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2018年11月28日水曜日

カルロス・ゴーンの逮捕は法の適切な執行なのか

 カルロス・ゴーンの逮捕劇についてはいろいろな角度から論じることができるだろう。とりあえず,検察には法をちゃんと執行して欲しい,法律違反は取り締まり,権力乱用はしないでくれという立場からみると,カルロス・ゴーン逮捕にはわからない点が多すぎる。郷原信郎弁護士や細野祐二氏の指摘がすべて正しいかどうかはわからないが,以下の点を私は知りたい。

1)ゴーンの報酬は有価証券報告書に記載すべきものであったのか。どうしてそう言えるのか。
2)そうだったとして,なぜ日産自動車でなくゴーンほか1名という個人が罪を問われるのか。有価証券報告書未記載に責任を負うのは法人としての日産自動車ではないのか。
3)ゴーンの部下が「内部告発」したというのなら話としてわかるが,何がどう「司法取引」なのか。司法取引した当人は,どのような重大情報を検察に与えたのか。
4)ゴーンが会社の金で買った不動産を私的に利用していたことは倫理的に問題なのは当然として,それで刑事的に罪を問える,例えば会社に損害を与えたから背任を問うべきとまで言えるのか。

 これまでマスコミの報道記事は,客観報道のふりをした表面報道に過ぎないと思う。検察の行動と法の整合性が客観的に問われるときは,きちんと論点を立てて,「この点はおかしくないか,説明が必要だ」と追及しなければならない。それが本来の客観報道であり,権力に対する必要な監視ではないのか。

「ゴーン氏逮捕は「ホリエモン、村上ファンドの時よりひどい」 郷原信郎弁護士が指摘」ITmediaビジネスONLINE,2018年11月27日。

細野祐二「「カルロス・ゴーン氏は無実だ」ある会計人の重大指摘」現代ビジネス,2018年11月25日。

2018年11月27日火曜日

Abstract of my new paper titled "Development of the Vietnamese iron and steel industry under international economic integration"

  My discussion paper titled "Development of the Vietnamese iron and steel industry under international economic integration" will be uploaded on the site of Tohoku University Repository in next month. Both English and Japanese versions will be available. The abstract is as follows:

  This study discusses the development of the Vietnamese iron and steel industry under international economic integration. In particular, this study investigates what type of enterprise was responsible for this development, as well as the economic and managerial logic that can explain this development. The analysis provides suggestions for industrial development under international economic integration in developing economies.
  Under trade and investment liberalization, private enterprises and foreign capital firms have been the main participants in the development of the Vietnamese iron and steel industry. However, such development did not occur via a simple laissez-faire approach. Each enterprise type and the government faced challenges. Ownership and management reform were required of state-owned enterprises, and local private enterprises had to ensure market creation through innovation, by making full use of the local condition. Foreign enterprises had to introduce the huge funds and state-of-the-art technology. Moreover adaption to local society influenced their projects’ progress. Thus, the government should review and monitor large-scale projects from both economic and social viewpoints. The Vietnamese iron and steel industry recorded steady growth because some of these conditions were met, while some unachieved conditions caused problems.
  This case suggests that industrial development under international economic integration is possible. In addition, such integration requires not only a market mechanism but also an entrepreneurial spirit that encourages market creation and government policies that complement the market’s role and resolve social issues.

