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2020年3月16日月曜日

株価が下がれば含み損が出るのは当たり前。当たり前でないのは日銀がETFを買い続けて来たこと

 日銀はあまりにも多くのETF(指数連動型上場投資信託受益権)を購入している。3月10日現在の保有額は29兆969億7140万1千円である。ちなみに,2月29日よりも2000億円以上増えている(日銀バランスシート)。そのため,新型コロナウイルス危機に際してジレンマに直面している。一方では株式市場安定のためにさらに買い支える行為に乗り出しており,それが上記の保有額増につながっている。他方でその程度のことでは株価下落は抑えられず,保有するETFにはすでに含み損が発生していると考えられる。黒田総裁は日経平均株価で1万9500円程度が損益分岐点と国会で述べたが,先週末3月13日の終値は1万7431円だったから。買い増すのが日銀のポリシーだが,それは日銀に損失を発生させる危険をさらに増す。

 そもそも,日銀はなぜETFを購入するのか。経済危機に際して信用崩壊を防ぐために一時的に買い入れたのではない。2010年以来,延々と買い続けてきたのだ。
 これは金融緩和ではない。日銀は「リスク・プレミアムを低下させるため」と説明しているが,端的に株価を下落しにくくするためだ。銀行として融資を行うことや債券を購入すること,すなわち信用を供与することと,エクイティ投資とは全く性質が異なる。投資信託を通した間接的投資とはいえ,エクイティ投資とは,日銀自身が資本家になってリスクを取り,企業に投資することに他ならない。
 株式投資を恒常的に行っているのだから,日銀には景気がよければ利益が上がり,経済危機に際して損失が出るのは当然の帰結である。貸した金は返してくれということができるが,エクイティ投資は自らリスクをとったのだから投資した資本が利益を生まなければ自分が損をするのだ。それは何もおかしくない。

 おかしいのは,中央銀行が自ら株式投資家にならなければ投資を支えられないという日本経済における投資の停滞性であり,それに対して民間経済の再編成を促さずに,中央銀行の恒常的株式買い支えに寄生させてどうにかしようという政策方針だ。もともとがおかしかったのだ。

「保有ETFの含み損には引当金必要、十分注視する=黒田日銀総裁」Reuters,2020年3月10日。



2020年3月14日土曜日

「何もしてもらえない」という不安に政府が応えなければ,検査キットに飛びつく人は多いだろう

 孫正義氏は簡易PCR検査100万人分の提供をしたいと表明したが,批判が多いことを受けて撤回し,マスク100万枚無料提供に切り替えたようだ。

Twitter 孫正義@masason

 孫氏への批判自体はもっともだ。何度も言うが,PCR検査の感度が70%程度しかなく,新型コロナウイルス感染症に対する特効薬もない以上,検査は重症者同定のために医師の判断に拠って行い,軽症者は感染以前に風邪の症状があるうちから自宅療養するという日本政府方針の方針は合理的だ。

 だが,ここで言いたいのはそのこと自体ではない。孫氏が今回,検査キットの提供を止めるとしても,やがて(あるいはまもなく)誰かが提供を始めるかもしれず,その配布は少なくない人に受け入れられるだろうということだ。なぜならば,医学的・公衆衛生的な見解にかかわらず,多くの人が検査を求めているからだ。その根底には「自分または家族が感染しているのではないか」という不安があり,「それなのに行政と医療機関は何もしてくれずに,病院に来るな,軽症なら自宅療養せよとばかり言う」という不満があるからだ。

 強い不安・不満が社会行動を引き起こすこともまた確実である。敢えて言えば,それは医学的見地がどうあれ社会科学的にありうることであり,それもまた科学的に理解すべき現象なのだ。

 だから,検査を求める心理に対して,医学・公衆衛生的に間違っていると非難するだけでは問題は解決しない。医学や公衆衛生の見地を曲げる必要はないが,それに立脚しながらも,不安・不満にこたえる社会的な対策が必要なのだ。

 では,どうすべきなのか。ここからは頭の体操レベルの話しかできないし,いくつかはこれまで書いたことの繰り返しだが,私は以下のことが必要だと思う。FB友人で政治・行政に携わる方には,左右を問わずご一読いただけると幸いだ。

