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2019年12月20日金曜日

グローバリゼーションの失速、景気の減速、地政学的リスクの増大、気候変動:多層的ガバナンスの構築は間に合うのか

 昨日12月19日の『日本経済新聞』に掲載されたイアン・ブレマー「『未曽有の難局』に備えよ」。ブレマー氏の言うことを圧縮すれば以下のようになる。

・「グローバル化の加速で「見捨てられている」と感じている人は数多く存在する」。この「認識は特に先進国の中産階級に浸透している。
・この認識のため「グローバル化の勢いがほぼ1世紀ぶりに失速し始めた」。
・「そのグローバル化の失速が最悪のタイミングで到来している」。
・「世界景気は減速しつつある」。景気は循環するものだが、「今後はこれまでのように持ち直す保証はない。というのも、新たに二つの要素が重要になっているからだ」。
・「一つ目は地政学的な要素だ」。地政学上の動きにも循環があり、「『後退』期には、国際機関の有効性や国際協調の機運が衰え、国際紛争や対立が増える」。
・「二つ目は気候変動の要素だ」。
・「現代社会は未曽有の状況に陥っている。グローバル化、地政学、そして経済が同時にマイナスに転じつつある一方で、世界の状況は過酷さを増しつつある」。

 ブレマーの思想には詳しくないので、さしあたりこの記事だけを出発点に考えよう。確かに、相当警戒した方がよい情勢だと思う。では、解決の方向はどこにあるのだろうか。
 国際協調とグローバル・ガバナンスだけでは、これを乗り切ることはできないだろう。学部ゼミで読み終えたダニ・ロドリック『貿易戦争の政治経済学』などを踏まえると、もう少し修正が必要かもしれない。
 気候変動はグローバル・ガバナンスでなければ解決できないが、通商紛争はナショナルなガバナンスを回復させながら国際的調整を行わないと激化するばかりだ。例えば、WTOを機能麻痺から救うことはどうしても必要である反面、社会的セーフティ・ネットはそれぞれの国で構築されねばないからだ。両者はどうしても矛盾する。
 矛盾のないグローバルな制度もなければ、国際紛争を激化させるばかりのナショナリズムでも解決しない。中間にあるはずのリージョナリズム(国より大きい方。EUとかASEANとか)も必要ではあるが両者にとって代わるほどではない。だから、両者の対立が通商紛争に現れる際の調整様式を、当面はプラグマチックに対応しながら、形を整えていくしかないように思う。
 難局に対応するために、多層的なガバナンスを模索する時期に入ったというべきなのかもしれない。しかし、特定の民族や社会集団を非難するキャンペーンで支持を獲得し、権力を持ったら仲間内に利権を配るような政治が、解決への努力を妨げているのが現実の動きだ。まにあうのだろうか。

「『未曽有の難局』に備えよ  イアン・ブレマー氏 米ユーラシア・グループ社長」『日本経済新聞』2019年12月19日。

2019年12月11日水曜日

パートタイマーだけにボーナスや通勤手当を支給しないことは2020年4月1日から違法となる:労働運動も経営者もただちに行動すべき

「働き方改革」関連法の賃金関連部分が来年4月1日より施行されるのだが,世の中で全然話題になっていない(中小企業については2021年4月1日から)。大丈夫なのか。不十分で問題も含んだ法律であったが,それでもパートタイマー・有期雇用労働者,派遣労働者にとっては,処遇改善のまたとない機会である。逆に経営者にとっては,必要な財源を計算して確保し,就業規則を改正しなければ違法状態に陥る。いずれの立場からみても,行動を起こすべきは今であり,何もしなければたいへんな混乱状態を招くだろう。

 ここでは話を分かりやすくするため,パートタイマー・有期雇用労働者について,解釈の余地が小さく,ほぼ確実に違法あつかいされることを四つあげる。労働運動は,これを経営者に強く主張してよい。法的にまちがいなく正当だからだ。経営者は,これらを4月1日にはなくせるように人事制度を改革しなければならない。