Related papers

2018年11月26日月曜日

「国際経済統合下におけるベトナム鉄鋼業の発展」要旨の先行公開

 来月上旬に,ディスカッション・ペーパー「国際経済統合下におけるベトナム鉄鋼業の発展」を日本語・英語双方で公開します。ここで要旨を先行公開します。

要旨
 本稿は,国際経済統合下におけるベトナム鉄鋼業の発展について論じる。とくに,この発展を担ったのはどのようなタイプの企業であるのか,この発展はどのような経済的・経営的ロジックによって説明できるのかを検討する。これらを通して,発展途上国における国際経済統合下の産業発展についての示唆を得る。
 ベトナム鉄鋼業の発展は,貿易・投資の自由化推進という経済環境の下で,国有企業ではなく,民間企業と外資企業を主な担い手として実現した。しかし,自由放任政策のみで発展が実現したわけではなく,企業と政府は様々な課題を解決しなければならなかった。国有企業には所有・経営改革が必要だった。民間企業はローカルな諸条件を生かしたイノベーションと市場開拓を遂行しなければならなかった。外資企業は大規模な資本動員と最新技術の導入,そして現地社会への適応を求められた。政府は経済的・社会的観点から,大規模プロジェクトに対する適切な審査と監視を行わねばならなかった。ベトナム鉄鋼業は,これらの条件のうちいくつかを満たして順調な成長を遂げた。ただし,いくつかの条件が達成できなかったために問題も生じた。
 ベトナム鉄鋼業の事例が示唆するのは,国際経済統合下の産業発展は可能であること,そしてそのためには市場メカニズムを作動させるだけでなく,市場を創造する企業者行動と,市場の役割を補完し社会問題を解決する政府の政策と行動が必要だということである。

2018年11月22日木曜日

韓国政府による「和解・癒やし財団」の解散決定について

 韓国政府による,慰安婦被害者支援のための「和解・癒やし財団」の解散決定について,暫定的にコメントする。

*韓国政府の見地に対して
・前政権による日韓合意が慰安婦被害者本人の意向を無視したものであったことを,文在寅政権が問題視するのはありうる。そこまではわかる。
・しかし,政府当局者も言うように,「韓日間の公式合意」であることから,「慰安婦合意の破棄や再協議を要求しない」というのも常識的な線というものだろう。それもわかる。
・しかし,韓国政府が慰安婦被害者支援のための「和解・癒やし財団」を解散するという場合,どうしても問題は起こらざるを得ない。
・韓国政府当局者は「日本政府が誠意ある姿勢でこのため(被害者の方々の名誉と尊厳の回復および傷の癒やし)に努力することを期待する」というが,日本政府は,そのつもりで「和解・癒やし財団」にお金を拠出したはずだ。そう認められたから合意が成立したのだ。
・それではだめだというのであれば,1)韓国政府は日本政府が拠出したお金はどのように扱うのかという問題が起きる。また,より根本的な問題として,2)公式合意を破棄はしないけれど,合意はまちがっていることなので遂行できない,日本政府はもっと別なことをして欲しいという立場を表明しているが,「最終的かつ不可逆的な解決」という合意を破棄せずに,別なことをしてほしいと要請するのは,さすがに矛盾している。
・それでも別なことをしてほしいというのであれば,それが何であるかを表明するのは,韓国政府側の責任であろう。それは何なのか。韓国メディアの日本語記事も見ても,どこにも見つからない。『朝鮮日報』のイム・ミンヒョク論説委員も文在寅政権は「自分たちはどのようにして真の謝罪と法的責任認定を引き出すのかについて、何の答えも出していないし、答えがあるわけでもない」と指摘している。要求項目が不明なまま「誠意ある姿勢」を要求して,日本が先に提案しろというのは,いくら何でも無茶である。それで話が進むわけがない。
・文在寅政権としては不本意であろうが,「和解・癒し財団」という方式が適切でないと考えたとしても,日韓の外交合意を破壊しないのであれば,やるべきは「和解・癒し財団」の解散ではなく,韓国の国内政策としての追加措置なのではないだろうか。

