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2020年12月3日木曜日

私たちはいったい何なのか:『ウルトラマンA』第14話「銀河に散った5つの星」

 『ウルトラマンA』第14話「銀河に散った5つの星」(脚本市川森一,特殊技術佐川和夫,監督吉野安雄。1972年6月30日放映)。『ウルトラマンZ』にエースと超獣バラバが登場したのを記念して,先月公式配信されていた。

 このエピソードは第13話『死刑!ウルトラ5兄弟』と前後編になっており,ウルトラ兄弟が勢ぞろいで十字架にかけられたり,最強の敵エースキラーが登場したり,当時はかなり話題になったものだ。

 しかし,よく見ると田口成光氏が書かれた前編と,市川森一氏が書かれた後編ではトーンが全く異なっている。

 前編は,まあ自己犠牲と兄弟愛の話である。自分を助けようとした兄をバラバに殺された少年と,兄弟を思うエースが重ねられている。

 異次元人人ヤプールの謀略で裏宇宙の星,ゴルゴダ星に集められたウルトラ5兄弟は,絶対零度の寒さに襲われ窮地に陥る。しかも,地球にはバラバが出現。エネルギーを分けるから地球に帰れと諭す兄弟たちにエースが「それでは兄さんたちが死んでしまう」「嫌です」と抵抗すると,ウルトラマンが「バカ!」とビンタする。

 スポ根か。

 ウルトラ4兄弟は十字架にかけられ,ヤプールはその姿を地球人に見せつける。地球ではエースがバラバに敗れる。ここまでが前半。

 自分を犠牲にしても兄弟を守ろうという,こう言っては何だがよくある話であり,「バカ!」とビンタすると人が言うことを聞き,視聴者が感動するというのは,1970年代前半まで青春・家族ドラマの定石であった。

 さて,後半。ここからとんでもない話になる。他の多くの市川作品がそうであるように,裏切りと救済の物語である。

 ゴルゴダ星にはヤプールの最強ロボットエースキラーが出現。磔にされたウルトラ兄弟から必殺技のエネルギーを吸い取り自分のものにする。実験台として登場したエースロボットは,あっさりエースキラーに破壊される。この時,視聴していた7歳の私や友人たちは,それまで怪獣図鑑などでしか存在を知らなかったゾフィのM87光線が,本人ではなくエースキラーによってはじめて使われたことに驚愕したものだ。

 超獣攻撃隊TACの高倉司令官は,ヤプールの拠点となっているゴルゴダ星を超光速ミサイルNo.7で破壊せよと言う。そうすればウルトラ4兄弟を殺すことになると抗議する北斗星司。M78星雲をM87星雲と言い間違えるなど,例によってどこか間が抜けているがそれどころではない。しかし,ミサイル計画は強行される。地球人は,自分たちを救い続けてくれたウルトラ兄弟を裏切る。

 しかも高倉司令官は,北斗をNo.7のパイロットに指名する。No.7は有人式であり,裏宇宙への突入準備までは人が操縦してから,友人ロケット部分を切り離して脱出するのだ。No.7打ち上げの日。星司にかけよる南夕子隊員。「星司さん。エースの兄弟たちを,あなたは自分の手で」。「おれが止めても,誰かがやるだけだ。他の者にはやらせない」。星司は,命がけで自分を地球に返してくれた兄弟を裏切らねばならない。

 発射されるNo.7。だが切り離し装置が故障する。高倉司令官は「予定は変更できない。超光速に切り替えてゴルゴダ星に突入してくれ」と命じる。TACは隊員である北斗を裏切る。

 竜隊長が介入する。「北斗。その必要はない。ミサイルの方向を変えて,ただちに地球に帰還せよ」。「計画の指揮官はあなただが,TAC隊員たちの命をあずかっているのは私です。これから先は,私が指揮を執る」。竜隊長は特攻を決して命じない。なおも「司令官命令だ。そのままゴルゴダ星に突入せよ」と言い放つ高倉司令官を,ついに殴り倒す竜。だが北斗は「やめてください。俺は行きます」と言う。「ゴルゴダの星のウルトラ兄弟たちとともに死なせてください」。兄弟を殺す運命を受け入れてしまった北斗は,もう地球に帰ることはできないのだ。

