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2018年10月6日土曜日

派遣労働者の「同一労働同一賃金」

 派遣労働者の「同一労働同一賃金」実現のための給与決定方法の設定が難航しているようだ(『朝日新聞』2018年10月3日)。詳しく調べていないが,かなりの難問だと思える。

 企業ごとに同一職務は正規・派遣を同一賃金にすることをめざした場合,派遣先正社員が年功給だったら,派遣労働者の給与設定に年齢や勤続(どうやって測る?)を加味するのかという難題がありそうだ。

 また派遣会社の労使協定で決めるというのは,一方ではかなり大胆だ。派遣会社において労使協定で賃金を決めるのならば,他業種でやってもおかしくないという議論になりうる。が,そのように連合や全労連が主張したという話も聞かないのは,実際にどう機能させるかというイメージを持てないからだろう。

 過半数組合がない会社の労働者過半数代表制というのは,多くの場合,法が想定するようには機能していない。過半数代表が民主的な方法で選ばれているのかということについても労基署のチェックはほとんど入らず(入れようとしたらいまの何倍の監督官が必要になるか),早稲田大学の非常勤講師の問題のように裁判にでもならない限り放置されている。まして,登録型社員を多数抱える派遣会社の過半数代表制をどうやって機能させたらよいのか。

 ここで,なぜこういう風に壁にぶち当たってしまうのかを考えておいた方が良い。

 一つには,労働市場において企業横断的な職務別または職種別賃金が成立していないからだ。企業内労働市場が強く,賃金は会社の私事であって会社の外から口をはさむことではないという慣行・価値観が強力だ。だから,直接雇用の労働者とその雇用主(派遣先会社),派遣労働者とその雇用種(派遣会社)の「均等」とは何かと問われたときに,「会社が違えば別世界だったから,どうしたらいいかわからない」となるのだと思う。

 そしてもう一つには,建前としては労働者は労働(力)を契約によって会社に売っているのだけれど,実態は「正社員は会社の一員」だからだ。正社員は会社と取引するのではなく,会社の一員として,何らかのグレードに応じた処遇を得ている。グレードは,正社員に配慮しながら会社が決めている(例えば解雇したら激怒するが,早期退職提案と出向命令なら摩擦なくできるだろう,など)。形としても過半数組合がない会社も多い。そこで,「労使代表が交渉して賃金を決める」という近代的形式を貫こうとすると,実態との齟齬が甚だしくなるのだ。

 派遣問題は派遣問題としても難題だが,それは「同一価値労働同一賃金」を日本で実現しようとした場合の困難さを集中的に表現しているように思える。

「「同一賃金」仕組み作り難航 派遣会社と労使協定結ぶ場合」『朝日新聞』2018年10月3日。
https://www.asahi.com/articles/DA3S13706374.html


2018年10月3日のFacebook投稿を転載。

顔の見える人としての右翼:安田浩一『「右翼」の戦後史』

 安田浩一『「右翼」の戦後史』が面白いのは,著者が右翼と呼ばれる人々のもとに足繁く通い,右翼と呼ばれる人々の中にあった多様性,背景,そして何よりも個人としての紆余曲折を浮き彫りにしていくところだと思う。
 右翼というのは政治勢力であり,政治勢力は,政治という人間生活のほんの一側面においてしか存在しない。しかし,その実態は,仕事も生活もある一人一人の人間なのだ。人間は歴史を背負い,思想とともに感情を持ち,お互いに向き合って,相手も人間であることを感じながら暮らす。本書はそういう感覚を呼び起こさせる。
 しかし同時に,本書は右翼思想には,そうした個人の多面性,人々の多様性を押し流す強い傾向があること,さらに右翼の現代的潮流,すなわち日本会議やネット右翼が,その傾向を露骨に拡大しつつあることに警鐘を鳴らしている。薄っぺらで憎悪に満ちた書き込みの集積,群衆的行動による罵倒,民族差別,性差別,思想差別。威圧。排除。顔の見える者同士,いろいろな側面を持つ個人同士ならばためらうことが,容赦なく行われ,広がりつつあるのだ。

安田浩一『「右翼」の戦後史』講談社,2018年。
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000210915

