2018年12月31日月曜日

小田中直樹『フランス現代史』をいただきました

 小田中直樹『フランス現代史』。著者よりいただきました。私は「黄色いベスト」運動を,しばらく「なんじゃ,ありゃ」くらいにしか思っていなかったのですが,小田中さんが『現代ビジネス』に書かれた紹介でことの重大さに気づき,これは『フランス現代史』も読まねばと思いました。まんまとひっかかったというか,この本は,きわめてタイミングよく出版されたわけですね。

小田中直樹[2018]『フランス現代史』岩波書店。

小田中直樹「フランスデモ、怒りの根底にある「庶民軽視・緊縮財政」の現代史」現代ビジネス,2018年12月14日。

「フランスデモの解説記事から,民主政治とマクロ経済政策のジレンマを考える」Ka-Bataブログ,2018年12月15日。



2018年12月30日日曜日

和久峻三氏の訃報に接して:『権力の朝』のこと

 作家の和久峻三氏が10月に亡くなられていたという報道があった。和久氏と言えば「赤かぶ検事」シリーズが有名で,フランキー堺主演でテレビにもなった。私は,最後の1992年放映のシリーズだけ美保純目当てで視ていた。
 だが,和久氏にはよりスケールの大きな怪作も発表している。

『権力の朝』(主婦の友社,1978年。角川文庫,1980年)。



 不穏な文言が連続する目次をご覧いただきたい。



(注。小説前半部分のあらすじの一部を明かします)

 19XX年。経済危機に陥った日本では,国民の不満を巧みに吸収した日本労働党,社会進歩党からなる革新連合が総選挙で多数を占め,保守党との政権交代を実現しようとしていた。そこに,最高裁長官が殺害されるという事件が起き,さらに現首相と副総理が武装集団によって誘拐されてしまう。国会は労働党の党首を新首相に指名したが,内閣総辞職の手続きも天皇による首相任命の手続きもできない。現首相もその代行も不在だからだ。しかも,現首相は誘拐される前日に治安出動を命令していたのだ。新政権の合法的成立を阻止しようとするクーデターか?そして,「権力の朝」に待ち受ける陥穽とは?

 ちなみに革新連合の側の主な登場人物は日本労働党の宮川顕三委員長と不二芳夫書記局長。ここで(笑)や(苦笑)が出る人は中高年であり,若者は「誰だよ,それ?」だろう。

 高校生の私は,この小説を読み,議会制民主主義において多数を獲得すること,政府を掌握すること,そして国家権力を獲得することの三つは,決してイコールではないのだと思い,権力の本質は暴力であるが,それは正当性をまとい,正当性を通してのみ動くものであるのだと思うようになった。誠に安上がりな政治学習であった。すでに廃版だが,アマゾンでは1円で中古本を買える。

和久峻三[1980]『権力の朝』角川文庫。




『アジア経営研究』第14,15号を1月1日よりネット公開

 『アジア経営研究』第15号(2009年),第14号(2008年)電子版の入力・点検作業完了。2019年1月1日にJ-STAGEで公開します。これでようやく過去10年分の公開にこぎつけました。以下はラインナップの一部です。

第14号
大会招待講演
長谷川治清「世界のアジア経営研究の動向:テーマと視点」
招待論文
藤本隆宏・葛東昇・呉在烜「東アジアの産業内貿易と工程アーキテクチャ」
統一論題論文
善本哲夫「日本企業のものづくり展開とアジア力」
土屋勉男「アジア自動車産業の競争力と日本メーカーの戦略」
川端望「東アジア鉄鋼企業の比較分析」
湯之上隆「生産能力から見た東アジアの半導体産業の国際競争力」

第15号
大会記念講演
永池克明「グローバル経営の新潮流とアジア」
統一論題論文
秋野晶二「エレクトロニクス産業におけるグローバルな生産構造の変化とアジアEMS企業の成長」
中原裕美子「グローパル開発ネットワークの諸類型とその決定要因」

J-STAGE『アジア経営研究』トップページ。

2018年12月28日金曜日

ファーウェイ排除が日本経済に与える影響

 12月27日に出たファーウェイのプレスリリース「ファーウェイ・ジャパンより日本の皆様へ」(※1)。日本からの調達金額の大きさが注目される。念のため財務省統計と照合したが,2017年のファーウェイの調達額4900億円は,確かに日本の対中輸出の約3.3%になる(※2)。今年は4%になるという同社の試算も嘘ではあるまい。
 半導体の専門家である湯之上隆氏によると(※3),もしファーウェイとの取引が禁止されると,部品,例えばソニーのCMOSセンサ,東芝メモリのNANDフラッシュメモリ,TDKのセラミックコンデンサなどが輸出できなくなる。またファーウェイ向けに台湾のTSMCが行う半導体製造も縮小するので,製造装置ビジネスでは例えば東京エレクトロン,スクリーン,日立国際電気,荏原製作所,日立ハイテクノロジーズが直接に影響を受け,海外製の半導体製造装置に供給している日本の部品メーカーも影響を受ける。さらに,シリコンウエハ,レジスト,薬液,ガスなど日本企業のシェアが高い半導体素材ビジネスも打撃を受けるという。
 間の悪いことに,アベノミクスの下で利益を上げながら手元に現金や金融資産をためるばかりだった日本企業が,2017年から設備投資を伸ばし始め,史上最高金額にまで至らせている(※4)。このタイミングで需要側からショックを受けると危険ではないか。
 米国に追随したり風評や感情によって動くのではなく,事の重大さを理解したうえで証拠に基づいて議論しないと,米中ハイテク摩擦を出発点に日本に不況を呼び込むことになりかねない。

※1「ファーウェイ・ジャパンより日本の皆様へ」華為技術日本株式会社代表取締役社長 王剣峰(ジェフ・ワン),2018年12月27日。
※2「輸出相手国上位10カ国の推移(年ベース)」財務省貿易統計。
※3 湯之上隆「米国によるファーウェイCFO逮捕は、日本企業に“とてつもない大打撃”を与える」Business Journal,2018年12月15日。
※4 「『日経』連続記事『景気回復 最長への関門』に見る日本経済の変化と新たな不安」Ka-Bataブログ,2018年12月7日。

2018年12月27日木曜日

続・松井和夫先生のこと

 不意に思い出したのだが,私は前期課程2年の時,松井和夫先生(日本証券経済研究所大阪研究所主任研究員)の経済学部連続講義「証券市場論」に珍しくちゃんと出席していた。昼食を生協のレストラン「ルポー」でご一緒した時,先生を招へいする窓口になっていらっしゃった鴨池治教授(マクロ経済学,金融論)も別の席においでだった。鴨池教授は,こちらにやってきて松井先生の隣に座り,しばらくお話をされていた。アメリカでトービンのQが1を下回っているためにM&Aが誘発されることなどが話題であった。やがて,鴨池教授はご自身の席に戻られた。と,松井先生はやおら私に向き直り,「君,レーニンはな」と,独占と金融資本について語り始めたのである。なるほど,先生はこうやって,証券業界に求められる博学のエコノミストであり,かつ根底ではマルクス経済学者として,たくましく生きていらっしゃるのだなと思った。
 日本証券経済研究所大阪研究所主任研究員・後に大阪経済大学教授の松井先生は,もっと思い出されるべき研究者だと思う。同じ研究所に同じ時においでだった奥村宏先生が日本企業・企業間関係研究者として広く知られているように,松井先生はアメリカ企業・企業間関係研究者として,もっと知られるべきだと思う。

松井和夫教授略歴・業績目録。この目録掲載の雑誌論文84本には,『証研レポート』に執筆されたレポートは含まれていない。
http://www.osaka-ue.ac.jp/file/general/5125

松井和夫先生のこと(2014/10/19)Ka-Bataアーカイブ。

Revised version of "Development of the Vietnamese Iron and Steel Industry under International Economic Integration"

I found a typing error in an English version of my paper that I sent you two weeks ago. If you got it until Dec 12, please download the new edition. Revision record is at the end of the new version. Sorry to trouble you.

先日公表した拙稿「国際経済統合下のベトナム鉄鋼業」の英語版において数値の誤記がありました。12月12日に修正済みの版と差し替えさせていただきました。たいへんおそれいりますが,12日以前に東北大学機関リポジトリ(TOUR)より英語版を入手された方は,再度ダウンロードくださるよう,お願い申し上げます。修正版には末尾にRevision recordがあることで,元の版と区別できます。日本語版にはこの誤記はありません。余分なお手間をかけて申し訳ありません。

Nozomu Kawabata[2018]. Development of the Vietnamese Iron and Steel Industry under International Economic Integration, TERG Discussion Paper, No.396.

2018年12月23日日曜日

追悼・石橋雅史氏。「将軍を狙う覆面鬼」のヘッダー指揮官

俳優の石橋雅史氏が逝去された。私は彼の良い観客とは言えないが,『バトルフィーバーJ』のヘッダー指揮官がすばらしい悪役だったことは知っている。とくに印象的だったのは第50話「将軍を狙う覆面鬼」。
 『バトルフィーバーJ』は「5人のチーム」+「メカ・巨大ロボット」というスーパー戦隊のフォーマットを確立した1979年放映開始の番組だ。その特徴は,上と下の世代,アナクロ権威主義とモラトリアム主義の混合。彼らの所属は国防省であり(防衛省でも防衛庁でもない,れっきとした国防省が日本にある!),上司は倉間鉄山将軍で,戦前派風の剣の達人(演じるのも東映時代劇の雄,東千代之介)。ところがバトルフィーバー隊の若者はバトルジャパン,バトルフランス,バトルコサック,バトルケニア,ミスアメリカと名付けられたインターナショナルで(実際に外国人なのは初代アメリカだけだが),かつ軽めの若者である。遊びすぎたり調子に乗って敵エゴスをなめてかかったりして,鉄山将軍に「馬鹿者!」と怒られる。それが妙にかみ合っている。そして,エゴスは悪の結社というよりカルト宗教。首領サタンエゴスは神で,石橋氏演じるヘッダーは戦闘指揮官であると同時に祭祀であり,怪人を「皇子」「神の子」と敬う。このノリを,バブルはおろか1980年代も来る前に出したのは,なかなか先駆的だったと思う。
 そのような中,このエピソードはあからさまに時代劇である。脚本は上原正三。エゴスの指揮官ヘッダーは,邪心流の武道の開祖,鬼一角の門下生であった。そして,鬼一角は,鉄山の師,藤波白雲斎に30年前破門されていたのだ。邪心流の極意は「卑怯も兵法なり」。ヘッダーはその言葉に忠実に鬼一角を殺し,白雲斎をも暗殺して,鉄山将軍を誘い出す。バトルフィーバー隊の若者を「雑魚」と言い切り,鉄山を倒すことのみに執念を燃やす2代目鬼一角ヘッダーと,鉄山との決闘の時が来た!
 一切の迷いなく「卑怯も兵法なり」と信じ,憎しみのみに身を委ねるヘッダー。石橋雅史氏の鬼気迫る演技は,39年たっても印象的である。

『バトルフィーバーJ』Amazon Prime Video.
https://www.amazon.co.jp/dp/B01LYI86Z5/

2018年12月15日土曜日

フランスデモの解説記事から,民主政治とマクロ経済政策のジレンマを考える

 同僚の小田中直樹教授による「黄色いベスト」運動の長期・中期・短期の背景解説。たいへんわかりやすい。そして救いがない。ここにはフランスだけではない,多くの先進諸国の政治と経済政策がはまりこんでいるジレンマがあると,私は思う。

 1970年代後半以後の先進諸国における政治的スペクトラムにおいて,なにがしかの穏健左派から穏健右派までに共通するのは「財政赤字の膨張を抑制すること」である。EUの場合,やっかいなことに通貨価値の維持と財政赤字の抑制が制度自体に組み込まれている。
 ここで経済が停滞してくると,厄介なことが起こる。穏健右派はもちろん,穏健左派も「庶民にやさしい経済政策」を主張しづらくなる。とくに万年野党の場合はとにかく,政権を取ろうとすると,政策を整合させるために積極的に種々の構造調整策を打ち出すのだが,これが拡大か緊縮かというマクロ経済の二分法においては緊縮策になってしまう。
 これはいまにはじまったことではなく,1970年代後半から世界に広がった動きだ。ヨーロッパの社会民主主義政党やアメリカの民主党が通貨価値維持を語り,財政再建を語り,福祉効率化を語り,そのかわり企業競争力を強化して所得と雇用を何とか増やすのだ,だから労働運動や社会運動は企業行動をあまり制約するな,と語るのを,いま50歳以上の人はずっと見てきたはずだ(私の大学院生時代にも,EUを専門とし,ヨーロッパ統合についての楽観論を自らの持ち味とし,社会民主主義を支持していた教授は堂々とそのように主張していた)。
 しかし,そうすると,有力な政治勢力のいずれもが「庶民にやさしい経済政策」を主張しないことになる。「企業の競争力を強化して何とかする」という方法は,1980年代までの日本では何とか機能したものの,現在の先進諸国で十分機能していないことは明らかだ。それでは,格差と貧困が我慢の限度を超えた時にどうなるのか。その支持は,従来の穏健左派から穏健右派までのどこにも向かわない。むしろ,それら全体が庶民無視だとして糾弾される。フランスの「黄色いベスト」運動も左派でも右派でもなく,とにかくマクロン政権と「庶民にやさしくない経済政策」を糾弾しているようだ。
 こうした状況で支持が集中するグループがあるとすれば,魅力的なリーダーを持っているか,宣伝が巧みか,それなりに草の根活動をしているグループだ。それは経済的にはアメリカのサンダースを含む新しいタイプの社会主義勢力のようなラディカル左派か,あるいはトランプやヨーロッパの極右のように,整合的な経済政策はないが政治的敵を作り上げ,こいつらをやっつければ庶民は豊かになれると煽るグループだ。
 いまや先進諸国では,穏健左派から穏健右派までの政治グループは「財政赤字の膨張を抑制すること」にこだわる限り,庶民を敵に回してしまうというジレンマにはまり込んでいる。多くの経済学者や政治学者は,「増税による負担が必要だということをきちんと市民に知らせて説得せよ」という話が大好きで,何十年もうわごとのように繰り返しているが,もはやそれも機能していない。それでは政治家は選挙で支持されない。経済学者が,経済法則を勝手に変えられないというならば,この議会制民主主義の法則もお説教では変えようがない。延々と説教を続けると学者まで「何をお高くとまってやがる」とデモの対象にされかねない。

 では,このジレンマから抜け出す道は,どこにあるのか。民主主義を否定すれば権力的弾圧策という解決策があるが,そんなことが許されるべきではない。しかし,安定のためにはそれもやむを得ないという勢力が膨張することも十分ありうる。
 そうした最悪の解決策は避けて,庶民を主人公とする民主主義を守ることが前提ならば,とにかくある程度「庶民にやさしい経済政策」をするしかない。軍隊やら大企業やらベンチャー企業やらにやさしいか厳しいかは別として,少なくとも庶民に「も」やさしくなければならない。
 方策の一つ目は,「財政赤字を気にしない」ことである。二つ目は,「財政赤字はともかく,金融を無茶苦茶に緩めることで何とかする」ことである。これらには,深く考えずに実行する場合から,経済学的に財政or/and金融をいくら緩めても大丈夫なのだと証明する種々のリフレーション派までのスペクトラムがある。日本のアベノミクスは建前上はふたつめに属しているが,客観的には一つ目の側面も持っている。
 三つめは,「緊縮ではない構造調整を行い,何とか財政赤字を一定範囲に抑えつつ,庶民にやさしい経済政策も実行する」である。これは統合された潮流とは言えないが,日本で言えば,1990年代の終わりから神野直彦氏や金子勝氏が主張してきた「セーフティネットの貼り換え」論などが,本来は該当する。アメリカのサンダースたちや,ヨーロッパの極左などがどこに該当するのか,残念ながら不勉強でわからない。
 一つ目と二つ目の路線の弱点は,本当にそこまで財政と金融を拡張して大丈夫なのかということもあるが,より直接的には金融・財政を派手に拡張した割には経済成長率がわずかであり,庶民にやさしい状態が一向に実現しないことである。せいぜい緊縮よりはましだというにとどまる。そして,株式投機や建設・不動産で儲けられるものだけは大儲けするという格差が生じやすい。つまりは今の日本の状態だ。
 三つ目の路線は,種々の政策を整合させる必要があるため,部分的にはともかく,トータルにマクロ経済的目標を達成できるほど強力に推進され難いという弱点がある。ヨーロッパの左派の政策には,この路線が社会保障や教育に部品として多かれ少なかれ入っているのだが,それでもマクロ経済政策全体として「財政赤字の制約」に流されてしまう傾向が強まっているから厄介だ。また,もう一つ,この路線は成長より再分配を重視するのだが,失業率が高い時には最大の「庶民にやさしい経済政策」は失業解消なので,有効需要全体を増やす成長政策も取らざるを得ないという矛盾を抱えている。

 私は,小田中氏のフランスデモの解説を掘り下げていくと,このような,民主政治とマクロ経済政策上の困難に突き当たるように思うのだ。

小田中直樹「フランスデモ、怒りの根底にある「庶民軽視・緊縮財政」の現代史」現代ビジネス,2018年12月14日。


 

