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2019年4月13日土曜日

東京福祉大学問題から見える,歯止めなきトップダウンのダメさ加減

 東京福祉大学による研究生としての留学生大量受け入れは,元総長の中島恒雄氏の指示によるものであったという告発があった。

 中島氏は2008年1月に強制わいせつ罪で逮捕され,実刑判決も受けた。以後,東京福祉大学は中島氏が「本学の経営や教育に関与することはない」とホームページで約束した。しかし,実際には大いにかかわっていたことになる。

 実はこのことは以前より,誰あろう,文部科学省大学設置・学校法人審議会によって公式に指摘されていた。東京福祉大学は2012年度より経営学部,大学院経営学研究科を開設すべく文科省に設置申請を提出したが,「元理事長を法人運営に関与させてきていることや、本設置認可申請後に及んで学校法人として不適切な管理運営が行われていたことが確認された」として,設置「不可」の認定を受けたのだ(「」内は判定不可の理由を記した文書より)。

 田嶋元教授は,中島氏が指示を出していた証拠として20011年9月の会議音声を公開したそうだが,これは文科省に設置申請をしていた時期と一致する。

 田嶋元教授もかなり過酷な目に遭われたようだ。東京福祉大学は,まず2012年3月末で教授を雇い止めると通知して,裁判で無効とされた。3年前に卒業した院生へのセクハラ・パワハラを理由に懲戒解雇し,それも1審,2審で敗訴して和解し,謝罪して原職復帰を認めることになった。しかし,さらなる嫌がらせ,雇用契約の不利益変更を迫り,労働審判でそれが否定されると今度は訴訟に移行したようだ。田嶋教授は2018年3月31日に定年退職された。

 田嶋氏に対して,自分が嫌がらせに遭ったから意趣返して告発しているのだろう云々というコメントがネットを飛び交うかもしれないので言っておく。文科省も裁判所も異常な経営を認定しており,どうみても東京福祉大学の方がおかしい。

 いま,大学のガバナンスが取りざたされているが,たいていの場合,「教授会が頑迷で何も決められないからトップダウンにしろ」という方向で議論がなされるのはどうしたことか。むちゃくちゃな行為が行われるのは,たいてい,トップダウンが行き過ぎた場合であり,それに歯止めをかけるしくみが欠如している場合であることは言っておきたい。

「留学生大量失踪の東京福祉大、元教授が緊急会見。元総長が「120億のカネが入るわけだよ」と会議で発言。金儲けのために留学生受け入れか」ハーバー・ビジネス・オンライン,2019年4月10日。

平成24年度開設予定大学院等一覧(判定を「不可」とするもの)

平成24年度開設予定学部等一覧(判定を「不可」とするもの)

「東京福祉大学事件」田嶋心理教育相談室。

「東京福祉大学事件」交通ユニオン。

2019年4月10日水曜日

ベトナムは業績不良の国有企業に対処できるか?:TISCOの経営危機

 ベトナムの国有鉄鋼企業TISCO(タイグェン・アイアン・アンド・スチール)が株主に送った手紙によれば,同社は「もし政府,銀行その他の機関によって救済されなければ倒産に至り得る財務危機に直面している」。VnExpress Internationalの記事によると自己資本比率は18%,債務1.94兆ドン(8360万ドル)のうち不良債務が8520億ドン(3670万ドル)。同社はうち46%は正常化可能というが,たとえ本当でも自己資本不足と54%は残る。記事にもある通り,TISCOの財務危機の原因は2007年に開始された2期工事の延滞・未完成と費用膨張である。建設中だった高炉などの設備は雨ざらしになっている。

 これは,私が1年半前にRIETIのペーパーで論じたTISCOの問題が,まったく解決に向かっていないことを意味する。

 TISCOは,もともと国有の公社であったVNスチールが65%を保有していた連結子会社であった。その経営危機は2014年には表面化しており,いったんは国家資本投資会社が1兆ドン(4310満ドル)の資本を注入して救済したものの,その後,財務省の指示によってこの株式をVNスチールに買い戻させてしまった。2017年第2四半期にはすでに自己資本比率が19%に落ちていた。