 高倉を追い出したところにバラバ出現の報告。竜隊長は,あえて南夕子隊員を交信台に残して出撃する。「星司さん。わたしが見える?」「いや,こちらからは見えない」「わたしは見ているわ」「夕子!」「星司さん!」。その時ウルトラリングが光る!「星司さん,手を出して!早く!」スクリーンに手を差し出すと,二人は空間を超えてエースに合体変身した。肝心な時の主導権は,常に夕子にある。

 ゴルゴダ星に降り立つエース。「兄さんたち。私も兄さんたちとともに死のう」。変身できても事態は好転していない。エースは兄弟を救うことをあきらめ,死にに来たのである。出現するエースキラー。スペシウム光線で,エメリウム光線で,ウルトラブレスレットでエースを攻撃する。ともに死のうとする瞬間に,エースはウルトラ兄弟の力によって裏切られる。

 その時,ウルトラ兄弟の最後の力がエースに放射される。必殺技スペースQにより粉砕されるエースキラー。エースは兄弟たちと別れて地球に戻りバラバを倒す。

 事件が解決してTAC本部で北斗と南の誕生パーティが準備される。二人とも7月7日が誕生日なのだ。あの二人はもしかして双子,いや似ていない。恋人同士か,いやそんな感じじゃねえなあと噂する隊員たち。その頃,二人は屋上で星空を見上げていた。

北斗「一年に一度,あの天の川で牽牛と織姫が会うんだね」。

南「牽牛と織姫って,恋人同士なの?」。

北斗「うん」。

南「……あたしたちは,いったい何なのかしら」。

北斗「え?」。

 北斗!お前はどうしていつもそうなんだ。

 だが,ここは北斗が鈍いと言うだけの問題ではない。隊員たちと違って,北斗と南は,自分たちがウルトラマンエースに合体変身することを知っている。地球を守るためにエースになって,兄弟たちとともに闘おうとしていることを,二人だけの秘密として知っている。しかし,第1話でもこの話でも北斗や南とエースとは別の人格だ。北斗と南は,自分たちが地球人としてエースや兄弟を裏切ってしまったこと,北斗が,他の誰かにされるくらいならと自分自身の手でエースの兄弟を殺そうとしたことも知っている。エース自身が兄弟たちとともに死のうとしていたことも,兄弟の力でエースとともに自分たちも殺されようとしたことも,エースの力ゆえに助かったことも知っている。そんな私たちはいったい何なのか。いったい北斗隊員と私が一体になっても何ができるのか。

 ウルトラマンでさえも,裏切りから逃れることはできない。まして人間においておや。その宿命は自分自身だけでは解決できない。唯一救いがあり得るとすれば,それは他者から思いがけない形でやって来る。人間の力が尽きた時にのみウルトラマンは現れるかもしれない。組織が自分を見捨てた時に,それに歯向かって守ってくれようとする仲間が立ち上がるかもしれない。自分からは見えなくても,誰かが自分を見てくれているかもしれない。死ぬしかないと思った時に,奇跡が起こるかもしれない。たいていは起こらないから奇跡なのであるが,奇跡と名付けてでも,それが起こることを信じずにはいられないのだ。だから,なにもできなくても,罪を背負ってしまっても,なお北斗と南はお互いを信じ,エースを信じるしかないのだ。

 市川森一氏は『ウルトラマンA』のメインライターであったが,この「銀河に散った5つの星」を最後に,いったん降板してしまう。何かを描き切ってしまったのだろう。番組に幕を引くために第48話「ベロクロンの復讐」と第52話「明日のエースは君だ!」で復帰するが,それらはもっと救いのない,怨念と裏切りの物語であった。