*正規労働者にはその貢献にかかわらず常に何らかのボーナスを支給しているのに,パートタイマー・有期雇用の労働者にだけ支給しないのは違法である。パートタイマー・有期雇用労働者にも,貢献に応じて何らかの支給をしなければならない。
*正規労働者とパートタイマー・有期雇用労働者の間で,通勤手当と出張旅費について差をつけるのは違法である。
*正規労働者とパートタイマー・有期雇用の労働者との間に福利厚生の利用条件で差をつけるのは違法である。
*正規労働者とパートタイマー・有期雇用の労働者との間で,慶弔休暇,健康診断のための勤務免除および有給の保証について差をつけるのは違法である。

 もちろん,働き方改革の事項は他にもいろいろあり,また派遣労働者に独自の事項もある。しかし,派遣労働者については運用が複雑で,このように短く目玉をまとめることが難しいため,ここではパートタイマー・有期雇用の問題に絞ったことをお断りしておく。

 なお,これが私の勝手な法解釈でない証拠として,厚労省「同一労働同一賃金ガイドライン」を参照されたい。

厚生労働省「同一労働同一賃金ガイドライン」のページ
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000190591.html
ガイドラインへの直リンク
https://www.mhlw.go.jp/content/11650000/000469932.pdf

2021年3月7日追記。
 2020年10月に大阪医科薬科大学事件について最高裁は,働き方改革関連法(改正短時間・有期雇用労働法)ではなく旧労働契約法に依拠した判決を下した。そこでは,同大学の条件に即してであるが,アルバイト職員に対してボーナスを支給しないことが不合理とまでは言えないという判断が下された。私は,この判決は,パートタイマー・有期雇用労働者にも貢献に応じてボーナスを支給すべきという立法趣旨に反するものだと考えるが,少なくとも,非正規労働者にボーナスを支給しないことが,当然には違法とされないことになってしまった。

2019年12月7日土曜日

フィンテック企業は,金融機関と日本銀行なくしては債務を決済できない:だからこそ手数料引き下げに意味がある

 銀行,信用金庫,信用組合,労働金庫,農業協同組合が加盟する「全銀システム」について,「金融機関以外は利用が難しいことや手数料が高いことが,決済事業への新規参入を阻害していないかどうか」公正取引委員会が調査を始めたという報道が『日本経済新聞』2019年12月7日付であった。

 手数料が高いことがキャッシュレス支払・決済事業への参入を阻害するのはわかる。銀行間送金手数料が高いことや横並びであること,銀行口座からスマホ決済アプリにチャージする際のチャージ手数料が高いこと等はそれに当たる。

 だが,「金融機関以外は利用が難しいこと」が問題だとか,全銀システムは「加入時には多額の費用がかかる。資金力が十分でないフィンテック企業が接続しようとしても,難しいのが実情だ」という記述には,不安を覚える。

 なぜかというと,私の理解する限り,いくら金を払おうが,金融機関でないフィンテック企業が全銀システムに接続するだけでは,支払・決済などできないからである。『日経』は,制度上不可能なことをできるかのように書いていないか。

 以下,銀行間決済の仕組みに即して,その理由を説明する。

 個人Aが商店Bから物を買い,銀行口座連動型のスマホ決済か小切手か銀行振り込みといったキャッシュレス方式で100万円の代金を払うとする(念のため言う。大昔からある小切手も口座振り込みもキャッシュレスである)。Aさんの取引銀行をα行,B店の取引銀行をβ行とすると,送金すれば,Aさんがα行に持つ預金は100万円減り,B店がβ行に持つ預金は100万円増える。

 このときα行とβ行の預金操作はよいとして,送金はどうやってやるのか。送金のわかりやすい形式は,Aさんがα行にもつ預金を100万円おろし,この100万円の日銀券をβ行まで運んでB店の持つ口座に預け入れることである。しかし,当然こんな煩雑なことは出来ない。ではどうするかというと,α行とβ行の両方が口座を開いている銀行がまたあって,そこで銀行振り込みを行えばよい。ここに日本銀行が関与する。α行とβ行はいずれも日銀に当座預金を持っている。日銀の口座内でα行が持つ当座預金から100万円が引き落とされ,β行の当座預金に移される。これで決済は完了するのだ。

