。

 必ずしも成功の側面ばかりを描いたわけではないにもかかわらず,快く調査に応じてくださった共英製鋼株式会社には深く感謝しています。


第2論文

川端望「発展途上国鉄鋼業における技術・生産システム間競争:ベトナムにおける共英製鋼の事業展開から考える」『産業学会研究年報』第40号,産業学会,2025年3月,37-55頁。
https://researchmap.jp/read0020587/published_papers/50024237
※学会の許諾をとってPDFを公開しています。

第1論文

川端望「ベトナム鉄鋼業の発展初期における日系中堅電炉企業の役割 -ビナ・キョウエイ・スチール社成立過程の研究-」『アジア経営研究』第30-1号,アジア経営学会,2024年8月,77-92頁。
https://doi.org/10.20784/jamsjsaam.30.1_77



2025年6月6日金曜日

市川浩『“技術論”の源流を訪ねて―1930年代ソ連における“マルクス主義的技術史”の探求―』広島大学出版会,2024年を読んで

  市川浩教授とは若いころに研究会でお会いしただけであり,その時もふたこと,みこと以上の会話はなかったように思う。しかし,本書のあとがきを読んでみると,私はこの方の数年遅れで同じ道を,もっとぼんやりしながら歩いていたような気がする。

 私は市川教授に7,8年遅れて技術論論争史に出会って夢中になり,彼が単位取得退学(のちに学位取得)した3年後に大阪市立大学に職を得て,彼が学んだ加藤邦興ゼミに1年ほど出席させていただいた。同大学に在職中には,市川教授の同僚である中峯照悦『労働の機械化史論』の学位論文審査委員に選出されたのでこれを精読して「マシーネ」と「マシネリ」の違いを初めて認識した。博士でない駆け出し教員に審査をさせるのも無茶であったとは思うが,おかげで勉強になり,中村静治『技術論論争史』に次いで私の技術論に影響を与えた本となった。その後,私は技術論を軸にしながら産業論を研究したが,技術ー生産管理ー技能の関連をどう整理すべきなのかがわからずに苦労した。その観点から注目したのが,転向後の相川春喜の技術論であった。唯物論研究会時代から転向後の戦時期,そしてシベリア抑留から帰国した後までの相川技術論について論じたいと思いながら果たせないうちに,市川教授は本書で技術論の源流にたどり着かれていた。

 さて本書は,技術を「労働手段の体系」と規定する説が,1930年代のソビエト連邦において,他の見解を政治的に圧殺しながら定式化されたものであることを明らかにしている。これは薄々予想できたことではあったが,実際に起こっていたこと,その具体的な過程を解明したことが本書の大きな功績である。技術論には,その源流において見落とされ,断絶された分岐があり,また「大テロル」を正当化したマルクス・レーニン主義,ありていに言えばスターリン主義の呪縛を受けていたのである。

 ところで,圧殺されたのが,労働手段体系説による技術史に物質文化史を対置する見解であったことは,私にとっては示唆的である。物質文化史研究は,いわば人間の実践を対象とするものだからだ。

 マルクス体系に沿って技術を考える際に,「手段」概念は,技術が社会において果たす役割を,技術進歩がかえって労働者を抑圧する問題を含めて,科学的に研究する道を開いたことは間違いない。また「実践」概念が,客観的条件に規定されながら主体的である人間の営みを解明する手掛かりになったことも間違いないだろう。そのように考えるならば,両者にはそれぞれ意義があるはずだ。

 私自身は,マルクスの理論構造に沿って理解し,産業論を研究し,まとまった理屈に沿ってものごとを論じるためには,手段概念の方が優れていると考えてきた。そうして鉄鋼業などを研究してきた。実践概念は技術でなく労働そのもの,例えば研究開発労働の規定にふさわしいし,理論としてまとまりがなく話が拡散しすぎると考えてきた。例えば星野芳郎氏の鉄鋼技術論をそのように批判的に評価してきた。だからといって意識的適用説を階級的敵であって反革命でブルジョア的だとも思わないし,スターリン主義の所産だとも思わない。繰り返すが実践概念は研究開発労働の規定としては意味があると思う。

