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2022年8月28日日曜日

JFEスチールが西日本製鉄所倉敷地区で高炉1基を停止し大型電炉を増設するという報道に接して

 JFEスチールが西日本製鉄所倉敷地区の高炉1基を2028年前後に停止し,あわせて大型電炉を建設するという報道。日本製鉄に3年遅れを取ったが,ついに決断したか。事実だとよいが(9/1 JFEスチールはカーボンニュートラル戦略説明会を開催し,この報道が事実であることを裏付けた。)

 NHKは正確に報じているが,時事通信社の配信に依拠したメディアは「高炉を電炉に転換」と書いている。これはやや筆が滑ったところがあり,正確には電炉と同次元で対応するのは転炉である。高炉は鉄鉱石から銑鉄(溶銑)をつくり,その溶銑をつかって転炉で粗鋼をつくる。電炉はスクラップや銑鉄・還元鉄などから粗鋼をつくる。転炉は溶銑の持つ熱を利用するので,高炉が隣接していないと効率的に操業できない。

 だから,この報道が正しいとすれば,その意味するところは,高炉を1基減らし,対応する転炉の能力も縮小し,それで減る分の粗鋼生産を電炉でカバーするということだろう。

 鉄鋼業は製造業最大のCO2排出源であり,その原因は酸化鉄である鉄鉱石をコークスと微粉炭,つまりは炭素を用いて還元するからである。この問題を根本的に解決するのは,炭素でなく水素で還元する次世代製鉄法である。それにはやや劣るが有効な方法として,排出されるCO2をCCUS(二酸化炭素回収・利用・貯留)で貯蔵または再利用することも構想されている。しかし,いずれにせよ実用化にはまだ時間が必要だ。さしあたり,既存技術である電炉法の適用範囲を拡大すればCO2排出は抑制できる。電炉法では主原料として鉄スクラップを使うので,高炉が不要になるからだ。当面,これでしのぐしかない。

 電炉法で高級品を製造するのは,多品種・少量生産で,二次精錬などの多数の工程をかけてやれば可能である。あとは価格とコストの見合いである。特殊鋼電炉メーカーはそのような生産方式で成り立っている。しかし問題は,現代社会は,大量生産品の鋼材にも高級化を求めているということだ。その最たるものは自動車のボディである。

 高級化は仕様の多様化でもあり,鉄鋼メーカーに入る受注は小ロット化する。高炉メーカーはこれを何とか大ロットにまとめ上げて効率性を維持しつつ,高級品を製造する技術開発を進めてきた。そのため,高級化した大量生産品の知識・ノウハウは,高炉・転炉法での製造技術として高炉メーカーに蓄積され,また学界での研究もおこなわれている。

 高級化した大量生産品の製造を電炉法に切り替えようとすると,以下のことが課題となる。

1.電炉自体の大型化。これは世界ではすでに実績があり,さほど困難ではない。
2.高品質なスクラップまたは直接還元鉄の調達。少量なら問題なくとも,大量にとなると容易ではない。
3.高級品の知識・ノウハウの高炉・転炉法から電炉法への置き換え。これも長年高炉・転炉法に固着していたため容易ではない。メーカーのR&Dだけでなく,学界や大学での研究の重点を含めて転換が必要だ。
4.電力業の脱炭素化。電炉とは電気炉の略称で,その名の通り電力を大量消費する。なのでEVと同じで,温暖化防止には発電でのCO2排出を抑えねばならない。鉄鋼メーカーがCO2排出の少ない電力を選択して購入したり,電力業に直接・間接に関与したりする動きも広がるだろう。例えば,太陽光発電の普及により,昼間電力が余り気味になるという現象が生じているので,長年,夜間操業を強いられてきた電炉メーカーは,今後昼間操業に転換し,太陽光発電業者から集中的に電気を買うことが考えられる。

 今回の決断はJFEスチールのものだが,これらの転換を担うのは,何も既存高炉メーカーや既存電炉メーカーに限られない。次世代技術や業際的ビジネスモデルをひっさげたスタートアップやアライアンスを含めて,様々な担い手に機会を開くことが必要だ。

「JFEスチール 高炉1基を休止し「電炉」建設を検討 脱炭素加速へ」NHK NEWS WEB,2022年8月27日。

「JFE、高炉1基を電炉に転換 岡山の製鉄所、27年にも」時事通信社,2022年8月26日。

JFEスチール カーボンニュートラル戦略説明会 [2022年9月1日],JFEスチール株式会社。


<参考>

「日本製鉄広畑製鉄所の製鋼工程が電炉法に切り替わることについて」Ka-Bataブログ,2019年11月19日。

川端望「日本鉄鋼業の現状と課題~高炉メーカー・電炉メーカーの競争戦略と産業のサステナビリティ~」『粉体技術』第12巻第10号,日本粉体技術工業協会,2020年10月,15-19頁。

「脱炭素時代に日本鉄鋼業はどう変わるか(『Value One』No.73,株式会社メタルワン,20201年7月15日掲載原稿)」Ka-Bataブログ,2021年7月16日。


2022年4月21日木曜日

アゾフスターリ製鉄所とは

 ウクライナのマリウポリに位置するアゾフスターリ製鉄所のスペック。いまは人命が何より大事であるが,それだけに製鉄所がもともとどのようなものであったか気にする人も少ないだろう。鉄鋼オタクの任務としてこの製鉄所を保有するMETINVEST社の英文サイトから整理しておく。スペックはすべて同社の自称による。生産能力や生産高はすべて年単位。

 アゾフスターリ製鉄所は,ウクライナのMETINVEST社の傘下にある銑鋼一貫製鉄所。ソ連時代の1933年に建設された製鉄所を起源とする。高炉,転炉,連続鋳造機,ブルーム・ミル,厚板ミル,レール・形鋼ミル,大型形鋼ミル,レール留め具工場を持つ。銑鉄生産能力570万トン,粗鋼生産能力620万トン,最終製品圧延能力470万トン。

設備能力
*原料処理工場
・182万トンの設計能力を持つ3基のコークス炉および副生品工場。

*製銑コンプレックス
・合計8753立方メートルの内容積を持つ5基の高炉。設計能力は555万トン。

*製鋼コンプレックス
・350トン/タップの容量を持つ2基の純酸素上吹き転炉を備えた製鋼工場。製鋼能力529万3060トン。
・2基のツイン式取鍋製錬炉,2基の真空脱ガス炉を備えた二次精錬工場。
・4期の2ストランド湾曲式連続鋳造機。
・2011年の平炉閉鎖後に設置された造塊機

*圧延コンプレックス
・ブルーム圧延機。レール,ビーム,大型形鋼向け。
・厚板圧延機。能力195万トン。板厚6-200ミリ,板幅1500-3300ミリ。
・レール・構造鋼圧延機。能力142万2000トン。棒鋼,形鋼,様々なタイプと用途のレールを製造。
・大型形鋼ミル。能力95万トン。多様な棒鋼を製造。
・レール留め具工場。設計能力28万5000トン。
・レール留め具工場内の棒鋼圧延部門。鉱石や様々な非金属性原料処理のために工業やその他の産業で用いられる,直径40-120ミリの研磨用鋼球を製造。設計能力17万トン。