1.政府や専門家会議,自治体,医療機関は,PCR検査や簡易キットの不正確さを指摘してもいいが,「そんなものを信じるな」的対応をしない。それでは行政と医療機関への不満はますます募る。
2.簡易キットなどで陰性と判定された人にも,あくまで安心して危険な行動をしないように呼び掛ける。要するに,密閉された空間で多人数で集まり,発話・会話しないことを繰り返し呼びかける。
3.陽性が判明して治療を求める人には,無症状または軽症であれば自宅療養としてもらうことを徹底する。ただし,ただ「家にいて人に感染させるな」と命じるだけの態度を取らない。みな「何もしてもらえない」ことが不安だからだ。行政は,自宅療養を系統的に支援することが必要だ。例えば,看護ツールの提供,定期相談体制,いざというときに医療機関につなぐ連絡体制。
4.医療機関のパンクを防ぐとともに家族内感染を防ぐために,韓国の生活治療センターのような一時療養施設の設置を検討する(自宅療養支援に集中するのが良いか,一時療養施設も設置する方が良いか,韓国の事例を調べて,今から検討しておく)。
5.「風邪症状があって自宅療養する」ことの社会的ストレスと経済的負担を下げる社会政策を打つ。すなわち,風邪症状があって自宅療養することについての休暇を認めるように政府機関に強制し,民間企業に要請する。あわせて,風邪症状がある従業員に出勤を命じることを労働契約法上の安全配慮義務違反であると厚労省から通知する。
 上記休暇を政府機関では有給にする。企業が経営事情から有給に出来ない場合も多くなると思われるので,後日,給与相当分を労働者に直接還付する制度をつくる。企業の休暇に関する記録と賃金台帳から給付額を算定する。

 具体的方策がこれでよいかはともかくとして,政府や専門家会議は,医療崩壊を防ぐとともに,「何もしてもらえない」という不安を緩和するように努めるべきだ。



2020年3月10日火曜日

自分や家族が新型コロナウイルスに感染しているのではないかという不安と,自宅療養への不安にどう応えるのか

 これまで書いてきたように、私は新型コロナウイルス感染症のPCR検査と自宅療養に関する限り、専門家会議と日本政府の方針は間違っていないと思う。しかし、家族、友人、学生と話しているうちに、間違っていなければいいというものではなく、このままでは人々の不安・不満が募るばかりではないかとも思うようになってきた。以前も一度書いたが、もっと整理してみたい。

1.自分や家族が感染したのではないかという不安
 PCR検査は、重症者と既往症のあるハイリスク感染者を特定し、それにふさわしい治療を受けさせるために、医師の判断によって行われる(もはや保険が適用され、保健所の判断は不要になった)。何度も書いたがそれは正しい。
 だが、多くの人は不安になる。風邪のような症状があって、COVID-19かもしれないから確かめて欲しいと思うからであり、自分が感染していないことを確認したいからだ。しかし、そのように言っても多くの場合、医師は「必要ない」という。それどころか、コールセンターが「むやみに検査のために病院に行かない方がいい」という。
 不安で仕方がないのに、検査してもらえず、病院で診てももらえないというないという不満が募る。

2.自宅療養への不安
 いまは、風邪のような症状がある人から自宅療養することが大切だ。それによって感染の拡大を防ぐことができるからだ。何度も書いた通り、それは正しい。
 だが、多くの人は不安になる。自分や家族の風邪の症状がだんだん重くなってきても、コールセンターは「むやみに病院に行かない方がいい」と言う。病院に行っても、風邪や肺炎の治療はしてもらえることもあるが、とにかく自宅で安静にせよとしか言われることもある。
 1人暮らしで身の回りの世話を自力でしながら自宅療養せよと言われるのも辛いが、家族がいて感染させないようにしなければならないのも不安だ。子供やお年寄りが感染して自分が家族の場合、どうやったら看病しながら自分への感染を防ぐのかというのも不安だ。そもそも子どもやお年寄りが風邪を引いた場合、濃厚接触せずにいるのは困難だ。一人でお風呂に入れない場合はどうしたらいいのか。
 症状がだんだんと重くなってきて、COVID-19ではないかと不安になっても、上記のようになかなか検査もしてもらえない。不満が募る。あげく、今後感染者総数が増えると病床が塞がり、検査して「陽性」と分かっても軽症者だと自宅待機、自宅療養になる可能性がある。

 これを要するに、COVID-19ではないかという不安と、自宅療養への不安、そしてその双方について「何もしてもらえない」という不満を抱く人が多くなっていく可能性がある。