*日本政府がとるべき態度について
・日本政府が「日韓合意で終わったのだ」とだけ言い放つのは,適切ではない。日韓合意には,「安倍晋三首相は日本国の首相として、改めて慰安婦としてあまたの苦痛を経験され心身にわたり癒やしがたい傷を負われた全ての方々に心からおわびと反省の気持ちを表明する」という趣旨がある。この「おわびと反省」の立場を堅持していることを表明し続けねばならない。そうしなければ,おわびや反省は本心ではなかったのかと,韓国のみならず国際社会から疑われるだろう。
・「何度も謝罪しなければならないのはおかしい」という人がいるかもしれないが,そうする必要はないのだ。改めて謝罪するのではなく,「謝罪した立場にいまも変わりはない」と言い続けることが大事なのである。それは,政治だけの問題ではなく,倫理的にも当然のことだろう。
・政府が「日韓合意で終わったのだ」とだけ言い放つことによって,日本国内にある,慰安婦などいなかったという極論を始め,反韓国感情を煽り立てる効果があることは明らかだ。安倍政権がそれを放置するのは不適切であり,自ら選んだ「おわびと反省」という見地に照らして不誠実だ。自ら表明した正式見解を守ることが安倍政権の責任だ。慰安婦とされた女性たちに対する,お詫びと反省の気持ちをずっと維持していること,その具体的な形として「和解・癒し財団」への拠出を行ったこと,そのようなものとして日韓合意は有効であることを,内外に発信するのが妥当だと考える。

イム・ミンヒョク「【萬物相】慰安婦財団解散、「文在寅式解決法」とは一体何なのか」『朝鮮日報 日本語版』2018年11月22日。
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2018/11/22/2018112280008.html
「韓国政府「慰安婦合意、破棄・再協議要求せず…日本の誠意ある努力に期待」」『中央日報日本語版』2018年11月22日。
https://japanese.joins.com/article/375/247375.html
「慰安婦財団解散 日本の真摯な姿勢に期待=韓国外交当局」『聨合ニュース』2018年11月21日。
https://m-jp.yna.co.kr/view/AJP20181121004900882?section=japan-relationship/index

<関連>「従軍慰安婦問題に関する河野談話についてのノート:企業経営研究者の立場から A Note on the Statement by the Chief Cabinet Secretary Yohei Kono on the Issue of "Comfort Women" (2014/3/3)」Ka-Bataアーカイブ。
https://riversidehopearchive.blogspot.com/2018/10/a-note-on-statement-by-chief-cabinet.html

2018年11月21日水曜日

財務大臣が「人の税金で大学に行ったんだ」と放言する自己否定

 麻生さんの「人の税金で大学に行ったんだ」発言。その前後も音声ファイルで分かった。前後を無視した一方的中傷でもなければ,文脈無視でもなかった。大学の財源多様化を訴えた話でも何でもなかった。まさに東京大学に行ったことを「人の税金で言った」というただそれだけの発言だった。

 「どの口が」ということもある。大金持ちの親御さんの金で学習院大学に行ったであろう麻生さんが,税金で大学に行くことを批判するのはどうなのだろう。親の金で行くのも税金で行くのも,自分だけの力ではないことには変わりない。麻生さんが威張って良い根拠は何もないと思う。

 とはいえ,私は別に,自力で大学に行くのが偉いという価値観を支持したいのではない。その逆だ。

 麻生さんが学習院大学に行けたのは,一方で麻生産業(現・麻生セメント)の総帥である親御さんのおかげであり,他方で税金を財源とする私学助成のおかげだ。私だってそうだ。両親のおかげ,税金のおかげで国立大学に行けたのだ。ほとんどの人は,自分自身の力だけで学校に行っているわけではない。たいていは両親・親類に支援してもらい,税金に支援してもらっているのだ。

 そして,それでいいのだ。そうであるから,教育の機会均等が守られるのだ。

 麻生さんが間違っているのは,親に感謝するのでもなく,税金の役割を尊ぶのでもなく,「人の税金で大学に行く」ことを批判し,自分自身の力だけで行くことを正しいかのように言っていることだ。最も深刻なのは,麻生さんは財務大臣だということだ。財務大臣が税制の再分配機能を否定してどうするのか。

「麻生氏『人の税金で大学に』東大卒視聴批判」『毎日新聞』2018年11月17日。

技能実習制度の問題を「特定技能」ビザで繰り返してはならない:外国人労働者受け入れをめぐって

 技能実習生は27万4225人(2017年12月)。対して,2017年の失踪者が7089人というのは異常すぎる。単純計算で2.6%が失踪していることになる。どう考えても個人の問題ではなく,制度に欠陥がある。