製品
・スラブ。板厚220-330ミリ,板幅1250-2100ミリ,長さ5000-12000ミリ。アゾフスターリ製鉄所は外販用スラブの世界最大級の生産者の一つ。
・厚中板。板厚6-200ミリ,板幅1500-3200ミリ,長さ6000-24400ミリ。造船,発電,特殊機械,橋梁,北極圏の石油・天然ガスパイプラインに使用される大径鋼管の製造に供している。
・棒鋼・形鋼。国内外に出荷。様々なサイズの建設,輸送,一般機器,鉱山向けアングル,ビーム,チャネルなど,大型・中型形鋼を製造。
・レール。ウクライナのすべての鉄道および一部のロシアの鉄道はアゾフ製鉄所のレールを装備。ウクライナの需要に応じる分以外は輸出している。広軌,標準軌,狭軌のレール,クレーンレール,フックフランジガードレール,転轍ポイントレールを製造。
・レール留め具。
・研磨用鋼球(前述)。
・角ビレット。鋼塊から製造され,棒鋼・形鋼加工用となる。ビレットは6000-11800ミリの長さに切断されて供給される。
・冶金スラグ製品。セメント,ロックウール,路盤材,油圧構造材,研磨剤,瀝青製品向けとして用いられる。
・化成品。液体アルゴン,液体窒素はエンジニアリング,アルミニウム・非腐食性金属の溶接,医療,建設,農業で用いられる。。クリプトン―キセノン,ネオン―ヘリウム混合物はさらに加工され,電子産業,化粧品産業,軍産複合体で用いられる。
・粒状コークス,粉状コークス,コールタールピッチ,原炭ベンゼン,硫酸アンモニウム,工業用ガス状硫黄を販売する。

<コメント>
 アゾフスターリ製鉄所は,大型製鉄所と言える生産規模を持っている。服部倫卓氏の詳細な研究が明らかにしたように(「ロシア・ウクライナの鉄鋼業の比較」『比較経済研究』52(2),2015年),ソ連時代の後遺症で平炉や分塊圧延機が残るなど旧式技術が用いられていたが,一定の現代化が進んだ模様。
 ただし,製品は旧来の構成のままである。その最たるものは,スラブを筆頭に半製品を販売していること。粗鋼能力と圧延能力の差から見て,フル操業時に150万トン以上を半製品のまま出荷するのだと考えられる。おそらくヨーロッパ向けに輸出しているとみられる(Nozomu Kawabata, Where is the Excess Capacity in the World Iron and Steel Industry? –A focus on East Asia and China–, RIETI Discussion Paper Series, 17-E-026, 2017) 。他の製品も,棒鋼,形鋼,厚中板と,建設・重機械向けが多い。薄板類の生産は全く行われていない。これは耐久消費財産業がウクライナ国内において弱く,またヨーロッパにおけるそれらの産業に輸出するほどの競争力がないからだろう。ただし,厚中板は造船向けやパイプライン用大径鋼管に用いられるとしており,従来の製品構成の範囲内で高度化を図ってきたのだと考えられる。
 今は何より人命が問題だが,戦災の規模によっては,アゾフスターリ製鉄所の操業停止はウクライナの経済復興を制約するだろう。鉄鋼の国際市場への影響はこの製鉄所ひとつでは大きくはないだろうが,ウクライナの他の製鉄所が同様に操業停止に追い込まれ,各国がロシアからの鉄鋼輸入を禁止するとなると,話は異なる。ヨーロッパでもっとも起こりそうなことは,スラブ(鋼板用半製品)の不足である。その分だけ,他の新興国鉄鋼業には参入機会となる。例えば,電炉による鉄鋼業が急速に成長しているトルコからの輸入が増加するだろう。

METINVEST英文サイト

2021年12月28日火曜日

日本の高炉メーカーは,イノベーターのジレンマにはまりつつあるのか? 高炉における水素利用と水素直接還元製鉄の選択について考えるべきこと

 鉄鋼業をカーボン・ニュートラル化するためには,鉄鉱石を炭素で還元する製造法を改めねばならない。これは,世界の鉄鋼業が等しく直面している難題である。現存技術でこれに貢献できるのは,すでに鉄鋼となって存在している鉄スクラップを電気炉で溶解精錬するスクラップ・電炉法である。もちろん発電でCO2を出さないことが必要であり,発電を再生可能エネルギーで行ったうえで電炉で精錬するということになるだろう。今後,世界の鉄鋼業で電炉法のシェアが高まることは確実である。しかし,それだけで世界の需要をまかないきれるわけではない。どうしても,鉄鉱石を製錬する製造法の脱カーボン化が必要である。いまのところ,その最終的な解決は,炭素でなく水素で鉄鉱石を還元することと想定されている。

 この,水素製鉄に向けての技術選択について,日本とヨーロッパで異なる経路が生じつつある。本稿では,このことの意味を考えてみたい。

 日本鉄鋼連盟や日本製鉄,JFEスチールのゼロカーボン・スチール構想では,最終目標は水素直接還元製鉄とされている。しかし,両者も日本鉄鋼連盟も,その実用化には時間がかかると考えて,当面は高炉での水素利用,カーボンリサイクル高炉,高炉+CCS/CCU(CO2貯留・有効利用)の開発に注力している。これに対して,自然エネルギー財団の「鉄鋼業の脱炭素化に向けて 欧州の最新動向に学ぶ」(2021年12月14日公開)によれば,ヨーロッパでは,まず天然ガスで還元する大型の直接還元製鉄炉(製鋼は電気炉)を2025-2030年に立ち上げ,これを水素還元に切り替えていくというプロジェクトが次々と立ち上がっている。ヨーロッパメーカーは,早々に製鉄法を直接還元法に切り替えようというのである。

 製鉄法が高炉法と直接還元法に分かれると,製鋼法もまた分かれる。高炉法では製造される銑鉄が溶融状態なので,精錬には,酸素を吹き付けるだけで脱炭できる転炉を用いるのが効率的である。一方,直接還元炉で製造されるのは固体としての還元鉄であるため,精錬には加熱・溶解が必要なため酸素転炉が使えず,電炉を使うことになる。高炉は転炉と,直接還元炉は電炉とセットなのである。

 高炉・転炉法は現状では非常にエネルギー効率が良い製造技術であり,それ故高炉・転炉法の技術を蓄積している日本の高炉メーカーは,現在に至るまで競争力を維持できている。しかし,もし水素還元が早期に確立すると,直接還元・電炉法の方がCO2削減効果が大きくなる可能性がある。なぜなら,高炉法では,炉内の装入物の荷重を支え,還元ガスや溶けて降下する鉄の通路を確保するために固体のコークスが不可欠であり,これを,気体である水素に完全に置き換えることができないからである。一方,直接還元炉は還元をガスによって行うことができるので,この制約がない。