 ペーパーを書いた後にわかったことは,VNスチールはTISCOの債務保証者であるということ,商工省が国有企業の不良債務について公的資金を投じないという方針をとっていたことだ。VNスチールにも債務を肩代わりする力はない。しかし,政府も公的資金は注入しない。買収する気のあった民間企業にしても,そのような負担はご免であろう。そして,銀行が債権棒引きに応じる気配もない。それでは,誰がどのようにTISCOを破たん処理and/or再建し,その過程で誰がどのように損失を被るのか。誰も火中の栗を拾わないままにずるずると状態が悪化している。

 ことはTISCOだけにとどまらないのではないか。記事はTISCOをベトナム最大の鉄鋼企業の一つと書いているが,その生産規模はせいぜい鋼材100万トンであり,すでに外資企業のフォルモサ・ハティン・スチール(FHS)や民営企業のホア・ファット・グループ(HPG)に追い抜かれている。もしベトナム政府が,100万トンクラスの国有鉄鋼企業の破たん処理をうまくできないのであれば,他にも数ある国有企業の改革・再編・民営化・破たん処理・再建・清算の成否についても,大きな疑問符が付くだろう。

Anh Minh, Vietnam state steel company faces bankruptcy, VnExpress International, April 8, 2019.

川端望(2017)「ベトナム国有鉄鋼企業の衰退とリストラクチャリング」RIETI Discussion Paper Series, 17-J-066, pp.1-41.



2019年4月6日土曜日

「破壊的イノベーション」の意味を取り違えている内閣府総合科学技術・イノベーション会議の「ムーンショット型研究開発制度」

「欧米や中国では、破壊的イノベーションの創出を目指し、これまでの延長では想像もつかないような野心的な構想や困難な社会課題の解決を掲げ、我が国とは桁違いの投資規模でハイリスク・ハイインパクトな挑戦的研究開発を強力に推進している」(「ムーンショット型研究開発制度の基本的考え方について」2018年年12月20日,内閣府総合科学技術・イノベーション会議)。

 何てこった。完全に「破壊的イノベーション」(Disruptive Innovation)と「ラディカルイノベーション」(Radical Innovation)を取り違えている。破壊的イノベーション論の総帥クレイトン・クリステンセンが『イノベーションへの解』(マイケル・レイナーとの共著。邦訳は翔泳社刊)でこの二つを混同するなと戒めているのに。総合科学技術・イノベーション会議には経済学者や経営学者は一人もいないのかと思ったら,実際いないようだ。安倍さんとか菅さんとか麻生さんはしょうがないとして,世耕経産相も知らないんだな。

 「破壊的イノベーション」とはDisruptive Innovationの訳で,その意味は「ぶっ壊す」というより「既存の秩序を乱す」だ。個人的には「破壊的」と訳したところがそもそも間違いで「攪乱的」の方がよかったと思う。その定義は,「主流市場の顧客には使いようがないイノベーションのことであり,新しい性能次元を生み出すことによって性能向上曲線を定義するもの」だ。破壊的イノベーションは,これまで消費していなかった人々に新しい機能をもたらすか,既存市場のローエンドにいる顧客により大きな利便性または低価格を提供することによって,新しい市場を創出する。既存大企業が獲得できないセグメントや新しい市場を開くことがその革新性の中心だ。銑鋼一貫製鉄法に対する電炉製鋼,銀塩カメラに対するデジカメや,デジカメに対するカメラ付きスマホや,紙の出版に対するDTPなどがそうだった。既存企業をかく乱するところが「破壊的」なのであって,科学的・工学的に新しいことを「破壊的」と言っているのではな。また,投資金額がでかくなければならないのでもない。最初からハイインパクトとも限らない。破壊的イノベーションは,むしろ,「小さく生んで大きく育てる」になることの方が多い。