ベトナム天然資源環境省の鉄スクラップ輸入禁止検討は暴挙。背景にある問題には日本の業界も取り組むべき

 ベトナム天然資源環境省(MONRE)が鉄スクラップ輸入禁止を検討中との報道があった。無茶苦茶である。鉄スクラップは廃棄物ではなく,原材料である。確かに,オイルが入ったままの機械のような,雑品と呼ばれる質の悪いスクラップもあり,それが環境汚染の元になることはありうる。しかし,それは分類をきちんとし,条件を定めて規制すればよいことであって,鉄スクラップの主要銘柄(ヘビーなど)を一律輸入禁止にするなど,常識を完全に逸脱している。

 ベトナムの2017年鉄スクラップ供給高は902万2712トン,うち内需で使用するのが882万2000トンだが,国内供給は462万1000トンしかなく,440万1712トンを輸入している。鉄スクラップの輸入を禁止したら,電炉メーカーの操業と経営は成り立たない。これは鉄鋼業に対する虐殺行為と言わねばならない。紙面の記事によればベトナム鉄鋼業協会(VSA)は抗議しているが当然である。

 なお,この問題の背景として,質の低いスクラップが現実に汚染を引き起こしている事情は否定できない。しかも,困ったことに日本からの輸入品にも,品質の低いものが紛れているのである。業界紙の記述からも,私自身が聞き取った関係者の証言からも,そのように言って間違いない。スクラップ回収,輸出業務については,日本産業の品質は自慢できるものではないのだ。改めねばならない。

「ベトナム政府、鉄スクラップ輸入禁止検討 鉄鋼業、輸出国に打撃も」『産業新聞』2018年12月13日。



2018年12月14日金曜日

Godzilla: King of the Monsters (レジェ版ゴジラ2019)への期待と不安

 映像は大丈夫でしょう。話が心配。初めから「三大怪獣地球最大の決戦」だと思ってドンパチだけ見にいけば大丈夫かな。ちなみに前回のGodzillaも,『東宝チャンピオンまつり ゴジラ対ムートー サンフランシスコ大決戦!』だと思えば見られた。まじめに考えだすと,おい核実験正当化かよ,それと核弾頭爆発させて平然としてるよな,とか腹が立ってくるのが,やっかいだった。




2018年12月13日木曜日

経済力が向上した在日中国人は何人くらいいるのだろうか

 昨日出た中島恵「在日中国人の驚くべき経済力向上ぶり、20歳女子が高級マンション住まい…」によせて。数字で見ると,2018年6月現在の在留中国人は74万1656人,この記事にあてはまりそうな,企業家,ホワイトカラー,専門職など,肉体労働以外の働き方をして,相対的に豊かな暮らしができそうな人をビザの種類で試算してみると(※),11万254人です。加えて,永住者や家族滞在ビザの人たちの中にも,一定数豊かな人がいる。まあ,結構な数です。当ゼミの修了生も,日本で大金持ちになった人はまだいないとは思いますが,名の知れた企業や,知る人ぞ知る企業に就職しています。日本のビジネスの活性化に貢献していると思いますよ。税や保険料も普通に日本で納めていますし。

法務省「在留外国人統計 国籍・地域別 在留資格(在留目的)別 在留外国人」における中国人のうち在留資格が教授,芸術,宗教,報道,高度専門職1号イ,ロ,ハ,高度専門職2号,経営・管理,法律・会計業務,教育,技術・人文知識・国際業務,企業内転勤,特定活動(特定研究及び情報処理・本人),特定活動(高度人材・本人)である者の合計。このうち一番多いのは技術・人文知識・国際業務の8万825人で,日本の大学を卒業して日本でホワイトカラー職に就職した人が取ることの多いビザ。

中島恵「在日中国人の驚くべき経済力向上ぶり、20歳女子が高級マンション住まい…」DIAMOND ONLINE,2018年12月12日。

2018年12月9日日曜日

日本の書籍流通改革の核心は返品条件付き売買の見直し

 星野渉「日本の書店がどんどん潰れていく本当の理由」東洋経済ONLINE,2018年12月9日,は,日本の書籍流通がその根本からの見直しを迫られていることを示唆している。
 以前に私は,日本の書籍流通の特徴の一つは再販売価格維持行為であり,もう一つは返品条件付き売買(委託販売制とよく呼ばれるが正確ではない)であるとした上で,その変革の主戦場は再販ではなく返品条件付き売買だろうと述べたことがある()。この判断は妥当だったと思う。この記事は,今まさに,再販制ではなく,返品条件付き売買を見直さないと業界が再生しないことを示しているのだ。返品可能であることと引き換えに書店が強いられてきた粗利益率の低さを改善しないと,書店経営は成り立たないからだ。
 
 (引用)「返品率を大幅に引き下げることができれば,日本でも人々を引き付ける魅力を備えた書店なら,まだまだ開店・営業していくことが可能になる」。

 返品率を下げる方策は二通り考えられる。ひとつは,現行制度を維持しながら,返品率を画期的に下げる取り組みをすることだ。そのためには,取り次ぎが書籍を選んで書店に送りつけるパターン配本をやめねばならない。そして,取り次ぎと書店の双方が危機感を持って,客のニーズを読み,ポリシーを持った配本を行うことが必要だ。当然,大手取次と全国の書店が連携した組織的な取り組みが必要だ。そのためには,出版流通事業が赤字に転落した大手取次が,腹をくくって改革に取り組まねばならない。寡占企業であるが故に,その責任はひときわ重い。他方で,書店は取り次ぎへの依存をやめ,死活問題として品ぞろえに取り組まねばならない。
 もうひとつは,よりラディカルな解決策だ。つまり,買い切り制に移行することだ。この場合,よほど大規模か個性的な書店のみが健全経営を達成し,かなりの書店はリスクがとれずに消えていくことになるだろう。
 どちらを実行しても容易ではない道のりになる。しかし,どちらも実行できないのであれば,書店の減少が加速する現状が続くだけだろう。

星野渉「日本の書店がどんどん潰れていく本当の理由 決定的に「粗利」が低いのには原因がある」東洋経済ONLINE,2018年12月9日。

※出版物の再販売価格維持行為に関するノート(中小出版社とアマゾンとの間での紛争に寄せて) (2014/5/10),Ka-Bataアーカイブ。

拙速な入管法改正は遺憾だが,実践的な準備をしながら意見をたたかわせるしかない

 入管法改正がものすごいスピード審議で通されてしまった。私は「外国人労働者を受け入れる以外に道はないが,ちゃんと準備をしろ」派なので,今国会での成立には反対であったが,できてしまったものは仕方がない。できる限りの実践的な準備をすべきだろう。
 暫定的には,1)外国語・外国人対応で苦慮する自治体に対し,政府から財政,人員上の支援を行うこと,2)受け入れ人数を決定する仕組みを作り,各界の意見を反映させられるようにすること,3)日本人の雇用と競合しないように労働市場テストを行うことについて検討し,制度設計をしてみること。その公平性について基準をつくること(自国民雇用を守るための労働市場テストは多くの国で実施されているが,効力を持たせることがむずかしいし,差別にならない工夫も必要),4)技能実習生やブラジル等の日系人受け入れの教訓を踏まえて,生活困難,教育問題,人権侵害や差別,住民間対立が生じやすいポイントを洗い出し,改善策を講じること,5)日本の大学を卒業した留学生の就労職種を緩和する案については,法務省の判断だけで緩和せず,大学を含む各界の意見を聴取すること,などを提案したい。与野党は,法改正で議論を終わりとすることなく,これらの実践的な課題について意見を戦わせてほしい。

「増える外国人住民 苦慮する自治体 3割が「対応追いつかぬ」」NHK NEWS WEB,2018年12月5日。


 

2018年12月7日金曜日

『日経』連続記事「景気回復 最長への関門」に見る日本経済の変化と新たな不安

 一昨日から今朝にかけての『日経』1面の「景気回復 最長への関門」(上・中・下)は考えさせられる。よく読むと内容は深刻だ。来年度の「日本経済」講義のヒントになる。掲載されたグラフ3点を見るとわかりやすい。私の観点から再構成すると以下のように読める。
 国内だけを見れば,アベノミクスの超金融緩和とだらだらとした財政拡張が,ようやく,4年もたって,2017年から設備投資増には効き始めたように見える。しかし,消費の方は依然として停滞している。実質雇用者報酬が縮小する悲惨な事態は2016年にようやく止まり,上向きになったが,可処分所得はアベノミクス開始前にわずかに及ばない程度だ。これは,社会保障と税の負担のためだ。
 ところが世界を見ると,米中貿易戦争をきっかけに景気の減速傾向が強まっている。これは外需に依存し,いつまでたっても途上国のように円安を待望する日本産業にとって不気味なことだ。
 設備投資はようやく伸び始めた。賃金は少しずつ上昇しているが,消費は伸びない。これまで依存できた外需は雲行きが怪しくなってきた。それでは,いったい何をつくってどこに売るのか。
 日本経済のこれまでの局面は「アベノミクスで拡張政策をとったが,輸出と企業利益は増えても投資は増えず,雇用は増えても賃金は上がらず消費も伸びない」というものだった。しかし,また別の局面に入りつつあるのではないか。

「景気回復 最長への関門(上)世界経済に頭打ち感 中国の変調、アジアに影」『日本経済新聞』2018年12月5日朝刊。

「景気回復 最長への関門(中)「賢い工場」活発な設備投資 外需と業績、懸念材料に」『日本経済新聞』2018年12月6日朝刊。

「景気回復 最長への関門(下) 力不足の「メリハリ消費」 増えない可処分所得」『日本経済新聞』2018年12月7日朝刊。


2018年12月6日木曜日

My paper "Development of the Vietnamese Iron and Steel Industry under International Economic Integration" is now available

Now my paper "Development of the Vietnamese Iron and Steel Industry under International Economic Integration" is downloadable from TOUR (Tohoku University Repository) site.

Nozomu Kawabata[2018]. Development of the Vietnamese Iron and Steel Industry under International Economic Integration, TERG Discussion Paper, No.396.

Japanese version is here.


「国際経済統合下におけるベトナム鉄鋼業」を公開しました

 拙稿「国際経済統合下におけるベトナム鉄鋼業の発展」日本語版・英語版を公開しました。ダウンロードいただけます。
 
 本稿は学術雑誌掲載を目的としたものではなく,鉄鋼業やベトナムの産業開発に関わる企業,政府,マスメディア,大学・調査機関の研究者などの方々に参考にしていただくためのものです。2017年に初の大型一貫製鉄所が稼働して,ベトナム鉄鋼業は新時代に入りました。これを機に,20世紀末から21世紀初頭の産業発展について評価しようとしたものです。

川端望[2018]「国際経済統合下におけるベトナム鉄鋼業の発展」TERG Discussion Paper, No.395。日本語版。

英語版はこちら。


2018年12月4日火曜日

宝鋼が江蘇省塩城市において新たに銑鋼一貫製鉄所を建設するという報道に接して

 中国の宝鋼が江蘇省塩城市において新たに銑鋼一貫製鉄所を建設するという報道があった。第1期に粗鋼生産800-1000万トン,最終的に2000万トンを目指すとのこと。

 過剰能力削減政策の下,新製鉄所の建設は「減量置換」ルールに従わねばならないはずだ。宝鋼といえども例外ではない。つまり,本来淘汰対象でない設備を積極的に閉鎖し,閉鎖能力を下回る範囲でだけ新能力を設置することができる。宝鋼の場合,親会社の宝武集団の範囲内で古い製鉄所を2000万トン以上閉鎖するか,他の鉄鋼企業が閉鎖した能力分を能力新設権として何らかの形で購入してくるなどの措置が必要なはずだ。

 これまでも宝武集団は,集団内で1000万トンを廃棄して,能力900万トンの湛江製鉄所を建設しているし,さらに8月にも,400万トンの淘汰分を湛江製鉄所の同程度の拡張にあてると発表している。

 湛江の拡張は予想の範囲外だったが,さらに新製鉄所を設置するとなるとおおごとだ。宝武集団は粗鋼生産能力1億トンを目標としているが,湛江と新製鉄所が2期まで完成すれば,合計して3300万トンは2015年以後稼働の最新鋭設備となるわけだ。

 中国政府は,国全体として過剰能力削減を推し進めつつ,設備構成を大型・最新のものに入れ替え,かつ企業としては有力企業への集中を図っている。そして,有力企業として具体的な動きを見せているのが宝武集団だ。

 宝武集団は確かに中国において,先進国と類似の設備・製品構成を持つという意味で最強の競争力を誇っている。しかし,同時に国務院傘下の中央国有企業である。宝鋼集団の大規模化は,鉄鋼業において,チャンピォン企業の育成という意味と,国有企業の役割肥大化という二つの側面を持つと考えられる。

「中国・宝鋼、江蘇省塩城に新製鉄所を建設 第1期8200億円、粗鋼産年1000万トン、最終的に2000万トン」『日刊鉄鋼新聞』2018年12月4日。

2018年11月28日水曜日

カルロス・ゴーンの逮捕は法の適切な執行なのか

 カルロス・ゴーンの逮捕劇についてはいろいろな角度から論じることができるだろう。とりあえず,検察には法をちゃんと執行して欲しい,法律違反は取り締まり,権力乱用はしないでくれという立場からみると,カルロス・ゴーン逮捕にはわからない点が多すぎる。郷原信郎弁護士や細野祐二氏の指摘がすべて正しいかどうかはわからないが,以下の点を私は知りたい。

1)ゴーンの報酬は有価証券報告書に記載すべきものであったのか。どうしてそう言えるのか。
2)そうだったとして,なぜ日産自動車でなくゴーンほか1名という個人が罪を問われるのか。有価証券報告書未記載に責任を負うのは法人としての日産自動車ではないのか。
3)ゴーンの部下が「内部告発」したというのなら話としてわかるが,何がどう「司法取引」なのか。司法取引した当人は,どのような重大情報を検察に与えたのか。
4)ゴーンが会社の金で買った不動産を私的に利用していたことは倫理的に問題なのは当然として,それで刑事的に罪を問える,例えば会社に損害を与えたから背任を問うべきとまで言えるのか。

 これまでマスコミの報道記事は,客観報道のふりをした表面報道に過ぎないと思う。検察の行動と法の整合性が客観的に問われるときは,きちんと論点を立てて,「この点はおかしくないか,説明が必要だ」と追及しなければならない。それが本来の客観報道であり,権力に対する必要な監視ではないのか。

「ゴーン氏逮捕は「ホリエモン、村上ファンドの時よりひどい」 郷原信郎弁護士が指摘」ITmediaビジネスONLINE,2018年11月27日。

細野祐二「「カルロス・ゴーン氏は無実だ」ある会計人の重大指摘」現代ビジネス,2018年11月25日。

2018年11月27日火曜日

Abstract of my new paper titled "Development of the Vietnamese iron and steel industry under international economic integration"

  My discussion paper titled "Development of the Vietnamese iron and steel industry under international economic integration" will be uploaded on the site of Tohoku University Repository in next month. Both English and Japanese versions will be available. The abstract is as follows:

  This study discusses the development of the Vietnamese iron and steel industry under international economic integration. In particular, this study investigates what type of enterprise was responsible for this development, as well as the economic and managerial logic that can explain this development. The analysis provides suggestions for industrial development under international economic integration in developing economies.
  Under trade and investment liberalization, private enterprises and foreign capital firms have been the main participants in the development of the Vietnamese iron and steel industry. However, such development did not occur via a simple laissez-faire approach. Each enterprise type and the government faced challenges. Ownership and management reform were required of state-owned enterprises, and local private enterprises had to ensure market creation through innovation, by making full use of the local condition. Foreign enterprises had to introduce the huge funds and state-of-the-art technology. Moreover adaption to local society influenced their projects’ progress. Thus, the government should review and monitor large-scale projects from both economic and social viewpoints. The Vietnamese iron and steel industry recorded steady growth because some of these conditions were met, while some unachieved conditions caused problems.
  This case suggests that industrial development under international economic integration is possible. In addition, such integration requires not only a market mechanism but also an entrepreneurial spirit that encourages market creation and government policies that complement the market’s role and resolve social issues.