 日本の高炉メーカーは,現存する高炉・転炉による一貫製鉄所の設備と,国内に蓄積されている高炉・転炉法の技術・ノウハウを活用する方が,技術的にも手を付けやすく,また当面は低コストであるために,次世代技術の第一弾として高炉での水素利用を選択しているのだと思われる。対してヨーロッパメーカーは,高炉・転炉法のレガシーが強力でないがために,当初より水素直接還元製鉄を目指していると解釈できる。

 もし高炉の水素利用を早期に確立できるならば,当面は日本メーカーが優位に立つかもしれない。高炉・転炉を座礁資産にせずに,長く使うことも可能になるだろう。しかし,技術発展の経路が高炉・転炉法にロックインされると,水素直接還元製鉄技術の最終的確立,CO2排出規制への対応において,ヨーロッパメーカーに遅れを取るかもしれない。

 水素直接還元製鉄は,しばらくの間,エネルギー効率においては高炉・転炉法に追い付かず,したがって通常の意味での生産コストは高いだろう。しかし,CO2排出規制への適応性が高いために,カーボン・プライシングのレベルによっては不利は相殺されるかもしれない。CO2排出の社会的費用を含んだ生産コストでは,水素直接還元製鉄が,早々に優位に立つかもしれない。

 かつて製鋼技術が平炉から純酸素転炉に置き換わる際に,アメリカ高炉メーカーは,すでに巨額の設備投資を行っていた平炉法の維持・改善に固執して転炉導入に後れを取り,そのことがコスト高・競争力喪失につながった。鉄鋼業の脱カーボン化において,日本メーカーは同じ轍を踏まずに済むだろうか。脱カーボン製鉄技術の選択については,エンジニアリングの側面だけでなく,経済の側面からもよく検討する必要があるだろう。

 これをやや一般化して言うならば,既存大企業は,保有する現存の設備・技術を自ら陳腐化させるカニバライゼーションをためらい,従来技術の延長線上にある持続的イノベーションで環境規制に対応しようとする。その分だけ,市場における挑戦者企業よりも新技術採用で後れを取る危険がある。一方,挑戦者企業はレガシーの重みがないために,果敢に新技術に挑戦する。新技術は,しばらくの間は,従来の市場における基準ではパフォーマンスが劣る。しかし,環境規制への適合性が高いために,まず規制や世論による環境基準が高い市場の一部で支持される。その支持を足場にして,挑戦者企業は生産を拡大して生産性とコストを改善する。並行して,技術それ自体も洗練されていく。そして,ついには新技術が従来技術にとってかわり,挑戦者企業が既存大企業にとって代わるかもしれない。クレイトン・クリステンセンの言う「イノベーターのジレンマ」は,カーボン・ニュートラルをめざす環境技術においても生じ得るのである。

 本件は,まだデータによって裏付けられる話ではなく,あり得る可能性についての問題提起と注意喚起にとどまる。しかし,関係者がそれぞれの立場から検討すべき論点であることは,間違いないと思う。拙論への賛否を問わず,生産的な討論が起こることを切望する。

2022/4/16 語句修正。


2021年9月20日月曜日

川端望・銀迪「中国鉄鋼業における過剰能力削減政策:調整プロセスとしての産業政策」の公表に寄せて

 銀迪さんとの共著「中国鉄鋼業における過剰能力削減政策:調整プロセスとしての産業政策」が掲載された『アジア経営研究』第27号が発行されました。このテーマで科研費の申請をしたのが2016年の秋ですから,論文にするまで5年を要したことになります。今回は,現実の事態が紆余曲折を伴って進行していくときに,それを学問的に把握することの難しさに突き当たり,結果として現実の方が一段落ついたところでまとめることができました。現時点(2021年9月)では,この研究対象に関して最も詳しい事例研究であり,より広く中国の産業政策のあり方にも一石を投じている論文であると自負しています。

 J-Stageに登載されるまで少し時間がかかるため,編集委員会の許可をいただき,大学サイトでPDFを公開いたしました。

こちらからご利用ください

  なお,本稿はRIETIプロジェクト「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第Ⅴ期)」の成果であり,RIETI Discussion Paper Series, 20-J-038の完成形です。







2021年9月14日火曜日

高炉・転炉を新設すると座礁資産になりかねないか

 アメリカに拠点を置くNPO,Global Energy Monitorのレポート。このNPOは何と世界中の製鉄所の動向をトラッキングするデータベースを構築している。そして,6月に発表されたレポートによれば,温室効果ガスの低排出製鉄技術が予測されるペースで商業規模に達した場合,鉄鋼業界は大規模な座礁資産(Stranded asset)を抱え込むことになるという。つまり,環境規制の下で資産価値の大幅低下が生じるのである。レポート作成時点で計画または建設中の高炉・転炉法による生産能力は,インドで少なく見積もって300万トン(※),中国では4367万5000トン。それらが座礁資産となることによるリスクはインド30-45億ドル,中国437-655億ドルである。当然,他の国においても,高炉・転炉法による一貫製鉄所に投資しようとする限り,このリスクは存在する。

 確かに,高炉・転炉への投資のタイミングが遅ければ遅いほど,また低排出製鉄技術の実用化が早まれば早まるほど,このリスクは高くなる。このレポートが両者について時期をどう想定しているのか精査する必要があるが,この視点自体はきわめて重要であり,鉄鋼業関係者が今後常に意識しなければならないことである。

※この他,高炉,転炉,電炉,平炉などが混在しているプロジェクトが2600万トン確認されているので,実際には高炉・転炉法の建設はもっと多く計画されている可能性が高い。

Caitlin Swalec and Christine Shearer, Pedal To The Metal: No Time To Delay Decarbonizing The Global Steel Sector, Global Energy Monitor, June 2021.


2021年8月10日火曜日

2021年7月16日金曜日

脱炭素時代に日本鉄鋼業はどう変わるか(『Value One』No.73,株式会社メタルワン,2021年7月15日掲載原稿)

  メタルワン社の広報誌『Value One』No.73,2021年7月に寄稿した原稿を,許諾を得て公開します。

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脱炭素時代に日本鉄鋼業はどう変わるか

 2020年から2021年にかけて,日本の地球温暖化・気候変動に対する取り組みは新段階に突入した。すなわち,日本政府は2050年カーボンニュートラルを宣言し,温室効果ガス(GHG)排出を2030年度に2013年度比46%削減するという目標を設定したのである。地球温暖化対策推進法も改正され,「我が国における2050年までの脱炭素社会の実現」が明記された。これらの目標は,パリ協定に基づく取り組みに立ち遅れた日本がキャッチアップを図るものであるが,鉄鋼業にとっては,これまでよりレベルの高い脱炭素の方策を迫られることを意味している。

 すでに高炉メーカー3社は2050年カーボンニュートラル達成を方針化しており,コミットメントを明確にしている。問題は,カーボンニュートラルやゼロカーボンを達成するための様々な技術が様々な段階にあり,かつ全体としてまだ見通しがついていないことである。当面どのような既存技術を用い,中長期にはどの技術をどのようなペースで開発し,どのように組み合わせて実機化するかの戦略的な選択が求められている。