 専門家会議と政府の方針は、1)医療崩壊を防いで死亡者を少なくするためと、2)感染拡大のスピードを落とす上で正しい。しかし、これは一個人にとってみると、「自分のことより社会的に感染を拡大させないことを考えよ」と言われているに等しい(「無闇に病院に行かない方がいい」は本当は自分の利益になるのだが、病院が当てにならないと感じてしまう)。自分のためには「何もしてもらえない」と見えてしまう。それでは、方針は実行されないし、社会は不安定になってしまう。民主主義の社会では、政府方針の実行も人々の気持ちと意思と自発的行動にかかっているからだ。

 政府や専門家会議には、この二つの不安・不満を緩和する対策にもっと力を注いでほしい。私は素人なので専門的に的を射た方法がわからないが、例えば、十分ではないにせよ以下のようなことはできるのではないか。まちがっているかもしれないので、もっと専門的に検討してほしい。その際、医療と公衆衛生の見地に加え、心理学的見地を十分に考慮してほしい。
 1)医師が必要と認めた場合の検査はとどこおりなく行われるようにする。
 2)「誰でも検査すべきだ」などとマスコミや政治家が言う場合は反論すればいいが、一般市民が訴える場合には、自治体窓口や医療機関は「あなたは間違っている」などと言わずに、いかに不安で苦しい状態にあるのか、よく話を聞くようにする。時間がかかってしまうので、このためにも相談、カウンセリングの窓口、電話を受ける体制は拡充する。
 3)自宅療養について、当人及び家族の負担を和らげる支援措置を取る。Youtubeで自宅療養の方法をわかりやすく映像で流す。自宅療養する重い風邪の人にも、今後増えるかもしれない感染が判明した入院待機の人にも、一定の基準を決めた上で、政府・自治体が調達したマスク、シーツ、消毒液、手袋、タオルと、自宅療養のわかりやすい手引きを無償支給する。自宅療養者とその家族には、特別な体制で電話、メール、チャットでの相談に乗る。

2020年3月9日月曜日

新型コロナウイルスが引き起こす経済危機に対して,マクロ経済政策は何ができるか:緊急措置と景気対策

先進諸国はこぞって金利の引き下げを行っている。新型コロナウイルスがもたらしうる経済危機に対して,マクロ経済政策は何ができるだろうか。まだ大まかなことしか考えられないが,メモしておこう。

*金利引き下げは緊急の企業救済には有効だが,景気対策としては機能しないだろう
 金利引き下げは,緊急避難的には有意義だ。経済活動の停滞によって企業の資金繰りが危うくなるので,中小企業を中心に,さしあたりの決済資金と運転資金を欠く企業が多発する恐れがある。これを支えるための金融緩和は役に立つ。安倍総理が表明した,中小・小規模事業者などに実質無利子・無担保融資を行うことも,大規模かつ迅速に実行されれば適切だ。
 だが,景気を支えるためには,さほどの力はない。論者によって起点は異なるが,最大公約数的に言っても世界金融危機以後,金融緩和は有効性を喪失しつつある。いかに短期金利を引き下げても需要は盛り上がらず,ゆるやかなディマンドプル・インフレが起こらない。まして,この新型コロナウイルス危機にあっては,金利が下がったら投資を拡大するとか住宅を建てるということはほとんどない。あるとすれば,感染症・公衆衛生関連分野や,停滞する社会活動を代替する分野(ネット会議,ネット教育,宅配など)に限られるだろう。金利引き下げで投資を盛り上げるのは困難だ。