Related papers

2018年11月26日月曜日

「国際経済統合下におけるベトナム鉄鋼業の発展」要旨の先行公開

 来月上旬に,ディスカッション・ペーパー「国際経済統合下におけるベトナム鉄鋼業の発展」を日本語・英語双方で公開します。ここで要旨を先行公開します。

要旨
 本稿は,国際経済統合下におけるベトナム鉄鋼業の発展について論じる。とくに,この発展を担ったのはどのようなタイプの企業であるのか,この発展はどのような経済的・経営的ロジックによって説明できるのかを検討する。これらを通して,発展途上国における国際経済統合下の産業発展についての示唆を得る。
 ベトナム鉄鋼業の発展は,貿易・投資の自由化推進という経済環境の下で,国有企業ではなく,民間企業と外資企業を主な担い手として実現した。しかし,自由放任政策のみで発展が実現したわけではなく,企業と政府は様々な課題を解決しなければならなかった。国有企業には所有・経営改革が必要だった。民間企業はローカルな諸条件を生かしたイノベーションと市場開拓を遂行しなければならなかった。外資企業は大規模な資本動員と最新技術の導入,そして現地社会への適応を求められた。政府は経済的・社会的観点から,大規模プロジェクトに対する適切な審査と監視を行わねばならなかった。ベトナム鉄鋼業は,これらの条件のうちいくつかを満たして順調な成長を遂げた。ただし,いくつかの条件が達成できなかったために問題も生じた。
 ベトナム鉄鋼業の事例が示唆するのは,国際経済統合下の産業発展は可能であること,そしてそのためには市場メカニズムを作動させるだけでなく,市場を創造する企業者行動と,市場の役割を補完し社会問題を解決する政府の政策と行動が必要だということである。

2018年11月22日木曜日

韓国政府による「和解・癒やし財団」の解散決定について

 韓国政府による,慰安婦被害者支援のための「和解・癒やし財団」の解散決定について,暫定的にコメントする。

*韓国政府の見地に対して
・前政権による日韓合意が慰安婦被害者本人の意向を無視したものであったことを,文在寅政権が問題視するのはありうる。そこまではわかる。
・しかし,政府当局者も言うように,「韓日間の公式合意」であることから,「慰安婦合意の破棄や再協議を要求しない」というのも常識的な線というものだろう。それもわかる。
・しかし,韓国政府が慰安婦被害者支援のための「和解・癒やし財団」を解散するという場合,どうしても問題は起こらざるを得ない。
・韓国政府当局者は「日本政府が誠意ある姿勢でこのため(被害者の方々の名誉と尊厳の回復および傷の癒やし)に努力することを期待する」というが,日本政府は,そのつもりで「和解・癒やし財団」にお金を拠出したはずだ。そう認められたから合意が成立したのだ。
・それではだめだというのであれば,1)韓国政府は日本政府が拠出したお金はどのように扱うのかという問題が起きる。また,より根本的な問題として,2)公式合意を破棄はしないけれど,合意はまちがっていることなので遂行できない,日本政府はもっと別なことをして欲しいという立場を表明しているが,「最終的かつ不可逆的な解決」という合意を破棄せずに,別なことをしてほしいと要請するのは,さすがに矛盾している。
・それでも別なことをしてほしいというのであれば,それが何であるかを表明するのは,韓国政府側の責任であろう。それは何なのか。韓国メディアの日本語記事も見ても,どこにも見つからない。『朝鮮日報』のイム・ミンヒョク論説委員も文在寅政権は「自分たちはどのようにして真の謝罪と法的責任認定を引き出すのかについて、何の答えも出していないし、答えがあるわけでもない」と指摘している。要求項目が不明なまま「誠意ある姿勢」を要求して,日本が先に提案しろというのは,いくら何でも無茶である。それで話が進むわけがない。
・文在寅政権としては不本意であろうが,「和解・癒し財団」という方式が適切でないと考えたとしても,日韓の外交合意を破壊しないのであれば,やるべきは「和解・癒し財団」の解散ではなく,韓国の国内政策としての追加措置なのではないだろうか。

*日本政府がとるべき態度について
・日本政府が「日韓合意で終わったのだ」とだけ言い放つのは,適切ではない。日韓合意には,「安倍晋三首相は日本国の首相として、改めて慰安婦としてあまたの苦痛を経験され心身にわたり癒やしがたい傷を負われた全ての方々に心からおわびと反省の気持ちを表明する」という趣旨がある。この「おわびと反省」の立場を堅持していることを表明し続けねばならない。そうしなければ,おわびや反省は本心ではなかったのかと,韓国のみならず国際社会から疑われるだろう。
・「何度も謝罪しなければならないのはおかしい」という人がいるかもしれないが,そうする必要はないのだ。改めて謝罪するのではなく,「謝罪した立場にいまも変わりはない」と言い続けることが大事なのである。それは,政治だけの問題ではなく,倫理的にも当然のことだろう。
・政府が「日韓合意で終わったのだ」とだけ言い放つことによって,日本国内にある,慰安婦などいなかったという極論を始め,反韓国感情を煽り立てる効果があることは明らかだ。安倍政権がそれを放置するのは不適切であり,自ら選んだ「おわびと反省」という見地に照らして不誠実だ。自ら表明した正式見解を守ることが安倍政権の責任だ。慰安婦とされた女性たちに対する,お詫びと反省の気持ちをずっと維持していること,その具体的な形として「和解・癒し財団」への拠出を行ったこと,そのようなものとして日韓合意は有効であることを,内外に発信するのが妥当だと考える。

イム・ミンヒョク「【萬物相】慰安婦財団解散、「文在寅式解決法」とは一体何なのか」『朝鮮日報 日本語版』2018年11月22日。
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2018/11/22/2018112280008.html
「韓国政府「慰安婦合意、破棄・再協議要求せず…日本の誠意ある努力に期待」」『中央日報日本語版』2018年11月22日。
https://japanese.joins.com/article/375/247375.html
「慰安婦財団解散 日本の真摯な姿勢に期待=韓国外交当局」『聨合ニュース』2018年11月21日。
https://m-jp.yna.co.kr/view/AJP20181121004900882?section=japan-relationship/index

<関連>「従軍慰安婦問題に関する河野談話についてのノート:企業経営研究者の立場から A Note on the Statement by the Chief Cabinet Secretary Yohei Kono on the Issue of "Comfort Women" (2014/3/3)」Ka-Bataアーカイブ。
https://riversidehopearchive.blogspot.com/2018/10/a-note-on-statement-by-chief-cabinet.html

2018年11月21日水曜日

財務大臣が「人の税金で大学に行ったんだ」と放言する自己否定

 麻生さんの「人の税金で大学に行ったんだ」発言。その前後も音声ファイルで分かった。前後を無視した一方的中傷でもなければ,文脈無視でもなかった。大学の財源多様化を訴えた話でも何でもなかった。まさに東京大学に行ったことを「人の税金で言った」というただそれだけの発言だった。

 「どの口が」ということもある。大金持ちの親御さんの金で学習院大学に行ったであろう麻生さんが,税金で大学に行くことを批判するのはどうなのだろう。親の金で行くのも税金で行くのも,自分だけの力ではないことには変わりない。麻生さんが威張って良い根拠は何もないと思う。

 とはいえ,私は別に,自力で大学に行くのが偉いという価値観を支持したいのではない。その逆だ。

 麻生さんが学習院大学に行けたのは,一方で麻生産業(現・麻生セメント)の総帥である親御さんのおかげであり,他方で税金を財源とする私学助成のおかげだ。私だってそうだ。両親のおかげ,税金のおかげで国立大学に行けたのだ。ほとんどの人は,自分自身の力だけで学校に行っているわけではない。たいていは両親・親類に支援してもらい,税金に支援してもらっているのだ。

 そして,それでいいのだ。そうであるから,教育の機会均等が守られるのだ。

 麻生さんが間違っているのは,親に感謝するのでもなく,税金の役割を尊ぶのでもなく,「人の税金で大学に行く」ことを批判し,自分自身の力だけで行くことを正しいかのように言っていることだ。最も深刻なのは,麻生さんは財務大臣だということだ。財務大臣が税制の再分配機能を否定してどうするのか。

「麻生氏『人の税金で大学に』東大卒視聴批判」『毎日新聞』2018年11月17日。

技能実習制度の問題を「特定技能」ビザで繰り返してはならない:外国人労働者受け入れをめぐって

 技能実習生は27万4225人(2017年12月)。対して,2017年の失踪者が7089人というのは異常すぎる。単純計算で2.6%が失踪していることになる。どう考えても個人の問題ではなく,制度に欠陥がある。

 失踪した実習生を対象とした調査によると,失踪の理由(複数回答)は確かに「低賃金」が67.2%で1929人だが,うち「低賃金(契約賃金以下)」が144人(5.0%),「低賃金(最低賃金以下)」が22人(0.8%)いる(『朝日新聞』報道)。そして,「月給10万円以下」が1627人(56.6%)ということは,実際には契約賃金以下あるいは最低賃金以下の実習生がもっといたはずだ。

 この待遇なのに,48%は母国の送り出し機関には100万円以上を払っている。明らかにおかしい。正しくない情報に誘われて来日したか,受け入れる企業や農家が約束や法律を破ったか,その両方かだろう。

 神戸国際大学の中村智彦教授が聞き取った受け入れ団体職員の話からは,企業側が賃金に加えて,監理団体等にも費用を支払わねばならないことをよく認識していない場合があることがうかがえる。「トラブルになるのは、実習生側は月に10万円しかもらっていない。一方の企業側は20万円近く支払っている。その意識のギャップが、双方の不満になってぶつかることがある」と言う。受け入れ企業も十分に制度を理解してないケースがあるのではないか。

 政府は,技能実習が最大5割「特定技能」に変わる見込みとしているが,成り行き任せではだめだろう。「特定技能」にすれば解決する問題,たとえば通常の雇用契約にし,転職の自由があれば解決する問題も確かにあるだろう。しかし,技能実習でも「特定技能」でも共通する問題,たとえば不正確な情報の流通や,言葉の不自由さや法的知識不足につけこんで労基法を守らない雇用主の問題などもある。これらを一つ一つ取り上げ,どうすれば同じ問題を「特定技能」ビザでの労働者で繰り返さないかを徹底審議すべきだ。

 私は,まじめに技能実習を実施していて,問題点も熟知している監理団体や経営者の意見を聞きたい。彼/彼女らならば,実習の効果を上げ,コンプライアンスに努めるためにどれほどの手間暇をかけているか,どこに手抜きや誤解の罠が潜んでいるか,どう改善すればよいかを知っているはずだ。

「技能実習生の失踪動機「低賃金」67% 法務省調査 月給「10万円以下」が過半」『日本経済新聞』2018年11月18日。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO3790481017112018EA3000/
「月給数万円、借金100万円…失踪した技能実習生の実態」『朝日新聞』2018年11月20日。
https://www.asahi.com/articles/ASLCM5FP6LCMUTIL01Q.html
中村智彦「5年間で延べ2万6千人失踪 ― 外国人技能実習制度は異常すぎないか」Yahoo!Japanニュース,2018年11月6日。
https://news.yahoo.co.jp/byline/nakamuratomohiko/20181106-00103150

「あと1年かけて,「技能実習」を「特定技能」に転換する計画を作るべきだ:入管法改正による外国人労働者受け入れについての意見」Ka-Bataブログ,2018年11月10日。
https://riversidehope.blogspot.com/2018/11/1.html

2018年11月15日木曜日

「異次元緩和」への依存は邦銀をハイリスクな投融資に走らせていないか

大槻奈那「邦銀が「次の金融危機」の引き金を引くのか 投資家の暴走で世界でゾンビ企業が急増」東洋経済ONLINE,2018年11月12日。3ページ目に掲載されているグラフに驚いた。いつのまにか銀行の与信総額で邦銀が日,英,独を抜いている。融資先が順調に拡大しているならば邦銀のプレゼンスが上がっているということだが,そう喜んではいられない状況だ。アメリカは多少巻き戻したとはいえ日本の異次元緩和は続いているし,10年単位でみれば世界的な金利抑制傾向が続いている。それでもインフレ率は上がらないという傾向が世界的に続いている(福田慎一『21世紀の長期停滞論』平凡社,2018年)。世界の銀行は運用難に戸惑い,思い余ってハイリスク・ハイリターンの投資・融資に流れている。邦銀の与信もそうした融資で伸びているというのだ。
 もはや,通貨収縮によるデフレが問題という局面ではない。日本のアベノミクスが「方向は良いが不十分」とみる人は,利下げの余地がなくなっても日銀の国債買い上げによって金融機関にリスク資産へのリバランシングを促せるならばなお緩和の効果は期待できるというが(例えば野口旭[2015]『世界は危機を克服する』東洋経済新報社),それは資本の需要を無視して供給側からバブルを煽る行為ではないか。
 問題は,金利を下げて通貨供給を試みるだけでは,投資と消費の意欲が喚起されず,インフレ率が上がらないことだ。少なくとも日本では,金融ではなく実物的に考えることが必要だ。新市場を開拓する成長産業のタネをまき,芽を育て,キャッシュを眠らせずに賃上げと再分配で個人による支出に導き,成長を下支えする発想が必要な局面だ。金融政策から財政政策と社会政策に移す時だ。
 もちろん,それでも難題は残る。一つは財政赤字であり,もう一つは,これほど短期資金の浮動性が高いと,バブルを伴いながらでないと成長産業が現れないということだ。しかし,金融緩和一本やりで進み続けるよりははるかにましだろう。

大槻奈那「邦銀が「次の金融危機」の引き金を引くのか 投資家の暴走で世界でゾンビ企業が急増」東洋経済ONLINE,2018年11月12日。

関連投稿
日銀による金融政策だけで物価を上げようとすることの限界について (2018/6/16),Ka-Bataアーカイブ。
アベノミクスのどこを変えるべきか? 野口旭『アベノミクスが変えた日本経済』(ちくま新書,2018年)に寄せて (2018/5/13)

2018年11月13日火曜日

徴用工裁判において新日鐵住金が問われること :政府の協定解釈とは別に,当事者としての事実に関する見解を

 徴用工裁判において新日鐵住金が問われること。法的に請求権協定で決着済みかどうかというのは国家間の問題だが,新日鐵住金は,前身企業が当事者であった立場として,原告に向かい合わねばならない。つまり,当事者として,原告に対してどのような人事管理を行ったのかという事実と,それを現在どのように評価しているのかだ。これは,国際法でそのことをどう解釈するかとは別の問題として,避けられないことだ。当然,韓国での裁判で新日鐵住金は自己の立場を主張したはずだから,それを改めて内外に説明すべきだろう。私は,そのように思う。

 念のためと思い,公式の社史において,新日鐵住金が原告たちが該当する人事労務をどのように評価しているかを確かめた。

<韓国大法院判決が認定した,原告の労役従事先と状況>
 原告は4名でうち3名は既に死亡。
・原告1と原告2は,平壌で出された応募に1943年9月ごろに応じて,日本製鉄大阪製鉄所で訓練校とした働いた。賃金の大部分がが振り込まれた通帳と印鑑が寄宿舎の舎監によって管理された。原告 2 は逃げだしたいと言ったことが発覚し、寄宿舎の舎監から殴打され体罰を受けた。1944年に強制的に徴用され,それ以後,労働に対する対価が支給されなくなった。1945年6月ころには清津製鉄所に移動させられた。ここでも賃金はまったく支給されなかった。ソ連軍によって清津工場が破壊されてソウルに逃れた。
・原告3は1941年,報国隊として動員されて日本にわたり,日本製鉄釜石製鉄所で働いた。賃金はまったく支給されなかった。最初の6か月間は外出も許可されなかった。1944年に徴兵された。
・原告4は1943年1月ごろ,群山部の指示を受けて募集に応じ,日本製鉄八幡製鉄所で働いた。賃金はまったく支給されず,休暇もなかった。日本の敗戦後,帰国せよという日本製鐵の指示を受けて帰国した。
 よって,原告4名のうち,原告1と2は1944年以後法的な意味で徴用された可能性がある。原告3と4,原告1と2の応募当時は法的な意味の徴用ではない。韓国大法院は,より広い意味の強制動員を「徴用」と呼んでいるものと推定される。

<社史の記録>
 原告が働いた製鉄所のうち,大阪製鉄所は,現在では大阪製鉄という,新日鐵住金系ではあるが別の会社のものとなっている。釜石製鉄所,八幡製鉄所は,新日鐵住金の製鉄所として引き継がれている。清津製鉄所は,現在の北朝鮮に立地しているので,新日鐵住金の手を離れている。よって,日本製鐵の社史,釜石製鉄所,八幡製鉄所の所史を点検するのが妥当だろう。

・『日本製鐵株式會社史 1934-1950』日本製鐵株式會社史編集委員会,1959年(東北大学附属図書館所蔵)。内地において徴用を行ったこと,学徒動員,女子挺身隊,勤労報国隊などを受け入れたこと,清津では朝鮮人の補充には困難はなかったが内地人の求人難が深刻であったことが記されており,昭和20年8月15日現在の労務者在籍人数を記した表では特別労務者の一種として朝鮮人工員という項目が,学徒,俘虜,女子挺身隊,新規徴用工,養成工と並んで書かれている。戦時における人員確保の困難の中での労務構成の複雑化として評価されている。
・『鉄と共に百年』新日本製鐵釜石製鐵所,1986年(東北大学附属図書館所蔵)。人員の膨張を論じたところで,学徒動員,徴用工,女子挺身隊のことが記されているが,朝鮮人労働者を対象とした記述はない。
・『八幡製鉄所八十年史』新日本製鐵八幡製鐵所,1980年(私物)。「部門史 下」において,昭和17年以後,労務者強制徴用が行われたこと,昭和18年には「中国大陸および朝鮮半島からの強制徴用労務者,さらには俘虜,囚人までをも動員計画の中に取り入れていった」(449頁)こと,学徒,女子挺身隊,勤労報国隊を受け入れたことが記されている。そのことは,労務構成の複雑化をもたらしたとされている。