 現在,革新的高炉用原料であるフェロコークス,部分的水素還元とも言うべき革新的高炉技術COURSE50が開発中であるが,直接のCO2排出削減効果は10%にとどまる。そのため,さらなる超革新技術の開発も求められており,水素還元比率を向上させるSuper COURSE50,さらに石炭を用いない水素直接還元製鉄が構想されている。しかし,COURSE50でさえ実機化されるのは2030年とされており,次々世代技術の開発にはいっそう時間がかかる上,不確実性も伴う。開発を進めるとともに既存技術も活用するのが現実的な方法であって,CO2排出原単位の低い電炉法の適用を拡大することが不可避である。日本製鉄が大型電炉での高級鋼製造を目指すと明言したことは,柔軟な技術ミックスへの第一歩となろう。

 カーボンニュートラル,そしてゼロカーボン実現をめざして変化するのは製鉄技術だけではない。再生可能エネルギーによる電力のゼロエミッション化はもちろん,廉価な水素の大量製造,CCS/CCU(二酸化炭素回収・貯留・利用)の実用化など関連技術の発展,それとの結合が必要である。したがって,鉄鋼事業と他の事業との連結性にも変化が生じる。すでにヨーロッパで鉄鋼メーカーと電力会社との提携が始まっているように,業種を超えたプロジェクトが有効となるだろう。

 制度設計に由来する課題も発生する。一方において,鉄鋼業はカーボンプライシングや排出キャップの設定という政策課題に向き合わねばならない。また,製造プロセスからのCO2排出が残る間は,カーボンニュートラルのためにオフセットへの取り組みが必要となる。他方において,鉄鋼業の立場からは,水素還元という未踏の領域に挑むための公的支援,またエコプロダクトや海外へのエコソリューションの貢献を排出削減にカウントする手法と制度が求められるだろう。

 事業が変化し,事業と事業の連結性が変化し,制度が事業を必要とする。地球温暖化防止への取り組みが,鉄鋼業の姿と境界線を変えていくだろう。そこに,商社の貢献すべき空間も生まれる。温暖化防止が人類的課題となった時代の経営理念を探ること。GHG排出削減と事業発展が両立するビジネスモデルを構想し,鉄鋼業と関連産業の融合を図ること。GHG削減の貢献が制度と市場で評価されるような,ファイナンスや取引の仕組みを作ること。やるべきことは多い。カーボンニュートラルに貢献しながら付加価値を生み出していくための,事業創造が求められるのである。



2021年6月27日日曜日

川端望・銀迪「現代中国鉄鋼業の生産システム: その独自性と存立根拠」を『社会科学』(同志社大学人文科学研究所)に発表しました

 同志社大学人文科学研究所発行の『社会科学』誌に,院生の銀迪さんとの共著論文を発表しました。極度の鉄鋼オタク論文ですが,一応,生産システムの理論的考察を深めたつもりです。また実証的には,21世紀初めの中国鉄鋼業の爆発的成長は大型高炉一貫システムだけによって担われたものではなく,むしろその中心には,中低級品の需要に対する中小型高炉一貫システムによる供給があったこと,誘導炉によるインフォーマル極小ロット生産も相当な寄与をしていたことを明らかにしました。それは技術水準が低かったことをあげつらっているのではなく,その逆で,これらの中小型システムが需要に応えたのだから経済的には合理的だったと評価しています。

 次の問題は,企業・産業レベルで視た場合にはどのような企業が鉄鋼生産を担っていたかということです。そして,このように建設用を中心とした中低級品の需要に民営企業が応えようとしていた時に,政府が実行した産業政策はどのような目的と内容を持ち,どのような役割を果たしたかです。これらは,銀さんが主要著者となって論じる予定で,前者はディスカッション・ペーパー,後者は学会報告までできています。私は,これらの研究が論文として仕上がるように,ここからは支援に徹します。


川端望・銀迪(2021)「現代中国鉄鋼業の生産システム: その独自性と存立根拠」『社会科学』51(1), 同志社大学人文科学研究所,1-31。 

こちらが続編のDP版
銀迪・川端望(2021)「高成長期の中国鉄鋼業における二極構造 ―巨大企業の市場支配力と小型メーカーの成長基盤の検証―」TERG Discussion Paper, 452, 1-34。



2021年6月15日火曜日

日本製鉄における国際競争の論理:伸びる市場と縮む市場

  日本製鉄の橋本英二社長が中国鉄鋼業との競争の厳しさを盛んに訴えているが,日本国内では反応が鈍い。これは,他の産業と異なり,中国製鋼材に日本市場にあふれているわけではないからだろう。実は,中国政府自体も貿易摩擦を警戒するのと脱炭素のため,鉄鋼輸出を抑制しているの現実だ。

 それでは中国鉄鋼業との競争とは虚構の煽り文句なのかというと,そうではない。中国製品が海外にあふれるというのとは違う形で起こっているのだ。以下のグラフでお分かりの通り,コロナ以前から鉄鋼需要は中国とインドで伸びていて,日本やその他の地域計では伸びていない。そして,中国とインドの鉄鋼業は,すでに伸びた需要の分を国産化するくらいの競争力は持っている。ということは,他国の鉄鋼業が,拡大する中国とインドに割り込みにくくなっているということである。しかし,それ以外の地域は成長していない。これが,中国およびインド鉄鋼業との競争である。

 この壁を超える方法はクロスボーダーM&Aである。つまりインドか中国で生産拠点と販売ルートを手に入れてしまえばいい。しかし,中国は鉄鋼業への過半数出資禁止を解除したばかりであり,政治情勢から見ても入りにくい。だからこそ日鉄はアルセロール・ミタルと共同でインドのエッサールを買収して,AM/NS Indiaを設立したのである。これにより合弁ながら粗鋼生産能力960万トンを獲得した。一方,コロナ危機を経て日本では2025年度までに1000万トンを削減すると発表している。瀬戸内製鉄所(旧呉製鉄所)は丸ごと廃止され,九州製鉄所八幡地区小倉(旧小倉製鉄所)も非一貫化する。鹿島も高炉1基が止まる。伸びる市場を獲得し,すぼむ市場からは足を抜いていく。日鉄の目指すところは国内生産4400万トン,海外生産5000万トンという内外逆転である。



2021年5月21日金曜日

銀迪・川端望「高成長期の中国鉄鋼業における二極構造 ―巨大企業の市場支配力と小型メーカーの成長基盤の検証―」を公表しました。

 ゼミ生の銀迪さんが第一著者のディスカッション・ペーパーを発刊しました。このペーパーは,私を第一著者としてまもなく『社会科学』(同志社大学人文科学研究所)に出る論文と対をなし,高成長期中国鉄鋼業の生産システムと企業・産業構造を論じます。画像は本稿の分析枠組みを示すもので,6ページに掲載されています。