 総合科学技術・イノベーション会議が言っている「ムーンショット型」は経済・経営的文脈では「ラディカルイノベーション」(Radical Innovation)に近く,これは定義は人によって異なるが,科学的・工学的・組織的原理が従来と根本的に違うことが中心的意味だ。

 この混同がなぜまずいか。「これまでの延長では」できないことを解決するのに必要なのは,大規模な研究開発と資源投入を必要とするようなラディカルイノベーションの場合もあるが,そうでない場合もある。むしろ,既存大企業の死角をつき,一見するとむしろ性能が低いが,それ以外に良いところがある製品で小規模に事業を始めながら,発展しているうちに市場全体を変革するような破壊的イノベーションが必要な分野もある。後者を見失ってはならないのだ。

 両者を混同して前者に解消するようでは,またしても技術中心主義に陥って市場を見失い,またしてもカネと力はあるが革新性を失いつつある既存大企業をかばい続けて,いまは小さいが将来性あるベンチャーを見て見ぬふりをし,またしても大規模資源投入と称して官僚的で舵の効かない大艦巨砲主義に陥って,作戦に必要な自由に小回りの利く民間の小艦艇を忘れ,月でなくあさっての方向にすっ飛んでいくのではないか。

「破壊的技術に1000億円 「選択と集中」どう機能 」『日本経済新聞』2019年4月6日。

「ムーンショット型研究開発制度」内閣府ウェブサイト。

付記:私の理解では,破壊的イノベーションとは,例えば以下で書いたように,「新興国市場の,高級な材料には手の届かない人々に,安くて使いやすくそこそこの品質のカラートタンを個人住宅の屋根材料として普及させて新市場を拓く」といったことだ。
川端望(2016)「ベトナム鉄鋼業における民間企業の勃興」『アジア経営研究』22, pp.79-92。

2019年4月4日木曜日

『アジア経営研究』第24号電子版公開

 私はアジア経営学会というところで機関誌電子化委員をしております。J-STAGEというプラットフォームに雑誌の電子版を掲載する担当で,ゼミ生にアルバイトで入力してもらいながら進めています。このたび,『アジア経営研究』最新の第24号電子版をJ-STAGEで公開しました。この豪華なラインナップに注目ください。巻頭は,全国大会でのアイリスオーヤマ大山健太郎会長の講演記録です。
・大山 健太郎, アイリスオーヤマのイノベーション
・中田 行彦, アジアにおける「ものづくりネットワーク」の新段階 日韓台中における液晶事業の発展過程の研究から
・鍾 淑玲, 小売国際化における埋め込み概念の導入と検討 アジア市場における成長に向けて
・平川 均, ICT基盤役務のオフショアリングと東アジア
・王 珊, 中国における日系自動車部品メーカーの開発活動とその制約条件 デンソー中国と地場系完成車メーカーの取引を中心に
・塩地 洋, 太平洋島嶼国の車両放置問題の解決のために
・全 洪霞, 華為の従業員持株制度の発展段階に関する一考察
・張 艶, 大連ソフトウェア・ITEサービス産業の地域エコシステム
・陳 晋, 躍進している中国スマホ市場の光と陰 国内トップだった小米の盛衰を中心に
・根岸 可奈子, 日本企業のCSRにおける行動規範に関する一考察 国連グローバル・コンパクトを中心に
・劉 瑩, 深圳のビジネスインキュベータのネットワーク構築
・垣谷 幸介, 中国乗用車市場の変化と日系メーカーの対応 モデル投入と開発工数の考察
・鈴木 康二, 接続性と利他性のアジア経営
・中川 圭輔, 韓国の社会事情と職業倫理に関する予備的考察
・廣畑 伸雄, 日系ホテルのインドシナ進出戦略