2018年9月29日のFacebook投稿を転載。

産業革新投資機構の行方を危惧する

 産業革新機構の産業革新投資機構への再編。効率が悪く,望ましくないことにお金を使い,民業を圧迫するおそれが強いので,やめた方がよかった。これまであった産業革新機構は,ベンチャーに投資すると言いつつ,既存企業をむやみに救済し,むやみに日本企業の所有下にとどめようとするばかりであり,ベンチャーファンドとしての成績は惨憺たるものであった。その総括はきちんとなされていない。

 会員記事なのでシェアしなかったが,『日本経済新聞』2018年9月26日の記事も指摘しているように,官製ファンドとは「政府や産業界の意向に翻弄されやすい体質」を持っている。そのことが経済的に重大なのは,「産業界」とはすでにその地位を確立している大企業のことだからだ。

 日本経済が停滞を脱するために,新技術・新産業は必要だ。しかし,新技術の開発と実用化は,既存大企業だけでできるものではない。既存大企業には既に行った膨大な固定資本投資があり,そこそこの利潤を上げている既存事業があるからだ。対して,新産業は小さく生んで大きく育てるものであり,参入当初は規模も小さければ利潤率も低い。既存大企業にしてみれば,参入するインセンティブが弱い。参入しても,お付き合い程度,他社をけん制する程度になってしまい。本気で,社運をかけてやることにはなりにくい。

 だから,新産業の担い手として重視すべきは,新規参入企業なのである。新規参入者は,失うものを持っていないので,小さい市場,低い利潤率からでも出発することができるからだ。C.クリステンセンが繰り返し言うように,このインセンティブの非対称性がもっと重視されねばならない。新規参入企業のトライアル数が多くなるような支援が望まれるし,ある程度成長したベンチャーに対しては,それが既存大企業を脅かしそうであれば脅かしそうであるほど,支援することが望まれる。それが産業の新陳代謝だからだ。

 もう一度,別の表現で言う。与党の政治家や経済産業省に影響力をもっている既存大企業を追い抜き,ひっくりかえしそうなベンチャーを応援することこそが,日本経済を救うのだ。これは産業革新機構の後継組織に向いた仕事ではない。産業革新機構は,既存企業を救済し,むやみに日本資本の所有にこだわることで,日本経済の将来をかえって曇らせたのである。このことの総括がなされないままに設立された産業革新投資機構の行方は,大いに懸念される。
複数ファンドで新ビジネス創出 産業革新投資機構が発足 AIなど照準『ITmediaエグゼクティブ』2018年9月26日。
http://mag.executive.itmedia.co.jp/executive/articles/1809/26/news073.html

2018年9月27日のFacebook投稿を転載。

研究年報『経済学』第76巻第1号出ました

 1年に1度しか出なくなってしまった紀要,研究年報『経済学』。第76巻第1号,猿渡啓子教授退職記念号が発行された。ご退職から1年半もたってしまった。ポスドク研究員の章胤杰君による研究ノート「コンビニエンスストアの成長にとってのカウンターコーヒーの意義」も,同じく採択から1年半待たされたが,ようやく掲載された。次は大滝精一教授退職記念号で,論文や研究ノートは10本ほど採択されて早期公開されているのだが,発行はまたまた来年になってしまうのか。

2018年9月21日のFacebook投稿を再録。



ブログ開設

 川端望です。東北大学大学院経済学研究科で産業発展論を担当しています。このブログは研究ノートを公開するものですが,ほとんどはFacebookからのそのまま,または一部修正したうえでの転載です。Facebookでは日常生活のこと,個人的なこと,趣味のこと,研究のことなどをごたまぜに投稿していて,公開範囲も記事によってまちまちなのですが,その中で研究ノートとして公開できるものを選んで転載します。研究というのは,産業論・企業論をはじめとする経済学・経営学・社会科学の研究ですが,時々,特撮映画・ドラマやアニメの研究が混じるかもしれません。

『ゴジラ -1.0』米アカデミー賞視覚効果賞受賞によせて:戦前生まれの母へのメール

 『ゴジラ -1.0』米アカデミー賞視覚効果賞受賞。視覚効果で受賞したのは素晴らしいことだと思います。確かに今回の視覚効果は素晴らしく,また,アメリカの基準で見ればおそらくたいへんなローコストで高い効果を生み出した工夫の産物であるのだと思います。  けれど,私は『ゴジラ -1.0...