 しかし,マルクス主義の歴史において,技術の手段概念と実践概念は,学問的に競い合う関係に入らなかった。相川春喜が定式化した「労働手段体系説」と武谷三男が提唱した「客観的法則性の意識的適用説」の相克において,技術を「手段」概念でとらえる見地と「実践」概念でとらえる見地は,通常の意味での学説の違いを超えて,互いを敵視し,根絶しようとする勢いで非難し合った。それはなぜなのか。

 私の限られた学びの範囲で,大まかに言うならば,「手段」概念がマルクス・レーニン主義,ありていに言えばスターリン主義的に理解されたときに極度に硬直的で異端審問的な命題と化すのに対して,「実践」概念はそれに対する解毒剤ないしアンチ・テーゼとしての役割を果たしたのだと思う。本書で論じられたソ連におけるズヴォルィキンの体系説による技術史と,ガルベルの実践概念に立つ物質文化史の関係にも,そのようなところがあったのではないか。戦後日本における技術の労働手段体系説と適用的適用説の関係,さらに言えば民科『理論』派に対する『季刊理論』派,戦後直後の松村一人らに対する主体的唯物論,反映論的芸術論に対する表現論的芸術論,反映論的唯物論に対する実践的唯物論は,みなそのような対立を含んでいたのではないか。やや戯画化して言えば,タダ,モノから出発し,モノを正しく認識しろ,正しい在り方はひとつであって間違うことは許されないという類いの硬直した唯物論理解に対する,実践行為から出発してその契機として認識を位置づけようとすることで,個性や多様な行動の価値を認めさせようとする理解の対抗である。そのような政治的文脈に「手段」概念と「実践」概念が置かれたのである。

 ただ,私はこの対立があったから,反スターリン主義の「実践」概念の方が正しかったと言いたいのではない。問題は,スターリン主義的硬直とそれに対するアンチテーゼという文脈の方だ。この文脈を取り去っってみれば,根本的には技術には「手段」概念の方が妥当すると考えているのである。それだけに,この,政治的文脈ゆえに起こった相克に納得がいかないのである。

 この相克は,具体的にはどのような理論的契機により,またどのような歴史的経緯により生じたのか。マルクス的技術論に潜む理論的可能性と危険とは何なのか。これらは,本書の到達点に立った上で,さらに追求されるべき課題のように思う。


出版社のページ
https://www.hiroshima-u.ac.jp/press/59

何と,本書は丸ごとオープンアクセスになっている。
https://doi.org/10.15027/55809

2025年5月28日水曜日

木村幹『国立大学教授のお仕事--とある部局長のホンネ』筑摩書房,2025年を称賛する

 自分の日常をそのまま本で読むというのは,めったにない体験である。書かれていることがほぼ100%理解できる。自分が書いたのだろうかと錯覚するほどである。だが,よく考えると違う。もし私が書けば,だらだらと5倍ほどの量で,およそひとさまの目に触れさせることができないような内容となってしまうことは確実であろう。私は,本書が真実の塊であることを知っているが,サブタイトルだけには多少の嘘があるのではないかと推定する。ホンネを書いたらこれではすまないと思うからである。怒りと嘆きを鎮め,筆致を抑制し,読者に伝えるべきことのみを伝えようとしてこれを果たした,木村教授の理性を心より称賛したい。

木村幹『国立大学教授のお仕事--とある部局長のホンネ』筑摩書房,2025年。


2025年5月19日月曜日

博士課程に留学生の割合が高いのは,単に日本が「博士冷遇社会」だからである

 博士課程で留学生の割合が高いのはけしからんという議論が,一部から流されている。しかし,これは外国勢力の陰謀でもなければ,大学経営陣が外国におもねっているからでもない。単に日本が「博士冷遇社会」だからなのである。

 これについて冷泉彰彦氏が「博士課程の奨学金受給者の約4割が留学生、問題は日本社会の側にある」という記事をNewsweek4月2日付に書いておられるので,手掛かりにしよう。冷泉氏が,「人文系などの分野でも、博士課程に圧倒的な割合で留学生が学んでいるのです。まるで『東大大学院がジャックされている』ように見えるこの現象ですが、問題の本質は、留学生の側にあるのではありません。そうではなくて、「日本人学生が人文系の博士課程に行かない」という現象があるからです」というのはまったく正しい。ただし,「留学生が増えたのではなく、日本人が行かなくなったのです」というのは,やや不正確である。そこで補足したい。実際には,