2019年3月29日金曜日

アベノミクスは誰に一番厳しかったか

アベノミクスの個人への効果は,資産保有,就業条件,年齢階層によって異なっていた。給料も資産もない,年金だけで暮らす高齢者にはもっとも厳しかったのだ。

 超金融緩和は,株高を通して資産保有層を大いに潤した。そして労働者に対しては,程度の問題と格差の問題は大いにありながらも,雇用を拡大し,名目賃金を上げた。政府・日銀の目標には全く及ばないが,デフレを終結させ物価を上昇に転じさせた。

 一方,消費税増税は,事実上すべての人の実質的な可処分所得を押し下げる作用を持った。労働者世帯でも賃上げが相殺されてしまった場合も少なくないだろう。

 ここで最大の問題は,さしたる資産を持たず,年金等で暮らす高齢非勤労者層にあった。この層は,超金融緩和の恩恵が全くなく,消費税増税には直撃されたからだ。加えて物価が上昇傾向に転じたことも災いした。この2要因は年金支給額引き上げで相殺されず,実質的な可処分所得は低下した。

 働ける人は働いただろう。現に高齢層の就業は増大している。これらの層にも,非正規の職しか提供されないという問題があった。そして,「働こうとしても無理」で,頼るべき家族もいない高齢者は身動きが取れなかった。生活保護を受ける高齢者世帯数も増加傾向にある。生活保護で補足しきれない人も増えているだろう。

 専門的分析がなお必要とはいえ,高齢者犯罪の増加の背景には,貧困問題があると考えるべきではないか。

「日本の年金生活者が刑務所に入りたがる理由」BBC,2019年3月18日。

データは以下を参照。
『経済・物価情勢の展望』日本銀行,2019年1月。とくに「(BOX3)年齢階層別にみた賃金,可処分所得,消費性向の変化」『経済・物価情勢の展望』日本銀行,2019年1月。

是枝俊悟「消費税増税等の家計への影響試算(2018 年 10 月版)2011 年から 2020 年までの家計の実質可処分所得の推移を試算」大和総研,2018年10月30日。

是枝俊悟「年金生活者の実質可処分所得は どう変わってきたか モデル世帯の実質可処分所得の試算(2011~2017年実績)」大和総研,2018年11月7日。

「生活保護の被保護者調査(平成30年12月分概数)の結果を公表します 」厚生労働省プレスリリース,2019年3月6日。

2019年3月21日木曜日

MMT(Modern Monetary Theory)についての覚書

最近,欧米リベラルの一部が依拠しているらしいMMT(Modern Monetary Theory)について。講義に関連するので興味はあるが,オリジナルの論文を読んで勉強する余裕は到底ない。さりとて新聞記事レベルでは「いくら財政赤字を出しても大丈夫」という話としてしか紹介されておらず,何だかよくわからない。幸い,主唱者の1人らしいビル・ミッチェル氏のブログが「経済学101」で訳されており,それをその他のブログの記述で補うと,おそらく以下のようなものであるらしい。

◇貨幣理論
*MMTは経済学的に貨幣理論とケインズに対する一定の理解を基礎としている。

*MMTは信用貨幣論を採る。現在流通している中央銀行券を政府債務と見るし,預金通貨を銀行の債務が通貨化していると見る。

*MMTは納税に利用されることが発券集中,つまり中央銀行券に通用力が集中した理由と見る。

*MMTは内生的貨幣供給論を採る。需要に応じて銀行が貸し出すことによって貨幣が供給されると見る。

*MMTが信用貨幣論と内生的貨幣供給論を採るということは,経済学の主流の見方である「銀行は,預けられた預金を貸し出している」というのは誤りであって,「銀行は,貸し付けることによって通貨を創造している」という見るのが正しいと主張していることを意味する。

◇非自発的失業
*MMTは,非自発的失業が発生するのは,民間部門が労働者を必要としてはいるが,貨幣を保有するために収入の一部を支出せずにおくためだと考える。純貯蓄需要と納税需要が失業を呼び起こす。

