2024年9月5日木曜日

日本製鉄がUSスチール買収完了後のガバナンス方針を発表:買収が成立しても種々の問題は続く

 日本製鉄が,USスチール買収完了後のガバナンス方針を発表した。USスチールを買収しようとする場合,雇用維持,米国内での設備投資,地域社会との共存等々を求められることは最初から見えていたが,トランプ,ハリス両大統領候補やバイデン政権の反対方針が伝えられるに及び,一層強いコミットメントを発せざるを得なくなったようだ。以下,発表とは順序を変えながらコメントする。

 「日本製鉄はUSスチールに高度な生産および技術能力を供与します。これには、高炉におけるCO₂排出削減技術も含まれます」。これは約束するまでもなく当然そうするつもりであったろう。とくにハリスが大統領になった場合,アメリカはパリ協定にとどまり続け,高炉のCO2排出削減は強く求められるであろうからだ。

 「日本製鉄は、米国の鉄鋼市場において、USスチールの米国国内生産を優先します」というのは,日本から輸出ドライブはかけないという意味であろう。そのためにはUSスチールの生産拠点を強化しなければならない。

 「USスチールの既存の生産拠点への大規模な投資の実行」のうち,老朽化したモンバレー製鉄所への投資は負担になる。ただ,圧延・加工工程への投資に見えるので,とくに老朽化の激しいコークス工場や高炉・転炉のリフレッシュを約束させられるよりは経営合理性があるだろう。ゲイリー製鉄所の第14高炉改修は,もっとも健全な高炉一貫製鉄所をリフレッシュするわけだから,まず問題ない。なお,ここに書いていない大規模製鉄所だが,ビッグ・リバー・スチールはもとより最新鋭の高級鋼材も作れる大型電炉ミルであるから言及するまでもないのであろう。あと二つ,ナショナル・スチールから買収したグレートレークス製鉄所とグラニットシティ製鉄所があるのだが,前者はコロナ禍以来,高炉・転炉が休止されている。後者は高炉・転炉も動いているが年産200万トン以下である。言及してないということは,これらの扱いは争点になっていないのだろう。

 「USスチールの生産や雇用の海外移転は行いません」「本買収に伴うレイオフ、工場休止・閉鎖は行いません」というのは,日本製鉄にとって負担となる。モンバレーの老朽製鉄所を閉鎖することが困難になるからだ。逆に言えば,中西部の鉄鋼関係者や製鉄所地域の人々にとっての勝利である。

 このことは,むしろ日本の関係者に問題を突き付けているだろう。日本製鉄は日本でレイオフこそ行わないものの,「生産や雇用の海外移転」「工場休止・閉鎖」を進めているからだ。現に瀬戸内製鐵所呉地区では,高炉一貫生産システムを丸ごと閉鎖した。日本製鉄は日本でよりも,アメリカでの方が,強く生産維持のコミットメントを発している。また,「工場を閉鎖せずリフレッシュし続けよ」という社会的圧力は,本国である日本よりアメリカで強くかかっている。むしろ,日本の鉄鋼関係者や製鉄所地域はそれでいいのかということが問われている。

 しかし,モンバレーを維持し,圧延・加工工程だけリフレッシュして,それでどうなるかという問題がある。コークス工場や高炉・転炉に競争力がないまま動かし続ければ,輸入品やミニミル品との競争に敗れることは必至である。そうすると次のコミットが意味を持ってくるかもしれない。

 「USスチールの取締役の過半数は、米国籍とします」と「USスチールの通商措置に関する意思決定に対して、日本製鉄およびNSNAによる干渉がなされないことを確実にするため、通商措置に関する決定は独立取締役の過半数の承認を必要とすることとします」の組み合わせは,日本製鉄の足かせとなる可能性がある。端的に,USスチールが日本製鉄に対してアンチ・ダンピング訴訟を起こすかもしれないからだ。そんな馬鹿なと思う人がいるかもしれないが,前例がある。かつてNKKはナショナル・スチール(現在はUSスチールの一部)を子会社としていたが,ナショナル・スチールは通商訴訟においてNKKを訴えていた。子会社は親会社を訴え,親会社は子会社の主張が間違っていると抗弁していたのだ。NKKは結局,ナショナル・スチールをコントロールしきれずに手放した。

 日本製鉄は当然このことを知っているので,同様の事態を避けたいはずである。しかし,仮に反対の政治的圧力を乗り越えて買収を実現したとしても,このコミットメントが摩擦の発火点になる恐れがある。

「日本製鉄によるUSスチール買収完了後のガバナンス方針について」日本製鉄株式会社,2024年9月4日。
https://www.nipponsteel.com/news/20240904_050.html



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