2019年1月31日木曜日

24年前の論文を引用いただいた:Nishio, S. & Fujimura, S. (2017) Influence of Traditional Business Practice on Firm Boundaries – Evidence from the Japanese Automotive and Steel Industries

 日本の長期相対取引における「パフォーマンス・ギャランティ」という品質保証方式について考察した論文。この論文の筆頭著者西尾精一氏は,藤村修三教授の研究室に所属する大学院生で,鉄鋼メーカーに長く勤めてリタイヤされた方のようだ。清晌一郎教授の名作「曖昧な発注,無限の要求による品質・技術水準の向上」とともに私の24年前の論文「日本高炉メーカーにおける製品開発」が引用されている。うれしいことだ。本論文の引用回数は,掌握している限りで20回になった。

Nishio, S., & Fujimura, S. (2017). Influence of Traditional Business Practice on Firm Boundaries–Evidence from the Japanese Automotive and Steel Industries. International Journal of Marketing and Social Policy, 1(1), 55-66.


2019年1月30日水曜日

毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読む(5)2004年調査よりも前から不正が始まっていた

 この連載の核心というか,私のブログにしか書いていないオリジナルなところは前回の(4),つまり復元を開始した際に行われた隠蔽の疑いにあった(ので(4)をお読みいただけるとありがたいです)。よって,この話で連載は打ち止めにしようと考えていた。しかし,田中重人氏と池田信夫氏のブログを読み,重要なことを一つ書き落していることに気がついたので,両氏に倣う形で捕捉する。それは,2004年調査よりも前から不正が始まっていたのであり,2004年の不正はそれ以前からの不正を隠すためではなかったかということだ。

 2004年調査で東京都の規模500人以上事業所を全数調査から抽出調査に変えた理由は,(3)でも紹介したように,「継続調査(「平成16(2004)年以降の東京都における規模500人以上の事業所に係る調査が抽出調査となった理由は、規模500人以上の事業所から苦情の状況や都道府県担当者からの要望等を踏まえ、規模500人以上事業所が集中し、全数調査にしなくても精度が確保できると考え、東京都について平成16(2004)年1月調査以降抽出調査を導入したものと考えられる」(監察委員会報告書15ページ)とされている。

 だが,実は同じページにこうある。「平成16(2004)年からこれまでの集計方法をやめることとしたが、それだけだと都道府県の負担が増えてしまうので、その調整という意味でも(東京都の規模500人以上の事業所に限り)抽出調査とすることとしたように思う」(15ページ)。そして,「これまでの集計方法とは、規模30人以上499人以下の事業所のうち、抽出されるべきサンプル数の多い地域・産業について、一定の抽出率で指定した調査対象事業所の中から、半分の事業所を調査対象から外すことで、実質的に抽出率を半分にし、その代わりに調査対象となった事業所を集計するときには、抽出すべきサンプル数の多い地域・産業についてその事業所が2つあったものとみなして集計する方式であり、全体のサンプル数が限られている中、全体の統計の精度を向上させようとしたものである。
 この手法により得られる推計結果は、抽出率に基づき復元を行っているのと同程度の確からしいものと考えられ、標準誤差にゆがみが発生する可能性はあるが、平均値に関しては大きな偏りはなく、給付等に影響を及ぼすこともない。しかしながら、こうした手法は当時公表されることなく行われており、統計調査方法の開示という観点からは不適切と言わざるを得ない」(15ページ)。

 つまり,2004年調査よりも前から,規模30人以上499人以下の事業所について,本来調査すべき事業所の半分しか調査対象とせず,同じ事業所が2つあったとみなして集計をしていたというのだ。これは不適切どころか,勝手に抽出調査に変更したのと同レベルの不正行為と言える。

 田中氏は,2002-2003年の調査の精度が大幅に下がったことを示し,同程度の「確からしさ」など確保できてないと指摘するとともに,この不正が2002年と2003年に行われたのではないかと推定している。また池田氏は,「厚労省は2003年まで「半分の事業所を調査対象から外す」という操作を行っていた。これは調査計画に反するので、総務省に報告するわけには行かない。それを改善したことをいわないで、東京都の大企業のサンプルを減らすことだけを統計委員会で審議すると、「手抜きだ」と批判されると思って隠したのではないか」と推測している。

 抽出対象を勝手に削減するこの調査方法を,なぜ2004年にやめることにしたのかはわからない。しかし,とにかくやめることになったのだろう。そうするとサンプル数が増えて,ただでさえたいへんな調査の作業量がますます増え,都道府県から苦情が来る。これを相殺するために一部を抽出調査にしたとすれば,確かに動機の説明がつく。抽出調査を総務省に申請しなかったのは,池田氏が言うように手抜きを批判されるか,あるいはそれにとどまらず抽出対象を勝手に削減していたことも露見しかねなかったからだろう。

 抽出対象を半分にしていた不正に関する報告書の記述は,なぜ2004年の抽出調査への変更が,総務省に報告することなく行われたかについての,現時点までの最有力な手がかりだと思う。2004年の不正は,それ以前から行っていた不正が露見しないようにするためだったかもしれないのだ。監察委員会の調査は中立性がないということでやりなおしになったようだが,この点をぜひ追求してほしい。