「博士課程院生を増やせと国に言われて枠を増やしたら,日本人が来ないで留学生が来た」

のである。理由は簡単だ。

「日本以外の国では,企業も政府も博士課程まで含めて学歴を認める社会だが,日本の企業と政府は,理工系は修士,人文社会系は学部までしか学歴を認めないから」

である。次第に変化して,徐々に理工系の博士,人文社会系の修士もみとめられるようになってはいるが,なお厳しい。

 日本で暮らしていると,世の中から博士は「世の中のことを知らないから」「専門のことしか知らないから」「使えない」云々という声が聞こえてくる。もちろん,本学卒業生を含む社会人の方々の意見は尊重したい。しかし,これに限っては,少なくとも普遍的な真理ではないと抗弁せざるを得ない。もっと言えば,これはむしろ国際的に超超マイナーな意見である。

 日本以外では,企業でも公的機関でも博士は修士より,修士は学士より好待遇にする国が多い。つまり多くの諸国は普通に学歴社会である。しかし,日本は違う。学歴社会と言われながら博士を好待遇で雇用しない。単に日本が博士冷遇社会なのである。

 その理由も,もうわかっている。会社も政府も自治体も,専門知識や専門スキルではなく,格好良く言えばチームワーク,泥臭く言えば社風への適応性を重視し,給与が年功的に上がるまでじっと我慢し,長く勤務しそうな人を採用するからである。今日的に言えば,多数の正社員・正職員が「メンバーシップ型雇用」だからである。

 とくに厳しいのは人文社会系である。日本の人文社会系で博士になって,生きがいもあれば給料ももらえる可能性が高いのは,研究者志願の者だけである。だから,昔は人社系の大学院は,定員通りに入学などさせなかったし,そもそも定員に足りる志願者などいなかった。ところが日本政府が1990年代に「これからは大学院出身者の社会だから定員通りに入学させよ」と指示した。大学,とくに国立大学は逆らうわけにもいかないので大々的に院生を募集し,定員を増やし,実際に定員通りに入学させるようにした。しかし,日本社会で暮らそうとする日本人は,研究者以外は博士課程まで進んでも良いことがないことを知っている。よって研究者志願者以外は博士課程を志願などしない。しかし,将来は母国で暮らそうとする留学生からすれば,博士を取得すれば企業からも好待遇を与えられるとわかっている。だから,日本人でなく留学生が博士課程にやってくるのである。ここには,外国勢力の陰謀も何もない。単に日本社会が博士,とくに人社系博士を冷遇するからこうなるのである。

 もちろん,まったく就職できないわけではない。そして日本社会も少しずつは変わっている。当研究科においても,長年の努力の結果,修士は問題なく企業に就職できるようになった。博士も,まず理工系では,製造業やIT産業の技術者などへの就職の道は,開けつつある。それに比べると相当に範囲は狭いが,人社系でも専門性を認めた採用を行う傾向が,相対的に強い業界もある。証券,商社,コンサル,シンクタンクなどである。最近ではデータサイエンティストが必要な業界が加わる。ジョブ型採用を行う外資系企業へも行ける。また,従来の慣行にとらわれない新たな雇用慣行を採るベンチャーもあるし,大企業でもベンチャーから成長した若い会社もある。当ゼミでは,私が副指導教員をした日本人学生が,アフリカの経済開発を研究して博士号を取得したたうえで,大手商社に就職した例がある。他のゼミでも,近年,eコマースやプロスポーツに従事する企業に博士が就職した例もある。しかし,まだまだ日本社会では人社系博士の就職は厳しい。

 何といってもこれこそが,博士課程において留学生が多数となる理由なのである。これが嫌だとかけしからんというならば,政府と企業が,諸外国のように学士より修士,修士より博士を厚遇して欲しい。日本だけ特別なことをせよというのではない。諸外国と同じにするだけでいいのだ。そうすれば,日本人学生も喜んで博士課程に進学するであろう。