 失踪した実習生を対象とした調査によると,失踪の理由(複数回答)は確かに「低賃金」が67.2%で1929人だが,うち「低賃金(契約賃金以下)」が144人(5.0%),「低賃金(最低賃金以下)」が22人(0.8%)いる(『朝日新聞』報道)。そして,「月給10万円以下」が1627人(56.6%)ということは,実際には契約賃金以下あるいは最低賃金以下の実習生がもっといたはずだ。

 この待遇なのに,48%は母国の送り出し機関には100万円以上を払っている。明らかにおかしい。正しくない情報に誘われて来日したか,受け入れる企業や農家が約束や法律を破ったか,その両方かだろう。

 神戸国際大学の中村智彦教授が聞き取った受け入れ団体職員の話からは,企業側が賃金に加えて,監理団体等にも費用を支払わねばならないことをよく認識していない場合があることがうかがえる。「トラブルになるのは、実習生側は月に10万円しかもらっていない。一方の企業側は20万円近く支払っている。その意識のギャップが、双方の不満になってぶつかることがある」と言う。受け入れ企業も十分に制度を理解してないケースがあるのではないか。

 政府は,技能実習が最大5割「特定技能」に変わる見込みとしているが,成り行き任せではだめだろう。「特定技能」にすれば解決する問題,たとえば通常の雇用契約にし,転職の自由があれば解決する問題も確かにあるだろう。しかし,技能実習でも「特定技能」でも共通する問題,たとえば不正確な情報の流通や,言葉の不自由さや法的知識不足につけこんで労基法を守らない雇用主の問題などもある。これらを一つ一つ取り上げ,どうすれば同じ問題を「特定技能」ビザでの労働者で繰り返さないかを徹底審議すべきだ。

 私は,まじめに技能実習を実施していて,問題点も熟知している監理団体や経営者の意見を聞きたい。彼/彼女らならば,実習の効果を上げ,コンプライアンスに努めるためにどれほどの手間暇をかけているか,どこに手抜きや誤解の罠が潜んでいるか,どう改善すればよいかを知っているはずだ。

「技能実習生の失踪動機「低賃金」67% 法務省調査 月給「10万円以下」が過半」『日本経済新聞』2018年11月18日。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO3790481017112018EA3000/
「月給数万円、借金100万円…失踪した技能実習生の実態」『朝日新聞』2018年11月20日。
https://www.asahi.com/articles/ASLCM5FP6LCMUTIL01Q.html
中村智彦「5年間で延べ2万6千人失踪 ― 外国人技能実習制度は異常すぎないか」Yahoo!Japanニュース,2018年11月6日。
https://news.yahoo.co.jp/byline/nakamuratomohiko/20181106-00103150

「あと1年かけて,「技能実習」を「特定技能」に転換する計画を作るべきだ:入管法改正による外国人労働者受け入れについての意見」Ka-Bataブログ,2018年11月10日。
https://riversidehope.blogspot.com/2018/11/1.html