 つまり,銀行間送金とは,各銀行が日本銀行に当座預金口座を持っているからできるのである。そして,日本銀行に当座預金口座を持つのは,いまのところ法令上の預金取り扱い金融機関だけである。預金取扱金融機関が準備預金として持っているのだ。

 フィンテック業者が全銀ネットに加入することがあるとすれば,それはフィンテック業者が自ら預金取扱い金融機関になる,あるいは日銀が当座預金口座開設を資金移動業者などに認めた場合である(イングランド銀行が国際送金業者のトランスファーワイズに認めたように)。日銀に口座を持つことなしに全銀ネットに加入しても送金はできないのだ。

 別の見方をしよう。現代の信用貨幣システムでは,債務を金貨などの正貨で支払うことができないので,より信用度の高い債務(証書)で返済することになる(※)。Aさんがキャッシュレス支払いをして負債を負えば,その支払いにまたAさんの借用証書を使っても駄目であり,より信用度の高いα行の債務,つまりAさんがα行に持つ預金通貨で支払わねばならない。α行がβ行に支払おうとすると,それはより信用度の高い日銀の債務,つまりα行が日銀に持つ預金通貨で支払わねばならないのだ。もし,資金移動業者が日銀口座開設を認められれば,α行はカットすることができる。Aさんがキャッシュレス支払いをして負債を負えば,資金移動業者はβ行に日銀の預金で払えばよい。しかし,この場合も日銀はカットできない。

 フィンテック業者がこうした銀行間システムと中央銀行の拘束をできるだけ避けたいとすれば,現状では銀行口座を用いない方式を取るしかない。これは,現に中国でアリペイがやったことだ(私のまちがいでなければLINE Payもできているはずだ)。まず,AさんもB店も同じキャッシュレス決済システムに入っているとする。仮にC Payとしよう。これならば,AさんがC Payに100万円以上の残高を持っている限り,AさんからB店への支払いは,C Payの内部で完結する。このお金は,C Payが持つ銀行口座,たとえばγ行の預金口座の中に存在している。Aさんが100万円をC PayにチャージしたときにAさんが持つα行の銀行口座からC Payが持つγ行の口座に送金されたのだ。そしてAさんのB店への支払により,C Payが持つ銀行口座内の金額は変動せず,C Payの責任において100万円の所有権をAさんからB店に移したのである。これならば,AさんからB店への送金の際に直接には全銀システムを動かさずに済むし,日銀を介さずに済むわけだ。

 ただし,この100万円はC Payの持つγ行の口座として(あるいは考えにくいがC Payの手元の日銀券として)存在していなければならない。前の段落で見たように,Aさんがα行からC Payにチャージすればγ行の口座の残高は増える。また,Aさんから支払を受けたB店がC Payからお金を引き出してβ行の預金へと移せば,このγ行の口座の残高が減少する。それらの取引の際には,やはり銀行間送金と日銀準備預金が必要になる。この方式も,結局は銀行と日銀なしには存在できないのである。

 フィンテック企業であれ何であれ,いかに情報システムが発達しようとも,中央銀行抜きの債務決済などできないことに注意が必要だ。なぜならば,債務はより上位の債務によってでなければ決済できないからだ。フィンテック企業の債務を決済するには銀行の債務が必要であり,銀行の債務を決済するには日本銀行の債務である準備預金か日銀券が必要である。このうち銀行の債務という中間項は政策的にカットすることは可能だが,準備預金と日銀券の必要性は,中央銀行債務を中心とする通貨制度の下でカットできない。

 誤解してほしくないのは,だからフィンテック企業は黙って銀行に従えという意味ではない。そうではなく,制度上,全銀システムに参加できないからこそ,フィンテック企業が活動しやすいように手数料を競争促進または政策によって引き下げることには意味があるのだ。また一定の条件下で資金移動業者が日銀に口座を持つ可能性についても検討する価値はあるだろう。『日経』の記事に問題があるのは,あたかもフィンテック企業が全銀システムへの参加を恣意的に妨害されているかのように描き,参加できるようにすべきだという誤った政策提言を導きかねないことなのだ。やるべきことをまちがえてはいけない。