*財政拡充も緊急の生活救済には有効だが,景気対策としては分野・方法を考える必要がある
 となると,やはり金融政策ではなく財政政策の有効性を検討しなければならない。財源論や財政赤字はさほど問題ではない。自国通貨建て債務を多少拡大したところで各国政府が破たんしたり,長期金利が急騰することはない(ここは信用貨幣論・MMTが正しい)。日本が年度末なので予算を組むのにテクニカルな問題があることくらいだろう。
 ここでも財政政策でも緊急対応は有効なはずだ。小中高の休校に伴う家族の休業,企業活動の停滞による休業,さらに雇用縮小など,家計を脅かす要因が次第に深刻化しつつある。他方で,マスクなど一部の品目を除けばいまのところ生活物資は値上がりしていない。このようなときに必要かつ有効なのは,人々の生活を支える現金給付にほかならない。「ばらまきはよくない」と脊髄反射すべきでない。緊急措置としてのばらまきは有効だ。ばらまいたお金は確実に支出につながるからであり,また,いまのところ悪性インフレになる心配もないからだ(警戒は必要だが)。政府の休業補償措置は良い方向だが,フリーランス救済などに思い切って拡充し,さらにCOVID-19患者が治療で仕事を休む場合の公的所得保障,風邪程度の症状でも有給の特別休暇が取れる措置を企業に奨励して補助金を給付、失業給付の拡充,生活保護基準の一時的緩和などの措置を取るべきだろう。
 しかし,景気を支えるとなると,話が変わってくる。新型コロナウイルス危機では需要が停滞するだけでなくサプライチェーンの停止・寸断により供給も停滞するからだ。供給が停滞しているところにお金だけ投じて有効需要創出策をとっても,物価が上がるだけだ。これは各国政府・エコノミストが望んでいたインフレではない。望ましいのは,企業と個人の所得が増えて実際に財・サービスが買えて生活が豊かになり,その需要超過でゆるやかなディマンドプル・インフレになることだ。実質的に買えるものは変わらないか少なくなってしまうコストプッシュインフレやボトルネックインフレになるのでは,何の意味もない。この点はよく検討しなければならない。低所得層支援を持続的に行って需要の下支えにしつつ,医療・健康分野やサプライチェーン再構築支援など真に投資につながる支援を行うように,支出の分野・方法をよく考える必要があるだろう。

2020年3月7日土曜日

「社会経済の機能を可能な限り維持しながら感染拡大を抑制する」というモードを崩してはならない

安倍政権による中国,韓国からの入国規制は,小中高の一斉休校と同じく専門家会議の意見を聞いたものではない。感染症対策で専門家の意見抜きに,もっぱら政治判断で大胆な措置をするのは適切でない。
 この措置の行く末について,押谷仁教授は非常に重要なことを言っている。
「危険な地域から人を受け入れないことは感染症対策としてはあり得る。ただ、危険な地域は東南アジアや米国などにも広がっており、全部やらなければならなくなる」(『東京新聞』2020年3月6日)。
 そうなったらどうなるのか。
 私が先日の専門家会議の会見を見て感銘を受けたのは,現在の感染症対策を「武漢というところは,社会機能を停止させることで感染の拡大の収束に向かおうとしたが,わが国の現時点では社会経済活動を可能な限り維持しつつ感染拡大抑制の対応策を取るという,そう言うバランスを持ってやることが求められている」と理解し,その線で進めようとしていることだ。的確なとらえ方だと思う。社会科学者がもっと早く言うべきだったと反省した。この方向性を守るべきだ。そうすることで,日本社会の強靭さを示すべきだ(買い占め騒動など,強靭でないところも確かにあるが)。
 海外からの入国規制を,イタリア,フランス,イギリス,アメリカと広げていったらどうなるのか。確かに,感染者は互いに行き来しなくなる。それはいい。しかし,人と物と金と情報も行き来しにくくなる。無人運転とネットですべてが動くわけではないからだ。その影響は大きい。わが日本は自給自足しているわけではないからだ。
 そうすれば,社会の機能を停止してウイルスを抑え込むというモードに移行する。感染症対策のモードだけでなく,社会のモードが移行する。
 それは危険だ。感染症で死ぬ人が減ったとしても,物不足,コストプッシュインフレ,所得低下,失業により,健康状態が悪化し,死ぬ人が増える恐れが大きくなる。それでは本末転倒だ。
「社会経済の機能を可能な限り維持しながら感染拡大を抑制する」というモードを崩してはならないと,私は思う。

「<新型コロナ>中韓からの入国規制 首相表明 ビザも停止 指定場所で2週間待機へ」『東京新聞』2020年3月6日。


【LIVE】新型コロナウイルス 専門家会議 会見,2020年3月2日。


2020年3月6日金曜日

「多数のPCR検査がなされていないから,感染者が本当は何人いるかわからない」ことについて

「多数のPCR検査がなされていないから,感染者が本当は何人いるかわからない」ことについて。実はここ数日,複数の学生からこのような話を聞いている。あまり専門外のことに立ち入りたくないが,一応,勤務先大学も専門家会議と政府の方針に沿って学生に色々お願いしている当事者なので,学生に不安や疑問があれば答えねばならない。まとめてみた。