2018年11月15日木曜日

「異次元緩和」への依存は邦銀をハイリスクな投融資に走らせていないか

大槻奈那「邦銀が「次の金融危機」の引き金を引くのか 投資家の暴走で世界でゾンビ企業が急増」東洋経済ONLINE,2018年11月12日。3ページ目に掲載されているグラフに驚いた。いつのまにか銀行の与信総額で邦銀が日,英,独を抜いている。融資先が順調に拡大しているならば邦銀のプレゼンスが上がっているということだが,そう喜んではいられない状況だ。アメリカは多少巻き戻したとはいえ日本の異次元緩和は続いているし,10年単位でみれば世界的な金利抑制傾向が続いている。それでもインフレ率は上がらないという傾向が世界的に続いている(福田慎一『21世紀の長期停滞論』平凡社,2018年)。世界の銀行は運用難に戸惑い,思い余ってハイリスク・ハイリターンの投資・融資に流れている。邦銀の与信もそうした融資で伸びているというのだ。
 もはや,通貨収縮によるデフレが問題という局面ではない。日本のアベノミクスが「方向は良いが不十分」とみる人は,利下げの余地がなくなっても日銀の国債買い上げによって金融機関にリスク資産へのリバランシングを促せるならばなお緩和の効果は期待できるというが(例えば野口旭[2015]『世界は危機を克服する』東洋経済新報社),それは資本の需要を無視して供給側からバブルを煽る行為ではないか。
 問題は,金利を下げて通貨供給を試みるだけでは,投資と消費の意欲が喚起されず,インフレ率が上がらないことだ。少なくとも日本では,金融ではなく実物的に考えることが必要だ。新市場を開拓する成長産業のタネをまき,芽を育て,キャッシュを眠らせずに賃上げと再分配で個人による支出に導き,成長を下支えする発想が必要な局面だ。金融政策から財政政策と社会政策に移す時だ。
 もちろん,それでも難題は残る。一つは財政赤字であり,もう一つは,これほど短期資金の浮動性が高いと,バブルを伴いながらでないと成長産業が現れないということだ。しかし,金融緩和一本やりで進み続けるよりははるかにましだろう。

大槻奈那「邦銀が「次の金融危機」の引き金を引くのか 投資家の暴走で世界でゾンビ企業が急増」東洋経済ONLINE,2018年11月12日。

関連投稿
日銀による金融政策だけで物価を上げようとすることの限界について (2018/6/16),Ka-Bataアーカイブ。
アベノミクスのどこを変えるべきか? 野口旭『アベノミクスが変えた日本経済』(ちくま新書,2018年)に寄せて (2018/5/13)

2018年11月13日火曜日

徴用工裁判において新日鐵住金が問われること :政府の協定解釈とは別に,当事者としての事実に関する見解を

 徴用工裁判において新日鐵住金が問われること。法的に請求権協定で決着済みかどうかというのは国家間の問題だが,新日鐵住金は,前身企業が当事者であった立場として,原告に向かい合わねばならない。つまり,当事者として,原告に対してどのような人事管理を行ったのかという事実と,それを現在どのように評価しているのかだ。これは,国際法でそのことをどう解釈するかとは別の問題として,避けられないことだ。当然,韓国での裁判で新日鐵住金は自己の立場を主張したはずだから,それを改めて内外に説明すべきだろう。私は,そのように思う。

 念のためと思い,公式の社史において,新日鐵住金が原告たちが該当する人事労務をどのように評価しているかを確かめた。

<韓国大法院判決が認定した,原告の労役従事先と状況>
 原告は4名でうち3名は既に死亡。
・原告1と原告2は,平壌で出された応募に1943年9月ごろに応じて,日本製鉄大阪製鉄所で訓練校とした働いた。賃金の大部分がが振り込まれた通帳と印鑑が寄宿舎の舎監によって管理された。原告 2 は逃げだしたいと言ったことが発覚し、寄宿舎の舎監から殴打され体罰を受けた。1944年に強制的に徴用され,それ以後,労働に対する対価が支給されなくなった。1945年6月ころには清津製鉄所に移動させられた。ここでも賃金はまったく支給されなかった。ソ連軍によって清津工場が破壊されてソウルに逃れた。
・原告3は1941年,報国隊として動員されて日本にわたり,日本製鉄釜石製鉄所で働いた。賃金はまったく支給されなかった。最初の6か月間は外出も許可されなかった。1944年に徴兵された。
・原告4は1943年1月ごろ,群山部の指示を受けて募集に応じ,日本製鉄八幡製鉄所で働いた。賃金はまったく支給されず,休暇もなかった。日本の敗戦後,帰国せよという日本製鐵の指示を受けて帰国した。
 よって,原告4名のうち,原告1と2は1944年以後法的な意味で徴用された可能性がある。原告3と4,原告1と2の応募当時は法的な意味の徴用ではない。韓国大法院は,より広い意味の強制動員を「徴用」と呼んでいるものと推定される。