*MMTは,政府純支出によって失業を減少させることができると考える。

◇金融政策論
*MMTはヘリコプターマネーのように中央銀行が通貨を直接民間に供給することは,そもそもできないとする。中央銀行ができるのは,中央銀行が金融機関から金融資産を得て準備預金を増やしてやるという交換だけだ。

*MMTは,準備預金を増やすことと銀行が貸し出しを増加させることの間には関係がないとみる。民間の側に需要がない限り貸し出しは増えない。

*MMTが上記のような考えを取るのは,「銀行は準備預金を引き出して貸し付けている」とみておらず,「銀行は貸し付けることによって通貨を創造している」と見ているからである。

*MMTは,準備預金の量と金利を調節することを通じて望ましい金利の達成のために努力することは中央銀行の主要な機能だと認めている。つまり,中央銀行は金利を調節しているし,金利を調節することはできるが,通貨供給量を調節することはできないと考えている(4/13追加)。

◇財政政策論
*MMTはマクロ会計を重視し,政府,民間,海外のバランスがゼロになることを重視する。各部門の赤字・黒字は相殺されてゼロになる。政府の債務は,それと一致する民間が海外部門の債権と対応している。

*MMTは政府と中央銀行は一体である,またはあるべきと考える。政府と中央銀行が統合政府とみなされることの上にMMTは成り立つ。

*MMTは,通貨発行権を持つ(統合)政府であれば,自己ファイナンスが可能なのだと見る。つまり,財政赤字によって財政が破綻することはないし,政府収入のために租税が必要なのでもないとする。ここが直感や従来の諸理論ともっとも異なるところである。

*MMTは租税は政府の資金調達のために必要なのではないとする。資金調達は自己ファイナンスでいくらでも可能だからだ。

*MMTは,財政政策は完全雇用達成やインフラや社会保障システムの整備など,政策目的のために行われるべきであり,その際に財政赤字は制約にならないと見る。

*MMTは財政赤字の拡大はクラウディング・アウトを起こさないとする。民間銀行が国債を購入すると,銀行が中央銀行に持つ準備預金から政府預金に振り替えが起こるのであって,流通している通貨が減少することはない。中央銀行に預けられた預金の持ち主の構成が変わるだけである。そして,政府がその預金を引き出して支出すれば,それは誰かの銀行口座に振り込まれるのであって,民間の預金が増え,通貨供給量も増える。つまり,政府が財政赤字を拡大することが原因で政府の債務が増えて民間の資産が増える。経済学の主流のように,民間の貯蓄がまずあって,それを国債に投資してもらうのではない。だから,国債を大量に発行すると民間貯蓄が枯渇するというクラウディング・アウト論は間違いである。

*MMTは,需要が生産能力の限界に達するまでは,悪性インフレーションは起こらないと考え,そこまでは財政拡張が有効であるとする。生産能力の限界が財政政策の限界であって,生産能力がフル稼働している状態では,財政支出を行ってもインフレだけが生じると考える。

<最小限のコメント>
*MMTの政策的見地
 MMTの政策論的立場は「金融緩和にはさしたる効果がなく,財政政策こそ非自発的失業解消の王道」というものである。そこだけ見ればIS=LM分析によるケインジアンのようであるが,財政赤字という制約は一切ないと主張するところが異なる。
 MMTは通貨膨張による景気刺激というリフレーション政策を明確に否定する。そのため,金融政策においてはリフレーション派と全く異なり,正面から対立する。
 MMTは統合政府は財政的に破綻しない,自己ファイナンスが可能と主張する。この点は,リフレーション派の中の,財政政策は無効とするグループと対立し,財政政策活用も併用すべきで国債の日銀引き受けもすべきだとするグループと一致する。

*感想
 私個人は,MMTの貨幣・信用理論と金融政策論には全く違和感がない。私が,日本のマルクス経済学の貨幣・信用理論からたどりついた考えとほとんど同じである。リフレーション論がまちがっている理由,量的・質的金融緩和がいっこうにインフレを起こせない理由もMMTによって指摘できる。
 