銀迪・川端望(2021)「高成長期の中国鉄鋼業における二極構造 ―巨大企業の市場支配力と小型メーカーの成長基盤の検証―」TERG Discussion Paper, 452, 1-34。



2020年12月22日火曜日

ベトナム鉄鋼業論が英語の論集に収録されました:Hiromi Shioji, Dev Raj Adhikari, Fumio Yoshino & Takabumi Hayashi eds., Management for Sustainable and Inclusive Development in a Transforming Asia, Springer, 2020

  分担執筆した英語の本が出版されました。Google Scholarからのプロフィール自動更新情報で気づいたのですが,どうやら12/5にアップされたようです。紙版1冊をもらえるかどうかわからないので,とりあえず図書館所蔵用を注文します。


Kawabata, N. (2020). Development of the Vietnamese Iron and Steel Industry Under International Economic Integration, in Hiromi Shioji, Dev Raj Adhikari, Fumio  Yoshino & Takabumi Hayashi eds., Management for Sustainable and Inclusive Development in a Transforming Asia, Springer, 255-271.(国際経済統合下におけるベトナム鉄鋼業の発展)

https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-981-15-8195-3_15

 この論文の最初のバージョンは,2018年にベトナム鉄鋼業に関する評価の輪郭を思いついた時に,とにかく実務者,政策担当者,研究者に速報しようと日本語,英語両方でDPにして配信したものでした。その後,IFEAMA(東アジア経営学会国際連合)の大会で報告し,報告論文からピックアップしての出版にエントリーして採択されました。

 執筆を決めた時に念頭に置いたのは,実務家や政策担当者の状況でした。つまり,ベトナム鉄鋼業はアジアの産業の中で地位を急速に向上させているのに,この産業の発展史や各セクター(国有,民営,外資)に関する評価が提示されていなかったことです。その原因は簡単で,継続的に調査・研究している人が私以外にほとんどいないからでした。なので,まずはベースとなるものを私が書いて提示するのが社会的責任であろうと思ったわけです。これで,ベトナム鉄鋼業への評価がおかしな方向にすっとんでいく危険は回避できたし,この産業に関する仕事に携わろうとする人に,まず最初に読んでもらいたい論文になったと自負しています。

 しかし,とりあえず関係者に理解してほしい要点だけを詰め込んだものであり,実証分析は十分とは言えません。次の課題は,もっと解像度の高く詳細な研究書を一人で書き上げることです。


2020年12月12日土曜日

2050年に鉄鋼生産工程でのCO2発生ゼロを目指すという日本製鉄の方針について

 『日本経済新聞』2020年12月11日付によれば,日本製鉄橋本英二社長は「政府が掲げる50年のゼロ目標に合わせて,鉄をつくる過程で発生しているCO2ゼロを目指す」と述べたとのこと。

 待たれていた方針だ。日本の鉄鋼業界の温暖化対策は,京都議定書の削減目標を達成したところまでは見事であったが,その後はベースライン比何百万トン削減という形での,国際社会への貢献度があいまいな目標しか立ててこなかった。2018年には日本鉄鋼連盟がゼロカーボンスチールを目指す温暖化対策ビジョンを作成して一歩踏み込んだが,そこでも世界鉄鋼業がゼロカーボンを達成するのは2100年とされていた。この達成時点を2050年に前倒しすることで,「世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに,1.5℃に抑える努力を追求する」というパリ協定の目標に見合った削減シナリオとなる。

 また報道が正確だとすれば,今回日鉄は,「電炉活用を進める」と公言したことになる。すでに日鉄は,瀬戸内製鉄所広畑地区への電炉導入を決めて布石を打っていたのだが,(報道が正確であれば)ついに公然と電炉の温暖化対策上の意義を認めた格好になる。これはJFEスチールや神戸製鋼所,また日本鉄鋼連盟にも影響を与えるだろう。これまで日本鉄鋼連盟は,「電炉の方がCO2排出原単位が小さい」という話題が出るたびに徹底して反発してきた。その背後に高炉メーカー会員の意向があったことは容易に推定できる。このかたくなさも変化すると期待できる。

 もっとも,これは必然だったと言える。そうしなければ目標が達成できないからだ。鉄鋼連盟が公表している,2100年ゼロカーボンスチールの方針は,ある程度の電炉法比率拡大を想定していた。もっとも主要な達成手段はそこにはおかず,現在開発中の部分的水素還元製鉄COURSE50を実用化した上に,さらにその先の超革新的製鉄技術,端的には完全な水素製鉄法,加えてCCSまたはCCU(二酸化炭素回収・貯留,再利用),さらに系統電源のゼロエミッション化をすべて達成することで目標を達成するとしていた。しかし,2050年に排出ゼロを実現しようとすれば,これらの次々世代技術開発は必要である一方で,そこにすべてをかけるわけにはいかないだろう。また,次々世代技術がすべて実用化されて2100年に達成では遅すぎる。10月公表の拙稿(※)で指摘したように,まず2050年に向かっては,現存する技術であるスクラップ・電炉法の適用比率をもっと拡大していくことが必要だろう。

 ただし,日鉄の方針にはより詳しく見るべき点もある。排出ゼロとするのはどの範囲なのかということだ。世界全体としての日鉄の連結あるいは持ち分法対象企業すべてなのか,それとも日本国の排出に計上される分,つまり日本国内の生産拠点についてなのか。前者であることを期待するが,後者だとすると,960万トンの還元鉄一貫システムを持つインドでの合弁事業AM/NSインディアなどは対象外ということになる。

 この点は注意が必要だ。現在,日本製鉄は粗鋼生産の量的拡張は国際M&Aで進める方針を取っている。旧エッサール・スチールをアルセロール・ミタルと共同で買収して再編したAM/NSインディアはその主力であるが,今後も同様の買収があるかもしれない。裏返すと,国内では粗鋼生産能力を拡張することはもはやなく,すでにコロナ禍以前から呉製鉄所閉鎖などの大規模な設備調整に入っている。生産設備が縮小すればCO2排出も縮小する。もしゼロカーボンの方針を国内拠点だけに適用すると,生産拠点の国内から新興国へのシフトを加速させる要因になるし,地球全体としてのCO2排出削減効果をそぐ作用も持つ。ゼロカーボンの方針を全世界の拠点に適用するか,あるいは国内でのスクラップ・電炉法へのシフトを円滑に進めれば,こうした副作用は起こらない。

 日本製鉄の立地戦略と環境戦略を総合して,今後も注視していく必要がある。

「日鉄、50年に排出ゼロ 水素利用や電炉導入」『日本経済新聞』2020年12月11日。

※川端望「日本鉄鋼業の現状と課題~高炉メーカー・電炉メーカーの競争戦略と産業のサステナビリティ~」『粉体技術』第12巻第10号,日本粉体技術工業協会,2020年10月,15-19頁。