<社史の記録>
 原告が働いた製鉄所のうち,大阪製鉄所は,現在では大阪製鉄という,新日鐵住金系ではあるが別の会社のものとなっている。釜石製鉄所,八幡製鉄所は,新日鐵住金の製鉄所として引き継がれている。清津製鉄所は,現在の北朝鮮に立地しているので,新日鐵住金の手を離れている。よって,日本製鐵の社史,釜石製鉄所,八幡製鉄所の所史を点検するのが妥当だろう。

・『日本製鐵株式會社史 1934-1950』日本製鐵株式會社史編集委員会,1959年(東北大学附属図書館所蔵)。内地において徴用を行ったこと,学徒動員,女子挺身隊,勤労報国隊などを受け入れたこと,清津では朝鮮人の補充には困難はなかったが内地人の求人難が深刻であったことが記されており,昭和20年8月15日現在の労務者在籍人数を記した表では特別労務者の一種として朝鮮人工員という項目が,学徒,俘虜,女子挺身隊,新規徴用工,養成工と並んで書かれている。戦時における人員確保の困難の中での労務構成の複雑化として評価されている。
・『鉄と共に百年』新日本製鐵釜石製鐵所,1986年(東北大学附属図書館所蔵)。人員の膨張を論じたところで,学徒動員,徴用工,女子挺身隊のことが記されているが,朝鮮人労働者を対象とした記述はない。
・『八幡製鉄所八十年史』新日本製鐵八幡製鐵所,1980年(私物)。「部門史 下」において,昭和17年以後,労務者強制徴用が行われたこと,昭和18年には「中国大陸および朝鮮半島からの強制徴用労務者,さらには俘虜,囚人までをも動員計画の中に取り入れていった」(449頁)こと,学徒,女子挺身隊,勤労報国隊を受け入れたことが記されている。そのことは,労務構成の複雑化をもたらしたとされている。

<簡単な考察>
・八幡製鉄所史においては,「朝鮮半島からの強制徴用労務者」を働かせたことが,この表現で事実として認められている。
・それ以外の記述では,戦時労務の一部として朝鮮人工員が存在したことが認められている。
・強制徴用労務者を働かせたことに対する,企業自身としての評価は記されていない。

 新日鐵住金は,前身企業である日本製鐵が,原告たちをどのように採用し,働かせたかについては,自ら確認し,評価しなければならないはずだ。韓国での裁判ではこれらをどのように行ったのか。そして現在,請求権協定の解釈や,判決の当否は別として,前身企業の行為を後継企業としてどのように事実認定し,評価しているのかを社会に明らかにする責任がある。それは,政府の問題ではない。企業が政府から自立しているのであれば,自ら責任を負うべき領域だと私は思う。

「2018年10月30日韓国大法院判決」法律事務所の資料棚。




2018年11月12日月曜日

「世界平和女性連合」は「世界平和統一家庭連合」(統一協会より改称)を母体とした団体

「世界平和女性連合」が,「女子留学生日本語弁論大会」などの学生を対象としたイベントを,宮城県で行っていることに気がついた。以下,大学教員という立場からの問題整理のメモ。同業者には参考になれば幸い。

「世界平和女性連合」(WFWP)
https://www.wfwp.org/
日本支部

 この団体は,一見,普通の非営利組織に見えるのだが,実は,世界基督教統一神霊協会(通称,統一協会または統一教会。現在は世界平和統一家庭連合と改称)という破壊的カルトと一心同体の組織だ。ここで破壊的カルトとは,「入信勧誘の際に、ターゲットの精神の不安定化を図って取り込み、やがて社会常識を捨てさせ、全てを教団の論理で行動させるような団体」のことを指す。この定義は,カルト予防策や社会復帰策等の研究を行う,日本脱カルト協会によるものだが,同会では統一協会をオウム真理教と並ぶ破壊的カルトの例としている。