2025/5/24 字句修正を行いました。


2025年5月13日火曜日

劉慈欣(大森望,光吉さくら,ワン・チャイ訳)『時間移民 劉慈欣短編集Ⅱ』早川書房,2024年を読んで

 劉慈欣(大森望,光吉さくら,ワン・チャイ訳)『時間移民 劉慈欣短編集Ⅱ』早川書房,2024年。Ⅰの『円』を文庫で読んだので,何となくⅡも文庫かと思い込んで冊子体を注文したら四六判だった。

 劉慈欣の作品はどれもこれもスケール観が圧倒的だ。しかし,舞台装置だけで話を運んでいるわけではない。例えば,本書のいくつかの作品では,作者が比較的はっきりと人間を信頼しようとしている気配が感じ取れる。ある作品の中で語られている「ひょっとしたら,完全に希望を失ったとまでは言えないかもしれない。自分たちができることをしなければ」という台詞は作者の声でもあろう。しかし,科学・技術がどこまでも発展することについては,作者はそれほど楽観的でもない。いくつかの作品では,純粋に行き着くところまで行こうとする科学・技術にとらわれるならば,人間は生きられないであろうことも示唆されている。両義的でもあり,SFの古典的問題に正面から挑んでもいて,それでいて新鮮である。

出版社サイト
https://www.hayakawa-online.co.jp/shop/g/g0000614709/



2025年5月5日月曜日

ホールセール型中央銀行デジタル通貨(CBDC)はデジタル札束だった

 中央銀行デジタル通貨(CBDC)について,これまでどうしてもわからなかった謎が解けたように思う。何種類かの実証実験がなされている「ホールセール型CBDCを使って国際決済を行う」という試みは,貨幣論的にどういう仕組みになっているのかということだ。

 これまで私は,リテール型CBDCが「トークン型」つまり中央銀行券のデジタル化,ホールセール型CBDCが「口座型」,つまり中央銀行当座預金の最新IT技術による高度化だと思っていた。しかし,「口座型」では対外支払いに使えそうにない。中央銀行当座預金で対外送金するには,外国銀行が自国中央銀行に口座を持つことになり,それはいくらなんでもありそうにないからだ。

 しかし,この思い込みがつまずきのもとであった。国際決済銀行(BIS)の分類によれば,国際決済に用いるホールセール型CBDCも「トークン型」,つまり現金,中央銀行券がデジタル化したものだったのある。そう考えると,対外支払いも合理的に説明できる。

 簡単に言えば,「銀行間で国際的なプラットフォームを築き,その上で,海外の銀行にデジタル札束を送って払う」のである。ここでは,「堅固で安全で高速なプラットフォームさえできれば(まあ,それが現実には難しいのだが),デジタル通貨の取引コストは低い」という特徴がいかんなく発揮される。

 CBDCでは,プラットフォームの上で,ある人(銀行)が持つ残高を,別な人(銀行)の残高に移すだけで国際送金ができる。これなら,紙での現金取引,つまり札束をトランクに詰めて飛行機や船で運ぶよりも手間暇がかからない。また,ことによると口座振り込みよりも簡単で安上がりかもしれない。とくに,国際的な銀行間送金はコルレス・バンキングという仕組みが必要で,国内取引の口座振り込みよりもはるかに手間も時間もお金もかかる。国内では,銀行間の決済を,どの銀行も共通に持っている中央銀行口座をつかって預金振替で行っている。世界経済には世界中央銀行はないので,これが行えないのだ。しかし,CBDCというデジタル現金を使えば,デジタル現金をプラットフォーム上で送ればいので,簡単になるということだ。

 国境を越えてやりとりされるデジタル札束が,唯一,紙の札束と違うのは,プラットフォームに参加する銀行間でしか流通しないということである。だから銀行が,受け取った外貨建てのデジタル札束を普通の取引に使う際には,自国の紙の札束や中央銀行当座預金に変換する必要がある。その際には,国内通貨に両替しなければならない。

 実用化までは紆余曲折があるだろうが,ともあれホールセール型CBDCを用いた国際決済の骨格は以上である。特徴も問題点も,ここを出発点として考えればよいはずだ。

<参考>

Committee on  Payments and Market Infrastructures Markets Committee, Central bank  digital currencies,  Bank for International Settlements, March 2018.