1.PCR検査は感染者数を測定するために行っているのではない
 そもそもPCR検査は感染者数を測定するために行っているのではありません。重症者や,既往症のあるハイリスクの感染者を特定して,そのような人の生命を救い,重篤な状態に陥らせないためにあるのです。誰もかれもについて陽性か陰性かを決めるために行っているのではないのです。人数がわからないから検査がおかしいというものではありません。重症者やハイリスク感染者の命を救うことに役立っていれば有効です。

2.感染者数をPCR検査で把握するのは日本では不可能
 検査がたくさんなされないと,確かに感染者数は正確にはわかりません。北海道の感染者数は3月4日までで82人ですが,専門家会議は940人いるだろうと推定しています。しかし,正確に確かめようとしたら,住民を片端から検査しなければなりません。北海道の人口は528万人もいるので,不可能です。3月2日の政府答弁によれば,検査能力は1日4000人超ですから。つまり,感染者を片端から個別に見つけることはそもそも不可能です。

3.軽症の人に検査して陽性であっても,対処は変わらない
 次に,たとえ軽症の人に検査対象を広げた結果,陽性だとわかったとしても,医療機関や本人がやることは同じだということです。重症になりそうな人は今も検査して,陽性だったら入院させています。無症状の人については次に書きます。問題は風邪の症状があるような軽症の人です。
 軽症の人に検査して陽性であったとしたら,どうなるでしょうか。
 まず医療機関。検査数の少ない今は,軽症でもCOVID-19だとわかったら入院させることが多いようです。けれど,検査数を増やして感染者数が多数見つかった場合は病床が足りませんから,軽症者を入院させることは不可能です。そしてCOVID-19には特効薬がありません。ですから,風邪症状なら風邪の治療,肺炎ならば肺炎の治療をするしかありません。ここがインフルエンザと違います。
 次に本人と家族。ここは,日本政府の方針がポイントです。日本の方針は,「風邪の症状が出たら,自宅で療養し,自宅内で自己隔離してください」です。これを守っている限り,風邪の段階ですでに自宅隔離しています。もし軽症のCOVID-19だとわかっても,やはり自宅隔離なので,やることは同じです。
 だから,軽症の人を検査で見つけ出しても,やることは同じなので意味がないのです。
 それどころか,検査対象を広げて大勢の人が病院に押し寄せれば,それだけで感染が広がる恐れがあり,医療崩壊を引き起こします。良いことより悪いことの方が多いでしょう(ドライブスルー検査をすれば,少し改善するかもしれませんが)。
 この方針にも弱点はあります。日本のビジネスパースンが,風邪症状の段階で自宅療養できるかどうか怪しいということと,自宅隔離は家族にとって簡単でないということです。それは,3月1日の投稿に書いた通りであり,政府はこの弱点を補う措置を取らねばなりません。

4.無症状で人に感染させている人をどうやって見つけるか
 一番問題なのは,無症状の人です。検査をしないと無症状病原体保有者が感染を広げるのではないかという不安はもっともなことです。
 これには完全な解決法がありません。片端から検査して見つけることは,2で書いたように不可能ですし,無理にそこに挑戦しても3で書いたように医療崩壊のもとなのでかえって個人にも社会にも有害です。
 となると,方法は二つだと思います。専門家会議が考えているのもこの二つだと思います。
1)感染のクラスターが発覚した時に,そこから濃厚接触者をたどっていって,無症状なのに他人に感染させている人を見つける。この場合は,濃厚接触者なら無症状でも検査しますので,無症状で感染を広げている人を見つけられる可能性があります。
2)とにかく日本の住民全員に,多人数が肘とひじの触れ合う距離で集まるところに行かないでもらう。無症状感染者の人も感染していない人もそうすれば,感染は広がりません。
  政府がこの措置を有効にするためには,やはり補完措置が必要なように思います。さしあたり大規模時差通勤を全国の政府機関に命令して導入し,自治体と企業に要請します。また,交通各社の協力を得て混雑率を緊急調査し,なお一定以上である路線を使う人には,短時間勤務になってでも通勤時間をずらすことを認め,かつ短時間勤務でも給与を保証するよう,政府機関には命令し,地方自治体と企業には要請します。このくらいは必要だと思います。