(1月31日追記)総務省統計委員会が,この件について報告を受けたとの報道がありました。
「統計不正問題のきっかけ 別の不正を是正しようとしたためか」NHK WEB NEWS,2019年1月31日。

田中重人「2003年以前の毎月勤労統計調査抽出率偽装問題」remcat:研究資料集,2019年1月23日。
池田信夫「厚労省はなぜ勤労統計のサンプルが増えたことを隠したのか」アゴラ,2019年1月26日。

「毎月勤労統計調査を巡る不適切な取扱いに係る事実関係とその評価等に関する報告書について」厚生労働省,2019年1月22日報道発表。

<連載>
「毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読む(1)不作為の問題」Ka-Bataブログ,2019年1月26日。
「毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読む(2)中立性の問題」Ka-Bataブログ,2019年1月27日。
「毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読む(3)誰が不正を指示したのか」Ka-Bataブログ,2019年1月28日。
「毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読む(4)未復元の事実,復元を開始した事実を隠蔽したのではないか」Ka-Bataブログ,2019年1月29日。


2019年1月29日火曜日

毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読む(4)未復元の事実,復元を開始した事実を隠蔽したのではないか

 毎月勤労統計調査の不正問題。前回の(3)では2004年調査で不正がなぜ行われ,誰が指示したのかという問題を取り上げた。今回は,復元に関わって,隠蔽やそれに類する行為がなかったかどうかを考えたい。

 不正の二つの主要内容である1)全数調査を行うべきところ抽出調査を行って,それを隠したことと,2)復元操作を行わなかったために統計数値が正しくなくなってしまったことのうち,1)については,多くの厚労省職員が気づいていながら,これを見て見ぬふりをしたことは連載の(1)で述べた。この点について,組織的に取り上げない不作為が問題だとした監察委員会の主張は,それなりにもっともだと思う。しかし,2)については話が違っているのではないだろうか。

1.なぜ復元が行われなかったのか
 まず,2004年からの東京都規模500人以上事業所についての抽出調査に伴い,なぜ,本来必要な復元が行われなかったのかについて,謎が残っている。報告書は「抽出替え等によりシステム改修の必要性が生じた場合には、企画担当係とシステム担当係が打ち合わせをしながら、必要な作業を進めていく」(17ページ)とした上で,「本件についても、例えば、企画担当係から追加でシステム担当係に東京都における規模500人以上の事業所の抽出率を復元処理するための依頼を失念した、東京都の規模500人以上の事業所における産業ごとの抽出率等の必要な資料が渡されなかった、あるいは渡されたが、システム担当が東京都の抽出調査の導入に係るシステム改修をしないまま、その後ダブルチェックがなされず、長期にわたり復元処理に係るシステム改修が行われていない状態が継続した可能性が否定できない」(17ページ)と述べているが,2004年調査に際して復元作業のための打ち合わせが行われたのかどうかを明らかにしていない。当時の企画担当係とシステム担当係からくまなくヒアリングしたのだろうか。全員が,忘れたとでも供述したのだろうか。きわめて不可解である。
 
2.復元が行われなかったことに誰も気づかなかったのか
 次に,その後,14年にわたって復元が行われなかったことについてである。抽出調査を行っていることは,その作業に携わっている以上,関連職員は当然認識した上で,その問題に見て見ぬふりをしていたのだろう。しかし,復元についてはどうなのか。プログラムが組まれず,復元処理がなされないために毎月勤労統計の数値が正しくないものになっていたことに,関連職員は気がついていなかったのだろうか。

 全数調査と称して抽出調査を行っているのももちろん不正であるが,それで統計数値自体が歪むわけではない。しかし,復元を行わなければ数値自体が誤ったものになってしまうのである。関連部署の職員は,数値のゆがみを承知で,未復元にも見て見ぬふりをしていたのだろうか。統計の専門家である職員が,そこまでするものだろうか。この点が報告書の記述では明らかではない。

3.最終的に誰が復元処理を指示し,かつそのことを隠したのか
 そして,最終的に未復元を問題だと認識して復元処理を開始したのに,そのことを明らかにしなかったのは誰かという問題である。報告書によれば明確で,2017年時点で雇用・賃金福祉統計室長だったFである。報告書はF室長が2018年の調査を準備する過程でとった行動について述べる。

「Fは、これまでの調査方法の問題を前任の室長から聞いて認識していた。その上で、ローテーション・サンプリングの導入に伴い、一定の調査対象事業所を毎年入れ替える必要が生じるが、抽出率が年によって異なるため、東京都の分も適切に復元処理を行わなければローテーション・サンプリングがうまく機能しなくなると考え、東京都についても復元処理がなされるよう、システム改修を行うとの指示を部下に行っていたと述べている」(23-24ページ)。

 だから,少なくとも前任の室長は,復元が行われていないことを知っていたことになる。そして,F室長は,サンプルを毎年3分の1ずつ入れ替えるローテーション・サンプリングの導入の際に,復元が行われるようにシステム改修を指示したのだ。ところがF室長は,「復元処理による影響を過小評価し、これまでの調査方法の問題、さらには当該機能追加及びそれによる影響について上司への報告をせず、必要な対応を怠った。また、Fは東京都を抽出調査としていることの影響について、後任であるIに対し、復元処理の影響は大したことはない旨の誤った認識に基づく引継ぎを」行った(24ページ)。

