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2018年12月15日土曜日

フランスデモの解説記事から,民主政治とマクロ経済政策のジレンマを考える

 同僚の小田中直樹教授による「黄色いベスト」運動の長期・中期・短期の背景解説。たいへんわかりやすい。そして救いがない。ここにはフランスだけではない,多くの先進諸国の政治と経済政策がはまりこんでいるジレンマがあると,私は思う。

 1970年代後半以後の先進諸国における政治的スペクトラムにおいて,なにがしかの穏健左派から穏健右派までに共通するのは「財政赤字の膨張を抑制すること」である。EUの場合,やっかいなことに通貨価値の維持と財政赤字の抑制が制度自体に組み込まれている。
 ここで経済が停滞してくると,厄介なことが起こる。穏健右派はもちろん,穏健左派も「庶民にやさしい経済政策」を主張しづらくなる。とくに万年野党の場合はとにかく,政権を取ろうとすると,政策を整合させるために積極的に種々の構造調整策を打ち出すのだが,これが拡大か緊縮かというマクロ経済の二分法においては緊縮策になってしまう。
 これはいまにはじまったことではなく,1970年代後半から世界に広がった動きだ。ヨーロッパの社会民主主義政党やアメリカの民主党が通貨価値維持を語り,財政再建を語り,福祉効率化を語り,そのかわり企業競争力を強化して所得と雇用を何とか増やすのだ,だから労働運動や社会運動は企業行動をあまり制約するな,と語るのを,いま50歳以上の人はずっと見てきたはずだ(私の大学院生時代にも,EUを専門とし,ヨーロッパ統合についての楽観論を自らの持ち味とし,社会民主主義を支持していた教授は堂々とそのように主張していた)。
 しかし,そうすると,有力な政治勢力のいずれもが「庶民にやさしい経済政策」を主張しないことになる。「企業の競争力を強化して何とかする」という方法は,1980年代までの日本では何とか機能したものの,現在の先進諸国で十分機能していないことは明らかだ。それでは,格差と貧困が我慢の限度を超えた時にどうなるのか。その支持は,従来の穏健左派から穏健右派までのどこにも向かわない。むしろ,それら全体が庶民無視だとして糾弾される。フランスの「黄色いベスト」運動も左派でも右派でもなく,とにかくマクロン政権と「庶民にやさしくない経済政策」を糾弾しているようだ。
 こうした状況で支持が集中するグループがあるとすれば,魅力的なリーダーを持っているか,宣伝が巧みか,それなりに草の根活動をしているグループだ。それは経済的にはアメリカのサンダースを含む新しいタイプの社会主義勢力のようなラディカル左派か,あるいはトランプやヨーロッパの極右のように,整合的な経済政策はないが政治的敵を作り上げ,こいつらをやっつければ庶民は豊かになれると煽るグループだ。
 いまや先進諸国では,穏健左派から穏健右派までの政治グループは「財政赤字の膨張を抑制すること」にこだわる限り,庶民を敵に回してしまうというジレンマにはまり込んでいる。多くの経済学者や政治学者は,「増税による負担が必要だということをきちんと市民に知らせて説得せよ」という話が大好きで,何十年もうわごとのように繰り返しているが,もはやそれも機能していない。それでは政治家は選挙で支持されない。経済学者が,経済法則を勝手に変えられないというならば,この議会制民主主義の法則もお説教では変えようがない。延々と説教を続けると学者まで「何をお高くとまってやがる」とデモの対象にされかねない。