 なお,これを書き終えてから,感染症専門家である高山義浩医師のFacebook投稿に接しました。照合してみましたが,上記の見解はたぶん間違っていないと思います。
https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=2735521836501306&id=100001305489071

※3月24日修正。4.2)を10-30代の人を対象としていたのを,日本に住む人全員に修正。

2020年3月1日日曜日

PCR検査をしてもらえないと不安になる理由と自宅療養の難しさ:補足措置の必要性についての考察

日本の新型コロナウイルス感染症対策における,いわゆる「なかなかPCR検査してもらえない」問題。希望者全員を検査しろとテレビやSNSで主張する人と,それはすべきではないという専門家の見解を多数読んで,ようやくこの問題の構造が見えてきたように思う。社会的なことを含むので,一応発言する資格はあるだろうから書く。

 まず検査についての私の基本姿勢は,感染症専門家と同じく,二つに分けて考えるべきというものだ。
1.医師が「検査が必要だ」と判断した患者については,迅速に検査すべきだ。これが滞っているのはおかしい。医師会も調査に乗り出しているし,厚労省も問題があることは認めている。改善すべきだ。
2.希望者が全員検査を受けられるようにすることは,検査を受ける当人にとっても社会にとっても利益がないので,すべきではない。

 さて,ここで,専門家が正しいということ自体を書きたいのではない。それはリンク先Buzzfeedの記事をご覧いただきたい。私は,専門家の見解は,事実については医学的に正しく,また行動指針としては,それが実行できれば有効なのだけれど,それでも問題があることについて発言したい。つまり,専門家の見解は,個人の常識的直観に反するので受け入れられにくいところがあり,また,個人と社会にとって実行が難しいところがあるのだ。なお,検査の問題と自宅療養の問題が連動しているので合わせて書く。

 わかりやすくするために,韓国と対比しよう。韓国では,希望者はだれでもPCR検査を受けることができる。そのため,検査数は非常に多くなり,また宗教団体の集団感染もあって感染者数は激増している。また,感染した軽症者については,いまのところ入院させる措置になっている。専門家は軽症者の自宅療養を主張しているが,政府はまだ方針化していない。そして,病床不足が起こっている。

 日本の場合は,医師が必要と認めた場合にPCR検査をすることとし,また感染者が増えた場合には,無症状者・軽症者は自治体の判断で自宅療養にすると方針化されている。加えて,風邪程度の症状があったら,検査以前の問題として自宅療養すること,出勤・登校しないことが要請されている。日韓では大きな違いがある。

1)まず検査の問題。無症状,軽症なうちにどちらの不安が募るかと言えば,日本の方だろう。個人としては,なかなか検査もしてくれないし,新型コロナウイルスに対応した特別な治療もしてくれないように見えるからだ。また社会としては,検査不足のために感染者数が過小に表示されているという疑心暗鬼が募るからだ。実際に,そこのところで不安と不満が募っている。

 実は,ここで個人にとって,検査しないことによる不利益はない。「風邪の症状があったら自宅療養する」のが有効なのは、実際に風邪であっても軽症の新型コロナウイルス感染症であっても同じだ。そして,実は軽症である限り,検査してもしなくても医師がやってくれる治療法は同じなのだ。新しい薬がもらえるわけではないし,入院も,これまではほとんどさせてくれたが,もっと感染者が増えれば軽症では不可能になるだろう。なぜかというと,一方で,この新型コロナウイルス感染症について,軽症の場合は対処療法しかないからであり,他方で対応できる病床が限られている上に,ダイヤモンド・プリンセス号対応で首都圏のキャパシティを使ってしまったからだ。重症の人から順に入院させねばならない。なので,無症状や軽症の人にとって,仮に検査しても,しないのと結果は同じになる。だから無理に検査対象を広げない。日本の方針は理屈に合っている。

 にもかかわらず,無症状の住民,軽症の患者からすると,不安や不満は解消しない。そこには理由がある。日本では,多くの人が日常感覚として医療に対し「検査結果に応じて新しい対処をしてもらえる」,「感染しているとわかったら新しい対処をしてもらえる」,「そうあるべきだ」という期待を持っている。私も持っている。ところが今回は,もし希望者全員が検査を受けられるようにすると,「検査結果がどうあれ,対処は変わらない」,「感染しているとわかっても新しい対処は何もない」ということになるのだ,と専門家が言っている。これは多くの人にとって「皆さんの期待には応えられません」と告げられていることを意味するので,不満を覚えるし,健康にかかわるから不安も覚える。感覚的に受け入れがたいので,「全数検査すべきだ」という主張や「検査が少ないのは××の陰謀or利権だ」という議論に惹かれやすくなる。