2020年12月1日火曜日

青木清「1965年しか見ない日本,『日帝』にこだわる韓国ーー『徴用工判決』の法的分析を通して」を読み,韓国大法院判決の論理の深刻さを知る

 昨年度のアジア政経学会秋季大会共通論題「東アジアと歴史認識・移行期正義・国際法ー徴用工問題を中心としてー」を基礎とした論文が『アジア研究』66巻4号に掲載された。昨年12月1日に投稿した通り,私はこの大会での青木清報告に強い衝撃を受けていたので,この度,整った論文を読むことができて,たいへんありがたかった。門外漢ゆえに見落としはあるかもしれないが,私はこの青木論文「1965年しか見ない日本,『日帝』にこだわる韓国ーー『徴用工判決』の法的分析を通して」こそ,元徴用工に関する韓国大法院判決の論理を理解するために待ち望まれたものだと思う。実に丁寧かつはっきりと説明してくださっている。この判決が正しいと思う人であれ,間違っていると思う人であれ,この論文は読む価値があると思う。J-Stageで無料公開されている。以下,私なりに要旨紹介するが,関心ある方は実物に当たられたい。

 青木論文は,まず「徴用工判決」の裁判としての性質は,国境を隔てて発生する私法上の問題を扱う渉外私法事件であることを明示する。外国裁判も外国法も,内国でその効力を認める国際法上の義務はない。しかしそれでは片付かないことから,外国裁判といえども一定の条件を満たせば国内でその効力を認め,事件を解決するにふさわしい外国法であればその方を適用するというシステムを国際社会は採用している。この裁判はそういう性格の事件において,韓国大法院が日本の判決,日本法の適用を認めなかったものなのである。

 認めない理由は「公序」に反するからである。漠然としているようであるが,これは韓国の法律にも日本の法律にもあることで,おかしなことではない。その上で,この大法院判決の特徴は,公序に反することの根拠を,韓国憲法の理念に反するところに求めていることだ。韓国憲法の前文は日本の植民地統治の合法性を認めない。それが根拠になり,日本の裁判所での判決を否認している。具体的には,戦時中の日本製鉄と新日鉄(日本での裁判の判決当時)の法人格の同一性を否認し債務の継承を否認した日本法の適用を,否認しているのだ(ややこしくて申し訳ない)。さらに積極的に,強制動員慰謝料請求権が成立するとしているのだ。そして,この権利が請求権協定の対象とならない根拠を,日本が植民地支配の不当性を認めず,強制動員被害の法的賠償も否認しているからだとしている。

 この青木報告を聞いたときに唖然としたことをよく覚えている。素人判断は危険ではあるが,私が思うには,この判決の論理は極めて深刻である。深刻というのは,正しいとか間違っているとかいうのではなく,判決の命じるままに行動すれば深刻な政治的問題を引き起こす一方で,覆すのも政治的に困難なように出来ているという意味だ。

 まず,この判決は韓国憲法の理念に根拠を置いている。ということは,憲法が比較的国民に支持されている韓国の政治においては,容易には否定されないであろう,と見通すことができる。逆に言えば,憲法の理念からいきなり日本の判決の適用の否認,日本法の適用の否認を根拠づけ,個人の存在賠償請求権まで根拠づけているわけで,それは,事の正否とは別に法解釈として飛躍があるように思う。

 次に,仮にこの判決の論理が通るならば,日本製鉄の行為にとどまらず,戦前戦中に朝鮮半島で行われた広範な行為を,それが直接間接に日本の植民地統治に肯定的にかかわっていた際には,事後に制定された韓国憲法の理念により,日本法を否定してで裁くことが可能になってしまう。それは韓国政治における日本帝国主義への批判を後押しするものなだけに,やはり韓国政治において容易には否定されないだろう。しかし,この,あまりにも事後法と言うべき論理が通るならば,政治・外交が過去の清算に注がねばならないエネルギーは止めどもないものになる可能性がある。そのようなことが大混乱や取り返しのつかない対立を起こさずに可能とは思えない。

 青木論文は,一方において,1965年の日韓基本条約や4協定では,植民地統治をもたらした条約を「もはや無効」と玉虫色の決着をしたため,棚上げ,先送り,犠牲にされた問題があることに注意を促す。日本は,これらの事柄に対応すべきだというのである。「1965年しか見ない日本」とされるゆえんである。他方,青木論文は,だからといって国際合意を覆し,条約の中身を否定するのは「法解釈としてはやはり行き過ぎ」だとする。「『日帝』にこだわる韓国」の法的行き過ぎである。結論として青木論文は,建設的な政策の再開を訴えている。

 私も青木教授に共感する。法の上では,韓国大法院の論理は行き過ぎであると思う。韓国の政府や司法が,徴用工問題を契機に,司法の論理で過去の清算を進めようとすることには無理がある。しかしそれは,日本政府が過去の清算問題などないという態度を取ってよいことを意味しない。法や条約の論理にはかからなくても,徴用工や強制労働(強制労働の実態があったことは日本の大阪地裁判決も認めている)という過去の出来事にどう向かい合うのかという問題は,本来,政治と外交において存在しているはずだ。韓国大法院の判決を押し立てるだけでも,それを国際法違反として頭から退けるだけでも,問題は解決しないのだと思う。本来は,過去の出来事にどう向かい合うのかという,基本的なところから出直さねばならない。しかし,ここまで話がこじれた状態で,どうすればそうした出直しができるのか,正直私にもわからない。青木論文は,問題の深刻さ,抜き差しならなさを教えてくれたのだ。


青木清「1965年しか見ない日本,『日帝』にこだわる韓国ーー『徴用工判決』の法的分析を通して」『アジア研究』66(4),2020年10月。 https://doi.org/10.11479/asianstudies.66.4_22



2020年10月10日土曜日

「日本鉄鋼業の現状と課題~高炉メーカー・電炉メーカーの競争戦略と産業のサステナビリティ~」を『粉体技術』誌に寄稿しました

 「日本鉄鋼業の現状と課題~高炉メーカー・電炉メーカーの競争戦略と産業のサステナビリティ~」を寄稿した『粉体技術』10月号が発行されました。「日本経済」の授業で話していることを文章化しました。2段組み5ページの短いものですが,久しぶりに日本鉄鋼業の現状について正面から論じることができて,楽しい仕事でした。

PDFファイル(公開許可を得ました)

販売のページこちら



経済産業研究所(RIET)DP「中国鉄鋼業における過剰能力削減政策」を公表しました

  銀迪さんとの共著による,中国鉄鋼業の過剰能力策削減政策研究。ようやく経済産業研究所のディスカッション・ペーパーになりました。2017年度の科研費から研究を初めて3年半,学会報告から2年,原稿を書き始めてから1年半。とにかく,人様の目に触れて政策論議に乗っけられるところまでは来ました。でもまだ終わりではありません。さらに改稿し,字数制限の範囲に納めて雑誌に投稿します。とにかく,書くには書いています。

川端望・銀迪(2020)「中国鉄鋼業における過剰能力削減政策:調整プロセスとしての評価」RIETI Discussion Paper Series, 20-J-038, 1-30,9月。