 では,このジレンマから抜け出す道は,どこにあるのか。民主主義を否定すれば権力的弾圧策という解決策があるが,そんなことが許されるべきではない。しかし,安定のためにはそれもやむを得ないという勢力が膨張することも十分ありうる。
 そうした最悪の解決策は避けて,庶民を主人公とする民主主義を守ることが前提ならば,とにかくある程度「庶民にやさしい経済政策」をするしかない。軍隊やら大企業やらベンチャー企業やらにやさしいか厳しいかは別として,少なくとも庶民に「も」やさしくなければならない。
 方策の一つ目は,「財政赤字を気にしない」ことである。二つ目は,「財政赤字はともかく,金融を無茶苦茶に緩めることで何とかする」ことである。これらには,深く考えずに実行する場合から,経済学的に財政or/and金融をいくら緩めても大丈夫なのだと証明する種々のリフレーション派までのスペクトラムがある。日本のアベノミクスは建前上はふたつめに属しているが,客観的には一つ目の側面も持っている。
 三つめは,「緊縮ではない構造調整を行い,何とか財政赤字を一定範囲に抑えつつ,庶民にやさしい経済政策も実行する」である。これは統合された潮流とは言えないが,日本で言えば,1990年代の終わりから神野直彦氏や金子勝氏が主張してきた「セーフティネットの貼り換え」論などが,本来は該当する。アメリカのサンダースたちや,ヨーロッパの極左などがどこに該当するのか,残念ながら不勉強でわからない。
 一つ目と二つ目の路線の弱点は,本当にそこまで財政と金融を拡張して大丈夫なのかということもあるが,より直接的には金融・財政を派手に拡張した割には経済成長率がわずかであり,庶民にやさしい状態が一向に実現しないことである。せいぜい緊縮よりはましだというにとどまる。そして,株式投機や建設・不動産で儲けられるものだけは大儲けするという格差が生じやすい。つまりは今の日本の状態だ。
 三つ目の路線は,種々の政策を整合させる必要があるため,部分的にはともかく,トータルにマクロ経済的目標を達成できるほど強力に推進され難いという弱点がある。ヨーロッパの左派の政策には,この路線が社会保障や教育に部品として多かれ少なかれ入っているのだが,それでもマクロ経済政策全体として「財政赤字の制約」に流されてしまう傾向が強まっているから厄介だ。また,もう一つ,この路線は成長より再分配を重視するのだが,失業率が高い時には最大の「庶民にやさしい経済政策」は失業解消なので,有効需要全体を増やす成長政策も取らざるを得ないという矛盾を抱えている。

 私は,小田中氏のフランスデモの解説を掘り下げていくと,このような,民主政治とマクロ経済政策上の困難に突き当たるように思うのだ。

小田中直樹「フランスデモ、怒りの根底にある「庶民軽視・緊縮財政」の現代史」現代ビジネス,2018年12月14日。


 

ベトナム天然資源環境省の鉄スクラップ輸入禁止検討は暴挙。背景にある問題には日本の業界も取り組むべき

 ベトナム天然資源環境省(MONRE)が鉄スクラップ輸入禁止を検討中との報道があった。無茶苦茶である。鉄スクラップは廃棄物ではなく,原材料である。確かに,オイルが入ったままの機械のような,雑品と呼ばれる質の悪いスクラップもあり,それが環境汚染の元になることはありうる。しかし,それは分類をきちんとし,条件を定めて規制すればよいことであって,鉄スクラップの主要銘柄(ヘビーなど)を一律輸入禁止にするなど,常識を完全に逸脱している。

 ベトナムの2017年鉄スクラップ供給高は902万2712トン,うち内需で使用するのが882万2000トンだが,国内供給は462万1000トンしかなく,440万1712トンを輸入している。鉄スクラップの輸入を禁止したら,電炉メーカーの操業と経営は成り立たない。これは鉄鋼業に対する虐殺行為と言わねばならない。紙面の記事によればベトナム鉄鋼業協会(VSA)は抗議しているが当然である。

 なお,この問題の背景として,質の低いスクラップが現実に汚染を引き起こしている事情は否定できない。しかも,困ったことに日本からの輸入品にも,品質の低いものが紛れているのである。業界紙の記述からも,私自身が聞き取った関係者の証言からも,そのように言って間違いない。スクラップ回収,輸出業務については,日本産業の品質は自慢できるものではないのだ。改めねばならない。

「ベトナム政府、鉄スクラップ輸入禁止検討 鉄鋼業、輸出国に打撃も」『産業新聞』2018年12月13日。



2018年12月14日金曜日

Godzilla: King of the Monsters (レジェ版ゴジラ2019)への期待と不安

 映像は大丈夫でしょう。話が心配。初めから「三大怪獣地球最大の決戦」だと思ってドンパチだけ見にいけば大丈夫かな。ちなみに前回のGodzillaも,『東宝チャンピオンまつり ゴジラ対ムートー サンフランシスコ大決戦!』だと思えば見られた。まじめに考えだすと,おい核実験正当化かよ,それと核弾頭爆発させて平然としてるよな,とか腹が立ってくるのが,やっかいだった。