「「裏切り」の物語としての『ウルトラマンA』最終回「明日のエースは君だ!」」Ka-Bataブログ,2020年5月7日。



2020年6月15日月曜日

鈴木聡司『映画「ハワイ・マレー沖海戦」をめぐる人々~円谷英二と戦時東宝特撮の系譜~』文芸社,2020年を読んで

 鈴木聡司『映画「ハワイ・マレー沖海戦」をめぐる人々~円谷英二と戦時東宝特撮の系譜~』文芸社,2020年。「特撮の神様」円谷英二による特殊撮影によって名高い『ハワイ・マレー沖海戦』とその前後の戦時東宝特撮映画の系譜を描いた著作である。

 本書の主人公は特殊技術担当の円谷英二,東宝映画株式会社取締役の森岩雄,監督の山本嘉次郎であり,その周囲を,この映画に携わった様々な人々が取り巻いている。「働き盛りの男達が国家や軍部といった強大な力を有する相手を向こうに廻して,映画作りに奮闘する様子を追いかけていくのが本稿の主題となる」(7ページ)。と同時に本書は,その戦時という時代背景を書き込み,『ハワイ・マレー沖海戦』の前後の事情をも明らかにする。すなわち,戦争映画の製作によって東宝の特殊技術部門が拡大し,『ハワイ・マレー沖海戦』をはじめとする戦意高揚映画が全盛期を迎え,敗戦とともに一瞬で消滅して戦後へと変転していく過程を描いている。主人公たちは,その波を積極的に担いながら,波に翻弄されるのである。

 類書をそれほど読み込んだわけではない私にも,本書は2点において重要な意義を持っているように思える。

 ひとつは,『ハワイ・マレー沖海戦』の製作過程を,キーパーソンの行動に即して明らかにし,とくにこれまで不明であった軍との関係を解明したことである。とくに著者は,本作品に関して語られる様々な「伝説」について詳細に資料を検討して,ある時はこれを覆し,あるときは裏を取り,ある時は新たな文脈に置きなおしている。例えば「軍事機密の関係で海軍側からの資料提供が得られなかったために,新聞に掲載された報道写真を参考にして真珠湾軍港のミニチュア・セットが作られた」という伝聞は誤謬であるという。一方で,確かに軍事機密の壁にぶつかったことも事実であるが,他方で,軍人にハワイのミニチュア作成の指導に当たってもらっていたのである。こういう,一見相反することが,どのようにして起こったのかが,製作過程に即して解明されている。著者のこうした考察は,軍艦資料の入手からミニチュアの縮尺率,さらに「1億人が見た!」と言われることの実情に及ぶ。とくに厄介なのは,円谷や山本自身の文章にも相矛盾することが書かれている場合であり,著者は当人の証言だからと言ってうのみにせずに検証していく。また,軍との協力に関する事実関係は,映画関係資料だけからではなく,軍の関係者が残した手記や伝記の方からも探求されていて,資料を多面的に用いることの重要性も感じさせてくれる。例えば上記のミニチュア作成の指導の件は,原田種寿・村上令『予科練教育―ある教官と生徒の記録』新人物往来社,1974年によって確認されたのだ。

 もうひとつの意義は,戦時東宝特撮の生成から消滅,そして戦後への変転を時間の経過に即して一気に描き切ることで,その短期間での変転の激しさ,異様さ,それを担いながらそれに翻弄された人々の複雑な思いを読者に提示したことである。当たり前のことだが,1942年12月の『ハワイ・マレー沖海戦』封切りから1945年8月のポツダム宣言受諾までは2年8か月,1948年3月の第三次東宝争議までは5年4か月しかたっていない。しかし,戦後に生まれ育った私のような人間は,社会科学者のつもりであっても戦時と戦後の断絶という「常識」的感覚のもとで生きており,戦時と戦後を,まったく異なる時代のように思ってしまうくせがついている。そうではなく,わずか5年の間に戦時特撮は高揚し,滅びて戦後に突入したのだと,本書はいやおうなくわからせてくれる。戦意高揚映画を作り続けていた数年後,山本監督は組合委員長に推挙されながら戦争責任を問われて辞することになり,屈折の中で生きる。宮島義勇カメラマンはあっさりと一転して組合急進派となる。取締役の大沢善夫は,近代的な経営を目指して組合と対峙するようになるのである。翻弄されながら身を転じていくその姿を,著者は告発するでもないし,特撮技術が発達したからそれでよかっと肯定するだけでもない。森や山本や円谷がどのように時代の変化と,それをめぐる人間の態度の変化を受け止めていたのかを,その行動と残された証言から再構成し,『ハワイ・マレー沖海戦』の重みを明らかにしながら,その後ろめたさをも照射するのだ。とはいえ,森岩雄と円谷英二については,その寡黙さの前に,立ちつくしているようにも見えるのだが。