2021年9月21日追記。本稿の完成版は査読付き論文として『アジア経営研究』に掲載されました。発行元許諾を得て公開しています。

川端望・銀迪「中国鉄鋼業における過剰能力削減政策―調整プロセスとしての産業政策―」『アジア経営研究』第27号,アジア経営学会,2021年8月,35-48頁。






2020年2月14日金曜日

日本製鉄の設備集約について

日本製鉄は厳しい設備集約に乗り出した(※1)。高炉を一度に4基も休止するのは1980年代の円高不況期以来のことではないか。対象となる製鉄所の製銑・製鋼設備を見ておくと以下の通り。*が休止する設備。確かに稼働率が悪いことがわかる。
 日鉄和歌山製鉄所について追加コメントすると,この製鉄所は製鋼工程以降は大きくはビレット連鋳→継目無鋼管造管と,スラブ連鋳→他の製鉄所へ供給,中鴻鋼鉄(台湾)に外販,というルートに分かれる。今回,第1高炉を休止すると生産量は半分になるわけだが,どちらの生産量を減らすかという問題がある。スラブ連続鋳造機を1ストランド休止するということなので,おそらくスラブを中国鋼鉄に外販する部分を減らすのではないか。
 2000年代前半にホット・ストリップ・ミルを閉鎖し,スラブは中国鋼鉄(台湾)グループの中鴻鋼鉄に外販する契約を結んでいた。あわせて,高炉を持株会社東アジア連合鋼鉄の下に移し,そこに中国鋼鉄が出資する形としていた(※2)。ところが2018年に高炉は新日鉄住金に統合され,中国鋼鉄は東アジア連合鋼鉄の持ち株比率を30%から20%に縮小するという報道がある(※3)。和歌山からスラブを台湾に送るスキームを縮小するのではないだろうか。
 呉製鉄所については,関連会社を含めて3300人の雇用が影響を受ける(※4)。日本の高炉メーカーは,ある時期までは各社単独での「終身雇用」維持を図ったが,1980年代は出向先,1994年代は転籍先を含む「継続雇用」は守るという姿勢に変わり,労働組合もそれに合意して来た(※5)。しかし,一貫製鉄所を丸ごと閉鎖するというのは,地域当たりで見ればこれまでにない大掛かりな設備縮小である。はたしてこれまでの雇用政策で臨むことができるのだろうか。そして,会社との協調姿勢を保ってきた労働組合はどうするのだろうか。

日鉄日新製鋼呉製鉄所
*第1高炉2650m3(1995年4月改修稼働)
*第2高炉2080m3(2003年11月改修稼働)

*転炉90t(1965年4月稼働)
*転炉90t(1966年11月稼働)
*転炉185t(1979年12月稼働)

生産能力推計:銑鉄345万トン(出銑比2,365日操業)。粗鋼383万トン(銑鉄比90%)

粗鋼生産実績()内は推定稼働率
2018年度279万トン(73%)
2017年度248万トン(65%)
2016年度360万トン(94%)

日本製鉄和歌山製鉄所
*第1高炉3700m3(2009年7月稼働)
第2高炉3700m3(2019年2月稼働)

転炉260t
転炉260t
転炉260t
電炉80t

生産能力推計:銑鉄540万トン,粗鋼652万トン(転炉の銑鉄比90%,電炉はスクラップ100%,1日25チャージ,261日操業とした)。

粗鋼生産実績
2018年度432万トン(66%)
2017年度456万トン(70%)
2016年度446万トン(68%)

日本製鉄八幡製鉄所(小倉地区)
*第2高炉2150m3(2002年4月改修稼働)

*転炉70t
*転炉70t
*転炉70t
*転炉70t

生産能力推計:銑鉄157万トン,粗鋼174万トン

粗鋼生産実績
2018年度118万トン(68%)
2017年度120万トン(69%)
2016年度121万トン(70%)

出所)設備規模は『日鉄ファクトブック』,『日鉄日新製鋼ガイドブック』。生産量は呉は『鉄鋼年鑑』の日新製鋼生産高を呉のものとみなした。日鉄は『日鉄ファクトブック』各年版より。能力と稼働率は川端推計。

※1「生産設備構造対策と経営ソフト刷新施策の実施について」日本製鐵プレスリリース,2020年2月7日。
https://www.nipponsteel.com/common/secure/news/20200207_700.pdf


※2 川端望(2005)『東アジア鉄鋼業の構造とダイナミズム』ミネルヴァ書房,pp. 126-127。

※3 中鋼出售日本東亞聯合鋼鐵公司股權,總交易金額為新台幣9.33億元,中時電子報,2019年11月11日
https://www.chinatimes.com/realtimenews/20191111002712-260410?chdtv

※4「呉製鉄所 全面閉鎖の衝撃~冬の時代に入った鉄鋼業界~」NHK NEWS WEB,2020年2月10日。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200210/k10012279851000.html

※5 川端望(2017)「日本鉄鋼業の過剰能力削減における政府の役割」TERG Discussion Paper, No. 371, pp.12-14。
http://hdl.handle.net/10097/00121018

2020年1月24日金曜日

2019年の中国鉄鋼業の状況と,能力置換プロジェクト公告・登録の停止通知について

 1月22日,国家発展改革委員会は「鋼鉄行業2019年運行情況」を公表した。それによると,2019年の中国銑鉄生産は8億937万トン(前年比5.3%増),粗鋼生産は9億9634万トン(同8.3%増),鋼材生産は12億477万トン(同9.8%増)であった。鋼材は重複計算を含むので,実際は10億トン程度であろう。鋼材輸出は6429万3000トン(前年比7.3%減),輸入は1230万4000トン(同6.5%減)であった。
 粗鋼の方が銑鉄より前年比の増加率が高い。これは,製鋼工程での原料における銑鉄比率が低まり,鉄スクラップ比率が高まったことを意味する。鋼材生産の伸び,輸出の減少,輸入の減少から内需の増減を計算すると,単純計算で1億390万6000トンの内需拡大があったことになる。米中貿易摩擦やそれと関連した景気の減速にもかかわらず,鉄鋼生産は好調であり,貿易摩擦激化につながる輸出増は起こらなかったのだ。
 ただし,企業間競争が激しいことも読み取れる。鋼鉄工業協会会員企業の売り上げは10.1%伸びたが,利潤は30.9%も減少し,売上高利潤率は4.43%と,前年比で2.63パーセントポイント下降した。
 翌23日,国家発展改革委員会弁公庁と工業和信息化部弁公庁は,「関于完善鋼鉄産能置換和項目備案工作的通知」(発改電〔2020〕19号)を公表した。この通知は,1)鉄鋼生産能力置換方策の公告とプロジェクト登録の暫定的停止,2)現在の鉄鋼生産能力置換プロジェクトの自主検査を指示している。産業発展司によるその解説では,a)粗鋼生産が記録的な水準に達し,需給不均衡を引き起こす可能性があること,b)一部の能力が集中的に投資されるために需給バランスが崩れるリスクが高くなること,c)能力移転の科学的論証が不十分であり,地域の産業構造や環境の許容量や省エネ・汚染物質排出削減の観点から見て,構造調整の所定の結果を達成するのが難しいことを指摘している。
 この通知は重要な意味を持つ。中国政府は鉄鋼業の過剰能力を抑制するために,2016-2018年の3年間に,旧式・小型設備を中心に粗鋼生産能力を閉鎖させた。そしてそれと同時に「能力置換」政策を実施した。これは,閉鎖する設備と新設する設備を共に明示し,後者の製銑・製鋼能力が前者と同等か下回る場合にのみ設備投資を認めるというものであった。政策が文字通りに運用されれば,製銑・製鋼能力は中国全体として増えることなく,現代化されるはずであった。しかし,これまでも政策運用上のエラーや例外的措置によって,減量置換の原則を潜り抜けてしまった能力が存在すると推定されていた。私は,2016-2018年の能力削減実績が,政府によれば1.55億トンであるのに,同じ政府の公式統計を時系列で見ると1億トンにしかならないことの原因の一部は,ここにあったと推定してきた。そして今,能力置換が想定通りの効果を上げないおそれがあることを,政府自身が認めるに至ったのである。