2018年12月13日木曜日

経済力が向上した在日中国人は何人くらいいるのだろうか

 昨日出た中島恵「在日中国人の驚くべき経済力向上ぶり、20歳女子が高級マンション住まい…」によせて。数字で見ると,2018年6月現在の在留中国人は74万1656人,この記事にあてはまりそうな,企業家,ホワイトカラー,専門職など,肉体労働以外の働き方をして,相対的に豊かな暮らしができそうな人をビザの種類で試算してみると(※),11万254人です。加えて,永住者や家族滞在ビザの人たちの中にも,一定数豊かな人がいる。まあ,結構な数です。当ゼミの修了生も,日本で大金持ちになった人はまだいないとは思いますが,名の知れた企業や,知る人ぞ知る企業に就職しています。日本のビジネスの活性化に貢献していると思いますよ。税や保険料も普通に日本で納めていますし。

法務省「在留外国人統計 国籍・地域別 在留資格(在留目的)別 在留外国人」における中国人のうち在留資格が教授,芸術,宗教,報道,高度専門職1号イ,ロ,ハ,高度専門職2号,経営・管理,法律・会計業務,教育,技術・人文知識・国際業務,企業内転勤,特定活動(特定研究及び情報処理・本人),特定活動(高度人材・本人)である者の合計。このうち一番多いのは技術・人文知識・国際業務の8万825人で,日本の大学を卒業して日本でホワイトカラー職に就職した人が取ることの多いビザ。

中島恵「在日中国人の驚くべき経済力向上ぶり、20歳女子が高級マンション住まい…」DIAMOND ONLINE,2018年12月12日。

2018年12月9日日曜日

日本の書籍流通改革の核心は返品条件付き売買の見直し

 星野渉「日本の書店がどんどん潰れていく本当の理由」東洋経済ONLINE,2018年12月9日,は,日本の書籍流通がその根本からの見直しを迫られていることを示唆している。
 以前に私は,日本の書籍流通の特徴の一つは再販売価格維持行為であり,もう一つは返品条件付き売買(委託販売制とよく呼ばれるが正確ではない)であるとした上で,その変革の主戦場は再販ではなく返品条件付き売買だろうと述べたことがある()。この判断は妥当だったと思う。この記事は,今まさに,再販制ではなく,返品条件付き売買を見直さないと業界が再生しないことを示しているのだ。返品可能であることと引き換えに書店が強いられてきた粗利益率の低さを改善しないと,書店経営は成り立たないからだ。
 
 (引用)「返品率を大幅に引き下げることができれば,日本でも人々を引き付ける魅力を備えた書店なら,まだまだ開店・営業していくことが可能になる」。

 返品率を下げる方策は二通り考えられる。ひとつは,現行制度を維持しながら,返品率を画期的に下げる取り組みをすることだ。そのためには,取り次ぎが書籍を選んで書店に送りつけるパターン配本をやめねばならない。そして,取り次ぎと書店の双方が危機感を持って,客のニーズを読み,ポリシーを持った配本を行うことが必要だ。当然,大手取次と全国の書店が連携した組織的な取り組みが必要だ。そのためには,出版流通事業が赤字に転落した大手取次が,腹をくくって改革に取り組まねばならない。寡占企業であるが故に,その責任はひときわ重い。他方で,書店は取り次ぎへの依存をやめ,死活問題として品ぞろえに取り組まねばならない。
 もうひとつは,よりラディカルな解決策だ。つまり,買い切り制に移行することだ。この場合,よほど大規模か個性的な書店のみが健全経営を達成し,かなりの書店はリスクがとれずに消えていくことになるだろう。
 どちらを実行しても容易ではない道のりになる。しかし,どちらも実行できないのであれば,書店の減少が加速する現状が続くだけだろう。