日本脱カルト協会のページ
http://www.jscpr.org/aboutjscpr

 統一協会は分野別に団体を持っており,政治活動は国際勝共連合,学生活動は原理研究会(CARP)という団体で行っている(45歳以上くらいの方は,ここらでだいたい問題の所在がおわかりかもしれないが,最近の学生や日本人学生も留学生も知らないので,丁寧に説明しなければならない)。

 この「原理」とは,統一協会の教義である「統一原理」のことだが,(学生に向かって話す場合に)問題としたいのはその独特な信仰内容でもないし,政治的主張でもない。統一協会=原理研究会が,1)自分たちの実体を明らかにしない偽装勧誘を行い,2)軟禁状態での勧誘,教育,多額の献金強要,脱会阻止などマインド・コントロール(洗脳)というべき活動方法で学生の自由を実質的に奪い,3)先祖の因縁や祟りがあるなどとの脅迫的言辞によって高額商品を販売する,霊感商法と呼ばれる詐欺的行為をおこなってきたことだ。これらのことは,1970-90年代に強い社会的批判を受けて来た。

全国霊感商法対策弁護士連絡会のページ
https://www.stopreikan.com/aboutus.htm

 世界平和女性連合は,統一協会教祖文鮮明氏の妻,韓鶴子氏によって創設された。このことは,同団体自ら,英文ページで記載している。
https://www.wfwp.org/our-founder

 Youtubeには,1992年に開催された世界平和女性連合の創設大会の映像が,日本語字幕付きで掲載されていた。そこでは文鮮明氏が演説し,統一協会の教義「統一原理」を布教してきたことを誇っており,全世界の宗教と統一するという自らの考え方と世界平和女性連合の主旨が同一であることを主張していた。
たとえば5:21付近や9:26以下。

 この動画は2022年7月14日現在リンク切れになっているが,当日の文鮮明氏の演説は信者によって以下に収録されている。そこでは,以下のように語られている。
「15 既に皆様方がよく御存じのように、私の教えである「統一原理」は、全世界百六十余カ国に広がっており、その中には共産国家であったソ連や東ヨーロッパはもちろん、北朝鮮の地にも急速に伝播されるのみならず、イスラム教圏である中東地域にも多くの信徒が生まれつつあります。」
「24 夫である私が、天のみ旨に従い正義の道を歩む間、不義の勢力から迫害を受け、投獄される辛苦を共に味わいながら、私の妻は良心的で正義感のある女性たちによる新しい平和運動を起こす決意をしたのです。それがすなわち、きょうのこの大会として結実したのです。」
「26 今や世界のすべての宗教統一の日も遠くありません。韓半島における南北統一の日も遠くないのです。
27 私の妻が総裁を務める「アジア平和女性連合」のソウル大会に、世界七十カ国の女性代表が列席する中で、きょう「世界平和女性連合」を創設する趣旨もここにあります。大韓民国が神様の救援摂理の中心国家であり、その祖国であるためです。」

文鮮明先生の講演 - 26. 世界平和と世界女性時代の到来

 このように,世界平和女性連合が,統一協会と不可分の団体であることは明瞭だ。

 大学において構成員の思想・信条の自由は保証されるべきであり,多様な宗教の選択も,無宗教という選択も自由でなければならない。しかし,だからこそ偽装勧誘や洗脳,詐欺的商法での資金集めは許容されない。世界平和女性連合の母体である統一協会は,宗教の一つというにとどまらず,宗教の名のもとに人々の自由を奪い,詐欺的商法によって資金集めを行ってきた。組織改編の後も,そのことへの反省は見られない。この団体の実態を知らずに学生がイベントなどに参加してしまう可能性について,注意を払うことが必要と思う。

(本記事は2018年9月25日にFacebookに投稿したものの再録ですが,まったく古くなっていないためアーカイブでなく新規記事として投稿します)
2022年4月2日:リンクを更新。
2022年7月14日:文鮮明氏の講演録を発見したので,これにより動画のリンク切れを補った。また以下の関連記事を投稿した。
2022年7月19日:文鮮明氏の講演が創設大会のものであることを明記。WFWPという略称と日本支部ページへのリンクを追記。リンク切れ動画の説明を過去形に変更。統一協会より統一教会の略称が使われることが多いことを踏まえて両方の略称を併記。