 私はこのF室長の行為は極めて不適切だと思う。F室長は未復元を知っていた。そして,復元が行われるようシステム改修を指示する際に,その影響を受けて数値が動くことをも知っていた。にもかかわらず,そのことを黙っていたというのだ。この行為を報告書は、「これまで東京都が抽出調査であったことを隠蔽しようとするまでの意図は認められなかった」(24ページ)といい,挙句の果て「平成30(2018)年1月調査以降の調査においては、従来適切な復元処理が行われていなかったものについて復元処理が開始されており、これはより統計の精度を高めるためのものであるから、意図的に「基幹統計をして真実に反するものたらしめる行為」(統計法第60条第2号)をしたとまでは認められないものと考えられる」(27ページ)とかばっている。未復元だったものを復元したのだからいいじゃないか,というのである。これはおかしい。未復元を発見し,復元を開始したことについて,必要な報告をしなければ,過去においても復元を行っていたかのように装うことになってしまう。これは,主観的意図が何であれ,客観的には隠蔽行為ではないか。

 このローテーション・サンプリング導入によるサンプル変更と復元処理の開始は,2018年1月調査以降の給与の数値の上振れに影響を与え,社会からの疑念を招くことになる。ところがFの後任のI室長は,報告書によれば「平成29(2017)年までの調査については東京都の規模500人以上の事業所に係る抽出調査分の復元処理を行っていないこと及び平成30(2018)年以降の調査では復元処理を行っていることを知りながら、前任者から東京都の抽出調査を復元していなかったことの影響は大きくないと聞いていたことから、これを当該上振れの要因分析において考慮せず、結果として不正確な説明を行った」(25ページ)という。I室長は,未復元を復元にした事実は知っていた。その上で,F室長の誤った引継ぎに影響されたという理由で,その重大性を軽視して事実と異なる説明をし,それが社会に公表されたのだ。これは,I室長の意図にかかわらず,客観的には隠蔽行為ではないか。

 結局,厚労省がサンプル入れ替えによる上振れと説明したのに対して,総務省が,全数調査をしているはずの規模500人以上の事業所の賃金まで上振れしていることに気づき,おかしいではないかと厚労省に問い合わせる。報告書によれば,この時点でIは抽出調査と過去の未復元について,はじめて上司である政策統括官Jに報告した。そして,これらの事実は,2018年12月13日の打ち合わせで,統計委員会委員長および総務省との打ち合わせで厚労省から報告されたのだという(13ページ)。

 以上のことから,私は,報告書が明らかにしている事実だけから見ても,直接にはF室長とI室長が,そして対外的には厚生労働省が隠蔽行為を行ったと見るべきだと思う。報告書がこれを指弾せず,逆にかばってさえいることは不適切と言わねばならない。

 そして,さらなる問題がある。F室長とI室長は,本当に,復元の影響は大したことがないと思いこんでいたのだろうか。影響が深刻である可能性を知っていながら,何らかの理由で黙っていた可能性はないのか。そして,これはF室長とI室長というたった2人だけによる行為なのか。F室長の前任者においても,復元が行われていない事実は知られていた。誰が知っていたのか。また,F室長はシステム改修に当たって,誰にも相談しなかったのだろうか。I室長は,給与数値の上振れに復元の影響が出ている可能性について,誰とも相談しなかったのだろうか。J政策統括官は,本当に総務省から指摘を受けて初めてI室長から事実を聞かされたのだろうか。未復元と復元の開始について,知っていながら隠した者,隠すことをF室長やI室長に求めた者は,本当に誰もいないのだろうか。

 これらのことが追加調査によって明らかにされねばならないと,私は考える。

「毎月勤労統計調査を巡る不適切な取扱いに係る事実関係とその評価等に関する報告書について」厚生労働省,2019年1月22日報道発表。

「毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読む(1)不作為の問題」Ka-Bataブログ,2019年1月26日。
「毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読む(2)中立性の問題」Ka-Bataブログ,2019年1月27日。




2019年1月28日月曜日

毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読む(3)誰が不正を指示したのか

 毎月勤労統計調査の不正の主要な内容は,1)2004年(小泉内閣当時)以後,本来規模500人以上の事業所について全数調査を行うべきところ,東京都(石原都知事当時)について,総務省に届けることなく抽出調査を行ったこと,およびその事実を公表せずに偽っていたこと,2)抽出調査に伴って必要になる復元操作を行わなかったことにより,2004年以後の調査結果が統計的に正しいものではなくなってしまったことだ。