<簡単な考察>
・八幡製鉄所史においては,「朝鮮半島からの強制徴用労務者」を働かせたことが,この表現で事実として認められている。
・それ以外の記述では,戦時労務の一部として朝鮮人工員が存在したことが認められている。
・強制徴用労務者を働かせたことに対する,企業自身としての評価は記されていない。

 新日鐵住金は,前身企業である日本製鐵が,原告たちをどのように採用し,働かせたかについては,自ら確認し,評価しなければならないはずだ。韓国での裁判ではこれらをどのように行ったのか。そして現在,請求権協定の解釈や,判決の当否は別として,前身企業の行為を後継企業としてどのように事実認定し,評価しているのかを社会に明らかにする責任がある。それは,政府の問題ではない。企業が政府から自立しているのであれば,自ら責任を負うべき領域だと私は思う。

「2018年10月30日韓国大法院判決」法律事務所の資料棚。




2018年11月12日月曜日

「世界平和女性連合」は「世界平和統一家庭連合」(統一協会より改称)を母体とした団体

「世界平和女性連合」が,「女子留学生日本語弁論大会」などの学生を対象としたイベントを,宮城県で行っていることに気がついた。以下,大学教員という立場からの問題整理のメモ。同業者には参考になれば幸い。

「世界平和女性連合」
http://www.wfwp.gr.jp/internal/volunteer

 この団体は,一見,普通の非営利組織に見えるのだが,実は,世界基督教統一神霊協会(通称,統一協会。現在は世界平和統一家庭連合と改称)という破壊的カルトと一心同体の組織だ。ここで破壊的カルトとは,「入信勧誘の際に、ターゲットの精神の不安定化を図って取り込み、やがて社会常識を捨てさせ、全てを教団の論理で行動させるような団体」のことを指す。この定義は,カルト予防策や社会復帰策等の研究を行う,日本脱カルト協会によるものだが,同会では統一協会をオウム真理教と並ぶ破壊的カルトの例としている。

日本脱カルト協会のページ
http://www.jscpr.org/aboutjscpr

 統一協会は分野別に団体を持っており,政治活動は国際勝共連合,学生活動は原理研究会(CARP)という団体で行っている(45歳以上くらいの方は,ここらでだいたい問題の所在がおわかりかもしれないが,最近の学生や日本人学生も留学生も知らないので,丁寧に説明しなければならない)。

 この「原理」とは,統一協会の教義である「統一原理」のことだが,(学生に向かって話す場合に)問題としたいのはその独特な信仰内容でもないし,政治的主張でもない。統一協会=原理研究会が,1)自分たちの実体を明らかにしない偽装勧誘を行い,2)軟禁状態での勧誘,教育,多額の献金強要,脱会阻止などマインド・コントロール(洗脳)というべき活動方法で学生の自由を実質的に奪い,3)先祖の因縁や祟りがあるなどとの脅迫的言辞によって高額商品を販売する,霊感商法と呼ばれる詐欺的行為をおこなってきたことだ。これらのことは,1970-90年代に強い社会的批判を受けて来た。

全国霊感商法対策弁護士連絡会のページ
https://www.stopreikan.com/aboutus.htm

 世界平和女性連合は,統一協会教祖文鮮明氏の妻,韓鶴子氏によって創設された。このことは,同団体自ら,英文ページで記載している。
http://www.wfwp.org/index.cfm?/Who-We-Are

 Youtubeには,1992年に開催された世界平和女性連合の創設大会の映像が,日本語字幕付きで掲載されている。そこでは文鮮明氏が演説し,統一協会の教義「統一原理」を布教してきたことを誇っており,全世界の宗教と統一するという自らの考え方と世界平和女性連合の主旨が同一であることを主張している。
https://www.youtube.com/watch?v=ue5OU_rhZlM
たとえば5:21付近や9:26以下でわかる。

 このように,世界平和女性連合が,統一協会と不可分の団体であることは明瞭だ。

 大学において構成員の思想・信条の自由は保証されるべきであり,多様な宗教の選択も,無宗教という選択も自由でなければならない。しかし,だからこそ偽装勧誘や洗脳,詐欺的商法での資金集めは許容されない。世界平和女性連合の母体である統一協会は,宗教の一つというにとどまらず,宗教の名のもとに人々の自由を奪い,詐欺的商法によって資金集めを行ってきた。組織改編の後も,そのことへの反省は見られない。この団体の実態を知らずに学生がイベントなどに参加してしまう可能性について,注意を払うことが必要と思う。

(本記事は2018年9月25日にFacebookに投稿したものの再録ですが,まったく古くなっていないためアーカイブでなく新規記事として投稿します)

2018年11月10日土曜日

あと1年かけて,「技能実習」を「特定技能」に転換する計画を作るべきだ:入管法改正による外国人労働者受け入れについての意見

 入管法改正について。まず正視すべきは,「外国人労働者を受け入れるか,受け入れないか」という選択肢は既にないことだ。すでに27万4225人もの外国人が「技能実習」ビザで在留し(2017年12月現在※1),そのほとんどが事実上技能労働者として働いているのだ。加えて「留学」ビザで日本語学校に在籍している外国人の一定部分も(日本語学校在籍数は2017年7月現在50892人※2。なお,全員「留学」ビザとは限らない),半ば技能労働者として働いている。この目的外の就労が不正常な状態をまねいている。具体的には,渡航ブローカーによる不正確な情報,それにつられての過大な借金を背負っての来日,一部実習先の人権無視の労務管理,一部日本語学校の学習支援体制の不十分さ,相談・支援体制の不足,そうしたことの結果としての逃亡や犯罪,などだ。これを改革しなければならない。しかも,外国人技能労働者を排除するという道は,もはやない。排除すれば少なくとも工場と建設現場と飲食店とコンビニが止まって大混乱に陥るだけだ。いまや,「どうやって受け入れ続けるか」が問題なのだ。

 この『東京新聞』11月9日の記事※3のように,現在審議に入ろうとしている入管法改正を「外国人労働者の受け入れ業種や規模は明らかになっておらず「生煮え」「拙速」の批判は強い。日本人雇用への影響を懸念する声のほか、外国人を使い勝手の良い労働力とみなす問題点も挙げられている」という議論は多い。それは,これ以上の誤りを犯さないための批判としてはまちがってはいないが,既に存在する問題をどう解決するかという前向きの方向に踏み出していない。

 私の意見では,まず技能実習生との関連では,最低限,以下のことが必要だ。だからこそ拙速を排さねばならない。しかしそれを何もせず現状を維持する口実にしてはならない。あと1年間かけてよりよい法案と計画を整備し,実行すべきだと思う。

1)まず「技能実習」で働いている20数万人プラスアルファ程度の人数を「特定技能」に円滑に移行できるようにすることを明確なテーマとした計画を立てること。その内容には以下を含めること。
2)転職の自由がなく実習先に従属させられやすい「技能実習」の要件を厳格にして実習の内実があるものだけに絞り,人数を大幅に縮小させること。
3)「特定技能」ビザでの外国人労働者の受け入れ枠を決定する仕組みを整備し,無限定に受け入れて,不況になったらあぶれさせるという事態を招かないようにすること。
4)技能実習で横行する違法な労務管理を「特定技能」で繰り返さないように,労働基準監督,労働者支援の体制を強化すること。
5)そのためにも来日時点での日本語能力の要件は高めに定め,来日後の日本語研修の体制を費用負担のしくみを含めてつくること。

 なお,今回「特定技能」には小売業での労働は含まれない見込みであることから,「留学」ビザで来日してコンビニ等で働く状態の改革は,別途考える必要がある。

※1法務省「在留外国人統計表」。
※2日本語教育振興協会「平成29年度 日本語教育機関実態調査結果報告」
※3「『除染作業強制』『残業代300円』 外国人実習生窮状訴え」『東京新聞』2018年11月9日。

※12月9日追記。入管法改正案成立を受けて以下を書きました。

拙速な入管法改正は遺憾だが,実践的な準備をしながら意見をたたかわせるしかない


2018年11月8日木曜日

外国人労働者の海外居住家族への健康保険適用問題は,データに基づく議論と加入者を差別しない対応を

 外国人労働者の,海外に居住する家族に健康保険を適用する件。ここ数日,感情的に騒ぎ立てる議論が多いのは,不適切だ。海外在住家族の扶養が保険財政にどれほどの負担となっているのか,不正受給がどれほどあるのか,データに基づいて議論すべきだ。データゼロの記事で国会議員が「日本の健康保険制度が崩壊する」と叫んだ,たいへんだと論じるジャーナリストもいる。頭を冷やすべきだ。読んだ限り,この記事だけデータがある。

『毎日新聞』2018年11月7日より引用)
「厚労省などによると、健保の海外療養費制度で2016年度に各健保が負担したのは日本人分も含め約20億5000万円。保険診療にかかった費用全体の0.02%にすぎない。」

 まず,騒ぎすぎるのは問題だと言っておきたい。

 その上で,不正受給事件の統計は残念ながらないようだが,個々の事件の報道からみて,起こっているのは事実だろう。それは,慌てずに対応すればいい。ありうる方法は二つ。やってはならないことが一つ。

1.扶養認定の基準と手続きを外国人に対して明確にする。本来の問題は,日本ならば戸籍と非課税証明書ですむところ,各国の制度の違いによって,何をもって証明するかが明確にならないところだ。この問題に携わる専門家のサイトを見ると,現場の対応がばらばらだ。外国人はどんな書類を提出したらよいかわからない,対応する窓口(たとえば年金事務所)も訓練されていない。
 国別に必要な書類を整理し,どのような書類があればよいか明確にして統一的に運用する。また,どのような書類がそろえば認められるかについて各国に明確に通知し,必要な様式での書類の発行を促す。この問題の窓口も設け,国別担当者も明確にしておく。まずは,この方法の実行可能性を追求すべきだ。くりかえすが,基本的問題は外国人が不正をたくらむことではなく,制度が国によって異なることへの対応なのだ。そして,制度の違いに丁寧に対応するのが国際化だろう。

2.どうしてもより厳格な制度とする必要があるなら,国籍に関係なく,海外に居住する家族は扶養に入れないことにする。現在,政府がこの方向の検討を始めている。当然,外国人であれ日本人であれ,海外にいる家族について,等しく扶養に入れないことになる。これでよいかどうか,よく議論すべきだ。

3.一部の報道は,扶養の制限を外国人だけに適用することが争点であるかのように報じている。論外だ。ほとんどの人は,日本人であれ外国人であれ,等しく保険料を払っていて,等しく家族を扶養している。外国人が海外送金をして家族を養っていることはイメージしやすいだろう。だから等しく扱わねばならない。同じ保険料を払わせて,外国人だけ扶養制限をかける差別的制度を作ってはならない。

「外国人労働者 健保適用制限、難しい線引き」『毎日新聞』2018年11月7日。
http://mainichi.jp/articles/20181108/k00/00m/040/134000c

2018年11月6日火曜日

「事務職になりたい」は過去へのあこがれだが「転勤がないように働きたい」は未来への要求だ

 「超売り手市場なのに「事務職志望の女子学生」があぶれる理由」という記事を読んだ。タイトルがことの核心を言い当てていない。実は「一般職事務職志望の女子学生」の話である。「一般職」で「転勤がない」というキーワードを落とすと,この話は分からなくなると思う。

 最初読んだ時には1998年ころの記事の再録かと思った。言うまでもなく,「漠然とした事務職」は非正規化,IT,そしてうまくいけばAIによって職そのものが減っていく。非正規化は止められてもITやAIは止められない。程度とスピードはとにかく,傾向として減ることは疑問の余地がない。

 その一方で,転勤のない地域限定職(=地域限定正社員)は,これから増えると予想されるし,すでに導入している会社もある。働く側からすると,ライトな場合はワークライフバランス,ヘビーな場合は親の世話のためにニーズが大きい。ただし非正規では生活が成り立たないから正社員にはなりたい。他方,会社側もすべての正社員をメンバーシップ型雇用にして,具体的スキルを一から育成して活用し,終身雇用する見通しはない。両者のニーズはそれなりに一致する部分がある。そして,社会的潮流として正規と非正規の格差縮小の要請があり,これは安倍政権から共産党までだれも否定しない課題だ。ニーズと社会的要請がうまく合体すれば,地域限定職,職務限定職は増える。

 よって,まず求められるのは,企業側の雇用システムの変化だ。新規学卒採用の在り方が変わろうとする機会に,従業員のキャリア設計も見直すべきだろう。
 障壁は,雇用保障の考え方を転換しなければならないことだろう。日本の雇用保障や解雇制限は,「長く一緒に働いていた人の雇用を保障」という属人原理で構成されている。しかし,地域限定職もある程度そうだが,職務限定職ならなおさら,「就いている仕事が存在する雇用を保障」にしなければならない。自分がそのためにやとわれた仕事が存在して,正常に遂行できている限りは雇われることが正当だ。つまり,非正規を5年で雇い止めるなどは不当ということになる。逆に,特定の仕事や職場がなくなった場合は,解雇されうる。従業員側が当然に配置転換を求めることは難しい。この,これまでと相当異なる原理に移行するのは,労使とも容易ではないだろう。

 学生の側には何が求められるか。この記事の観点だと,女子学生には,バリキャリをめざすか,ミスマッチで職がないかの選択肢になってしまう。それでは適切でない。女子学生がかわいそうだから助けるべきとか甘えているから厳しくすべきという話ではない。女性が活躍できないと労働力不足はどうにもならなくて日本経済がだめになるのだ。

 女子であれ男子であれ,若年層に漠然とした事務をさせる余地はもはやない。漠然とした「事務職になりたい」というのは甘えだ。そう言って言い過ぎなら,もう帰ってこない過去へのあこがれだ。しかし,地域限定・職務限定で様々な仕事をやってもらう余地は大いにある。若者は,その求人に明示される一定の仕事能力を身に着けることが求められる。それは一部は当人の責任だが,一部は,学校教育が職業教育の比重を増やして担わねばならないだろう。そして,ワークライフバランスや家族を重視して地域限定で働きたいというのは甘えではなく正当な要求だ。個人の権利というだけではなく,社会経済の改善につながる未来志向の要求なのだ。その要求がかなえられた時にこそ,日本経済は少子高齢化のもとでもそこそこ成長でき,雇用が安定した社会に着地できるからだ。

2018年11月9日表現を修正。

服部良祐「超売り手市場なのに「事務職志望の女子学生」があぶれる理由 ITmediaビジネスONLiNE」2018年11月5日。

2018年11月3日土曜日

続・留学生が日本の大学を卒業して就職する際の条件緩和について

 山脇康嗣「日本で年収300万超の外国人が大量に働く日」(※1)より引用。「日本が本格的な移民社会になるという意味で、見落とされている重大な「改正」が、実はもう1つある。それは、外国人留学生が日本の大学を卒業し、年収300万円以上で「日本語による円滑な意思疎通が必要な業務」に就く場合は、職種を問わず、期間も限定せず、「特定活動」という就労資格を認めるというものだ。」

 私は仕事の性質上,入管法が対象にしている技能労働よりこちらの大学生の問題の方に意識が向いていて先に気が付いたが,一般には気が付きにくい。というのは,この改正は入管法を改正せずとも,法務大臣の告示だけでできてしまうからだ。実は,私もこの法改正が不要という手続きの落とし穴は見逃していて,濱口桂一郎氏にご指摘いただいた(※2)。

 先日,私はこのブログで,ホワイトカラー職への就職制限を外すのは賛成だが,ブルーカラー職への就職を認めるのは,留学・大学という制度の無駄遣いなのでやるべきでないと主張した(※3)。

 私が恐れているのは,大学を技能労働者になるためのトンネルに使う動きであり,それによって1)大学教育にかける資金と労力が有効活用されないこと,2)いま一部の日本語学校がそうなっているように,大学の入試と教育水準が劣悪化すること,3)そしてこのルートにより技能労働者の受け入れ総数が何のチェックもなく増えることだ。最後の点について,大卒の外国人と高卒の日本人が就職で競合するようでは,留学生獲得政策の信頼性が問われ,反発も強まるだろう。

 政府は入管法改正案で,労働市場テスト(=その職に日本人が採用できない市場状況であることの確認)も総量規制がない受け入れ方を提案しているが,同じ発想を大学卒業者に「特定活動」ビザを付与することにも適用しようとして。「特定活動」は本来社会の多様なニーズに基づき,他の在留資格に当てはまらない活動での在留を認めるものなので,融通が利くところがある。調理の専門学校卒業後も,引き続き日本料理店で修業できるようにするとか,90日以上日本で入院して治療を受けるなどの場合だ。しかし,大学卒業者に一律付与するのは制度の大幅な拡大解釈だ。ブルーカラー業務を含む職種に就くことを,総人数無制限で認めることになる。不況期に大卒の外国人と高卒の日本人が就職で競合することにもなりかねず,留学生獲得政策の信頼性が問われ,反発も強まるだろう。

 他方,ここが改善されるならば,意見を修正してもよいかもしれない。その改善とは,1)この記事も述べているように外国人技能労働者の受け入れ枠について,労働市場テストを行い,総量もきちんと決めること,2)大卒者がブルーカラー業務に就くときは,「技術・人文知識・国際業務」ビザや職種制限の緩い「特定活動」ビザによって就くのでなく,「特定技能」ビザに応募しなおし,その基準で審査を受けることの二つが満たされることだ。なお,本当に特定の活動での在留が必要な時に,現行制度を使って「特定活動」ビザを申請することは何も問題はない。