<補足>
 補足すると,金融機関と中央銀行抜きのデジタル「支払い」ならば,実現する方法はある。中央銀行がトークン型のデジタル通貨を発行すればよい。それにより,何ならスマホからスマホへの移動で支払は完了する。ただし,これは概念としてはデジタル化した現金(キャッシュ)での支払いであって,キャッシュレスとは言い難いこと,また債務の決済ではないことに注意が必要である。そして,トークン型中央銀行デジタル通貨はフィンテック業者の電子マネーと競合する。電子マネーに競争力があればそれはそれで便利だが,金融機関と中央銀行抜きのデジタル支払は実現しない。逆に,使い勝手の良いトークン型中央銀行デジタル通貨が大規模発行された場合,フィンテック業者の電子マネーは駆逐され,この領域は民間のビジネスでなく中央銀行の仕事になるだろう。


※このように債務は,より通用範囲の広い債務によって決済される。L.ランダル・レイ(島倉原監訳・鈴木正徳訳)(2019)『MMT 現代貨幣理論入門』東洋経済新報社, 173-179。


「銀行間送金,公取委が調査 決済の参入障壁を問題視」『日本経済新聞』2019年12月7日。

*2019年12月16日。一部修正。資金移動業者が中央銀行に当座預金口座開設を認められる場合を含めた説明とした。
*2021年12月25日。一部修正。送金の仕組みについて記述を分かりやすくした。

2019年12月4日水曜日

中央銀行デジタル通貨:口座型はまったく不合理であり,トークン型に絞って検討すべき

 中央銀行デジタル通貨試論。デジタル人民元の発行計画が話題になっているので勉強を始めた。日本銀行の報告書とニッセイ基礎研究所のレポートを読んだのだが,どうもおかしい。自分でも,かなり強い意見だと思うのだが,私が知る貨幣・信用論に基づく限り,以下のように思えて仕方がない。専門家のご意見を聞きたい。

「中央銀行発行デジタル通貨(CBDC)として検討されている二つのタイプのうち,口座型(預金のデジタル化)はまったく不合理である。以後,トークン型(現金のデジタル化)に絞って検討すべきだ。預金のデジタル化は,民間預金を使ったデビットカード支払の電子化,推進,改善として行うべきだ」

 以下,説明する。

1.中央銀行発行デジタル通貨とは何か

*中央銀行発行のデジタル通貨(CBDC)は中央銀行の債務である。

*口座型とトークン型の二つがある。口座型はデジタル通貨建ての預金口座を作り,預金者が電子機器によって指示を行うと口座振替で支払を行うものだ。トークン型は価値をもち流通性のある通貨をデジタルデータで仮想的に設定し,これを電子機器とウォレットソフトにより仮想的に貯蔵するものだ。支払を行うと,デジタル通貨は支払者の電子機器・ウォレットソフトから受け取り者の電子機器・ウォレットソフトに仮想的に移動する。

*個人が中央銀行と直接取引する直接型と,中央銀行は銀行と,銀行が個人と取引する方式の間接型がある。

*したがって,直接・口座型,直接・トークン型,間接・口座型,間接・トークン型の四つの方式がある。

*よって,口座型は預金のデジタル化であり,トークン型は現金のデジタル化と理解できる。

*口座型では,中央銀行は個々人と取引する。直接・口座型では個々人が中央銀行に口座を持つ。間接・口座型であっても,市中の銀行は仲介業務をするだけで口座は中央銀行のものだから,本質的には同じことだ。なお,直接・トークン型でも個々人が中央銀行に現金か預金通貨を持ち込んで,トークンを受け取る。間接・トークン型では中央銀行が銀行にデジタル通貨を交付し,個々人は銀行において現金か預金通貨と交換にデジタル通貨を受け取る。

2.口座型の特徴

*口座型では,個人がデジタル通貨を使うと中央銀行口座にあるデジタル通貨建て預金が引き落とされ,支払い先の口座に振り込まれる。つまりは,中央銀行に口座を開いて,デビットカード支払を使うようなものだ。

*口座型を用いれば,すべての小口リテール取引を中央銀行の決済システムに記帳することになる。超巨大な単一中央集権システムが必要になる。実現可能とは思えない。また実現可能だとしても,そうした公的機関の単一中央集権システムへの取引情報集中は望ましいこととも思えない。