2025年4月23日水曜日

なぜ中央銀行は通貨価値の安定を保とうとするのか:管理通貨制における最終決済手段としての中央銀行マネー

 トランプ大統領はFRBの独立性などお構いなしに金利引き下げを要求し,議長の解任の可能性にまで言及している。景気が冷えそうなのは自らのでたらめな高関税のせいなのに,責任転嫁も甚だしい。絶対自分が悪いとは認めたくないのだろう。

 ところで,中央銀行にはなぜ独立性が必要とされるのだろうか。よく知られているのは,通貨価値の安定を保つ必要があるという理由だ。これは正しい。しかし,なぜ中央銀行は通貨価値の安定を保たねばならないのだろう。また,なぜ保とうとするのだろうか。

 それは管理通貨制のもとでは,中央銀行が発行する貨幣(中央銀行マネー)が通貨システム全体を支える最終決済手段だからである。以下,やや複雑だが説明しよう。

 現代経済では,多くの支払いが異なる銀行の間で発生する。銀行間の支払い決済は,現金輸送車で札束を運ぶ例外的な事態を除き,中央銀行当座預金を使用して行われる。中央銀行当座預金がなければ口座振替は同一銀行内でしか行われなくなり,経済はマヒする。したがい,中央銀行当座預金が通貨価値を毀損されないことは決定的に重要である。

 またすべての現金は,銀行預金を預金者が引き出すことによって現金流通界に供給される。銀行はこの引き出しに耐えるために,中央銀行券を手元に持っていなければならない。この中央銀行は,銀行が準備預金(中央銀行当座預金)を引き出すことによって銀行の手元にわたる。では中央銀行当座預金はどこから来るかというと,中央銀行が民間銀行に信用を供与することによって設定される(融資される場合もあるが,現在では中央銀行が民間銀行から国債を買い入れるオペレーションによって供給される割合が高い)。ここでも根源は中央銀行当座預金であるから,その通貨価値が損なわれないことは決定的に重要である。

 銀行間システムでは中央銀行当座預金が最終支払い手段である。現金流通界では,中央銀行券が最終支払い手段である。しかし,その通貨価値は金属貨幣と異なり内在的な価値に基づいていない。これらはいずれも信用貨幣であり,中央銀行債務であるから,その価値を支えるのは返済能力である。中央銀行は債務返済を迫られないのだろうか。銀行は,中央銀行に要求して,中央銀行券を中央銀行預金に換えることや,その逆はできる。しかし,「そんなものじゃだめだ。管理通貨制など信用できない。金か実物資産で払え」と中央銀行に迫ることはないのだろうか。

 実は,通貨価値さえ安定していれば,こうした要求を中央銀行に突きつける銀行はない。なぜならば,銀行は,中央銀行当座預金で他の銀行から,あるいは中央銀行券で経済界の誰かから,価値の安定した資産を買えばよいからである。こうして,最終支払い手段が中央銀行の信用貨幣であって金でなくても不都合はなく,通貨システムは回っていく。中央銀行は,準備資産を持たなくてすら成り立つのである。

 しかし,悪性インフレや物価の乱高下によって通貨価値が毀損されれば別である。中央銀行券が紙くずに準じた扱いとなり,中央銀行当座預金が意味のない電子信号に準じた扱いになれば,通貨システムは崩壊するだろう。中央銀行は,何か価値の認められる別の資産を持ち出して支払いに応じないと,倒産の憂き目を見るかもしれない。

 このように,中央銀行が発行する当座預金と銀行券が最終決済手段であるためには,悪性インフレや物価の乱高下が起こらないことが必須条件である。したがい,中央銀行は,通貨価値を安定させる強力な動機を持つのである。


(専門的補足)
 厳密に言うと通貨価値の低下には,1)金生産費の低下など正貨の内在的価値の低下,2)正貨に対する代表価値の低下,3)商品に対する購買力の低下,の三つの意味がある。1)は管理通貨制ではほぼ意味をなさない。2)が損なわれるのは財政赤字によって代用貨幣が一方的に増加する場合だけである。3)はその場合に加えて,景気過熱によって物価が一時的,実質的に上昇する場合にも生じる。なので,FRBが金利引き下げに慎重だというのは,3)を防ごうとしているからだと言っていい。国債買い入れに慎重になるとすれば,それは2)を警戒するからである。