 技能労働者の受け入れ総数を決める仕組みを作っておくことは非常に重要だ。大卒者についても,受け入れ総数が決まっている中で大卒者と送出国からくる労働者が競争するだけならば,教育制度の効果をそぐというマイナス効果は変わらないにせよ,日本の高卒労働者との競合が激しくなる心配はない。また,不況期に大卒者が技能労働者になり,その分だけ送出国から新規にやってくる労働者が減る。そうすると,外国人技能労働者の構成における大卒者比率が高まり,在留経験が長く日本語能力の相対的に高い者の比率が大きくなる。不況による就職難で当事者たちは苦労するが,労働市場全体としては競争による質の向上効果が見込めるのだ。

 以上のように,私はとりあえず日本の大学を卒業した外国人の就業制限緩和という問題に即しても,技能労働者の受け入れにあたって総枠を設け,その総枠を決定する適切な体制をつくることが必要だと考える。入管法改正案は,少なくともそのように修正すべきだ。

※1 山脇康嗣「日本で年収300万超の外国人が大量に働く日 臨時国会に上がらない重要な議論がまだある」東洋経済ONLINE,2018年11月3日。
※2 濱口桂一郎「留学生の就職も『入社型』に?」hamachan'sブログ,2018年10月25日。
※3 川端望「留学生が日本の大学を卒業して就職する際の条件緩和について」Ka-Bataブログ,2018年10月22日。

3つの権利から考える徴用工補償問題の解決方向とその困難

 徴用工補償問題。だんだんと理解できてきたが,法的には権利が3種類あるらしい。

1)被害者の実体的請求権。
2)1)を保護する政府の外交保護権
3)民事裁判で訴えて補償を求める権利

 まず大事なことは,韓国の政府,裁判所,日本の政府,裁判所とも1)は認めているということだ。つまり,徴用工には被害が発生しており,補償を求めるのはもっともなことだ,というのは認めている。ここは,政治家の個人的本音はとにかくとしても,公式見解として共通の立場なのであり,共通の出発点にして解決を図ることが政治・外交として妥当だろう。昨日,共産党の志位委員長がこの観点での解決を提案したが,私も方向性において賛成だ。日本政府が述べている,請求権協定で問題が解決しているというのは,2)と3)を否定しているということであり,徴用工などいなかったとか,徴用は何も悪くなかったなどと言っているわけではないはずだ。

 実体的請求権が認められていることは,新日鐵住金にとっても重要だ。被害者に何らかの補償や見舞金を払っても,会社に不当な損害を与えることとはみなされず,株主代表訴訟を起こされる心配はないということだからだ。
 実際,西松建設中国人強制連行事件などについては,日本の裁判では2)3)は認められないが1)はあるということになり,企業と被害者が和解し,企業が補償や記念碑の建立を行っている。本件も,解決の道として一番合意できそうなのは,本来はこの方法だ。

 しかし深刻な障壁が二つある。一つは,日本政府が2)3)が消滅していると主張しているのみならず,今回の判決を全否定し,新日鐵住金にも補償に応じるなと要求していることだ。2)も3)も消滅していないとする韓国の裁判での判決に従って補償するという行為は,確かにとりがたいかもしれない。しかし,1)が存在することは認めているのだから,徴用工の受けた被害に心を配り,何らかの形で償おうとするのが政治というものであり,また後継企業の社会的責任ではないか。判決の論理は従い難いが,他の解決の道を探るという政治的・道義的姿勢は必要だろう。ただひたすら韓国を非難するというキャンペーンは,適切でない。

 もう一つは,韓国の運動や司法が2)3)を断固として主張するところから変化するかどうかだ。何しろ今回出たのは最高裁(韓国大法院)の判決であり,韓国内において守らないわけにはいかない。実質的に判決と異なる行為をするとなれば,相当な理由づけと正当性が必要になる。また,別件の従軍慰安婦問題において,1990年代のアジア女性基金による償い事業が挫折し,いままた2015年の慰安婦問題日韓合意も揺らいでいるという事情がマイナスに作用する。これらは,事実上,1)は認めて償いをするが,2)3)は認められないので日本政府からの賠償という形はとれないという立場によるものだった。しかし,アジア女性基金は挫折し,慰安婦問題日韓合意も,韓国国内における反発から揺らいでいる。加害者が被害者に法的補償をするのが正しく,他の方法はごまかしだという見解は韓国内に根強い。

 さらに深刻なのは,今回の判決は,徴用工の問題は植民地支配下の不法行為であり,それがそもそも請求権協定の対象外だとしていることだ。通常,この種の戦後補償の議論は,戦争被害の後処理をする外交合意が被害者の被害を発生させた行為をカバーしていることを当然とし,その上で,1)2)3)が消滅したかどうかを争っていた。が,今回の判決は,性質が異なるのではないか。要するに日韓条約や請求権協定では大日本帝国による植民地支配下で不法行為が行われたことを認めていないので,徴用工への補償に対する外交的保護が外れていないと言っているのではないか。

 これは,日韓条約当時の自民党政権が,大日本帝国による植民地支配の不当性を認めない立場をとっていたことのつけと言うこともできる。しかし,問題はそこにとどまらない。

 この論理が認められると,影響は計り知れないと思えるからだ。過去,植民地支配下で行われたあらゆる不法行為について,その後の外交的取り決めでそれらが不法であったと明示的に認められていないことは,大日本帝国に限らず欧米の植民地支配を含めて,残念ながら少なくない。この判決の論理が通用するならば,それらすべての不法行為について,個人は補償を求める権利が一般論としてあるだけでなく,実際に,外国の加害者を裁判で訴えて補償を求める行為が法的に可能になる。これは被害者救済の正義だけを考慮すれば,ありうることだろう。しかし,そうなると大量の訴訟行為によって過去を裁くことになり,その反動で,自己の利益を守ろうとする被告側から,過去の不法行為を否定する主張をも誘発することになる。それによって紛争の多発,外交の混乱が生じるのではないか。政治と外交において,過去の清算が一定の比重で一定の位置を占めることは当然だ。だが,この清算方法は妥当なのか。ここには,検討を要すべき深刻な問題があるように思える。

田上嘉一「韓国「徴用工勝訴」が日本に与える巨大衝撃 戦後体制そのものを揺るがすパンドラの箱だ」東洋経済ONLINE,2018年11月1日。
https://toyokeizai.net/articles/-/246841

山本晴太「日韓両国の日韓請求権協定解釈の変遷」法律事務所の書類棚。
http://justice.skr.jp/seikyuken.pdf
上記サイトには今回の判決文の日本語訳もある。
http://justice.skr.jp/

志位和夫「徴用工問題の公正な解決を求めるーー韓国の最高裁判決について」2018年11月1日。
https://www.jcp.or.jp/web_policy/2018/11/post-793.html

2018年11月2日金曜日

部品の価格だけでなくコストを下げさせるのが日本のサプライヤー管理の要諦

 池田直渡「自動車メーカーの下請けいじめ? 」ITmediaビジネスONLINE,2018年10月29日という記事を読んだ。
 著者は,「サプライヤー(下請け)に対して常に強い価格低減要求を出すのは当然のことだ」,それはいじめとは違うと強調している。そして友人の言葉を借りる形で,「メーカー、下請けともに長期的に収益を上げているなら、一見厳しい要求でもそれはただの企業努力を求める圧力であって、いじめではない」としている。まあ,これ自体は別に間違ってはいないだろうが,あまりにも当たり前すぎる。日本のサプライヤー管理の核心に迫っていないのではないか。
 日本のサプライヤー管理の要諦は価格低減ではない。価格低減だけでは,単なる値切り,買いたたきになることもあり,それこそ下請けいじめに終わる可能性もある。
 日本のサプライヤー管理が長期的にうまくいくのは,サプライヤーのコストの低減を要求し,コストの低減を通して価格低減を実現する場合である。部品メーカーのコストを下げるために様々な技術・管理の指導を行い,実行させる。その過程では,完成車メーカーはサプライヤーの生産工程を把握し,コストを把握することになる(※)。もちろん,部品メーカー側からの提案も受け付ける。こうした,共同作業によって,実質的なもの造り能力が上がり,品質が上がり,部品コストと最終製品コストが下がるのだ。完成車メーカーとサプライヤーを含んだ,サプライヤー・システム全体のパフォーマンスが上がるのだ。
 これは確かに共同作業であり,共存共栄への道である。ただし,両者の関係は対等ではない。完成車メーカーが部品メーカーのコストを把握すれば,部品メーカーの利益率を管理することができる。また,部品メーカーは部品開発と工程開発のために投資を行わねばならないが,カスタム品の外注が多い日本においては,その投資は特定の完成車メーカーとの取引から回収しなければならないことが多い(いわゆる関係特殊的投資)。この関係の中で,交渉力は完成車メーカーに優位に働くのだ。
 だから,優れたサプライヤー管理が行われた場合,確かに部品サプライヤーの売上高と利益は向上する。ただし,完成車メーカーより利益率は低いのだ。そして複雑なのは,部品メーカーの利益率が完成車メーカーより高いときは,完成車メーカーのサプライヤ管理が失敗している時なのだ。
 日本のサプライヤー管理が成功すれば,完成車メーカーとサプライヤーは共存共栄できる。ただし,完成車メーカーの優位においてである。完成車メーカーの優位の管理が失敗しているときは,サプライヤーは劣位に立たない代わりに,サプライヤーシステム全体としての繁栄を享受できない。このような非対称な長期相対取引関係は,1990年代以来,「系列解体」と「系列再強化」の綱引きの中で,全体として徐々に薄らいで来てはいるが,消滅していない。

※専門的研究者のための注。有名な故・浅沼萬里氏の『日本の企業組織 革新的適応のメカニズム』も,完成車メーカーと部品サプライヤーの取引関係を考察する際に,この重要な側面をほぼ見落としている。「ほぼ」というのは,浅沼氏は完成車メーカーがサプライヤーの利益を管理しようとしていることは指摘しているからだ。しかし,利益を管理するためには,サプライヤーの部品価格だけでなく,部品コストも知っていなければならない。完成車メーカーがサプライヤーの部品コストをどうつかみ,システム全体としての原価低減と能力向上に生かしているのかを,浅沼氏は見ていない。この点を直視し分析したのは清晌一郎氏と植田浩史氏だ。私は両氏の研究から学んだ。

池田直渡「自動車メーカーの下請けいじめ? 」ITmediaビジネスONLINE,2018年10月29日。
http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1810/29/news041.html

参考
川端望「中国経済の『曖昧な制度』と日本経済の『曖昧な制度』 ―日本産業論・企業論からの一視点―」『中国経済経営研究』第1巻第1号,中国経済経営学会,2017年3月,26-32頁。また,この中で引用した清,植田両氏の研究を参照。
http://jacem.org/zenbun.html#em01



入管法改正。「移民政策だ」「移民政策ではない」の空中戦をやめ,中身の議論を

 入管法改正について。議論の入り口から無意味な空中戦になっていることを危惧する。在留資格「特定技能」1,2の設置について,「移民政策だ」「移民政策でない」という議論は,意味のない議論だからやめるべきだ。これは与党であれ野党であれマスコミであれ,日本語がわかり,Wikipediaさえ読めればわかることだ。

*国際的な定義は,ある国に12が月以上居住していれば移民なのだから,わが日本はとっくの昔に移民社会になっているのだ。当ゼミの留学生も,日本に来て1年以上たっているからみな移民だ。修了して,永住権は持っていないが「技術・人文知識・国際業務」ビザを更新しながら日本の会社で働いている元留学生もみな移民だ。留学生や技能実習生を大量に受け入れている段階ですでに移民政策を実施しているのであり,いまさらやるもやらないもない。

*当たり前のことだが,留学生も技能実習生も英語の世界ではみなemmigrant(移出民)とimmigrant(移入民)と扱われている。

*アメリカ合衆国のビザの種類には「移民ビザ(immigrant Visa)」があり,各種の非移民ビザと対比されている。この場合の移民は,永住権を持つ外国人を意味する。

*日本政府・自民党の定義は,「入国時に在留期間の制限がない者」で,アメリカのビザの定義よりやや狭い。入国後に永住ビザを取るケースを含んでいないからだ。だから,政府の見解では現在移民政策を取っておらず,今回の入管法改正も移民政策ではない。

 互いに定義が違うまま議論するのがおかしいのであり,報道はそこをきちんと指摘しなければならない。そして,メディアの役割は真の争点を指摘することであり,かみあわないことをワーワー言い合っているのを,そのまま報道することではない。

 空中戦をやめて具体的議論に入るべきだが,私もその準備が十分ではない。以前から述べている通り,私の見解の基本線は,理論的には現代資本主義において国際労働移動は不可避の問題であり,政策的には技能労働ビザを設置するしかなく,そのやり方が問題だというものだ。よって,今回の入管法改正に即してもっと具体的にコメントすべきなのだが,精査が遅れている。できるだけ急いで勉強したい。

「移民を流入させたがゆえの悩み,移民を流入させないがゆえの悩み (2016/6/28)」Ka-Bataアーカイブ。
https://riversidehopearchive.blogspot.com/2018/10/2016628.html

「外国人労働者について:もはや「受け入れるか,受け入れないか」の問題ではなく,「どう受け入れるか」の問題である (2018/6/6)」Ka-Bataアーカイブ。
https://riversidehopearchive.blogspot.com/2018/10/201866.html

「入管法改正案を閣議決定 単純労働で外国人受け入れへ」『日本経済新聞』2018年11月2日。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO37249690R01C18A1MM0000/

ケース・スタディの方法論を学ぶ

 一昨日は,英文誌投稿を念頭に置いたケース・スタディ方法論の大学院ゼミを実施した。テキストは院生が査読者から参照指示された以下のもの。なぜか図書館によって心理学の書棚に分類されていた。
Ghauri, P.[2004]. “Designing and conducting case studies in international business research” in Rebecca Marschan-Piekkari and Catherine Welch eds, Handbook of qualitative research methods for international business, E.Elgar, 109-124.
 いろいろ議論したが,いちばん大きな論点は,「山勘でやっていたことを,自覚的に,正当性を確かめ,アピールしながら行う」ということだ。暗黙知でやっていたことを形式知にすると言ってもいい。例えば,これまでは調査記録の作成について,メモ→朱書き補筆→訪問先ごとに清書→調査記録の分析→論文のデータとして活用,という流れで自分では理解してきたし,そう教育もしてきた。だが,調査記録の分析の方法を,自分自身が自覚的にとらえていなかったため,院生にも十分明示的に教えることができなかった。例えば,画像1枚目は,張艶さんと私の以前の共著論文で,ソフトウェア企業の調査記録をどのように分析して論文のロジックにしていったかを説明するマトリックスだが,私たちはこのマトリックスを書きながら論文を書いたわけではなかった。ああでもない,こうでもないと調査記録をにらんで切り口を考え,切り口に従って記録に赤線や記号をつけ,抜き書きし,組み合わせているうちに何とかストーリーが見えてきたというのが実態だ。完全に山勘法である。仮に私自身はヤマ勘法で何とかしたとしても,山勘法の極意はいっしょに調査をして討論を長時間行った相手にしか伝わらず,徒弟制の世界となる。ハラスメントはしないように気を付けるとしても,多数の院生がそれぞれ別の研究をしているととても教えられるものではない。
 そうした結果,近年は院生が論文を投稿すると「リサーチ・クエスチョンと事例選択の整合性が説明されていない」「ケースの説明自体が目的なのかコンテキストのためにケースを置いているのか不明」「インタビュー調査であることの理由付けがはっきりしない」等々とコメントされることが増えている。これはまずいのだ。
 研究過程においては,調査記録を,時系列化,コーディング,クラスタリング,マトリックス化,パターン・マッチングなどの分析方法をもっと客観的なツールとして意識し,分析しながら,常にその分析方法の正当性を問う習慣をつけねばならない。論文作成過程で「マトリックスにしてみよう」「キーワードでコーディングしよう」「うまくいかないのは,このクエスチョンにこの方法が××で合わないからだ」などと自覚することだ。そのために,Nvivoのような定性分析支援ソフトを使うのもいいかもしれない(が,財布との相談になる)。そして,論文においては「○○の理由によりこのように分類して分析した」と意識的に説明して正当性を主張する。対抗的な説明方法に対する優位性も述べる。このようにして「単なるお話」ではなく学問的認識であることをアピールしていかねばならない。
 お前は53歳にもなって何を当たり前のことを言っているのだとおっしゃる方も多いだろうが,定性的事例研究において山勘法から前進するのは大変なのである。
 なお,Ghari教授はJournal of International Business Studiesにも論文を載せている大家らしいが,この論文では「大企業より中小企業の方が研究に関心を持ち,深く話してくれる傾向がある」とか,「事例選択はリサーチ・クエスチョンとのレレバンシーが肝心だが,旅費にも左右される」とか「最初のインタビューがその後を大きく左右する」などという,実態調査あるあるの記述もあって,親しみが湧いた。