 「現在ではクールジャパンの代名詞の一つとして扱われる『特撮』も『アニメーション』も,ともに誕生した直後には,そうしたきな臭い時代の風を満帆に受けることで技術的な躍進を果たしてきた事実」(8ページ)は消えない。そのことの受け止めについては,容易に結論を出せるものでもなければ出すべきでもないだろう。なので,その時代を生きた人々の歩みの複雑さを,複雑さとして受け止めることから始めねばならない。本書はそのための重要な,確固たる礎石であるように思う。

出版社サイト。
https://www.bungeisha.co.jp/bookinfo/detail/978-4-286-21687-4.jsp



2020年5月7日木曜日

「裏切り」の物語としての『ウルトラマンA』最終回「明日のエースは君だ!」

 2020年5月3日から公式無料配信配信されている『ウルトラマンA』最終回「明日のエースは君だ!」。脚本は市川森一,監督は筧正典,特殊技術は高野宏一。1973年3月30日放映。

 これは「裏切り」の物語である。

 冒頭,林の中でウルトラ兄弟のお面をかぶった子どもたちが無抵抗のサイモン星人をいじめている。かけつけて保護する超獣攻撃隊TAC。
子ども「ねえ,そいつ死刑にするの?」
北斗星司(=ウルトラマンA)「どうして」
子ども「だって,宇宙人だろ?」

 切通理作『怪獣使いと少年』(宝島社,1993年)が述べるように,これは当時小学生だった私たちの日常である。ウルトラマンになって,怪獣や宇宙人を殺すことを何もためらわない。北斗=ウルトラマンAの思いにかかわりなく,ウルトラ兄弟に守られた地球人の現実はこうであった。北斗=Aは子どもたちに裏切られる。北斗は「ウルトラ兄弟は弱い者いじめはしない。何もしない宇宙人の子どもを,わけもなくいじめたりはしない」と言い聞かせる。

 TACの前に,滅びたはずの異次元人ヤプールが,超獣ジャンボキングを送り込んでくる。ヤプールはサイモンの引き渡しを要求する。「もし地球人がサイモンをかばうなら,地球人も私の敵だ」。TACはジャンボキングに歯が立たない。ヤプールは,明日の朝までにサイモンを渡せと言い残して,ジャンボキングを引き上げる。

 一方,子どもたちは考えを改めてサイモンを隠す。街が破壊されても,「地球にはAがいる。Aが来てくれるまで,俺たちがサイモンを守るんだ」と決意する。

 TAC基地では,副隊長格の山中隊員は「ここは一応,奴の要求通りサイモンを渡して様子を見たらどうです」と提案する。罪のない宇宙人を,地球の安全のために侵略者に引き渡す。それは子どもたちへの裏切りだ。北斗は「家や町はまた立て直すこともできます。しかし,あの少年たちの気持ちは,一度踏みにじったら,簡単には元には戻りません」と説得する。竜隊長は試作段階の細胞分解ミサイルでジャンボキングを攻撃すると決める。

 その夜,明日はAになって戦おうと決める北斗。そこに,かつての合体変身のパートナー,南夕子の姿が現れる。「星司さん,もしあなたがウルトラマンAだということを誰かに知られたら,あなたな二度と人間の姿に戻れないのよ」。