 今回は,1)の不正が行われた理由について,特別監察委員会報告書が明らかにしたかどうかを取り上げ,次回に2)の復元の問題を考えたい。

 監察委員会報告書によれば,以下の事実が明らかになっている。

「平成15(2003)年5月22日付で当時の担当課の企画担当係長名で毎月勤労統計調査に係るシステム担当係長あてに通知された「毎月勤労統計調査全国調査及び地方調査の第一種事業所に係る調査の抽出替えに関する指定事業所の決定及び指定予定事業所名簿作成について」という事務連絡がある。この事務連絡に添付された「毎月勤労統計調査全国調査及び地方調査の第一種事業所に係る調査の抽出替えに関する指定事業所の決定及び指定予定事業所名簿作成要領」においては、「事業所規模500人以上の抽出単位においては、今回から全国調査でなく、東京都の一部の産業で抽出調査を行うため注意すること。」との記載がある。この事務連絡は、雇用統計課長の決裁を経た上で、係長名で指示を行っている。
 また、平成15(2003)年7月30日に厚生労働省大臣官房統計情報部長名で各都道府県知事宛に通知された「「毎月勤労統計調査全国調査及び地方調査第一種事業所に係る調査」における指定事業所の抽出替えの実施について」に添付された「毎月勤労統計調査抽出替えに伴う事務取扱要領」(以下「事務取扱要領」という。)において、平成16(2004)年1月からの取扱いとして、「従来から規模500人以上事業所は全数調査としていたが、今回は東京都に限って一部の産業で標本調査とした。」と記載された」(5ページ)。

 つまり,抽出調査を行うことは統計情報部長名で宣言している。それに先立ち,抽出調査をすることを企画担当係長がシステム担当係長に伝え,そのことを雇用統計課長が決裁しているのである。

 変更を行った動機について,報告書はこう述べる。

「平成16(2004)年以降の東京都における規模500人以上の事業所に係る調査が抽出調査となった理由は、規模500人以上の事業所から苦情の状況や都道府県担当者からの要望等を踏まえ、規模500人以上事業所が集中し、全数調査にしなくても精度が確保できると考え、東京都について平成16(2004)年1月調査以降抽出調査を導入したものと考えられる」(15ページ)。

 しかし,それですませてよいとは思えない。事業所と都道府県から苦情があったからと言って,厚労省がはいそうですかと調査方法を変えるものだろうか。不自然さが残る。まして,総務省に届け出なければならないところを省略するという,ルール違反を犯してまで行うものだろうか。余りに不自然だ。さらに,それらを誰がどこで決定したのかが全く明らかでない。企画担当係長の意志で行うことなどありえない。
 この点,元経済産業省官僚の宇佐美典也氏の推定は合理的と思う。すなわち,1)厚労省に要望を出したのは東京都であろうこと,2)不正な調査の実施を決定したのは,物事を決める立場にないノンキャリア統計プロパー職員でなく,キャリア管理部門職員であろうことだ。

 となれば,ヒアリングで当時の担当係長,雇用統計課長,統計情報部長は肝心なことを隠しているのではないか(誰がノンキャリで誰がキャリアなのかわからないが)。

担当係長の供述「継続調査(全数調査)の事業所については企業から特に苦情が多く、大都市圏の都道府県からの要望に配慮する必要があった。」、「理由は都道府県の担当者の負担を考慮したからだと思うが、誤差計算しても大丈夫だという話だったと記憶している」(15ページ)。

 これをそのまま信じることはできない。また,「大丈夫だという話だったと記憶している」というのは,係長が一人で決めたことではなくて,誰かから「大丈夫だ」と聞いて指示を受けたことを示唆しているように私には思える。いったいどこで誰が相談して決めたのか。

担当課長の供述(としか書いていないが雇用統計課長と思われる)。「抽出調査としたことについて、覚えていないが当時自分が決裁したと思われる決裁文書を見たらそのように残っていたのでそうなのだと思う。だだ、抽出していたとしても労働者数に戻す復元を行っていれば問題ない。」(17ページ)

統計情報部長の供述「それ以外の抽出率の違いなど認識していなかった。」、「連続している統計は変更点がなければ、あまり内容を見ることもなく決裁していた」。

 これらもそのまま受け取れと言うのは無理である。どこでどのように決めたことなのかが全く明らかではない。なぜ報告書はこのことについて一言も触れないのか。

 不正な調査を誰が誰に指示したのか。そして,なぜ総務省に届けずに実行したのか。東京都からどのような形で要望が出されたのかについて,その背後に政治的な力が作用しなかったかどうかについて,厚生労働省で担当係長に不正な指示を出し担当課長に決裁させた人や組織が存在する可能性について,より深く追加調査すべきだろう。

宇佐美典也「厚生労働省はおそらく何かを隠している(統計不正問題)」宇佐美典也のブログ,2019年1月21日。
「毎月勤労統計調査を巡る不適切な取扱いに係る事実関係とその評価等に関する報告書について」厚生労働省,2019年1月22日報道発表。

<連載>
「毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読む(1)不作為の問題」Ka-Bataブログ,2019年1月26日。
「毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読む(2)中立性の問題」Ka-Bataブログ,2019年1月27日。
「毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読む(4)未復元の事実,復元を開始した事実を隠蔽したのではないか」Ka-Bataブログ,2019年1月29日。
「毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読む(5)2004年調査よりも前から不正が始まっていた」Ka-Bataブログ,2019年1月30日。