*口座型を用いれば,中央銀行のデジタル通貨建て預金は,マネタリーベースでなくマネーストックとなる。つまり直接に流通する貨幣となる。この点で,銀行が中央銀行に持つ準備預金とは異なり,むしろ民間銀行の預金と似ている。

*ただし,口座型のみならずトークン型においても,デジタル通貨を現金や預金通貨と引き換えにのみ,1:1の比率で交付するとされている。なので,デジタル通貨発行は貨幣流通量に対して中立である。いくら発行しようとも貨幣流通量は変化しない。

*口座型においてデジタル通貨発行が貨幣流通量に対して中立であるというのは,預金創造を通した貸し付け,通貨供給はしない,ということを意味する。これは預金の持つ本来の機能を相当制限して現金のように使っていると言える。

*口座型においては,市民は銀行預金を中央銀行のデジタル通貨建て預金口座に移したり,その逆を行ったりすることがありうる。つまり,両者の間で大規模な資金移動が起こる可能性がある。これは,国有の中央銀行がリテール預金業務を行うことにより,民間銀行の同種業務と競合して大きな影響を与えることを意味する。

3.トークン型の特徴

*トークン型の場合,個人は中央銀行(直接型)または銀行(間接型)で現金や銀行預金をデジタル通貨に替えてスマホなどに入れ,それを使うということになる。個人がデジタル通貨を使っても銀行預金には変化はない。預金口座を持っていない人でも使うことができる(スマホなどの端末とウォレットソフトウェアは必要だ)。

*トークン型の場合,個人がデジタル通貨を使うと,デジタル通貨は支払者の電子機器・ウォレットソフトから受け取り者の電子機器・ウォレットソフトに仮想的に移動する。このことは中央銀行には直接把握されない。現金で支払った場合と同じだ。

*トークン型の場合,集権的支払決済システムでの追跡は困難である可能性が高い。他方,ブロックチェーンの技術を用いれば,集権的システムなしで記録が可能になる可能性がある。

*トークン型を用いれば,中央銀行の発行するデジタル通貨は発行された時点でマネーストックとなる。つまり直接に流通する貨幣となる。この点で,中央銀行が発行する中央銀行券と同じだ。

*トークン型においてもデジタル通貨発行は貨幣流通量に対して中立であるが,これは中央銀行が発行する中央銀行券が流通に出ていくとき,つまり銀行が中央銀行準備預金を降ろしたり,個人が銀行預金を降ろすときと同じだ。

*トークン型においては,個人は銀行預金や現金をデジタル通貨に変えることや,その逆の行動をとることがありうる。端的に預金流出が起きて民間銀行の預金業務に大きな影響を与える可能性がある。しかしこれは,銀行預金を現金かデジタル通貨でおろすという行為であるから,本来あっても不思議ではない行為であって,不正常なことではない。

4.口座型の重大な問題点

*口座型はそもそも大規模な中央集権型支払決済システムを必要とし,技術的に実現不可能ではないか。

*口座型は,仮に実現可能だとしても中央銀行に個人の取引情報を集中させるものであり,望ましくないのではないか。

*口座型で実現する預金のデジタル化とその便宜は,現在民間銀行が発行しているデビットカードによる支払いを,電子化を含めて推進すれば実現できることだ。民間銀行債務である預金通貨はすでにある程度デジタル化している。電子機器とウォレットを使った全銀行統一の支払いシステムがないだけだ。このシステムの実現を目指す方が合理的ではないか。それが銀行間の利害調整の困難により実現できないのであれば,そのことが克服すべき大きな問題ではないか。

*口座型の中央銀行デジタル通貨をわざわざ構築するのはデビットカード支払の推進=民間銀行預金通貨のデジタル化の徹底という課題を回避して,わざわざこれと競合する通貨システムを構築することだ。口座型の中央銀行デジタル通貨は,民間銀行デジタル通貨である預金通貨と大規模な競合を起こすのではないか。それは中央銀行の行為として不適切であり,社会的に無駄であり,混乱を招くのではないか。

*他方,トークン型のデジタル通貨には,少なくとも口座型のような不合理はない。これはトークン型が現金のデジタル化だからだ。もともと中央銀行債務である現金を,別の中央銀行債務であるデジタル通貨で代替しようとしているからだ。