2018年11月1日木曜日

稲葉振一郎『新自由主義という妖怪 資本主義史論の試み』を読む

 稲葉振一郎『新自由主義の妖怪 資本主義史論の試み』。稲葉教授はたいへんな博学で,本書に登場する書物には,私が読んでいないものも少なくない。著者は様々な経済思想を博覧強記に,かつ平易に解説し,自らの思想の見取り図にはめ込んでいく。ただ,正直に言って,私は稲葉氏の見取り図が読み取りにくく,また納得しづらかった。それでも何とか読み取ろうとしたうえで,何が納得できないのかを記しておきたい。

1.本書は,新自由主義とは何であるかということを前面に掲げつつ,近現代の社会経済思想史を描こうとしたものだと思う。
 しかし,この二つがどうかみ合っているのかがわからない。冒頭の章をはじめとする新自由主義論は,なぜか多くがマルクス主義者の新自由主義論を批判する形をとっており,それが新自由主義自体を正面から論じることを妨げており,論旨をとりにくくしている。
 著者の主張ではっきりわかるのは,(1)マルクス主義者が新自由主義を資本主義の新段階とするのは,資本主義から社会主義への移行の中で発展段階を論じるはずのマルクス主義にとって自己矛盾ではないかという批判と,(2)新自由主義は包括的な世界像を提示するようなまとまりに欠けているものだ,ということだ。(1)は,社会主義が破綻したからマルクス主義も全部だめだという乱暴な否定のバリエーションに見えるし,(2)は賛成できるものの,さほど切れ味がよい話とも思えない。そもそも著者がやたら(1)のマルクス主義批判に重点を置く理由がよくわからない。いや,新自由主義批判をするのは確かに左派やリベラル派ではあるが,マルクス主義者に限らない。誰もが社会主義への展望を考えているわけではないのだから,社会主義移行論の無効化を理由に新自由主義批判を批判するというのは,あまり生産的とは思えないのだ。

2.もう少し原理原則的に言うと,著者の理論批判の方法,つまり理論を理論によって評価するのか,理論を現実と照応させて,正確に言えば理論を,現実に対する自らの認識に照らして評価するのかがはっきりしない。上記のマルクス主義者批判では,著者はマルクス主義の理論的整合性を問う形で,つまり理論を理論によって批判している。他方,本書の随所ではマルクス主義,産業社会論,そして著者の言う「実物的ケインジアン」の有効性低下を論じるところでは,1980年代以後,市場競争と営利企業が技術革新を促進し,担うことになったという,現実(に対する著者の認識)を根拠としている。このような理論評価の方法の分裂はほかの箇所にも見られ,本書が何を基準として話をしているのかをわかりづらくしている。

3.もっとも,より具体的な,理論の成否を測る物差しとなると,本書全体に共通する軸がないわけではない。それは,著者の言葉を借りるならば「貨幣的ケインジアン」の理論によって種々の学説を裁断していることだ。私なりに言い換えると,ケインズのリフレ派的理解である。つまり,失業,有効需要不足の主原因は貨幣,流動性の不足であり,それへの処方箋は金融政策でのインフレ誘導だということである。対して著者によれば「実物的ケインジアン」とは,失業,有効需要不足の主原因として価格の硬直性を問題にするものであり,これは本来のケインズの論点ではないと著者は言う。マルクス主義,産業社会論,実物的ケインジアンに対して本書は様々な批判を投げつけるが,共通しているのは,貨幣の重要性とマクロ経済の領域を軽視したからだという批判だ。その批判の根拠は貨幣的ケインジアン,つまりケインズのリフレ派的理解であり,流動性を十分に供給すれば自由な市場経済は完全雇用を達成できるのであり,技術革新も担えるのだということらしい。
 となると,著者の現代資本主義評価というのはこういうことなのだろうか。新自由主義論のように,市場と競争が強烈すぎると批判するのは的外れである。そうではなく,何らかの理由で流動性が十分供給されずに経済停滞や失業が起こることと,完全雇用が達成されたとしても存在する社会問題が肝心だ,と。
 その成否はともかく,本書は,ケインズのリフレ派的理解という物差しに強く依拠している。しかし,他書に委ねるということなのか,そもそもケインズのリフレ派的理解について,さほど丁寧な説明をされていない。そのため,本書は,わかりにくいという声が出るかもしれないことを別にすると,リフレ派ならば賛成でき,リフレ派でなければ賛成できないという風に,はっきりと読者を選んでしまっていると思う。それでいいのだろうか。

4.私見では,著者は「実物的ケインジアン」を矮小化しすぎており,その結果,著者からみれば古い発想なのだろうが,市場の自己調整機能を過大評価していると思う。私の理解は以下のとおりだ。
(1)まず,著者がおそらくセー法則と貨幣ヴェール観を否定していることはまちがいなく,それは理解できる。しかし,それならマルクスに対する評価はもっと上げるべきだと思う。金本位制にとらわれていたというのは,一応信用論を銀行券にまで立ち入って論じたマルクスや,マルクス学派の貨幣・信用論に対してあんまりではないか。
(2)次に,流動性が供給されれば完全雇用が達成されるという理解だが,それがたとえ客観的には正しくても,政策論としては,流動性選好が貨幣の供給によって有意に操作できなければならない。しかし,貨幣をはじめとする流動性を,人為的に,つまり市中からの需要とは独立に供給することには限度があるのではないか。市中からの需要に金本位制が答えられず,管理通貨制という知恵が必要だったというところまでは納得できる。しかし,いつでもどこでも,政府や中央銀行が貨幣供給量を自由に増やせるという理解はおかしくないだろうか。市中の需要がないところに貨幣を無理やり供給することは,少なくとも著者が重視する中央銀行券専一流通システムの下ではできないのではないか。現代日本で,マネタリーベースを拡大してもマネーストックは拡大しないという現象はどう説明するのか。いくら金利を引き下げてもインフレ率が高まらず,成長率がリーマン・ショック前のトレンドを回復しない先進諸国の現実をどう説明するのだろうか。
(3)流動性選好は重視するが,資本の限界効率の不確実性は無視するのはなぜなのか。ケインズは価格の硬直性だけを主張したのではない。資本の限界効率が不確実だと主張したのではないか。だから,いくら利子率を下げ,よしんば流動性選好が和らいだとしても,その分だけ自動的に投資が増えるとは限らないのではないか。利子率やインフレ期待という数字ではなく,産業や社会やライフサイクルへの見通しという,人間の持つ,形のある期待に働きかけることで,はじめて資本の限界効率は上昇するのではないか。

5.技術革新が市場競争によって促進され,営利企業によって担われるという現実への評価の仕方にも,疑問がある。この現実により,マルクス主義と産業社会論の一定の側面,つまり資本主義は技術革新を担いきれなくなるだろうという展望が否定されていることは,私も同意する。しかし,それ自体は社会主義計画経済の崩壊以来言い尽くされていることであって,いまさら新しい論点だとは思えない。
 一つの問題は,技術革新が営利企業によって担われることをもって,ケインズの実物的理解を否定することはできないということである。技術革新が活発であるかどうかと,有効需要が足りて失業がなくなることは別だからだ。技術革新が活発な世界でも,いや場合によってはそれ故にこそ供給力が増大して,有効需要は不足するかもしれない。
 また,著者に従って貨幣的ケインジアンの視線に発つとしても,それでめでたしめでたしとはならないはずではないか。なぜならば,市場競争と営利企業による技術革新は,バブル経済の生成,金融セクターの肥大化を通して促進されるからだ。ここには,金融工学のように,技術革新の金融部面への偏りという問題も生じる。これは実物的であれ貨幣的であれケインジアン的に見るなら,問題の残る成長の仕方ではないのか。

6.本書の末尾では現代日本の経済政策が論じられているが,ここで突如として著者は緊縮的財政政策を嘆いている。本書のここまでの流れからすれば,著者にとって重要なのは金融政策であろう。現に著者はアベノミクスの異次元の金融緩和は高く評価している。しかし,それで物価が上がらず,景気対策が十分でなく,財政拡張も必要だというのであれば,それは理論的に「金融緩和だけでは有効需要が十分に回復しない」という証拠であり,ここにケインズのリフレ派的理解の限界が示されているのではないのか。

 以上,浅学を顧みず批判ばかり書き連ねたが,批判を通して自らの見解を再検討し,認識を深める訓練をさせていただけるという点では,本書はたいへんよい材料だった。著者に感謝したい。

稲葉振一郎[2018]『新自由主義の妖怪 資本主義史論の試み』亜紀書房。


<関連>
「ブレイディみかこ・松尾匡・北田暁大『そろそろ左派は<経済>を語ろう』亜紀書房,2018年によせて (2018/6/21)」Ka-Bataアーカイブ。
https://riversidehopearchive.blogspot.com/2018/10/20182018621.html

「日銀による金融政策だけで物価を上げようとすることの限界について (2018/6/16)」Ka-Bataアーカイブ。
https://riversidehopearchive.blogspot.com/2018/10/2018616.html

「アベノミクスのどこを変えるべきか? 野口旭『アベノミクスが変えた日本経済』(ちくま新書,2018年)に寄せて (2018/5/13)」Ka-Bataアーカイブ。
https://riversidehopearchive.blogspot.com/2018/10/2018-2018513.html


2018年10月30日火曜日

仙台市博物館特別展「戊辰戦争150年」

 仙台市博物館特別展「戊辰戦争150年」。奥羽越列藩同盟の史料を中心とした展示です。写真は仙台藩の洋式軍隊で,降伏後は榎本武揚らとともに函館で戦った額兵隊の軍服。もう一枚は新選組の土方歳三も仙台城を訪れていたという史実にちなんだ写真で,背景写真の奥にある仙台城二の丸は現在東北大学川内キャンパスとなっています。白虎隊の飯沼貞雄の墓がある輪王寺にはよく行くことがあります。隣接するキリスト教墓地に私の祖父母や父が眠っているからです。衝撃隊を率いた細谷十太夫が晩年に住職をしていてその墓もある龍雲院は,東北大学のユニバーシティ・ハウス三条のすぐ近くです。龍雲院には林子平の墓もあります。

 戊辰戦争を官軍として戦って死んだ人々は靖国神社に祀られていますが,白虎隊を含む奥羽越列藩同盟側の人々は祀られていません。靖国神社は,後に大日本帝国となる,天皇を中心とした「国家」のために戦死した人だけを祀るところであり,その敵とされた人は祀られないのです。このことは,靖国神社が,一人一人の人間のつながりとしての「ふるさと」や「くに」を思う気持ちに応えるものではないこと,国家とは「ふるさと」や「くに」とは違うものであることを示していると,私は思います。「明治150年」が,明治の「国家」の偉業だけをたたえるものであるならば,私はこの地に住むものとして賛成できません。新政府軍と戦って敗れた人々の営みを含めて,この150年は振り返られねばならないはずです。









2018年10月27日土曜日

学部生卒業論文の研究方法論

 昨日の学部ゼミ。学部ゼミ生10人が卒論を提出するのだが,一方で働き方改革で卒論提出日が昨年までの1月の休み明けから12月26日に早まったので注意が必要だ(※1)。そこで夏休み直前に進捗報告を提出させてメールコメントし,2学期ゼミの冒頭には中間報告をしたもらったのだが,いくつか気がついたことがあった。それは,研究方法のレベルで迷子になっていて,データの収集や分析という中核的作業に進めていないケースがあることだ。具体的には二つに分かれる。

 一つは,「研究対象を対象として定めて,客観的に分析する」ことができていない場合だ。当ゼミの場合,さすがに対象がある「産業」とか「企業」と決まっている場合は起こらない。まずどういう産業なのか,企業なのか概観する作業が必要だよな,ということはわかるからだ。しかし,政策とか取引慣行とか人事管理などのしくみだとおかしくなりやすい。つまり,実践的行為やその集合体を扱う場合に生じやすい。その行為の束やしくみをまず客観的対象として突き放すことが,直観的にできないようだ。実践的行為の束を対象化し,境界線を決め,分類し,叙述し,経済・経営学的に分析する,という手順を体得していないのだ。
 そのような学生はどう報告するかというと,いきなり「メリット,デメリット」を列挙してしまう。しかし,判断基準も対象の境界線もないので,ありきたりな世間的基準か,根拠が示されない主観で決めつけることになってしまう(※2)。

 もう一つは,事例と理論,いや理論とまではいわなくとも,事例と「言いたいこと」との関係がよく考えられていない場合だ。これは学部生だけでなく,院生や,ひいては私自身にとっても頭痛の種だ。1)事例によって理論を証明するのか(説明的研究),2)事例の叙述と分析から,より一般性の高い命題を発見するのか(発見的研究),3)事象の普遍性・特殊性・個別性を総合的に叙述したいのか(総体としての叙述),がよく考えられていない。また,「言いたいこと」にこの事例はふさわしいか,そのためのデータ・情報はそろっているか,逆にこの事例から何が言えて何は言えないか,ということが考えられていない。
 そのような場合,学生がどう報告するかというと,i)一番よくあるのは,データ・情報の制約があったときに,その制約の方を突破するか,問題設定やストーリーを入手できなデータ・情報の範囲内で調節するか,という作戦が考えられないケースだ。さすがに院生だとないが,学部生の場合,「ここまでやったんですが,いいでしょうか。もっとやらなきゃいけませんか」と来る。たが、論文は自分自身が責任を負う作品だ。いいかどうかは,自分の問題設定,自分の資料に訊くのだ。ii)もうひとつは,一般論を述べて「これから事例を考えます」というパターン。事例についての知識をきちんと体得していないので,そもそも締め切りにまにあわなくなるおそれがある。定性的事例研究は,上記の研究のどのタイプになるにせよ,個別の事例を詳細に叙述しなければならないので,その事例となる産業や企業に関するデータ・情報を集め,知識を得るだけで時間がかかる。その上で,事象の中に潜む個別性・特殊性・一般性を見分けて,徐々に一般化に近づいていくのだ。さらに,iii)事例についてオタク的に際限なく資料を集めて叙述したが,それで理屈としてはどうなるのかわからないという類型もありうる。これは,いかにも当ゼミでは起こりそうなのだが,意外にも見当たらない。正確には,常に一人いる。私だ。なぜこういう類型が意外に少ないのか,わからない。オタクはオタクを遠ざけてしまうのか。

 こうした研究方法論は,それこそ一般的に学部生に講義して教えても,何のことかピンと来ないことになりがちで,自らのレポートや卒論の作成過程の中で覚えていかないと身につかない。だから,当ゼミでは入ゼミ時にも3年生終了時にもレポートを課して訓練する。しかし,それでもいざ卒論という局面で,またこうなる。実に難しい。これは結局,つまずいた経験がパターン化,一般化されないからだろう。なので最近は,問題が生じるたびに,「どうして行き詰まっているかというと,ここがまずいからで……」と上記のようなやや抽象的な説明を図解付きで入れるようにしている。だが,通じるだろうか。


※1 なぜこれが働き方改革になるのかというと,まず教員にとっては,これまでは,結局ぎりぎりまでできない学生がいるために,年末年始にあれこれと世話を焼かねばならないという問題があった。また事務にとっては,修士論文の提出も1月初旬のため,仕事始めにいきなり特定日に業務付加が集中するという問題があったのだ。
※2 ちなみに,この院生バージョンで時々起こるは,業界も企業も分析していないのにSWOT分析「だけ」で「この会社のことはわかりました」と称するものだ。業界の構造も企業組織もわからないのに,「強み」「弱み」がどうしてわかるのか。


2018年10月22日月曜日

留学生が日本の大学を卒業して就職する際の条件緩和について

 外国人労働者受け入れ問題について,論点は多々あるが,大学に身近な「留学生が日本の大学を卒業して就職する場合の条件緩和」問題にふれたい。

 さて,まず法務省がやろうとしていることを正確に把握したいのだが,公式発表はまだないようだ。「年収300万円以上で日本語を使う職場で働く場合に限り,業種や分野,職種を制限しない」ということらしい。

 ここで,まず誤解すべきでないのは,これは報道が間違っていない限り,収入要件の緩和ではないということだ。日本の大学を卒業して日本の会社で働く外国人が持つビザで一番多いのは「技術・人文知識・国際業務」だ。現行のの運用では,「技術・人文知識・国際業務」ビザを持っている外国人が,ここから「永住」に転換しようとすると,収入要件は年収300万円だ。もちろん,他にいろいろな制約があって永住をとれる人はそれほど多くないのだが,その厳しさは年収要件ではない。「永住」ですら300万円以上なので,「技術・人文知識・国際業務」ビザを取って日本で働くのが300万円以上なのは,とくに何も緩和していないと言える。

 だから緩和するのは業種・分野,職種だということになる。従来は大学で学んだ分野との関連性が問われていたのを,問わなくするということだ。では,どのように緩和するのか。

 そもそも,現在の基準にもあいまいさがある。「技術・人文知識・国際業務」ビザを取得するためには,大学の専門分野に属する技術や知識を要する業務,または外国の文化に基盤を有する思考若しくは感受性を必要とする業務に従事しなければならない。その例は法務省のページに書かれている(※1)。しかし,この基準で厳密に「専門にかなった仕事に就く就職か」を判断することは難しい。なぜなら,日本企業はそもそも学卒新規採用の際に職務を明示しない,メンバーシップ型の採用をするからだ。わかるのは「入社」することだけであって,どんな職に「就職」するかはわからない。よって法務省が判断することには困難がある。