2019年1月27日日曜日

毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読む(2)中立性の問題

毎月勤労統計の不正調査に関する特別監察委員会報告書について,たたき台を厚労省職員が書いたことに加え,厚労省幹部らへの聞き取り調査に現役の幹部職員が同席していたと報道されている。

 これは,監察委員会の設置の仕方と調査方法自体に問題があるのだと私は思う。報告書の4ページに堂々とこう書いてある。

「今般の事案については、本委員会の設置以前から、弁護士、公認会計士等の外部有識者もメンバーとして参画した厚生労働省の監察チームにおいて、職員への聴取等が行われてきた。本委員会は、調査の中立性・客観性を高めるとともに、統計に係る専門性も重視した体制とするため、厚生労働大臣の指示により、監察チームで行ってきた調査を引き継ぎ、統計の専門家を委員長とし、監察チームの外部有識者、統計の専門家等が委員となる形で、第三者委員会として設置されたものである。」

 第三者委員会と言いながら厚労省内部の監察チームのありかたを引きずっている。ヒアリングについても,厚労省の監察チームだった時点で行われたヒアリングを,少なくとも一部使用しているのだ。

 厚労省監察チームのヒアリングに厚労省の人間が同席することはありうる。しかし,それでは第三者による調査とはなり得ない。第三者委員会に切り替える時点で,ヒアリングはやり直さねばならなかった。そして,調査報告書は委員自身が書かねばならなかった。もちろん,委員自身が初めから起案するのは大変な作業であり,時間がかかる。しかし,ことの性質上,そうしなければならなかったはずだ。

 政府・厚労省が調査結果をあまりに急いで出そうとするからこうなる。早期幕引きを図りたいのだなと疑われても仕方がない。

「勤労統計巡る監察委調査 厚労省幹部が同席 中立性に疑念」『日本経済新聞』2019年1月27日。

「毎月勤労統計調査を巡る不適切な取扱いに係る事実関係とその評価等に関する報告書について」厚生労働省,2019年1月22日報道発表。

<連載>
「毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読む(1)不作為の問題」Ka-Bataブログ,2019年1月26日。
「毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読む(3)誰が不正を指示したのか」Ka-Bataブログ,2019年1月28日。
「毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読む(4)未復元の事実,復元を開始した事実を隠蔽したのではないか」Ka-Bataブログ,2019年1月29日。
「毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読む(5)2004年調査よりも前から不正が始まっていた」Ka-Bataブログ,2019年1月30日。

2019年1月26日土曜日

毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読む(1)不作為の問題

 話題の,毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読んだ。問題にすべき事実は多岐にわたり,率直に言って評価も容易ではないので,考えがまとまったところからコメントしていきたい。

 まず,いま問題になっている「組織的隠蔽はあったのか」という論点。野党や報道機関,世論によって疑われているのは,厚生労働省が不正を知っていながら目的意識的,組織的に隠したのではないかということだ。対して,この報告書は樋口美雄監察委員長が記者会見で述べたように,「組織的関与はなく、組織的不関与が問題。任せっきり。逆に組織として問題ではないか」という立場を取っている。つまり,組織的に問題をとりあげずに見過ごしていたことが問題だというのだ。

 私は,どちらもが問題だと思うが,まず,後者から考えたい。

 樋口氏の発言の意味するところは,報告書全文を読むとわかる。要するに,問題があると職員・管理職が気が付いても,その都度見過ごしてしまい,組織的に問題にしなかったということだ。 

 例えば,東京都における規模500人以上の事業所について全数調査を抽出調査に変更したのに,『年報』では依然として全数調査であると記載していたことについてのヒアリング結果。

 「(公表)資料は「原則」として認識しているが、細かく書くとすれば異なっているという認識はあった。また周りもそういう解釈をしていたと推測する。」「齟齬があるという認識はあったが、東京都は数が多く例外的であると考え自己満足していた。」「そもそも年報に調査方法の全てを事細かに書かなくてはいけないと考えていなかった。」「当時、変えた方が良いと思ったが統計委員会とか審議会にかけると、問題があると思った。何かの改正に併せて、やろうと思ったが、できず、忸怩たるものがある。」(16ページ)

 また抽出調査に伴い,公表していた調査対象事業所数に比べて実際に調査した事業所数が少なくなっていたことについての政策統括官付参事官(当時)の証言。

 「良くないと考え、予算担当の職員に予算を増やせないか相談したが、予算の作業が大変になるのでやめてくれと言われた」(18ページ)

 私は,上記の引用部分を含む,委員会調査の一部は事実であると思う。要するに,「法令やルールに違反しているのだが,指摘するとややこしい事態になるので黙っていた」という不作為である。不作為も責任を問われねばならない。実際,観察委員会はこうした不作為についても厳しく責任を問うていて,その点は評価してよいと思う。しかし,再発防止に向けた改善策が提示が著しく弱く,再調査ではそこが問われるだろう。

 統計不正は,問題を発覚させずに皆で見て見ぬふりをする組織のありように,少なくとも一部は起因している。私は,今後,作為的な隠蔽の疑いも提起したいが,そうした隠蔽も,不作為により問題を見過ごす組織を土壌として生まれてくることを,まず最初に言っておきたい。なぜならば,このようなことは厚労省だけでなく,他の役所でも会社でも学校でも大いにありうることであり,私を含むこの社会の多くの人にとって,身の周りで起こりうることだからだ。

