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2020年3月1日日曜日

PCR検査をしてもらえないと不安になる理由と自宅療養の難しさ:補足措置の必要性についての考察

日本の新型コロナウイルス感染症対策における,いわゆる「なかなかPCR検査してもらえない」問題。希望者全員を検査しろとテレビやSNSで主張する人と,それはすべきではないという専門家の見解を多数読んで,ようやくこの問題の構造が見えてきたように思う。社会的なことを含むので,一応発言する資格はあるだろうから書く。

 まず検査についての私の基本姿勢は,感染症専門家と同じく,二つに分けて考えるべきというものだ。
1.医師が「検査が必要だ」と判断した患者については,迅速に検査すべきだ。これが滞っているのはおかしい。医師会も調査に乗り出しているし,厚労省も問題があることは認めている。改善すべきだ。
2.希望者が全員検査を受けられるようにすることは,検査を受ける当人にとっても社会にとっても利益がないので,すべきではない。

 さて,ここで,専門家が正しいということ自体を書きたいのではない。それはリンク先Buzzfeedの記事をご覧いただきたい。私は,専門家の見解は,事実については医学的に正しく,また行動指針としては,それが実行できれば有効なのだけれど,それでも問題があることについて発言したい。つまり,専門家の見解は,個人の常識的直観に反するので受け入れられにくいところがあり,また,個人と社会にとって実行が難しいところがあるのだ。なお,検査の問題と自宅療養の問題が連動しているので合わせて書く。

 わかりやすくするために,韓国と対比しよう。韓国では,希望者はだれでもPCR検査を受けることができる。そのため,検査数は非常に多くなり,また宗教団体の集団感染もあって感染者数は激増している。また,感染した軽症者については,いまのところ入院させる措置になっている。専門家は軽症者の自宅療養を主張しているが,政府はまだ方針化していない。そして,病床不足が起こっている。

 日本の場合は,医師が必要と認めた場合にPCR検査をすることとし,また感染者が増えた場合には,無症状者・軽症者は自治体の判断で自宅療養にすると方針化されている。加えて,風邪程度の症状があったら,検査以前の問題として自宅療養すること,出勤・登校しないことが要請されている。日韓では大きな違いがある。

1)まず検査の問題。無症状,軽症なうちにどちらの不安が募るかと言えば,日本の方だろう。個人としては,なかなか検査もしてくれないし,新型コロナウイルスに対応した特別な治療もしてくれないように見えるからだ。また社会としては,検査不足のために感染者数が過小に表示されているという疑心暗鬼が募るからだ。実際に,そこのところで不安と不満が募っている。

 実は,ここで個人にとって,検査しないことによる不利益はない。「風邪の症状があったら自宅療養する」のが有効なのは、実際に風邪であっても軽症の新型コロナウイルス感染症であっても同じだ。そして,実は軽症である限り,検査してもしなくても医師がやってくれる治療法は同じなのだ。新しい薬がもらえるわけではないし,入院も,これまではほとんどさせてくれたが,もっと感染者が増えれば軽症では不可能になるだろう。なぜかというと,一方で,この新型コロナウイルス感染症について,軽症の場合は対処療法しかないからであり,他方で対応できる病床が限られている上に,ダイヤモンド・プリンセス号対応で首都圏のキャパシティを使ってしまったからだ。重症の人から順に入院させねばならない。なので,無症状や軽症の人にとって,仮に検査しても,しないのと結果は同じになる。だから無理に検査対象を広げない。日本の方針は理屈に合っている。

 にもかかわらず,無症状の住民,軽症の患者からすると,不安や不満は解消しない。そこには理由がある。日本では,多くの人が日常感覚として医療に対し「検査結果に応じて新しい対処をしてもらえる」,「感染しているとわかったら新しい対処をしてもらえる」,「そうあるべきだ」という期待を持っている。私も持っている。ところが今回は,もし希望者全員が検査を受けられるようにすると,「検査結果がどうあれ,対処は変わらない」,「感染しているとわかっても新しい対処は何もない」ということになるのだ,と専門家が言っている。これは多くの人にとって「皆さんの期待には応えられません」と告げられていることを意味するので,不満を覚えるし,健康にかかわるから不安も覚える。感覚的に受け入れがたいので,「全数検査すべきだ」という主張や「検査が少ないのは××の陰謀or利権だ」という議論に惹かれやすくなる。