 しかし,現在の基準もまるきり使われていないわけではない。「技能労働(ブルーカラー業務)は不可」というところだけはチェックしていると思われるからだ。技能労働につくと疑われると不許可になることがある。この技能労働の範囲にもグレーゾーンはあるが,製造や建設,販売,サービスにおける現場作業労働を含むとみなされているようだ。たとえば,工場のラインや建設現場で作業員として働く,コンビニの店員になる,飲食店のウェイター,ウェイトレス,フロア接客などがみとめられないようだ。

 このため,新規学卒留学生の就職に際しての「技術・人文知識・国際業務」ビザへの切り替えにあたっては,書類の書き方のテクニックや審査官の裁量に左右される場合が少なくない。イメージしやすい例としては,専門職であっても現場作業労働も行っているような職種,たとえば保育士,通訳も行うフロア接客,などがあげられる。これらは,不許可のことも,許可になることもあるそうだ。

 この点を考えると,業種・分野・職種制限を外し,年収要件だけでチェックすることについては,一方で歓迎すべき点と,他方で注意すべき点がある。

 歓迎すべき点とは,基準のあいまいさ,書類作成のテクニックや審査官の裁量によって許可・不許可が左右されるという不透明さがなくなり,公正さが増すことだ。私は日本の新規学卒労働市場が徐々にジョブ型になっていくことが望ましいと考えるが(※2),そうなるにせよならないにせよ,メンバーシップ型の「入社」方式がしばらく残ること,縮小するにしてもエリート社員はメンバーシップ型であろうことは避けられない。ビザ審査で教育と職務の適合性を見るのも無理であろう。とすると,ホワイトカラー業務全般について,大卒の留学生が日本人と変わらず就職できるようにすることが公平であろう。留学生には専門性をかなりの無理をかけて問い,日本人学生には問わないということは,不合理があるからだ。

 他方,注意すべき点とは,大卒の留学生が技能労働に流れ込む余地はないのかということだ。つまり,大学を卒業して工場の作業労働者,建設労働者になったり,バイトをしていたコンビニや居酒屋にそのまま就職するということである。労働力不足のおり,技能労働でも年収300万円を超えることは十分にあり得るから,年収要件はクリアーするかもしれない。しかし,これはさすがに望ましくない。日本の大学教育は特定の職種・職務に対応したものではないが,少なくともホワイトカラー業務に対応しており,ブルーカラー業務に対応しているのではないとは言える。大学教育を受けるために日本に来てもらった留学生は,そこで得た知識水準にふさわしい形で職に就くことを,日本在留の要件とすべきだ。

 もちろん,ホワイトカラー業務では採用されないから技能労働に応募するというような大卒留学生が少なければ,問題は起こらない。しかし,大学教員としては誠に残念だが,現在の留学および大学の現状ではここに不安がある。すでに少なくない日本語学校が,就労を目的として日本にやってくるためのトンネル的存在となっており,さらに,少なくない私立大学において,高校教育の内容を身につけているとは思えない低学力の受験者を入学させることが,相手が日本人であれ外国人であれまかり通っている。この両方の条件が結びついた場合,はなはだ学力の不十分な留学生が大卒となることは,繰り返すがはなはだ遺憾ながら起こりうる(※3)。

 こうなることは望ましくない。外国人を差別したり,技能労働を職業差別したりする意味で,望ましくないと言っているのではない。多大なコストを払って実施している大学教育は,修了者が技能労働することを想定した内容ではないからだ。日本語学校と大学への留学という複雑な制度を活用しながら,その機能は,技能労働者への就労のトンネルというのでは,あまりの機能不全であり,教育制度と,そこにかけたお金・人材の目的外使用だからだ。そのような可能性を広げてしまう制度改革はすべきではない(これは,大学を卒業し,自らに技能労働が向いていると確証をもって働く個人の生き方,自由な選択を何ら否定するものではない)。

 技能労働者の不足に対しては,現在すでに議論になっているように,適切な要件を定めた技能労働のビザを発給することによって対応しなければならない。私は基本的に技能労働ビザ発給に賛成している(※4)(ただし,詳細についてはかなり検討しないと問題が起こるので,別途議論する)。しかし,大学教育にさんざん手間暇をかけて,それが技能労働者集めのトンネルルートになるという,制度の目的外使用には反対せざるを得ない(※※11/5注。続編もご覧いただけると幸いです)。

 結論として,私は本件について,以下のように提案したい。

*日本で大学を卒業した留学生への「技術・人文知識・国際業務」ビザ発給に際して,業種,分野,職種の制限を緩和して実態に合わせ,ホワイトカラー業務への就職について,留学生と日本人を同等の競争条件に置くことに賛成する。

*ただし,技能労働(ブルーカラー業務)への就労は,従来と同様,認めるべきではない。この技能労働には販売,サービス分野の作業労働を含む。

 関連して,すでに多くの人が述べていることだが,次のことも必要になる。

*日本語学校が就労の手段として使われる状態を解消する必要がある。そのために,技能労働ビザの適切な制度設計が求められる(別途議論したい)し,虚偽情報で学生を集める,授業の実態がない,資格外活動制限違反を促進または放置しているなどの日本語学校は取り締まるべきだ。

 そして,実は問題のおおもとには以下のことがあることを指摘したい。実は,大学入試さえしっかりしていれば,このような心配は不要なのだ。日本語学校と大学を経て技能労働というトンネルが懸念されるのは,「高校教育の内容を身にうけたものだけを大学に入学させる」という当然のことができていない現状が,日本の大学に存在するからだ。その理由については以前に書いた(※5)。あれこれの大学改革よりも,この基本的なところを何とかすべきではないか。

*大学入試において,高校教育の内容を身につけたもの以外を合格させないようにすることが,留学生の就職の適切な促進,弊害の最小化にもつながる。

 なお,以上は限られた知識をもとに書いたので,ご批判を遠慮なくコメント欄にいただきたい。


※1「「技術・人文知識・国際業務」の在留資格の明確化等について」法務省入国管理,2008年3月(2015年3月改訂)。
http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyukan_nyukan69.html

※2 川端望「就活ルール廃止後に求められる改革の基本方向」Ka-Bataブログ,2018年10月11日。
https://riversidehope.blogspot.com/2018/10/blog-post_66.html


※3 出井康博「外国人留学生「就職条件緩和」に潜む「優秀な人材」という欺瞞」フォーサイト-新潮社ニュースマガジンより転載,時事ドットコムニュース。
https://www.jiji.com/jc/v4?id=foresight_00242_201810150001

※4 川端望「外国人労働者について:もはや「受け入れるか,受け入れないか」の問題ではなく,「どう受け入れるか」の問題である (2018/6/6)」Ka-Bataアーカイブ。
https://riversidehopearchive.blogspot.com/2018/10/201866.html

※5 川端望「大学の学力問題と労働市場」2017年7月4日。Ka-Bataアーカイブ
https://riversidehopearchive.blogspot.com/2018/10/201774.html

※※11月3日追記。以下に続編を書きました。
続・留学生が日本の大学を卒業して就職する際の条件緩和について。
https://riversidehope.blogspot.com/2018/11/blog-post_3.html

※※※12月9日追記。入管法改正案成立を受けて以下を書きました。

拙速な入管法改正は遺憾だが,実践的な準備をしながら意見をたたかわせるしかない



2018年10月17日水曜日

鉄鋼業の地球温暖化防止策として,スクラップ利用の拡大を

 東京都内で開催中の世界鉄鋼協会の大会。『日刊鉄鋼新聞』によれば,世耕経済産業大臣は「日本の優れた省エネ技術・低炭素技術の普及を進め、また石炭の替わりに水素を使って鉄鉱石を還元すると同時に、発生するCO2を分離・回収する世界最先端の技術開発を支援していきたい」とあいさつした。
 水素還元とCO2分離・回収は,高炉法など鉄鉱石からの鉄源製造を低炭素化するために重要だ。そのために,鉄鋼業界は革新的製鉄プロセス技術開発COURSE50に取り組んでいる。しかし,その計画によれば,この二つの技術は2030年までに開発され,2050年までに実用化・普及するものであって,CO2排出量の削減率は30%だ。一方,IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が10月8日に発表したところでは,地球温暖化の影響は予想より深刻に表れそうであり,これを防止するには産業革命以前からの気温上昇をこれまで目標としてきた2度でなく1.5度に抑える必要があり,そのためには全世界の人為的な正味二酸化炭素(CO2)排出量を2030年までに2010年の水準から約45%減少させ,2050年頃に「正味ゼロ」を達成する必要があるという。全世界の削減率と日本鉄鋼業の削減率が同じである必要はないとはいえ,鉄鋼業は産業セクターにおいて電力産業に次ぐCO2発生源であり,日本は世界第2位の粗鋼生産国である。社会から要求される速度にまにあわないのではないか。
 実は,これらの技術開発のほかにも,既に使用な技術の範囲でも温暖化対策はやりようがある。鉄源として,高炉で鉄鉱石を還元して製造する銑鉄ではなく,鉄スクラップを用いることだ。その場合,製鋼段階では,電気炉ならば鉄源のほとんどに鉄スクラップを用いることができるし,転炉でも10数パーセントは使用できる。世耕大臣が,この情勢下でスクラップ使用拡大について触れないのは,どうなのか。
 世界の製鉄国の中で,生産量第2位の日本とトップの中国は転炉製鋼比率が高く,電炉比率が低い。具体的には,2016年の転炉製鋼比率が世界全体73.8%,日本77.8%,中国93.6%,電炉製鋼比率が世界全体25.7%,日本22.2%,中国6.4%だ(世界鉄鋼協会統計)。正確な数値の入手が困難であるものの,日本と中国では,鉄源として銑鉄の利用比率が高く,スクラップ利用比率が低いことはまちがいない。ここを変化させることで,CO2排出量を抑えることが可能だ。
 中国は,違法な地条鋼廃絶によるスクラップ原料の転用という課題が発生したのを機会に,電炉増設を奨励し始めた。もともとの比率が低すぎるとか,急速な転換で電極価格を世界的に高騰させるなどの問題はあるものの,長期的には望ましい方向だ。日本でも電炉製鋼比率の向上,高炉・転炉法でのスクラップ利用比率拡大について,もっと政策的重点を高めるべきではないか。メーカーへの負担が過度にならないように配慮するにせよ,CO2排出規制を,スクラップ利用を有利とする形で設計するのが自然なことではないか。

【世界鉄鋼協会東京大会】世耕経済産業大臣「今こそ過剰生産能力削減を」ORICON NEWS, 2018/10/17(元記事は『日刊鉄鋼新聞』2018年10月17日提供)。

IPCC特別報告書『1.5℃の地球温暖化』の政策決定者向け要約を 締約国が承認,プレスリリース 18-072-J 2018年10月16日,国際連合広報センター。

2018年10月15日月曜日

未来へつなぐべき心とは何か:靖国神社の宮司退任に思う

 宮司が退任された靖国神社のサイトに行くと,「未来へつなぐ靖国の心 平成31年靖国神社御創立150年」と大々的に宣伝している。また神社の由緒として「国家のために尊い命を捧げられた人々の御霊みたまを慰め、その事績を永く後世に伝えることを目的に創建された神社です」と書かれている。
 
 たいへん正確なことだ。150年の歴史しかなく,明治以後の国家の側について亡くなった軍人・軍属だけを祀っているのだ。日本の伝統とは関係ないのだ。

「陛下が一生懸命、慰霊の旅をすればするほど靖国神社は遠ざかっていくんだよ。そう思わん? どこを慰霊の旅で訪れようが、そこには御霊はないだろう? 遺骨はあっても。違う?」(小堀宮司発言)

 平成天皇が訪れた地で亡くなられたのは,日本の軍人・軍属だけではない。おおぜいの日本の一般市民や,交戦相手国の軍人や一般市民が亡くなったのだ。平成天皇は,そうした,靖国神社が決して祀ろうとしない人々を含む,戦没者すべての霊を慰めようと旅をされた。確かに,平成天皇は靖国神社から遠ざかっている。

 小堀宮司の発言は,靖国神社の立場を正確に反映している。日本国家の側に立って亡くなった軍人・軍属だけを祀るわが神社に参拝せよ。他の戦没者のことは知らない。それが靖国神社なのだ。だから,靖国神社社務所は,宮司の「不穏当な言葉遣い」だけを問題にして,発言内容に問題があったとは言わなかったのだろう。

 靖国神社の,戦争の犠牲者に対する姿勢は,たいへん首尾一貫している。だが私は,未来へつなぐべき心は,このようなものではないと思う。

靖国神社

「靖国神社宮司退任について」靖国神社社務所の画像が掲載されている,「ゴー宣ネット道場」2018年10月10日。

2018年10月11日木曜日

就活ルール廃止後に求められる改革の基本方向

 経団連は就活ルールの廃止を10月9日に決定した。中西会長は同日の記者会見で「今後は、未来投資会議をはじめとする政府の関係会合において、2021年度以降のルールのあり方について議論していくことになる」と述べており,何らかのルールが必要なことは認めている。しかし,それはもはや経団連が定めるのではない。野上官房副長官が述べるように,「政府と関係者が議論の場を設けるなど適切に対応していく」ことになるのだろう。

 本件について経団連に問われていたのは,単に就活ルールを投げ出して,会員企業の青田買いを野放しにするだけなのか,採用方式の改革に乗り出すのかであった。結果,直接には投げ出しに終わっており,どのような改革が必要とされているのかについて,まだまともな提案をしていない。中西会長は「今後の議論において重要なことは、大学の教育の質を高めることである」と述べるが,卒論や卒業時成績など学生の能力の到達点を見ようともせずに採用活動を前倒ししていることへの反省がない大学批判はお門違いだ。しかし,他方で「すでに多くの企業が新卒一括採用のみならず、中途採用などを行っているが、学生にどのような勉強をしてほしいのか、入社後のキャリア形成をどう用意しているのか、などといった具体的な事柄について、これまで企業から社会全体に十分に伝えてこなかった」という反省を述べたこと,新たなルールについて,政府,経済界,大学で協議していくことに前向きなことは注目される。改革への意思,参加する意思はあると受け止めるべきだろうし,そのように受け止めてコミットメントを求めるべきだろう。

 さて,この新卒者に対する採用活動の根本的な問題は,活動開始の時期ではない。新卒採用の本質は,「新規学卒者だけを対象にして,やるべき職務を明示せずに,「入社」させること」であり,中途採用の本質は「やるべき職務を特定して,それにふさわしい能力を持ったものを「就職」させること」だ。職務を指定しないメンバーシップ型採用と,職務を指定するジョブ型採用の区別に注目すべきであり,新卒者が挑む採用が前者に偏りすぎていることが本質的な問題なのだ。就活ルールを廃止すると,仮に新たなルールがどのように決められるにしても,採用活動の時期は今よりは自由化されるだろう。そして,もし企業側が新卒に「入社」を求めるメンバーシップ型採用を何ら改革せず,ただ前倒しで行うだけであれば,それは直接には大学教育と学生生活に対する破壊行為だ。また間接には,企業は「大学で身に着けた能力は求めないが,大卒の肩書は求める」ことになる。そして,大学には全く何も求めないけれど,各社各様に,各社に「入社」するにふさわしい漠然とした能力を求めるという,現在行われている採用活動をもっと推し進めることになる。これは雲をつかむような話であり,日本の人的資源の涵養につながるとは到底思えない。

 だから改革の基本方向は,メンバーシップ型採用の比率を徐々に減らし,職務を指定するジョブ型採用の比率を増やすこと,後者の社員を活用することに企業が習熟していくことだ。ジョブ型採用では,これまでより明示的な職務遂行能力によって採用を判断することになる。それは,ことの性質から言って,新卒でなければならない理由は何もない。だから,採用対象は新卒者に限らないし,採用時期はいつでもよいことにするのが合理的だ。もちろん,メンバーシップ型とジョブ型の中間的な採用もあり得るだろう。政府,経済界,大学で協議して作る新たなルールは,このようにジョブ型採用を増やし,ジョブ型採用を通年の,新規・中途を問わない採用にしていくことが望ましい。残るメンバーシップ型採用については,あまりに極端な青田買いを抑止する。

 ジョブ型採用は,ある特定の職務を遂行できる人を採用するのだから,そこに年齢差別があってはいけないことになる。実は,年齢差別禁止は,すでに2007年改正の雇用対策法第10条でとっくに規定されている。ただ,,雇用対策法施行規則第1条の三において新規学卒採用は例外とされているに過ぎないのだ。ジョブ型採用については,この例外は適用すべきでないだろう。もし適用すると,結局新卒をターゲットにした青田買い採用になってしまう。青田買い採用を抑止して通年・随時採用にするには,採用対象の限定をなくすしかないのだ。

 これによって,大学生からみると,就職活動が全体としていまよりもひどく青田買いになること,つまり前倒しされることは避けられる。ジョブ型採用の部分は,一年を通して行われているし,新卒者であっても就職浪人を含む既卒者であっても等しく応募できるからだ。つまり,就職活動をしたいとき,しなければならないと思った時ににすればいいのである。メンバーシップ型については,これまでより青田買いがひどくなるおそれがあるが,全体に占める割合が小さくなれば弊害も小さくできるだろうし,ルールによる規制も可能であろう。