<関連記事>

2018年11月10日土曜日

あと1年かけて,「技能実習」を「特定技能」に転換する計画を作るべきだ:入管法改正による外国人労働者受け入れについての意見

 入管法改正について。まず正視すべきは,「外国人労働者を受け入れるか,受け入れないか」という選択肢は既にないことだ。すでに27万4225人もの外国人が「技能実習」ビザで在留し(2017年12月現在※1),そのほとんどが事実上技能労働者として働いているのだ。加えて「留学」ビザで日本語学校に在籍している外国人の一定部分も(日本語学校在籍数は2017年7月現在50892人※2。なお,全員「留学」ビザとは限らない),半ば技能労働者として働いている。この目的外の就労が不正常な状態をまねいている。具体的には,渡航ブローカーによる不正確な情報,それにつられての過大な借金を背負っての来日,一部実習先の人権無視の労務管理,一部日本語学校の学習支援体制の不十分さ,相談・支援体制の不足,そうしたことの結果としての逃亡や犯罪,などだ。これを改革しなければならない。しかも,外国人技能労働者を排除するという道は,もはやない。排除すれば少なくとも工場と建設現場と飲食店とコンビニが止まって大混乱に陥るだけだ。いまや,「どうやって受け入れ続けるか」が問題なのだ。

 この『東京新聞』11月9日の記事※3のように,現在審議に入ろうとしている入管法改正を「外国人労働者の受け入れ業種や規模は明らかになっておらず「生煮え」「拙速」の批判は強い。日本人雇用への影響を懸念する声のほか、外国人を使い勝手の良い労働力とみなす問題点も挙げられている」という議論は多い。それは,これ以上の誤りを犯さないための批判としてはまちがってはいないが,既に存在する問題をどう解決するかという前向きの方向に踏み出していない。

 私の意見では,まず技能実習生との関連では,最低限,以下のことが必要だ。だからこそ拙速を排さねばならない。しかしそれを何もせず現状を維持する口実にしてはならない。あと1年間かけてよりよい法案と計画を整備し,実行すべきだと思う。

1)まず「技能実習」で働いている20数万人プラスアルファ程度の人数を「特定技能」に円滑に移行できるようにすることを明確なテーマとした計画を立てること。その内容には以下を含めること。
2)転職の自由がなく実習先に従属させられやすい「技能実習」の要件を厳格にして実習の内実があるものだけに絞り,人数を大幅に縮小させること。
3)「特定技能」ビザでの外国人労働者の受け入れ枠を決定する仕組みを整備し,無限定に受け入れて,不況になったらあぶれさせるという事態を招かないようにすること。
4)技能実習で横行する違法な労務管理を「特定技能」で繰り返さないように,労働基準監督,労働者支援の体制を強化すること。
5)そのためにも来日時点での日本語能力の要件は高めに定め,来日後の日本語研修の体制を費用負担のしくみを含めてつくること。

 なお,今回「特定技能」には小売業での労働は含まれない見込みであることから,「留学」ビザで来日してコンビニ等で働く状態の改革は,別途考える必要がある。

※1法務省「在留外国人統計表」。
※2日本語教育振興協会「平成29年度 日本語教育機関実態調査結果報告」
※3「『除染作業強制』『残業代300円』 外国人実習生窮状訴え」『東京新聞』2018年11月9日。

※12月9日追記。入管法改正案成立を受けて以下を書きました。

拙速な入管法改正は遺憾だが,実践的な準備をしながら意見をたたかわせるしかない


岡橋保信用貨幣論再発見の意義

  私の貨幣・信用論研究は,「通貨供給システムとして金融システムと財政システムを描写する」というところに落ち着きそうである。そして,その前半部をなす金融システム論は,「岡橋保説の批判的徹底」という位置におさまりそうだ。  なぜ岡橋説か。それは,日本のマルクス派の伝統の中で,岡橋氏...