「毎月勤労統計調査を巡る不適切な取扱いに係る事実関係とその評価等に関する報告書について」厚生労働省,2019年1月22日報道発表。
   
続稿
「毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読む(2)中立性の問題」Ka-Bataブログ,2019年1月27日。
「毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読む(3)誰が不正を指示したのか」Ka-Bataブログ,2019年1月28日。
「毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読む(4)未復元の事実,復元を開始した事実を隠蔽したのではないか」Ka-Bataブログ,2019年1月29日。
「毎月勤労統計調査の不正に関する監察委員会報告書を読む(5)2004年調査よりも前から不正が始まっていた」Ka-Bataブログ,2019年1月30日。

2019年1月21日月曜日

学部ゼミテキストはリチャード・ボールドウィン『世界経済 大いなる収斂』

先日,ジュンク堂書店をうろうろして学部ゼミの教科書を選んだ。これがよさそうだ。産業論かつ世界経済論になっているところが当ゼミになじむ。つまり,新技術が経済組織を変えていく論理に貫かれているところと,世界的な資源配分と比較優位と国際分業によって各国の産業構造が決まるとされているところ(逆ではない)がいい。というか,2016年の原著,2018年の訳本刊行に気づかなかったのがうかつだった。

リチャード・ボールドウィン(遠藤真美訳)[2018]『世界経済 大いなる収斂:ITがもたらす新次元のグローバリゼーション』日本経済新聞出版社,3500円+税。



2019年1月18日金曜日

ラブロフ外相の「なぜ日本は、第2次世界大戦の結果を全面的に受け入られない世界で唯一の国なのか」発言について

 ラブロフ外相の「なぜ日本は、第2次世界大戦の結果を全面的に受け入られない世界で唯一の国なのか」発言

 それは第2次世界大戦において旧ソ連が行ったことが不当だからである。

 確かに第二次大戦の結果,アジアにおける大日本帝国の植民地支配は断罪された。それはもっともだ。朝鮮半島を併合したこと,中国の一部に満州国などという傀儡政権を立て,他の地域も植民地化しようとしたこと,東南アジアを武力支配したことは否定されてしかるべきだった。

 だが,大日本帝国の過ちが許されないからといって,連合国の行ったことがすべて正当化されるわけではない。第二次大戦における日ソ関係において,国際法に違反し日ソ中立条約を破ったのはソ連だ。対等な国際条約によって日本領土となった千島列島や,あまつさえ千島列島でもない歯舞諸島と色丹島まで占領したのはソ連だ。第二次大戦においてソ連が大日本帝国に対して行ったことは,いや中国東北部や千島に居住していた日本人に対して行ったことは,まったく正当化できない。

 サンフランシスコ条約において,戦後日本は,かつて植民地支配した領域すべてを放棄することを確認した。当たり前だ。だが,千島列島を放棄しなければならない道義はなかった。戦後の政治の力関係の中で不当に放棄させられたのだ。

 南千島は千島でないという不可解な理屈で「北方領土」などという意味不明の概念を創出したのは日本側の混乱だ。しかし,だからといって,第二次大戦においてソ連が行ったことは正当化されない。それを後継国家たるロシアが正当化することも適当ではない。

「日ロは『パートナーには程遠い』、ラブロフ外相が発言」AFP BB NEWS,2019年1月16日。

<参照>当ブログ主の千島問題についての見解はこちら。
プーチンの平和条約呼びかけの問題点と千島列島(北方領土)問題解決の方向 (2018/9/13),Ka-Bataアーカイブ。




2019年1月16日水曜日

択捉と国後は南クーリル(千島)だが,歯舞と色丹は南クーリル(千島)ではない:ラブロフ外相の発言について

 1月14日のロシアのラブロフ外相発言について。私の意見では,「択捉と国後は南クーリル(千島)だ」というのはロシア政府が歴史的に妥当で,日本政府の主張に無理がある(以下,「政府」を略)。しかし「歯舞と色丹も南クーリル(千島)だ」というのはロシアの主張に妥当性はなく,日本の方が正しい。この四島をまとめて「北方領土」と呼ぶことに合理的な根拠がないという点ではロシアが正しく日本に問題があるが,もともと千島でない歯舞,色丹まで戦後処理の結果と称して占拠していることについては,ロシアの行為が不法であり,返還を求める日本の方がもっともだ。
 四島をまとめて扱う限り,どちらの言うことも,どこかでおかしくなり,力関係と妥協でことを決めるしかなくなる。しかし,スターリン時代に批判的で,かつ経済的に困窮していたエリツィン時代と異なり,現在,ロシア側は,日本に対して譲歩せざるを得ないような状況にはないように思える。