 翌朝,ジャンボキングにTACの細胞分解ミサイルはまったく歯が立たない。TACの最後の望みは裏切られる。窮地に陥るサイモンと北斗,子どもたち。そこにサイモンがテレパシーで北斗に語り掛ける。

サイモン「北斗星司よ。私の声に聞き覚えがあるか」
北斗「ヤプール!」

 サイモンこそがヤプールであった。銃を向ける北斗。驚愕する子どもたち。しかし,サイモンのテレパシーは北斗にしか聞こえない。

サイモン「誰も私をヤプールだとは信じていないぞ。私を撃てば,おまえは子どもたちの信頼を裏切ることになるぞ」
北斗「……くそお」
サイモン「人間の子どもからやさしさを奪い,ウルトラマンAを地上から抹殺することが,私の目的だったのだ!」

 サイモンを射殺する北斗。北斗を責める子どもたち。「こいつは超獣が恐くてサイモンを殺したんだ!」。子どもたちは北斗に裏切られ,北斗は再び子どもたちに裏切られる。

北斗「僕がやつのテレパシーをわかったのは……それは僕が……ウルトラマンAだからだ」
子ども「嘘だ」
北斗「嘘じゃない。見ていてくれ。これがウルトラマンA最後の戦いだ」

 Aに変身する北斗。

「彼らに真実を伝えるには,こうするしか仕方がなかった。さようなら地球よ。さようならTACの仲間たち。さようなら……北斗星司」

 激闘の末にジャンボキングを倒したAは子どもたちに語り掛けて,飛び去る。その声は北斗星司のものではない。北斗はもういないのだ(※1)。

「やさしさを失わないでくれ。弱いものをいたわり,互いに助け合い,どこの国の人とも友達になろうとする気持ちを失わないでくれ。たとえ,その気持ちが何百回裏切られようと。それが私の最後の願いだ。」

 M78星雲から遣わされたウルトラマンAは,そのまま地上で暮らしているわけではない。地上で暮らすのは人間としての北斗星司であり,Aと北斗ははっきりと別の人格なのだ。そして北斗は,子どもたちを救うことはできなかった。むしろ裏切り者として責められねばならなかった。地上の人間では,この裏切りを解決できないのだ。唯一の方法は,人間たちの罪を負って,自らの存在を消し去ることだ(※2)。その時,Aもまた地球を去らねばならない。

 北斗は消え去る。星に帰らねばならないAには,もう地上の出来事に働きかけることはできない。できるのは,ただ語りかけることだけだ。やさしさを失わないでくれ。たとえ何百回裏切られようと。あとは,Aの姿と言葉を覚えている人間の問題だ。「明日のエースは君だ!」(※3)。それは北斗を襲った過酷な試練が,明日は私たちに課せられるという意味なのだ。

※1 後年,北斗役の高峰圭二氏は,このセリフを自分が言いたかったが監督に認められなかったと述べている(『スポーツ報知』「ウルトラセブン放送開始50年特別号」2017年7月1日)。それは,ここではすでに北斗は消滅していなければならないからであり,市川氏や筧氏がその設定を崩さなかったからだ。
※2 市川森一氏の信仰を考えれば,これが何の比喩であるかは言うまでもない。

※3 「明日のエースが君だ!」というサブタイトルが,子どもたちを鼓舞するものではないことについて指摘した最初の文献は,私の知る限りでは切通理作『怪獣使いと少年』宝島社,1993年である。また多義的にとれる脚注で暗示しているためにはっきりしないが,山田歩「復習と裏切りの十字架」『僕らのウルトラマンA』辰巳出版,2000年はこの解釈を取っていた可能性がある。本稿は先行するこの2文献に学びながら記したものである。