 他方,MMTの財政政策論は,直観的に非常に分かりにくいが,その核心は中央政府と中央銀行が一体だとする統合政府論であると思われる。まだ理解できた自信がないが,政府を家計のような予算制約があるものと考えるとわからない。おそらく,政府を発券銀行のようなものと考えると理解可能になる(2019/5/8追記。どうもそうらしい。こちらをクリック)。

 発券銀行は,貸し付けも支払いも,自ら発行した自己宛債務=銀行券と預金通貨で行うことができる。銀行券は,その信用が保たれている限りにおいて,受け取り拒否や,額面以下へのディスカウントもなく決裁に用いられ,流通するだろう。
 MMTが想定している政府=中央銀行は,この発券銀行のように行動する政府である。よって,手元に現金がなくても自己宛小切手を切るなどの手段で支出できるし,支払い不能になることもない。赤字は自ら銀行券と預金通貨の創造か,せいぜい中央銀行からの債務増大,あるいは国債の中央銀行引き受けで補ってしまうというのだ。はっきり読み切れないのだが,こう言っているのだと思う。

 3点保留しておきたい。

 第1に,この統合政府論を受けて入れてよいかどうかである。日本を含む少なくない諸国で,中央銀行の政府からの独立性を保つ制度が取られていることには,一定の意味があるはずであり,そこを再検討する必要があると思われる。
 これに関連して,ブログを読んだだけではわからないのが,財政赤字は政府債務を生み出すはずであり,それは,統合政府とはいえ中央銀行と政府の勘定が別になっている時にどのように処理されるのかだ。私が思うには,中央銀行が政府に貸し付けるか,国債を購入することによってなされると思うのだが,それがミッチェルのブログではあまりはっきり書かれていない。
 そして累積した政府債務をどうするのかが,またよくわからない。政府発行の不換紙幣ならば政府自身が発行する紙幣で支払うことができるが,政府と中央銀行の勘定が分離して中央銀行券が通貨である以上,政府に債務,中央銀行に債権が累積していく。永久に借り換えすることで維持する,あるいは中央銀行の黒字を納付金として政府に戻すことで維持するのではないかと思うのだが,はっきり書かれていない。

 第2に,非自発的失業と遊休能力がある場合に,統合政府が通貨を増発して財政政策を行った場合にインフレが起こる可能性に無警戒なのは正しいか。財政支出で遊休生産能力と在庫と非自発的に失業している労働力だけをピンポイントで現行価格で購入できれば,インフレは起きないかもしれない。しかし,財政支出の一部は多方面に拡散してしまうし,寡占的市場も存在するので,財政支出の一部は生産増に向かわず価格上昇に向かってしまう。またこの形で投入された通貨は貸付=返済と異なり流通外に出てくるメカニズムがないので,増税による調整を行わない限り通貨量の一方的純増となり,インフレ要因となるのではないか(2019/5/6補足。おそらく,だからインフレ抑止のために課税をきちんと行わねばならない,という主張のようである)。

 最後に,この政府=中央銀行の限界は,発券銀行と同じく,いまや通貨となっている不換銀行券の信用維持にあると思われる。財政赤字を出していっても「支払えない」という意味での破綻は確かにしないだろう。しかし,通貨及び国債の信用が下落するリスクは大いにありうるのではないか。私は,財政赤字をゼロにする必要性は全くないが,通貨及び国債の信用維持が,その持続可能性を画すると思う。

