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2023年12月19日火曜日

日本製鉄によるUSスチール買収の狙いと課題:過去からの声,未来への声

 日本製鉄はUSスチール(USS)買収を発表した。来年4月にUSSの株主総会が承認することが前提だ。買収総額は141億2600万ドル(2兆100億円)。USスチールの12/15株価に対して40%のプレミアムを支払う。借入金は日本の金融機関より。買収により日鉄のD/Eレシオは0.5から0.9となる。日鉄のグローバル粗鋼生産能力は6600万トンから8600万トンとなり,目標の1億トンに接近する。このうち日本国内が4700万トン(55%),海外が3900万トン(45%)となる。

 USSスチールの粗鋼生産能力はアメリカ1580万トン,チェコ450万トンで計2030万トン。うちアメリカの子会社Big River Steelの電炉は,資料によって違いがあるが日鉄の計算だと330万トンで,他は高炉・転炉法と思われる。電炉は2024年にはさらに300万トン追加予定。つまり,1年後にはUSSの粗鋼生産能力は2330万トンとなり,うち630万トン(27%)が電炉となる。なお,アメリカ全体では,粗鋼生産のうち60%以上は既に電炉になっている。

 ここから私のコメントだが,日本製鉄の狙いは,グローバル粗鋼生産能力とグローバルシェアの拡大である。日本製鉄は,2010年代半ばまでは,製鉄ー製鋼ー圧延ー加工のうち川下の圧延ー加工工程のみを海外に配置してきたが,2019年にインドのエッサールを,アルセロール・ミッタルと共同で買収して以来,製鉄や製鋼工程からの一貫企業を買収する方式に打って出た。今回の買収もその延長線上である。今回の買収が完了すれば,「日本」製鉄という名の企業の生産能力のうち45%は海外にあることになる。

 USS買収により,日本製鉄は立地としては先進国と新興国,製品グレードとしては高級品市場と汎用品市場,技術としては高炉・転炉法と電炉法の全方位にわたるグローバル買収を敢行することになった。しかし,むやみに全方位に手を広げているわけではないだろう。現時点と将来とで,異なる目標を二重に持っていると思われる。現時点では高級品大量生産に競争力を持つ高炉一貫製鉄所を手中に収めて市場を確保するとともに,将来に向かっては電炉法を拡大して,先進国・東南アジアでは2050年,インドでは2070年のカーボンニュートラル達成という環境規制に対応していこうという戦略なのだと思われる。

 とくに,USSの場合,高炉は過去から現在,電炉は現在から未来を代表していることは明らかである。USSがアメリカ国内に持つ高炉一貫製鉄所はもはやGaryとMon Valleyの2か所に過ぎないし,まともに一貫生産を行っているのはGaryだけである。Mon Valleyは以前に紹介したように,かつては3つの一貫製鉄所と1つの圧延所であった。輸入品や電炉との競争に耐えられず,設備の多くが閉鎖されてしまい,残った設備を河川輸送でつないで,一貫生産の形を整えているに過ぎないのだ。Mon Valleyは過去を代表している。

 一方,USSは2019年に買収したBig River Steelに電炉ーコンパクト・ストリップ・ミルー冷延ミルー電磁鋼板設備,亜鉛めっき設備を持ち,電磁鋼板や,GMに納入する自動車用鋼板まで製造している。原料はスクラップ,銑鉄,直接還元のホット・ブリケット・アイアン(HBI)の3種混合のようだ。既に電炉による高級鋼生産は拡大しつつあるのだ。未来はこちらにある。

 日本製鉄も瀬戸内製鉄所広畑地区で電炉鋼から電磁鋼板を製造しているが,高炉・転炉法に比べると技術の確立度は弱い。高炉・転炉技術はもはやUSSに対して供与する側であろうが,大型電炉操業と電炉鋼からの高級鋼製造については,むしろUSSからノウハウを吸収しようという構えであろう。

 ただし,現在は高炉・転炉,将来は電炉というのであれば,両者の間に移行戦略が必要となる。いつまで高炉・転炉を用いるのか,高炉・転炉から電炉への切り替えを経営的に,また地域経済や労働者の利害を踏まえて円滑に行えるのか。高炉での部分的水素還元はどの程度実用に耐えるのか。高級スクラップが不足したら,直接還元鉄はどこから手に入れるのか。100%水素直接還元に投資する決断はいつになったら行うのか。その立地はどうするのか。どちらの新技術も,日本政府から開発補助金を得ている以上,1号機は国内に建てるべきという道義的制約はかかるはずだが,海外の方が採算がよさそうになった時に,どうするのか(川端,2023を参照)。

 日本製鉄は,他の拠点でもそうであるように,USスチールにおいても,過去から現在を代表する製鉄所と,現在から未来を代表する製鉄所を同時に抱えることになる。日本製鉄の運命を決めるのは,過去からの声か,未来への声か。カーボンニュートラルを目指す鉄鋼業の新時代において,同社はまだ数々の課題に立ち向かわなければならない。その行動の社会的効果に,私たちは期待することもできるが,同時に注意深く監視もしていかねばならないだろう。

日本製鉄株式会社「U.S.Steelの買収について」2023年12月18日。

Gary製鉄所空撮(Googleマップ)

Mon Valley製鉄所を構成する4工場空撮

クレアトン工場空撮(Googleマップ)
エドガー・トムソン工場空撮(Googleマップ)
アーヴィン工場空撮(Googleマップ)
フェアレス工場空撮(Googleマップ)

Big River Steel空撮(Googleマップ1)位置がズレて駐車場になっているが,写真掲載多数。工場は右下。

Big River Steel空撮(Googleマップ2)製鉄所の位置。

参考:製鉄所に刻まれたアメリカ鉄鋼業衰退の歩み(2018/10/6)

川端(2023)「グリーンスチール競争における日本鉄鋼メーカーの技術経路」(日本語原稿)

元論文 Nozomu Kawabata(2023). Evaluating the Technology Path of Japanese Steelmakers in Green Steel Competition, The Japanese Political Economy, 49(2/3), 231-252 

 

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