2020年12月8日。Aと北斗が別人格であることを踏まえて修正。注3を追加。



2019年6月21日金曜日

『キングコング:髑髏島の巨神』:ベトナムから遠く離れられない兵士たち

 アマゾンビデオで『キングコング 髑髏島の巨神』をアマゾンで視ました。ただいま公開中の『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』と同一世界という設定です。時は1973年。諜報組織モナークは,ベトナムから這う這うの体で撤退中のアメリカ軍に護衛してもらいつつ,地球観測衛星ランドサット(1972年に1号機打ち上げ)が発見した未知の島に向かいます。

(以下,前半30分についてのみネタバレあり)

 ヘリでナパーム弾みたいな爆発を伴う調査機器を投下していると、いきなりコングが現れて,引っこ抜いた木を投げつけ,1機墜落。逆上した隊長は発砲を命じるが,反撃食らって全機墜落。ジャングルと泥の河をさまよう羽目に。「部下の仇を取る」とコング抹殺に燃え狂う隊長に,同行する民間人は大迷惑。

 その後,色々あったのですが,言うべきことはただ一つではないかと思うのです。

「撃つな,馬鹿」。

Amazon Video 『キングコング:髑髏島の巨神』



『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』Godzilla: King of the Monsters

『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』Godzilla: King of the Monsters視ました。ネタバレにならない範囲での感想。

*映像はすごかった。さすがはハリウッドだ。
*ゴジラシリーズの怪獣たちへの「愛」は感じられた。「わかってるな」と思わせるショットも多い。
*ゴジラは人智を超えた自然の守り神みたいなもんになっている。この点は前作(「東宝チャンピオンまつり ゴジラ対ムートー サンフランシスコ大決戦」だったっけ)よりはるかに明確に打ち出されていて,ストーリーの骨格をなしていた。なので,そういうものなんだと自己暗示して受け入れれば面白く見られる。
*前作で何しに出て来たのか全く分からなかった芹沢博士が,ちゃんと活躍したのには安心した。
*核兵器の取扱いについては,例によって,ざけんな馬鹿野郎と思いつつ視るしかない。


2018年12月23日日曜日

追悼・石橋雅史氏。「将軍を狙う覆面鬼」のヘッダー指揮官

俳優の石橋雅史氏が逝去された。私は彼の良い観客とは言えないが,『バトルフィーバーJ』のヘッダー指揮官がすばらしい悪役だったことは知っている。とくに印象的だったのは第50話「将軍を狙う覆面鬼」。
 『バトルフィーバーJ』は「5人のチーム」+「メカ・巨大ロボット」というスーパー戦隊のフォーマットを確立した1979年放映開始の番組だ。その特徴は,上と下の世代,アナクロ権威主義とモラトリアム主義の混合。彼らの所属は国防省であり(防衛省でも防衛庁でもない,れっきとした国防省が日本にある!),上司は倉間鉄山将軍で,戦前派風の剣の達人(演じるのも東映時代劇の雄,東千代之介)。ところがバトルフィーバー隊の若者はバトルジャパン,バトルフランス,バトルコサック,バトルケニア,ミスアメリカと名付けられたインターナショナルで(実際に外国人なのは初代アメリカだけだが),かつ軽めの若者である。遊びすぎたり調子に乗って敵エゴスをなめてかかったりして,鉄山将軍に「馬鹿者!」と怒られる。それが妙にかみ合っている。そして,エゴスは悪の結社というよりカルト宗教。首領サタンエゴスは神で,石橋氏演じるヘッダーは戦闘指揮官であると同時に祭祀であり,怪人を「皇子」「神の子」と敬う。このノリを,バブルはおろか1980年代も来る前に出したのは,なかなか先駆的だったと思う。
 そのような中,このエピソードはあからさまに時代劇である。脚本は上原正三。エゴスの指揮官ヘッダーは,邪心流の武道の開祖,鬼一角の門下生であった。そして,鬼一角は,鉄山の師,藤波白雲斎に30年前破門されていたのだ。邪心流の極意は「卑怯も兵法なり」。ヘッダーはその言葉に忠実に鬼一角を殺し,白雲斎をも暗殺して,鉄山将軍を誘い出す。バトルフィーバー隊の若者を「雑魚」と言い切り,鉄山を倒すことのみに執念を燃やす2代目鬼一角ヘッダーと,鉄山との決闘の時が来た!
 一切の迷いなく「卑怯も兵法なり」と信じ,憎しみのみに身を委ねるヘッダー。石橋雅史氏の鬼気迫る演技は,39年たっても印象的である。