国家発展和改革委員会「鋼鉄行業2019年運行情況」2020年1月22日。
https://www.ndrc.gov.cn/fggz/cyfz/zcyfz/202001/t20200122_1219726.html
国家発展改革委員会弁公庁・工業和信息化部弁公庁「関于完善鋼鉄産能置換和項目備案工作的通知」発改電〔2020〕19号,2020年1月23日。
https://www.ndrc.gov.cn/xxgk/zcfb/tz/202001/t20200123_1219768.html
国家発展改革委員会産業発展司「深化供给側結構性改革 促進鋼鉄行業高質量発展——《関于完善鋼鉄産能置換和項目備案工作的通知》解読」2020年1月23日。
https://www.ndrc.gov.cn/xxgk/jd/jd/202001/t20200123_1219770.html


※川端望(2019)「中国鉄鋼業の生産能力と能力削減実績の推計―公式発表の解釈と補正―」TERG Discussion Paper, 414, pp.1-8, November。
http://hdl.handle.net/10097/00126428


2019年12月26日木曜日

ベトナム国有鉄鋼企業TISCOの第2期工事停滞問題:本質は国有企業改革の失敗だ

 ベトナムの国有鉄鋼企業TISCO(タイグェン・アイアン・アンド・スチール・コーポレーション)の第2期工事停滞問題は,ついに商工省元幹部や親会社VNスチールの元・現役員の党規律違反や逮捕を問う事態に発展した。私がインタビューしたことのある人も責任を問われている。
 英語記事を読んでも,何にどう違反(violation)したのか,党規律なのか法律なのかがはっきりしない。いずれにせよ私には,個々人が悪意や私欲のために動いて規律や法を犯したことが本質だとは思えない。
 根本にあるのは,国有企業であるVNスチールを支援もせず,しかしガバナンス改革もせずにいたというベトナム政府の企業改革上の無策である。財政支援を受けられず,だからといって民営化や経営効率化を迫られるわけでもなかったVNスチールは,漫然と量的拡大投資を続け,それらの多くが中途半端で競争力のない設備になった。その最悪の例がTISCO-IIであったということだと思う。

参考
川端望「ベトナム国有鉄鋼企業の衰退とリストラクチャリング」

「ハノイ党委書記のハイ氏、副首相在任中の違反で処分へ」VIET JO,2019年12月11日。

2019年12月1日日曜日

アジア政経学会共通論題「東アジアと歴史認識・移行期正義・国際法ー徴用工問題を中心としてー」

2019年度アジア政経学会秋季学術大会共通論題「東アジアと歴史認識・移行期正義・国際法ー徴用工問題を中心としてー」(2019年11月30日,南山大学にて)。
司会:平岩俊司(南山大学)
報告1:青木清(南山大学)
「1965年しか見ない日本,『日帝』にこだわる韓国 -「徴用工判決」の法的分析を通して-」 
報告2:奧薗秀樹(静岡県立大学)
「危機の日韓関係と文在寅政権による『正統性』の追求」
討論:川島真(東京大学),大庭三枝(東京理科大学),山田哲也(南山大学)

 ようやく,徴用工問題の法的構造について学ぶことができた。実に貴重なセッションで,2時間にわたり,メモを8000字以上とりながら聞いた(お前の専門は何だという話は脇に置く)。

 とくに国際私法を専門とする青木教授の報告は,まず私人と私人の争いが国境を越えて行われる場合には司法の場でどのように処理されるのかの説明から始めてくださったので,法の門外漢にはありがたかった。

 日本での報道は,慰謝料請求が請求権協定の対象内かどうかという議論に集中している。だが,そもそもこの判決が出る前提は,もともと日本での裁判があって元徴用工の原告が敗訴したこと,韓国大法院が,通常であれば日本の判決を尊重するところ,これを否認したことにある。その際に,何をもってどのように否認したかを,青木教授は懇切丁寧に解説された。その上で,その否認の論理に判決の特徴と問題点を見出された。私は,大法院判決が韓国の憲法を個々の論点に直結させていることに驚いた。そして,そのよく言えばラディカル,悪く言えばちゃぶ台返しな論理を,これまでよりははるかによく理解することができたと思う。やはり物事は結論だけでなく,それを導くプロセスから理解しないといけないようだ(以上は青木教授の報告に対する私の理解であり,報告を誤解していればその責任は私にある。また素人がこれ以上詳述すると報告趣旨を歪める恐れがあるので,ここで止める。報告が論文化されることを期待したい)。

2019年度アジア政経学会秋季学術大会プログラム


2019年11月26日火曜日

中国の鉄鋼生産能力は本当はどれくらいあるのか?過剰能力削減政策で本当はどのくらい削減されたのか?

「中国鉄鋼業の生産能力と能力削減実績の推計―公式発表の解釈と補正―」をTERG Discussion Paper, No.414として発表しました。中国の鉄鋼生産能力は本当はどれくらいあるのか?2016-2018年の過剰能力削減政策では,本当はどのくらい削減されたのか?これらは公式統計の数字だけではわからず,また公式統計と政府発表が矛盾しているというおかしなことになっています。統計の解釈と補正によって,事実に迫ろうとしたものです。研究者,実務家の方々のお役に立てば幸いです。

こちら(東北大学機関リポジトリTOUR)よりダウンロードできます

論文「通貨供給システムとしての金融システム ―信用貨幣論の徹底による考察―」の研究年報『経済学』掲載決定と原稿公開について

 論文「通貨供給システムとしての金融システム ―信用貨幣論の徹底による考察―」を東北大学経済学研究科の紀要である研究年報『経済学』に投稿し,掲載許可を得ました。5万字ほどあるので2回連載になるかもしれません。しかしこの紀要は年に1回しか出ませんので,掲載完了まで2年かかる恐れがあ...