 以上,私が初心者として理解できた限りのMMTは,1)信用貨幣論,内生的貨幣供給論という理論的基礎と,金融政策論については全く違和感がない。しかし,2)統合政府論と財政政策論が今一つ呑み込めないというのが正直なところだ。
→(2019/5/7追記。ある程度理解できました。以下の続編をごらんください)
「MMTが「財政赤字は心配ない」という理由:政府財政を中央銀行会計とみなすこと」Ka-Bataブログ,2019年5月7日。
(2019/5/11追記)
「MMT(現代貨幣理論)の経済学的主張と政治的含意」Ka-Bataブログ,2019年5月11日。
(2019/7/8追記)
「MMTではゼロ金利下において金融政策と財政政策の役割が入れ替わる」Ka-Bataブログ,2019年7月7日。
(2019/9/29追記)
「L・ランダル・レイ『MMT 現代貨幣理論入門』ノート(1):信用貨幣,そして主権通貨の流通根拠」Ka-Bataブログ,2019年9月3日。
「L・ランダル・レイ『MMT 現代貨幣理論入門』ノート(2):財政赤字によるカネのクラウディング・アウトは起こらない」Ka-Bataブログ,2019年9月5日。
「L・ランダル・レイ『MMT 現代貨幣理論入門』ノート(3):財政赤字によるインフレーション(ヒトとモノのクラウディング・アウト)は重要な政策基準」Ka-Bataブログ,2019年9月22日。






<参照文献>
ビル・ミッチェル「中央銀行のオペレーションを理解する」(2010年4月27日)2019年2月12日 by 望月夜,経済学101。

ビル・ミッチェル「貨幣乗数 ― 行方不明にて、死亡と推定」(2010年7月16日)2018年7月25日 by 望月夜,経済学101。

ビル・ミッチェル「明示的財政ファイナンス(OMF)は財政政策に対するイデオロギー的な蔑視を払拭する」(2016年7月28日)2018年4月3日 by 望月夜,経済学101。

ビル・ミッチェル「納税は資金供給ではない」(2010年4月19日)2018年3月4日 by 望月夜,経済学101。

ビル・ミッチェル「赤字財政支出 101 – Part 1」(2009年2月21日)2018年1月31日 by erickqchan,経済学101。

ビル・ミッチェル「赤字財政支出 101 – Part 2」(2009年2月23日)2018年2月2日 by erickqchan,経済学101。

ビル・ミッチェル「赤字財政支出 101 – Part 3」(2009年3月2日)2018年2月15日 by 望月夜,経済学101。

ビル・ミッチェル「準備預金の積み上げは信用を拡張しない」(2009年12月13日)
2018年3月16日 by 望月夜 

MMT 日本語リンク集,道草。

<関連投稿>
「リフレーション派の理論的想定と「異次元緩和」の実際は矛盾している」Ka-Bataブログ,2019年3月3日。
「森永卓郎さんとの対話を通して,新しい構造改革の必要性を考える」Ka-Bataブログ,2019年2月17日。
「稲葉振一郎『新自由主義という妖怪 資本主義史論の試み』を読む」Ka-Bataブログ,2018年11月1日。
「ブレイディみかこ・松尾匡・北田暁大『そろそろ左派は<経済>を語ろう』亜紀書房,2018年によせて (2018/6/21)」Ka-Bataアーカイブ。
「日銀による金融政策だけで物価を上げようとすることの限界について(2018/6/16)」Ka-Bataアーカイブ。
「アベノミクスのどこを変えるべきか? 野口旭『アベノミクスが変えた日本経済』(ちくま新書,2018年)に寄せて (2018/5/13)」Ka-Bataアーカイブ。

(2019年5月2日追記。私の考えをまとめて示す以下のノートを公表しました)
「信用貨幣論と貸付先行説によって「非伝統的金融政策」とリフレーション論を批判する:MMT論議の準備を兼ねて」Ka-Bataブログ,2019年5月2日。
第1節
第2節
第3節
第4節
第5・6節(完)

(2019年4月8日にアンダーライン部分を加筆・修正→2019年5月2日,そこだけ強調していると誤解される恐れがあるのでアンダーラインを削除)

2019年3月18日月曜日

本格的な再分配政策には消費税「も」欠かせない:井手英策『幸福の増税論 -財政は誰のために』岩波新書,2018年を読んで

 「日本経済」の2019年度講義準備。実は,昨年度は財政については最小限度しか触れていなかった。それは「財政学」という別の科目があるからだ。しかし,最小限度ふれようとすると2019年度はどうしても消費税について触れざるを得ないので,いままで放置していた井手英策教授の本を読むことにした。