『バトルフィーバーJ』Amazon Prime Video.
https://www.amazon.co.jp/dp/B01LYI86Z5/

2018年12月14日金曜日

Godzilla: King of the Monsters (レジェ版ゴジラ2019)への期待と不安

 映像は大丈夫でしょう。話が心配。初めから「三大怪獣地球最大の決戦」だと思ってドンパチだけ見にいけば大丈夫かな。ちなみに前回のGodzillaも,『東宝チャンピオンまつり ゴジラ対ムートー サンフランシスコ大決戦!』だと思えば見られた。まじめに考えだすと,おい核実験正当化かよ,それと核弾頭爆発させて平然としてるよな,とか腹が立ってくるのが,やっかいだった。




2018年10月8日月曜日

『特撮秘宝』第8号。「特撮の悪役」

『特撮秘宝』第8号。一般社会に紹介できるネタがほとんどないのだが,表紙を飾る『ウルトラマンA』第23話『逆転!ゾフィ只今参上』の巨大ヤプールにはかろうじてメジャー感があり,わかる人ならわかるかもしれない。このエピソードでは,怪しい老人が「お前は俺を信じなさい,ほれ信じなさい,ほれ信じなさい」と歌うと子どもたちがぞろぞろついていき,異次元に連れ去られていく。

 砂浜で老人が「花はとっくに死んでいるのだ」と言えば,子どもたちは「そうだ,死んでいるのだ!」と唱和する。そして忽然と消える。北斗星司(ウルトラマンA)は,猿人に変身して火を噴く老人に崖から落とされて負傷する。しかし,そのこと自体をTACの仲間に信じてもらえない。いや,それでも南夕子(ウルトラマンA。当時合体変身だった)は信じようとするのだが,二人で事件現場に行って見ると,砂浜自体がない。北斗は,異変を告げたはずなのに,逆に自らが異常とされ,疎外されていく(まあ,北斗隊員はいつもそうだったけど)。

 脚本を自ら書いて監督した真船禎氏のインタビューによれば,氏は戦後直後の価値観の急転換を念頭においてこの話を書いたのだという。

「だから,あそこで一番やりたかったのは,老人が子どもたちを集めて,「海は青いか?」「海は青い」と答えると,「違う!海は黄色だ」って言うと,海が本当に黄色になっちゃう。それが洗脳っていうものですよ。でも,「この人は怖いから,言うとおりにしとこう」だったら,まだいいんですよ。一番怖いのは,本当に黄色く見えちゃうっていうことなんです」
「僕は小学生時代に,信じて死ねって言われて,死ぬつもりだった。ところが一夜明けたら,今から生きろと。命が大事だって。何が真実なんですか?」(ともに84ページ)

 それでも30分のヒーロー番組だから,真船監督はBパートでAを勝利させ,真実はこちら
にあるとした。しかし,ヤプールは怨念となってウルトラマンシリーズに繰り返し現れる。人が人に裏切られ,語りかけても信じてもらえない世界をつくろうとする。それがヤプールの復讐だ。

『特撮秘宝』第8号,洋泉社,2018年。
https://www.amazon.co.jp/dp/480031545X


ジェラルド・A・エプシュタイン(徳永潤二ほか訳)『MMTは何が間違いなのか?』東洋経済新報社,2020年を読んで

 ジェラルド・A・エプシュタイン(徳永潤二ほか訳)『MMTは何が間違いなのか?』東洋経済新報社,2020年。原題もGerald A. Epstein, What's wrong with modern money theory?なので邦題は間違っていないのだが,内容はタイ...