 私は,ここで政府も専門家も,すじを曲げる必要はまったくないが,市民・住民の心理を踏まえた工法とコミュニケーションがもっと必要だと思う。このままでは疑心暗鬼が募るであろうし,募ることにはそれなりの社会心理的な理由はあるからだ。

 ちなみに韓国の場合,誰でも検査を受けられるから,その時点での不安・不満は日本より少ないだろう。もしこれで,実際に感染者が少なければそれでみな安心して話は終わりである。それならばよかった。しかし,実際には感染者が多数見つかったり,軽症者も含めて病院に殺到した。だから韓国では病床の不足,陰圧病棟を重症者に優先に割り当てられないという困難が生じている。現時点で,いわゆる「医療崩壊」の危険は日本より韓国に生じていると言ってよい。だから韓国のようにすればよいということにはならない。

2)自宅療養の問題。「PCR検査してようがしていまいが,風邪の症状が出た段階から自宅療養する」という日本政府・専門家の見解は,実行できれば正しいと思うが,実行が難しい。

 まず,日本の会社は,風邪くらいでは休ませてくれないおそれがある。ここが最初の壁となる。新型コロナウイルスに感染していれば,さすがに「出勤するな」と言う場合がほとんどだろうが,「陽性か否か」で会社の態度は大きく違うことが多い。インフルエンザもそうだが,日本のビジネスパースンには,「陽性か否か」で自宅待機のお墨付きの有無が決まってしまうのだ。なので,風邪症状の段階で自宅療養を徹底することが難しい。
 だから,日本政府は,「現下の情勢で,風邪の症状がある人を出勤させるのは労働契約法上の安全配慮義務違反であり,許されない。出勤を停止せよ」と企業に通知し,また有給休暇を与えることを要請し,さらに小中校の休校のこともあるので休業補償の制度を緊急に整えるべきだ。そうしないと「風邪で休め」の実行は難しい。

 次に,風邪であれ軽症の新型コロナウイルス感染症であれ,家族がいる場合には感染させないように防護措置を取らねばならない。家族への感染は大いにありうるのに,その防止策の宣伝と支援が弱すぎる。政府方針には,自宅療養のことは書かれていても,家族への感染防止については一言も書かれていない。これでは「病院で何とかしてもらいたい」「入院させてほしい」という心理は募るばかりだ。

 例えば,厚労省の一般向けQ&Aには以下のことが書かれているが,読む人は少ないだろう。(引用)「(1)部屋を分けましょう。(2)感染が疑われる家族のお世話はできるだけ限られた方で。(3)マスクをつけましょう。(4)こまめに手を洗いましょう。(5)換気をしましょう。(6)手で触れる共有部分を消毒しましょう。(7)汚れたリネン、衣服を洗濯しましょう。(8)ゴミは密閉して捨てましょう」。政府は,これをシェア先のBBCの動画のようにもっと大々的に,わかりやすく広報することに重点を置いて,自宅療養への不安を和らげる工夫をすべきではないか。

 日本政府と専門家は,人がどのようなところに不安を持ちやすいか,必要であっても社会においてやりにくいことは何かにもっと注意を払って,医学的見地を補強する措置を取ってほしいと思う。

「新型コロナウイルス、自主隔離でやるべきこと」BBC NEWS JAPAN,2020年2月28日。

https://www.youtube.com/watch?v=8Aiku0QH9S0

岩永直子「新型コロナ、なぜ希望者全員に検査をしないの?  感染管理の専門家に聞きました」Buzfeed,2020年2月26日。
https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-sakamoto

新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け)Q13 「家族に新型コロナウイルスの感染が疑われる場合に、家庭でどんなことに注意すればよいでしょうか?」厚生労働省。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00001.html#Q13

信用貨幣は商品経済から説明されるべきか,国家から説明されるべきか:マルクス派とMMT

 「『MMT』はどうして多くの経済学者に嫌われるのか 「政府」の存在を大前提とする理論の革新性」東洋経済ONLINE,2024年3月25日。 https://finance.yahoo.co.jp/news/detail/daa72c2f544a4ff93a2bf502fcd87...