 私は,ここで政府も専門家も,すじを曲げる必要はまったくないが,市民・住民の心理を踏まえた工法とコミュニケーションがもっと必要だと思う。このままでは疑心暗鬼が募るであろうし,募ることにはそれなりの社会心理的な理由はあるからだ。

 ちなみに韓国の場合,誰でも検査を受けられるから,その時点での不安・不満は日本より少ないだろう。もしこれで,実際に感染者が少なければそれでみな安心して話は終わりである。それならばよかった。しかし,実際には感染者が多数見つかったり,軽症者も含めて病院に殺到した。だから韓国では病床の不足,陰圧病棟を重症者に優先に割り当てられないという困難が生じている。現時点で,いわゆる「医療崩壊」の危険は日本より韓国に生じていると言ってよい。だから韓国のようにすればよいということにはならない。

2)自宅療養の問題。「PCR検査してようがしていまいが,風邪の症状が出た段階から自宅療養する」という日本政府・専門家の見解は,実行できれば正しいと思うが,実行が難しい。

 まず,日本の会社は,風邪くらいでは休ませてくれないおそれがある。ここが最初の壁となる。新型コロナウイルスに感染していれば,さすがに「出勤するな」と言う場合がほとんどだろうが,「陽性か否か」で会社の態度は大きく違うことが多い。インフルエンザもそうだが,日本のビジネスパースンには,「陽性か否か」で自宅待機のお墨付きの有無が決まってしまうのだ。なので,風邪症状の段階で自宅療養を徹底することが難しい。
 だから,日本政府は,「現下の情勢で,風邪の症状がある人を出勤させるのは労働契約法上の安全配慮義務違反であり,許されない。出勤を停止せよ」と企業に通知し,また有給休暇を与えることを要請し,さらに小中校の休校のこともあるので休業補償の制度を緊急に整えるべきだ。そうしないと「風邪で休め」の実行は難しい。

 次に,風邪であれ軽症の新型コロナウイルス感染症であれ,家族がいる場合には感染させないように防護措置を取らねばならない。家族への感染は大いにありうるのに,その防止策の宣伝と支援が弱すぎる。政府方針には,自宅療養のことは書かれていても,家族への感染防止については一言も書かれていない。これでは「病院で何とかしてもらいたい」「入院させてほしい」という心理は募るばかりだ。

 例えば,厚労省の一般向けQ&Aには以下のことが書かれているが,読む人は少ないだろう。(引用)「(1)部屋を分けましょう。(2)感染が疑われる家族のお世話はできるだけ限られた方で。(3)マスクをつけましょう。(4)こまめに手を洗いましょう。(5)換気をしましょう。(6)手で触れる共有部分を消毒しましょう。(7)汚れたリネン、衣服を洗濯しましょう。(8)ゴミは密閉して捨てましょう」。政府は,これをシェア先のBBCの動画のようにもっと大々的に,わかりやすく広報することに重点を置いて,自宅療養への不安を和らげる工夫をすべきではないか。

 日本政府と専門家は,人がどのようなところに不安を持ちやすいか,必要であっても社会においてやりにくいことは何かにもっと注意を払って,医学的見地を補強する措置を取ってほしいと思う。

「新型コロナウイルス、自主隔離でやるべきこと」BBC NEWS JAPAN,2020年2月28日。

https://www.youtube.com/watch?v=8Aiku0QH9S0

岩永直子「新型コロナ、なぜ希望者全員に検査をしないの?  感染管理の専門家に聞きました」Buzfeed,2020年2月26日。
https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-sakamoto

新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け)Q13 「家族に新型コロナウイルスの感染が疑われる場合に、家庭でどんなことに注意すればよいでしょうか?」厚生労働省。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00001.html#Q13

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