「北方領土はすべてロシアの主権だと認めよ」 ロシアのラブロフ外相が河野太郎外相に迫る(会見全文),Huffington Post日本版,2019年1月15日。

※「北方領土」問題についての私見は以下の通り。
北方領土問題か千島問題か (2016/10/5),Ka-Bataアーカイブ。
プーチンの平和条約呼びかけの問題点と千島列島(北方領土)問題解決の方向 (2018/9/13),Ka-Bataアーカイブ。

2019年1月13日日曜日

Facebookに反政府的投稿のブロックを求めるベトナム政府

 サイバーセキュリティ法がきっかけとなって,ベトナムが中国のようなネット統制,端的には自国のネットを世界から孤立化させる政策をとりそうな気配が表れている。そのような政策は,ベトナムの経済・社会の首を絞めるに等しい。 
 中国には,ネット孤立化という措置ををしたくなる衝動に政府がかられるほどの社会的不安定性があり,そのような措置をする(本来は浪費とも言うべき)資源投入をするキャパシティが国家権力にあり,孤立化のマイナスを補いうるほどの国内市場の大きさがあり,グローバルに用いられる技術やプラットフォームを遮断して国内に代替品をつくりだすことができる技術をもった企業が,幸か不幸か存在する。そのいずれも,ベトナムにはない。
 ドイ・モイ後のベトナムは,中国以上に対外開放に頼って,全方位での友好関係と物的・金融的・人的・情報的交流により,発展してきた。あらゆる意味での国境の遮断は,ベトナム経済・社会の衰退につながると,私は考える。

「情報通信省、フェイスブックの違反を指摘」『ベトジョーベトナムニュース』2019年1月11日。


2019年1月12日土曜日

日本政府は対抗措置の分野を拡大させず,韓国政府は不作為にたてこもらずに,双方知恵を絞るべき

 文在寅大統領記者会見。韓国政府が「日本も韓国も三権分立の国だ。韓国政府は司法の判決を尊重しなければならない。日本政府も判決内容に不満はあっても、『どうすることもできない』という認識を持ってもらう必要がある」という見地であることは確認できた。しかし,そうすると「解決のために互いが知恵を絞るべきだ」というのはどういうことなのか。「知恵を絞る」と言っても,最高裁判決を執行して新日鐵住金の資産を差し押さえたうえでのことだ,と韓国政府が考えるのであれば,日本政府がさらなる対抗措置に出るのは必至だろう。

 日本政府が申し入れている日韓請求権協定に基づく協議,あるいは今後ありうる国際司法裁判所への提訴について,韓国側が応じた場合についてもいろいろ考えるべきことはあるのだが,文大統領の態度から見て,協議にも提訴にも韓国側が応じないのではないかと予想される。韓国政府は「司法の判決を尊重する」とだけ言って,自らの請求権協定解釈を積極的に提示するのを回避したがっているように見える。韓国政治の専門家である木村幹教授が何度も解説されているところによると,韓国政府は積極的に日本を非難したいのではなく,むしろ対日外交を深刻な問題ととらえていないということだ。本日の会見も,日韓関係について全く触れずに終わりそうになったところを,NHKの記者がやや強引に質問して何とか発言を引き出したのだという。だから,「知恵を絞るべきだ」と言っているが,実際には韓国政府では絞りはせずに,ひたすら日本に対応を求めるという可能性がある。

 そうすると,安倍政権・自民党の対応はエスカレートするだろう。既に議論されているように,元徴用工問題をはみ出して韓国に対する関税引き上げとかビザの優遇措置停止などの措置を始めるだろう。しかし,そうすると元徴用工や請求権協定についてきちんと話ができなくなり,国を単位とした日韓の非難の応酬になってしまう。つまり,日韓政府の対話が成り立たず,問題を正面から扱わない結果,国家間の抜き差しならない感情的対立にエスカレートするおそれがある。

 今後,両国政府は表舞台では請求権協定に基づく協議や国際司法裁判所への提訴をめぐってやり取りするようになるだろう。規範論あるいは願望として言えば,対立のエスカレートはいずれも望ましくないことを悟り,様々なルートで本気で「知恵を絞る」ことをして欲しい。少なくとも日本政府には,関税やビザをどうこうするなどして,問題を国家間対立に拡大させないで欲しい。元徴用工問題は元徴用工問題として解決すべきなのだ。また韓国政府は,行政府としての主体的見解を示さず,自らは解決に乗り出さないという不作為は事態を悪化させ,深刻化させるということを認識して,自らも「知恵を絞る」ようにして欲しい。