(詳細こちら)
川端望「通貨供給システムとしての金融システム:信用貨幣論の徹底による考察」https://doi.org/10.50974/0002003359

2025年4月21日月曜日

改善活動は,時間外の小集団活動を主力とするのでもないし,管理職や職長抜きに現場だけでやるものでもない

「現場の知恵」で作業標準を無視した作業方法を勝手に実行したら大問題になるという記事が,『日経XTECH』に掲載されていた。2ページ目以後有料記事で失礼。

 当たり前のようだが,実は重要な含意を持っている。

 適切な改善方法は,もちろん,正式の提案による作業標準の書き換えである。そのためには,もちろん正規の手続きを踏み,作業員の意見を汲んで(名称は企業によりさまざまだが)職長が提案し,その上位の会議体が承認していなければならない。これまでトヨタを筆頭とする日本企業が行ってきた,生産現場での改善活動も,もちろんこのようなものである。

 だからどうしたと人は言うだろうが,この話の含意は「改善活動は,時間外の小集団活動を主力とするのでもないし,管理職や職長抜きに現場だけでやるものでもない」ということである。

 QCサークルなど,正規業務以外に,労働時間外に「自主的に」行うものが主力なのではない(もっとも,いまではさすがに労基法逃れではないかと突っ込まれるので,正規の時間とみなしている会社も多い)。そうではなく,正規の仕事の中に改善活動があるのである。

 また「現場労働者の知恵」や「現場の作業員の知的熟練」だけを取り出してほめたたえるのも,現場に寄り添っているようでいて,実は間違いだということである。なぜならば,改善活動は,「職長とその上位の管理階層が」正規の改善手続きを回していくことによって成り立っているからである。この記事が指摘するように,現場で勝手に作業方法を変えたのを職長とその上位の管理職が把握できないというのは論外である。逆に,管理職と職長は状況を把握してはいるが,組織が硬直化してしまい,「改善活動など面倒だし評価されないからやらない」という態度になってもだめである。時にその両方が生じることもある。これは工場に限ったことではないので,オフィスのことで覚えのある方もいるだろう。

 「正規の仕事の一部として,作業員の意をくみながら,正規の改善手順を,管理階層と職長が懸命に回す。具体的には相当な頻度で作業標準を書き換える」。これが改善活動である。現場の創意工夫を受け止めて改善することと,組織の決められたルールを守ることを両方実行すれば,手間暇は恐ろしく増える。それでもやるところに難しさがあり,意義もあるのである。

 その前提として,こうした改善に,少なくとも正社員の工場労働者は参加してくれるような労使関係がある。そのような労使関係が珍しく,多くの国では容易に実現できなかったから,ひところ,日本の改善活動には秘密があるように思われたのである。

 なお,生産革新を目指すにあたり,こうした改善活動ではどうにもならないことが,この25年くらいは増えているのではないかという問題は,もちろん別に存在する。

古谷賢一「作業標準を無視した「現場の知恵」が全数回収を招いた企業」『日経XTECH』2025年4月11日。



2025年4月11日金曜日

安孫子麟著作集全2巻『日本地主制の構造と展開』『日本地主制と近代村落』(八朔社,2024年)を読んで

 全然本が読めない状況であるが,何とか安孫子麟著作集全2巻(八朔社,2024年)を読了した。安孫子説をどう受け止めるかは,いずれ落ち着いて考えてみたい。ここでは第1巻と第2巻の違いについて覚書を記しておくにとどめる。

 第1巻『日本地主制の構造と展開』に収録されている論文が示すように,安孫子説は,実態分析により地主制を人格的支配関係を含むとする点で講座派の流れを汲む。山田盛太郎『日本資本主義分析』に対しても肯定的言及の方が多い。しかし,安孫子説は固定的な半封建制論や絶対主義論を採らず,地主制を日本資本主義のウクラードとして位置付ける。資本主義発展に規定され,また農民運動との対抗の中で地主制が成立・展開・解体の変遷を遂げるという点では,栗原百寿の流れを汲む修正講座派である。ここでは講座派の硬直的な在り方に対して,資本主義のダイナミックな展開が強調されている。