5.結論

*結論1.口座型の中央銀行発行デジタル通貨,すなわちデジタル化された中央銀行預金の創出については,構想を破棄すべきだ。

*結論2.預金のデジタル化については,口座型の中央銀行デジタル通貨ではなく,民間銀行債務である預金通貨のデジタル化の徹底,つまりはデビットカード支払の改善,拡大,ユニバーサル化を真剣に追求すべきではないか。

*結論3.中央銀行発行デジタル通貨については,トークン型,すなわち現金のデジタル化にしぼって検討すべきだ。

矢島康次・鈴木智也「中央銀行デジタル通貨の動向-デジタル人民元vsリブラ、米国」ニッセイ基礎研究所,2019年11月15日。


『中央銀行デジタル通貨に関する法律問題研究会」報告書』日本銀行金融研究所,2019年9月。


雨宮正佳「日本銀行はデジタル通貨を発行すべきか」日本銀行,2019年7月5日。

2019年12月1日日曜日

王珊氏博士論文「日系部品サプライヤーによる海外自動車メーカーの先行開発に対する関与: デンソーを事例とした取引統治の分析」の公開によせて

 9月に博士課程を修了した王珊さんの博士論文が東北大学機関リポジトリTOURで公開されました。これまで著者が査読を経て『アジア経営研究』誌に発表した単著論文3本を基礎にしながらも,大幅な加筆・修正を加えて一つのまとまりをもった論文としたものです。

王珊「日系部品サプライヤーによる海外自動車メーカーの先行開発に対する関与: デンソーを事例とした取引統治の分析」(審査委員:川端望・柴田友厚・植田浩史)
http://hdl.handle.net/10097/00126447

 先行開発への部品メーカーの関与のあり方を分析対象とし,日系部品メーカーと複数の海外完成車メーカーとの取引を比較分析しました。取引分析に際しては,開発パフォーマンスへの貢献と取引主体間の利害調整という二つの観点を貫きました。比較分析を通して,開発をめぐる完成車メーカーと部品メーカーの取引関係を,海外において日本国内と異なるものにする要因は何かを明らかにしました。

<主要業績>
王珊(2018)「中国における日系自動車部品メーカーの開発活動とその制約条件:デンソー中国と地場系完成車メーカーの取引を中心に」『アジア経営研究』24,pp.61-73。
https://doi.org/10.20784/jamsjsaam.24.0_61
王珊(2017)「韓国における日系自動車部品メーカーの開発活動:デンソーと現代自の取引を中心に」『アジア経営研究』23, pp.17-29。
https://doi.org/10.20784/jamsjsaam.23.0_17
王珊(2016)「日系自動車部品サプライヤーの先行開発への関与:デンソーとVWの取引を中心に」『アジア経営研究』22, pp.103-115。
https://doi.org/10.20784/jamsjsaam.22.0_103

張艶氏博士論文「地域エコシステム構築による新興国産業のグローバル・バリューチェーン参入と高度化-大連市ソフトウェア・ITES産業の事例を通して-」の公開によせて

 9月に博士課程を修了した張艶さんの博士論文が東北大学機関リポジトリTOURで公開されました。この博士論文は,張さんがこれまで査読を経て『アジア経営研究』誌に発表した共著(第一著者)論文1本と単著論文2本,また投稿中の単著論文1本に基づいていますが,大幅な加筆・修正を加えて一つのまとまりを持った論文に仕上げたものです。

<博士論文>
張艶「地域エコシステム構築による新興国産業のグローバル・バリューチェーン参入と高度化-大連市ソフトウェア・ITES産業の事例を通して-」(審査委員:川端望・柴田友厚・西澤昭夫)
http://hdl.handle.net/10097/00126448

 大連市ソフトウェア・ITES産業の詳細な事例分析を通して,GVC論を組み込んだ地域エコシステムの3段階区分という独自モデルを提示しました。とくに,新興国ハイテク産業育成においては,先進諸国の産学連携のように大学における先端研究成果の産業化がただちに課題とされるのではなく,まずはGVCへの参入が最大の目的とされ,その参入のためだけにも地域エコシステムの構築が求められることを明らかにしました。