「韓国ムン大統領 「徴用」めぐる裁判で「互いに知恵絞るべき」」NHK NEWS WEB,2019年1月10日。

2019年1月10日木曜日

定年延長問題があらわにする賃金改革の難しさ

 民間と言い公務員と言い,定年延長問題で明らかになるのは賃金改革の難しさだ。
 公務員の定年延長案に述べられているように,超高齢社会に対応して現行制度をベースにして定年を延長しようとすれば,雇う側の予算制約がある以上,高齢になったら賃金を下げるという制度になる。それはそれで現実的だ。
 しかしこれは,「同じ仕事をやり続けていても,年齢が高くなったら賃金を下げますよ」ということであり,ベクトルは「逆年功」だが,年功による賃金決定を改めて宣言することになってしまう。つまり,「同一(価値)労働同一賃金はやりません」「賃金は職務に対応していません」「むしろ生計費を世帯主が稼いでくるという事情を考慮して,年齢で賃金が決まるのです」と,いまになってわざわざ強調しているのと同じである。
 ところが,こうした慣行を続けることが,大きく見ると超高齢社会を困難に陥れる。人口減少・超高齢社会を持続可能にするためには,新たな働き手として,一度は退職した高齢者と,一度は退職した中高齢女性を想定するしかない。これらの高齢者,中高年女性は,「正社員には生計費に即して年齢で決まる賃金が払われる」という年功賃金の慣行のもとでは,その年齢ゆえに正社員として採用されることが少ない。しかし,非正規として低賃金に甘んじるのでは,家庭の重要な稼ぎ手になることができない。とくに単身高齢者は,長寿ゆえに,また少子化故に,そして未婚率上昇ゆえに,社会に占める比率が増えるから重大な問題だ。
 だから,この問題を解決するには,正規と非正規の区別がなく,職務を指定して人が募集され,その職務の価値によって賃金が決まる制度・慣行が必要だ。「この仕事ができるなら誰でも(性別は当然として)年齢に関係なく同じ賃金で雇います。年功ではさほど昇給もしませんが減給もしません」という制度・慣行だ。年齢差別禁止の法制がこれを後押しする。これならば,いったん退職した高齢者全般と中高年女性も,まともな賃金で再就職できるだろう。
 しかし,正社員のところで「世帯主の生計費で賃金は決まります」という原理を改めて確認してしまうと,そうはいかなくなる。中高年は正社員として採用されない。高齢者は再雇用されても,「定年前の世代と異なり,家族を養うという事情を考慮しなくてよいから賃金が下がることは合理的」と言われてしまう(長澤運輸事件の判決はまさにそのようなものであった)。
 このように考えると,日本の賃金形態はたいへんな矛盾に直面していると言える。一方で,現在の制度・慣行の下で正社員の雇用を少子高齢化に対応させるために,役所を先頭に若いころの年功と高齢になってからの逆年功を実行し,「同一(価値)労働同一賃金」を事実上否定している。その一方,長期的に少子高齢社会を成り立たせるためには「同一(価値)労働同一賃金」に向かわねばならない。両者は真っ向から矛盾している。これは保守,リベラルを問わず,誰が取り組んでも直面する難問だ。


2019年1月6日日曜日

日本政府が日韓請求権協定についての認識を韓国政府に問いただすのが正道だ:「徴用工」裁判原告側が申し立てた日本企業の資産差し押さえに安倍首相が対抗措置の検討を指示した件

 安倍首相は,「徴用工」裁判で韓国の原告側が日本企業の資産差し押さえを裁判所に申し立てたことについて,国際法に基づく具体的な対抗措置の検討を関係省庁に指示したと報道されている(※)

 日本政府は,日韓請求権協定での合意が無視されていると受け止めているのだから,この点を協定の相手である韓国政府に問いただすのが,第一にやるべきことだと思う。韓国政府は「司法は行政と独立だから行政は何もできず判決に従うだけだ」という立場なのか,「最高裁判決の請求権協定解釈は行政府としても正しいと思う」という立場なのか,「最高裁判決は外交上,そのまま放置できないとは考えている」という立場なのか,それを問いただすのだ。まずは二国間で行った方が良いと思うが,ICJに提訴して争うこともありうるだろう。木村幹教授が指摘されるように(※※),そうしたところで話が誰に有利に向かうのかはわからないのだが,それでも,いちばんましな争い方にはなると思う。争うべき法的争点をちゃんと取り上げて争うことになるからだ。

 心配なのは,一方では韓国政府が判決に対するスタンスをあいまいにしたまま司法の差し押さえ手続きを黙ってみている,他方で日本政府がこの問題に本質的に関係ないところで対抗措置を取る,ということだ。安倍首相は「国際法に基づく」という断りを入れているから,そんな変てこな争い方はしないだろうと期待したいところだが,この間の両国政府を見ているとやりかねない。そうなると,双方が全くかみ合わないまま,国民感情の対立が激化していく。それだけはやめてほしいと心より願う。

 なお,直接の当事者である新日鐵住金が問われていることについては,以前に書いた通り(※※※)なのでくりかえさない。

※「『徴用』資産差し押さえ 安倍首相が対抗措置の検討指示」NHK NEWS WEB,2018年1月6日。

※※木村幹「「元徴用工判決」への誤解を正す ICJ提訴は必ずしも有利にならない」Newsweek日本版,2018年12月7日。

※※※「徴用工裁判において新日鐵住金が問われること :政府の協定解釈とは別に,当事者としての事実に関する見解を」Ka-Bataブログ,2018年11月13日。

ジェラルド・A・エプシュタイン(徳永潤二ほか訳)『MMTは何が間違いなのか?』東洋経済新報社,2020年を読んで

 ジェラルド・A・エプシュタイン(徳永潤二ほか訳)『MMTは何が間違いなのか?』東洋経済新報社,2020年。原題もGerald A. Epstein, What's wrong with modern money theory?なので邦題は間違っていないのだが,内容はタイ...