 同時に,第2巻『日本地主制と近代村落』に収録されている論文が示すように,安孫子説は小経営的生産様式論と中村吉治の共同体論に依拠した村落社会論という側面を持つ。小経営はそれだけで完結することができす,何らかの共同組織,共同関係を必要とする。その最たるものは土地管理機能の必要性である。しかし,この共同組織は,よく言われるような,人類史の起源から続く共同体と等しいのではない。共同体は血縁規範に支えられた人格的結合であって,生産力の発展とどもに次第に機能別に広域に拡散していき,近代社会では基本的に解体される。近代の村落は共同体的関係を部分的に残しているが共同体そのものではなく,血縁規範以外のまとまりによっても支えられる独自の秩序である。安孫子氏はそれは明治期にあっては「部落」であったとする。ところが部落の土地管理機能は次第に地主による土地管理にとってかわられ,さらにファシズム的な国家管理によって再編される。そして戦後の農地改革を経て新たな村落にとってかわられるのである。ここでは資本主義や商品経済や私的所有権に解消されない,村落における独自の社会関係が強調されているのである。

 安孫子説は,経済史研究や農業・農村の研究にとってのみ有意義なのではない。この説によって,戦前日本が敗戦まで半封建制や絶対主義のままであったかのような講座派の硬直的なバージョンが退けられると同時に,日本は資本主義であることを強調するあまり独自の社会関係を見落とす労農派的見地の硬直的バージョンも退けられる。それだけではない。読者の側が安孫子説を敷衍するならば,小経営の独自の運動を見落とす近代経済学の単純化されたバージョンや,小経営に個人の完全な自立を見出す空想的市民社会論も退けられる。と同時に,村落の共同関係に共同体を見出し,近代的個人を否定した人格的結合への回帰を夢見る時代錯誤も退けられるのである。安孫子説はこのような広大な射程を持つというのが,私の解釈である。




2025年4月3日木曜日

自由・無差別・多角の終わりとしてのトランプ関税

  日本メディアでは,トランプの差別的関税率が日本にとってどうなのかを重点的に取り上げている。確かに差別的関税率は特定の国の産業に打撃を与える効果はあるし,またそれでも可能なアメリカへの輸出については輸出国の変化や輸出品目の変化を促し,輸出国の相対的な地位を変動させる。その中でどのような相対位置を占めるかは,日本を含む各国にとって重要な問題だ。しかし,それが最大の問題なのではない。より深刻なのは,アメリカそのものを含む世界経済への打撃と,戦後世界の通商ルールの転換だ。

 トランプ関税は全般的高関税だ。自国産業を保護することで経済を活性化させるというのは,1930年のスムート・ホーリー法の思想だ。この大恐慌下での高関税はアメリカ経済を回復させなかったし,世界経済ブロック化の流れを強めた。

 トランプ関税は相互関税でもある。相互関税は「相手がやっていることをやり返す」という相互主義に基づいている。レーガン政権はこの手法で日本などを攻撃したが,アメリカの貿易赤字を縮小させることにはまったく役立たなかった(そもそも貿易赤字が悪いことで貿易黒字がよいことだというのは,外貨準備が枯渇する危険のある途上国には言えても,先進国では成り立たない決めつけだ)。

 そしてトランプ関税は差別的関税でもある。相手によって税率が異なることが,例外でなく原則になっているからだ。これは国際関係を悪化させ,敵愾心をあおるには適しているが,報復合戦を誘発することで世界経済を縮小のスパイラルに導く。

 これらを歴史的に見れば,トランプ関税は,世界大恐慌とブロック経済,そしてそれらが背景となった第二次世界大戦の教訓として戦後に確立された自由・無差別・多角という通商思想を否定するものだ。世界の通商体制は新たな局面に入りつつある。自由な貿易・投資が望ましいというイデオロギーが広範囲に共有されていたポスト冷戦期から,より分断された時代へと。


クリーブランド・クリフス社の一部の製鉄所は,「邪悪な日本」の投資がなければ存在または存続できなかった

 クリーブランド・クリフスのローレンコ・ゴンカルベスCEOの発言が報じられている。 「中国は悪だ。中国は恐ろしい。しかし、日本はもっと悪い。日本は中国に対してダンピング(不当廉売)や過剰生産の方法を教えた」 「日本よ、気をつけろ。あなたたちは自分が何者か理解していない。1945年...