<主要業績>
張艶(2018)「大連ソフトウェア・ITEサービス産業の地域エコシステム」,『アジア経営研究』24,pp.109-122。
https://doi.org/10.20784/jamsjsaam.24.0_109
張艶(2017)「大連市におけるソフトウェア・情報技術サービス産業の発展と転機」,『アジア経営研究』23,pp.103-116。
https://doi.org/10.20784/jamsjsaam.23.0_103
張艶・川端望(2013)「大連市におけるソフトウェア企業の事業創造と変革 -4社の事例分析から‐」『産業学会研究年報』28,pp.73-85。
https://doi.org/10.11444/sisj.2013.73
張艶・川端望(2012)「大連市におけるソフトウェア・情報サービス産業の形成」,『アジア経営研究』18,pp.35-46。
https://doi.org/10.20784/jamsjsaam.18.0_35
Yan Zhang(2017). Development of and change in the software and IT-enabled services industry in Dalian, China , TERG Discussion Paper,361, pp.1-18.
http://hdl.handle.net/10097/00121009
Yan Zhang and Nozomu Kawabata(2015). Business creationand transformation processes in four software companies in Dalian, China:Commonalities and differences, TERG Discussion Paper, 331, pp.1-21.
http://hdl.handle.net/10097/59620
Yan Zhang and Nozomu Kawabata(2013). The Formation of the Software and Information Services Industry in Dalian ,China, TERG Discussion Paper,293, pp.1-18.
http://hdl.handle.net/10097/55766
(英文DPは日本語論文の英訳です)

アジア政経学会共通論題「東アジアと歴史認識・移行期正義・国際法ー徴用工問題を中心としてー」

2019年度アジア政経学会秋季学術大会共通論題「東アジアと歴史認識・移行期正義・国際法ー徴用工問題を中心としてー」(2019年11月30日,南山大学にて)。
司会:平岩俊司(南山大学)
報告1:青木清(南山大学)
「1965年しか見ない日本,『日帝』にこだわる韓国 -「徴用工判決」の法的分析を通して-」 
報告2:奧薗秀樹(静岡県立大学)
「危機の日韓関係と文在寅政権による『正統性』の追求」
討論:川島真(東京大学),大庭三枝(東京理科大学),山田哲也(南山大学)

 ようやく,徴用工問題の法的構造について学ぶことができた。実に貴重なセッションで,2時間にわたり,メモを8000字以上とりながら聞いた(お前の専門は何だという話は脇に置く)。

 とくに国際私法を専門とする青木教授の報告は,まず私人と私人の争いが国境を越えて行われる場合には司法の場でどのように処理されるのかの説明から始めてくださったので,法の門外漢にはありがたかった。

 日本での報道は,慰謝料請求が請求権協定の対象内かどうかという議論に集中している。だが,そもそもこの判決が出る前提は,もともと日本での裁判があって元徴用工の原告が敗訴したこと,韓国大法院が,通常であれば日本の判決を尊重するところ,これを否認したことにある。その際に,何をもってどのように否認したかを,青木教授は懇切丁寧に解説された。その上で,その否認の論理に判決の特徴と問題点を見出された。私は,大法院判決が韓国の憲法を個々の論点に直結させていることに驚いた。そして,そのよく言えばラディカル,悪く言えばちゃぶ台返しな論理を,これまでよりははるかによく理解することができたと思う。やはり物事は結論だけでなく,それを導くプロセスから理解しないといけないようだ(以上は青木教授の報告に対する私の理解であり,報告を誤解していればその責任は私にある。また素人がこれ以上詳述すると報告趣旨を歪める恐れがあるので,ここで止める。報告が論文化されることを期待したい)。

2019年度アジア政経学会秋季学術大会プログラム


信用貨幣は商品経済から説明されるべきか,国家から説明されるべきか:マルクス派とMMT

 「『MMT』はどうして多くの経済学者に嫌われるのか 「政府」の存在を大前提とする理論の革新性」東洋経済ONLINE,2024年3月25日。 https://finance.yahoo.co.jp/news/detail/daa72c2f544a4ff93a2bf502fcd87...