 私は,本書の財政思想については,考えるだけの理論的素養が不足しており保留する。しかし,再分配を重視する立場から見てもっとも衝撃的だったのは,本書の税制改革シミュレーションだ。つまり,リベラルの側から再分配革命を行い,誰もが人としてのニーズを満たせるような社会を作ろうとすると,どうしても消費税増税という手段「も」使わざるを得ないということだ。

 まず,著者は再分配革命に必要な経費を消費税増税だけで賄うとどれくらいの税率引き上げが必要になるかを提示する。

■消費税1%増税で見込まれる税収:2.8兆円

■教育無償化と医療費無償化に必要な税収
*自己負担解消12兆円プラス関連経費(未記載だが7-8兆円と言いたいらしい)
*消費税で賄う際の引き上げ率:7%強

■基礎的財政収支の赤字解消のために必要な税収(実質成長率1%と仮定)
*8.2兆円
*消費税で賄う際の引き上げ率:3%強

 つまり,消費税率を11%引き上げねばならない。仮に消費税を排して,すべて所得税で賄おうとすると富裕層(給与収入にして1237万円以上なのでかなり広い)への税率を220%上げるか,全階層の税率をそれぞれ約30%ずつ引き上げねばならず,とても無理だ。

 「現実的には,富裕層課税と同時に,税収調達力に富む消費税もセットで引きあげ,垂直,水平,双方の公平性を強化していく戦略が現実的だということになる」(130ページ)。岩波書店の校閲をくぐり抜けて「現実的」が重複しているあたりが,著者のリアリズムであろう。

 そこで著者は以下のような方策を提示する。

■税制パッケージ
*富裕層の所得税率を5%上げる→7000億円税収増。
*法人税率を現在の23.2%から第2次安倍政権以前の30%に戻す→3.4兆円税収増。
(課税ベース拡大や金融資産課税で補完することも可)
*相続税の平均税率を5%上げる→5000-6000億円税収増。

 これで総額4-5兆円になる。ということは,

*消費税の引き上げ率:約9.2-9.5%

とやや抑制できるが,やはり消費税は相当程度引き上げねばならない。

 もちろん,他の方策を組み合わせて富裕層課税をより強めることもできるが,大きくは「中途半端な貧困対策ではなく,大胆な社会改革を求める頼りあえる社会においては,富裕層課税のみでは到底実現不可能であること」が著者の強調する点だ。

 井手教授のモデルに対して私がコメントできることがあるとすれば,基礎的財政収支の赤字をゼロに持っていくことは必要がないと考えることだ。私は,財政赤字は,円と国債が信任を維持できる限りであれば,ゼロにする必要はないという立場だ。しかし,財政改善に使うお金をなくして,消費税引き上げ必要率を4%引き下げたとしても,なお,5%強は引き上げねばならないことになる。

 再分配の強化という目的を前提にしても,また富裕層課税は強化するにしても,それでも消費税増税は避けがたい。このことは重大だ。本書の描いた税制イメージを念頭に置きながら,財政の部分の講義を考えていこう。

井手英策(2018)『幸福の増税論 -財政は誰のために』岩波新書。

(2019/5/6一部修正)

2020/2/12付記
 私はこの投稿を書いたころ,同時に井手教授と対立する赤字財政容認論の勉強も始めた。そして約半年検討した結果,私は原則的に後者が正しいと認め,「支出増の分だけ財源も必要」という考えを放棄するに至った。したがって,現在はこの投稿の見地に立っていない。井手教授の見解に対しては,以下のように考えるようになった。




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 論文「通貨供給システムとしての金融システム ―信用貨幣論の徹底による考察―」を東北大学経済学研究科の紀要である研究年報『経済学』に投稿し,掲載許可を得ました。5万字ほどあるので2回連載になるかもしれません。しかしこの紀要は年に1回しか出ませんので,掲載完了まで2年かかる恐れがあ...