 ただ,ジョブ型採用は日本の労働市場全体に構造変動を起こすし,大学生にとって,就活開始が早まりはしないものの,全体として有利かというとそうでもない。年齢差別禁止が適用されると,当然,ジョブ型採用には新卒だけでなく,就職浪人も中高年も応募するだろう。そうすると競争率が上がるから,大学生には不利になってしまう。日本全体としては,中高年の再就職の可能性が広がり,その分だけ新卒が不利になる。これは学生にとっては問題だ。

 しかし,それは超高齢社会への対応としては合理的だ。超高齢社会とは高齢者と女性が元気に働けないと成り立たない社会であり,現在はその高齢者と女性に冷たい労働市場と雇用システムなので,その改革の一環としてやる価値はあるし,いずれはやらざるを得ないことだろう。

 若者にとっても,不利なことばかりではない。前述の通り,早い学年から就活をするという混乱は避けられるし,卒業してから自らの専門性を武器に就職することも可能になる。新卒と就職浪人の間にあったすさまじい差別が緩和され,やり直しのきく就職活動になるだろう。一発勝負ではなくなるのだ。

 大学や高校にも教育改革の課題が突き付けられる。メンバーシップ型採用が残る部分については,求められる教育の質はそれほど変わらない。幅の広い教養,課題探求能力,リーダーシップ,読解力,分析力,考察力,論文を書く力などを身につけさせればよいからだ。ただ,少数精鋭になるだけに,これまでよりも高い能力は求められるだろう。他方,ジョブ型雇用に変わる部分については,就職する時点で,新卒者に職務遂行能力が求められる。それは学生の間に身につけねばならない。つまり,大学や高校での職業教育を強化しなければならなくなるだろう。来年4月から開設される専門職大学や,各大学での一層系統的なキャリア教育,企業・業界団体・経済界と連携しての質の高いインターンシップとその単位としての認定,高専や工業高校・商業高校,専門学校の地位を上げる工夫,ダブルスクールをやりやすくする仕組みなどは,どうしても必要になるだろう。これはつらいことではあるが,実のあることでもある。文部科学省から言われ,評価と予算を得るために行う改革ではない。学生が,自らの力で就職できるようにするための改革なのだ。

 日本の労働市場を全体としてよりよく機能させ,企業には人材獲得の便宜を拡大し,大学と学生には教育機会を保証していくためには,以上の方向で新たなルール作りと,労働市場改革,教育改革を進めることが必要だと,私は考える。

定例記者会見における中西会長発言要旨,2018年10月9日,日本経済団体連合会。
http://www.keidanren.or.jp/speech/kaiken/2018/1009.html

薄スラブ連続鋳造機は鉄鋼業界をさらに破壊するか?:製鉄プラント小型化の潮流

 製鉄プラント小型化の潮流が強まっていることについて,『日刊鉄鋼新聞』が記事にした。小型化の中心は薄スラブ連続鋳造機とコンパクトストリップミルの直結システムだが,条鋼のマイクロミル,中型高炉もこの潮流に加えられている。
 薄スラブ連鋳のもともとの目的は,設備当たり生産量が小さくても熱延コイル生産に参入できるようにすることだった。薄スラブ連鋳に直結したストリップミルならば,最小効率規模が100万トンにでき,400万トン程度必要なコンベンショナルなホットストリップミルよりはるかに低くなる。こうして薄スラブ連鋳は,先進国の電炉メーカーと新興国の高炉・電炉メーカーが鋼板分野に参入する手段として用いられるようになった。特に中国の場合,小型・中型高炉技術は国産のものがあるため,これと薄スラブ連鋳を組み合わせて銑鋼一貫生産する方式が複数企業によって採用された。この動きは,拙著『東アジア鉄鋼業の構造とダイナミズム』※1に記したように,実は1990年代から顕著になっていたのだが,このところ加速していることは確かだろう。
 その最大の理由は,この記事に書かれているように品質の向上により適用範囲が広がったことだと思われる。従来,薄スラブ連鋳-コンパクトストリップミルによるホットコイルは,用途が建設用に限定されていた。私が2000年代後半に調査したタイの二つのミルも(拙稿「タイの鉄鋼業」※2参照),適用範囲を広げることに困難を抱えていた。ところが,現在では「エネルギー用の鋼管や一部の自動車用途にも耐え得る」と報道されている。
 アメリカの電炉メーカーによる鉄鋼業界の破壊disruptionは,C.クリステンセンがローエンド型破壊的イノベーションの重要例としたものである。薄スラブ連鋳ーコンパクトストリップミルによる業界の破壊disruptionは,世界的規模で新たな局面を迎えているのかもしれない。

「製鉄プラント『小型化』ブーム」『日刊鉄鋼新聞』2018年10月9日(冒頭のみネット掲載)。

※1川端望[2005]『東アジア鉄鋼業の構造とダイナミズム』ミネルヴァ書房。
※2川端望[2008]「タイの鉄鋼業:地場熱延企業の挑戦と階層的企業間分業の形成」(佐藤創編『アジア諸国の鉄鋼業:発展と変容』日本貿易振興機構アジア経済研究所,251-296頁)。

2018年10月10日水曜日

アマゾンは,どのような場合に出店者の事業に自ら参入するか

プラットフォーム研究に挑む院生が見つけて来て,来週ゼミで読む新しい論文。要は,プラットフォーム企業が補完的事業に自ら参入するのはどんな場合かを,アマゾンが出店者の売っているような商品を自ら売り出す場合を事例にして考察する論文。自ら参入すればもうかるかもしれないが,出品者に「サメと泳ぐようなものだ」と思われて去られてしまうと,プラットフォームのエコシステムを自ら破壊することになりかねないという矛盾は,どう解決されているのかということだ。戦略系トップジャーナルのSMJに載っているが,新しすぎてまだGoogle Scholarにインデックスされていない。ディスカッションペーパーの時点で33回引用されている。先日のアジア経営学会で,プラットフォームと垂直分裂に向かう傾向と,コア企業が自ら垂直統合する傾向の関係について議論したところだったので,ちょうどいい。
Feng Zhu and Qihong Liu (2018), Competing with complementors: An empirical look at Amazon.com, Strategic Management Journal, 39(10), 2618-2642.
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/smj.2932

2018年10月9日火曜日

研究方法論に取り組まざるを得ないことについて

 先週より大学院ゼミ開始。各自の研究報告のほかに,研究認識論・研究方法論の文献も読むことにし,各種検索結果,院生がレフェリーからこの間受けた指摘などを手掛かりにして以下を選んだ。とにかく,当ゼミからの投稿は私本人を含め「事実発見と事例分析はよくできてる,実践的インプリケーションもOK。だがリサーチ・クエスチョンが弱い,理論的テーマが不明瞭,事例選択の根拠が希薄,理論的インプリケーションが薄い」等々と言われやすい。個人的学問観としては言いたいこともあるが,国際誌にもっと載せるためには,ここを何とかしなければ。
Sinkovics, Noemi [2017], "Pattern matching in qualitative analysis," in C. Cassell et al., The SAGE hand book of qualitative business and management research methods, Sage Publications, Ltd.
https://uk.sagepub.com/en-gb/asi/the-sage-handbook-of-qualitative-business-and-management-research-methods/book245704https://www.e-elgar.com/shop/handbook-of-qualitative-research-methods-for-international-business
→高いが,注文した。
Ghauri, P.[2004]. “Designing and conducting case studies in international business research” in Rebecca Marschan-Piekkari and Catherine Welch eds, Handbook of qualitative research methods for international business, E.Elgar, 109-124.
https://www.e-elgar.com/shop/handbook-of-qualitative-research-methods-for-international-business
→附属図書館にあった。
Fletcher, M. et al. [2018]. Three pathways to case selection in International business, International Business Review, 27(4), 755-766.
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0969593117301142
→附属図書館購入の電子ジャーナルにあった。

2018年10月8日月曜日

『特撮秘宝』第8号。「特撮の悪役」

『特撮秘宝』第8号。一般社会に紹介できるネタがほとんどないのだが,表紙を飾る『ウルトラマンA』第23話『逆転!ゾフィ只今参上』の巨大ヤプールにはかろうじてメジャー感があり,わかる人ならわかるかもしれない。このエピソードでは,怪しい老人が「お前は俺を信じなさい,ほれ信じなさい,ほれ信じなさい」と歌うと子どもたちがぞろぞろついていき,異次元に連れ去られていく。

 砂浜で老人が「花はとっくに死んでいるのだ」と言えば,子どもたちは「そうだ,死んでいるのだ!」と唱和する。そして忽然と消える。北斗星司(ウルトラマンA)は,猿人に変身して火を噴く老人に崖から落とされて負傷する。しかし,そのこと自体をTACの仲間に信じてもらえない。いや,それでも南夕子(ウルトラマンA。当時合体変身だった)は信じようとするのだが,二人で事件現場に行って見ると,砂浜自体がない。北斗は,異変を告げたはずなのに,逆に自らが異常とされ,疎外されていく(まあ,北斗隊員はいつもそうだったけど)。

 脚本を自ら書いて監督した真船禎氏のインタビューによれば,氏は戦後直後の価値観の急転換を念頭においてこの話を書いたのだという。

「だから,あそこで一番やりたかったのは,老人が子どもたちを集めて,「海は青いか?」「海は青い」と答えると,「違う!海は黄色だ」って言うと,海が本当に黄色になっちゃう。それが洗脳っていうものですよ。でも,「この人は怖いから,言うとおりにしとこう」だったら,まだいいんですよ。一番怖いのは,本当に黄色く見えちゃうっていうことなんです」
「僕は小学生時代に,信じて死ねって言われて,死ぬつもりだった。ところが一夜明けたら,今から生きろと。命が大事だって。何が真実なんですか?」(ともに84ページ)

 それでも30分のヒーロー番組だから,真船監督はBパートでAを勝利させ,真実はこちら
にあるとした。しかし,ヤプールは怨念となってウルトラマンシリーズに繰り返し現れる。人が人に裏切られ,語りかけても信じてもらえない世界をつくろうとする。それがヤプールの復讐だ。

『特撮秘宝』第8号,洋泉社,2018年。
https://www.amazon.co.jp/dp/480031545X


2018年10月7日日曜日

これまでの研究ノート

 これまでの研究ノートはGoogle+に投稿して,公式サイトからリンクしておりました。関心のある方は,以下をご覧ください。今後のノートも,事後に公式サイトからリンクします。

公式サイトの研究ノート集
http://www.econ.tohoku.ac.jp/~kawabata/arekore.htm

2018年10月6日土曜日

経団連会長の就活ルール廃止発言について:新卒一括採用の改革か,たんなる大学教育軽視か 

 2021年4月入社の就職活動は,採用面接を6月解禁にするなど現行ルールが維持される見通しだ(『東京新聞』2018年9月22日)。

 就活ルール廃止を言い出した経団連の中西会長は,9月3日の定例会見で「「終身雇用など基本的なところが成り立たなくなっている。(活動を)一斉にやることもおかしな話だ」と発言したという(『朝日新聞』2018年9月22日)。つまり,就活ルールの廃止が終身雇用の弱体化と連動しているし,新卒一括採用を廃止することと連動させたいというのだ。これをめぐってあれやこれやのコメントが飛び交っている。

 だが中西会長も,また多くのコメンターも肝心なことを語っていない。それは,経団連加盟企業のほとんどは,新卒規一括採用の廃止意向など表明していないということだ。

 新卒一括採用とは,「経団連加盟企業が同じ時期に採用活動をすること」だけではない。一番肝心なのは,「新規学卒者だけを対象にして,やるべき職務を明示せずに,「入社」させること」である。これこそが本質であり,これをやめない限り,いくら採用活動を前倒し使用が各社各様にしようが,新卒一括採用をやめたことにはならない。

 新卒一括採用では,学卒者を組織の一員として「入社」させる。そして,就くべき職務は会社が割り当てる。就くべき職務を労働契約で取り決めていないので,配置転換や転勤は基本的に会社の裁量だ。その代わり,ある職務が組織再編で消滅しても,会社は別の職務を割り当てる義務を負う。特定の職務で成績が悪くても「組織の一員」として失格とまで言えなければ解雇はされないので,希望すれば定年まで終身雇用される確率が高い。逆に,解雇とは,特定の仕事だけでなく「組織の一員」として働くことができない,極端に問題のある者とみなされる。これが新卒一括採用と終身雇用の関係であり,濱口桂一郎氏の言うメンバーシップ型雇用である。

 経団連が本当に新卒一括採用をやめる、または縮小するのであれば,採用の大きな部分を特定の職務を指定したものとし,職務遂行能力のみを基準として採用しなければならない。新卒であるかどうかや年齢で応募を制限してはならない(すでに新卒採用を例外として,年齢指定の禁止が雇用対策法で定められている)。そこまでやる気があるのか。そこまでやるというならば,経済界,政府,大学は制度・慣行の改革について真剣に協議すべきだ。容易ではないし,漸進的にしかできないだろうが,大学も汗をかいて前向きに取り組む価値がある。

 しかし,経団連にも多くの加盟企業にもそこまでやる気は観られない。このままでは,経団連は,ただ採用活動の開始時期を各社の好き放題にしたいだけなのだとみなさざるを得ない。それは雇用改革でも何でもない,ただのわがままである。そして,そこには,大学教育を軽視しながら社員に大卒の肩書だけは求めるというねじれた認識を読み取らざるを得ないのだ。大学など頼れない,採用してから社内で育成すればいいと考えているのだろうが,その方式では企業成長がおぼつかなくなっているから「終身雇用など基本的なところが成り立たなくなっている」のではないか。

 労働市場の入り口を改革するために,やらねばならないことは大学にもあるが,企業にもたくさんある。改革に挑むのか,改革に見せかけて単にわがままを押し通したいのか,経団連の見識が問われている。

2018年9月22日のFacebook投稿を転載。

製鉄所に刻まれたアメリカ鉄鋼業衰退の歩み

 『ワシントンポスト』10月3日の記事に寄れば,アメリカ高炉メーカーはトランプ政権の保護関税のおかげで,一息ついている。しかし,経営側・労働側ともに長期低落傾向を食い止める戦略を持たない限り,いくら保護をかけても一時的な効果しかないであろう。
 記事にあるように,高炉メーカーは海外メーカーだけとではなく,国内の電炉メーカーとも競争しなければならない。電炉メーカーの多くはノンユニオンで,最新技術を取り入れて,製品構成を鋼板類に広げている。対して高炉メーカーは,一部,拠点になりそうな製鉄所(USスチールゲイリーとかアルセロールミタルUSAインディアナハーバーとか)もあるにはあるが,多くはリストラして生き残った設備を継ぎ合わせて使用しており,組織率も組合員数も低落傾向にあるとはいえUSWA(全米鉄鋼労働組合)に組織されている。
 それでも,倒産したことのないUSスチールはまだましな方かもしれない。破産法第11条を申請して経営破綻した多くのアメリカ高炉メーカーは,労働協約を無効化し,年金債務を帳消しにし,設備簿価を極度に切り下げて再生された。だから,技術・設備が十分現代化されていないのに,コストが安いということになっている。それでも,輸入鋼材の圧力に耐えられないのだ。
 この写真を手掛かりにしてみよう。クレアトン市長リチャード・ラッタンツィ氏が背にしているのはUSスチールクレアトン工場だ。クレアトン工場は,モン・バレー製鉄所の一部である。モン・バレー製鉄所は全体としては銑鋼一貫製鉄所,すなわち原料処理(コークス,焼結)-製銑-製鋼-圧延-表面処理を行うコンプレックスだ。しかし,その実態は,モノンガヒラ川沿いに点在する四つの工場である。クレアトン工場がコークスを生産し,エドガー・トムソン工場が製銑・製鋼(精練・連鋳)を行ってスラブを作り,アーヴィン工場が薄板熱延,冷延,亜鉛めっきを行い,フェアレス工場もまた亜鉛めっきを行う。だが,かつてはクレアトン工場,エドガー・トムソン工場も,フェアレス工場もみな一貫製鉄所であった(アーヴィン工場だけは初めから圧延工場だった)。度重なる工場閉鎖,相対的に優位な工場だけを残す生産システム再編成の結果,四つの工場を河川輸送でつないで,かろうじて一貫体制を維持するようになったのである。四つの工場の航空写真をグーグルマップでみると,アーヴィン工場以外では空き地が多い。とくにフェアレス工場は空き地が面積の過半を占める。そこにはかつて,高炉,平炉や転炉,圧延機が並んでいたのだ。



2018年10月5日のFacebook投稿を修正のうえ転載。

ジェラルド・A・エプシュタイン(徳永潤二ほか訳)『MMTは何が間違いなのか?』東洋経済新報社,2020年を読んで

 ジェラルド・A・エプシュタイン(徳永潤二ほか訳)『MMTは何が間違いなのか?』東洋経済新報社,2020年。原題もGerald A. Epstein, What's wrong with modern money theory?なので邦題は間違っていないのだが,内容はタイ...