星野渉「日本の書店がどんどん潰れていく本当の理由 決定的に「粗利」が低いのには原因がある」東洋経済ONLINE,2018年12月9日。

※出版物の再販売価格維持行為に関するノート(中小出版社とアマゾンとの間での紛争に寄せて) (2014/5/10),Ka-Bataアーカイブ。

拙速な入管法改正は遺憾だが,実践的な準備をしながら意見をたたかわせるしかない

 入管法改正がものすごいスピード審議で通されてしまった。私は「外国人労働者を受け入れる以外に道はないが,ちゃんと準備をしろ」派なので,今国会での成立には反対であったが,できてしまったものは仕方がない。できる限りの実践的な準備をすべきだろう。
 暫定的には,1)外国語・外国人対応で苦慮する自治体に対し,政府から財政,人員上の支援を行うこと,2)受け入れ人数を決定する仕組みを作り,各界の意見を反映させられるようにすること,3)日本人の雇用と競合しないように労働市場テストを行うことについて検討し,制度設計をしてみること。その公平性について基準をつくること(自国民雇用を守るための労働市場テストは多くの国で実施されているが,効力を持たせることがむずかしいし,差別にならない工夫も必要),4)技能実習生やブラジル等の日系人受け入れの教訓を踏まえて,生活困難,教育問題,人権侵害や差別,住民間対立が生じやすいポイントを洗い出し,改善策を講じること,5)日本の大学を卒業した留学生の就労職種を緩和する案については,法務省の判断だけで緩和せず,大学を含む各界の意見を聴取すること,などを提案したい。与野党は,法改正で議論を終わりとすることなく,これらの実践的な課題について意見を戦わせてほしい。

「増える外国人住民 苦慮する自治体 3割が「対応追いつかぬ」」NHK NEWS WEB,2018年12月5日。


 

2018年12月7日金曜日

『日経』連続記事「景気回復 最長への関門」に見る日本経済の変化と新たな不安

 一昨日から今朝にかけての『日経』1面の「景気回復 最長への関門」(上・中・下)は考えさせられる。よく読むと内容は深刻だ。来年度の「日本経済」講義のヒントになる。掲載されたグラフ3点を見るとわかりやすい。私の観点から再構成すると以下のように読める。
 国内だけを見れば,アベノミクスの超金融緩和とだらだらとした財政拡張が,ようやく,4年もたって,2017年から設備投資増には効き始めたように見える。しかし,消費の方は依然として停滞している。実質雇用者報酬が縮小する悲惨な事態は2016年にようやく止まり,上向きになったが,可処分所得はアベノミクス開始前にわずかに及ばない程度だ。これは,社会保障と税の負担のためだ。
 ところが世界を見ると,米中貿易戦争をきっかけに景気の減速傾向が強まっている。これは外需に依存し,いつまでたっても途上国のように円安を待望する日本産業にとって不気味なことだ。
 設備投資はようやく伸び始めた。賃金は少しずつ上昇しているが,消費は伸びない。これまで依存できた外需は雲行きが怪しくなってきた。それでは,いったい何をつくってどこに売るのか。
 日本経済のこれまでの局面は「アベノミクスで拡張政策をとったが,輸出と企業利益は増えても投資は増えず,雇用は増えても賃金は上がらず消費も伸びない」というものだった。しかし,また別の局面に入りつつあるのではないか。

「景気回復 最長への関門(上)世界経済に頭打ち感 中国の変調、アジアに影」『日本経済新聞』2018年12月5日朝刊。

「景気回復 最長への関門(中)「賢い工場」活発な設備投資 外需と業績、懸念材料に」『日本経済新聞』2018年12月6日朝刊。

「景気回復 最長への関門(下) 力不足の「メリハリ消費」 増えない可処分所得」『日本経済新聞』2018年12月7日朝刊。


論文「通貨供給システムとしての金融システム ―信用貨幣論の徹底による考察―」の研究年報『経済学』掲載決定と原稿公開について

 論文「通貨供給システムとしての金融システム ―信用貨幣論の徹底による考察―」を東北大学経済学研究科の紀要である研究年報『経済学』に投稿し,掲載許可を得ました。5万字ほどあるので2回連載になるかもしれません。しかしこの紀要は年に1回しか出ませんので,掲載完了まで2年かかる恐れがあ...